誕生祭 13
「…あれ、君」
絵から意識を外したアーラは、俺とアリスの背に隠れているエヴィに気が付いた。びくり、と彼女の肩が震える。
「レオ君のお友達だったんですか?」
「…」
「え…僕、嫌われてる…?」
一向に顔を合わせようとしない様子を見て、アーラはショックを受けた顔をして「僕、何かしましたっけ…?」と呟く。アリスの背中に隠れるエヴィの手を掴み、俺は無理矢理、前に出るように促した。
「ちょっと!」
「この調子だと、話が進まないだろう」
オロオロとするアーラ。うつ向くエヴィ。どうしてコイツらは、こうも話が進むのが遅いのかと呆れつつ、「紹介が必要かは知らないが。名前はエヴィだ。で、こっちはアーラ。互いに顔は知っているな?」と俺は相手の名前を教えてやる。
「あの…」と、やっとエヴィは口を開いた。
「…ごめんなさい」
そう言って、頭を下げる。
「貴方にぶつかったのは…わざとだったの。お祖父ちゃんと二人暮らしでお金に困っているのは本当だけど…お金を恵んでもらうためにわざと同情してもらえるように、身の上を話したのよ」
「わざと?」
「うっ…その。悪いことをしたって分かってるわ…。貴方もお金持ちじゃないってことくらい見れば分かるのに…」
次第にその声は小さくなり、最後はかろうじて聞き取れる程度の声量だった。元々生活が苦しかった奴から金をもらったことに、彼女なりに罪悪感を感じているらしい。
アーラは驚いたように目を見開いて、そして左手を上げる。叩かれるとでも思ったのか、エヴィは目を固くつぶったが、彼の手はエヴィの頭に優しく置かれただけだった。
「はい。よく、謝れましたね」
「え…?」
「あのお金は、君の話を聞いて僕があげたいと思ったから、あげたものです。お金のためにわざと何かをする、というのは褒めれたものではないんでしょうけど、このことに関しては君は気にする必要がありません。僕がそうしたいと思って、そうしただけのことですから。でも、謝るのは勇気がいたことでしょう。よく頑張りました」
「…怒らないの?」
「元々事情はあるのだろうな、とは思っていましたし」
だから頭を上げてください、とアーラは続ける。エヴィは恐る恐る頭を上げて、どうしたらよいのかと視線を彷徨かせたが、「…ありがと」と小さく礼を言う。
「いえいえ。大したことではありませんよ」
「随分と甘やかすな、アーラ。コイツのせいでお前は今、一日三食菓子三昧だと言うのに」
「こんなに苦労してる子を怒れませんよ、レオ君。…ところで」
アーラは、隣に立っている俺に顔を向ける。
「なんで、僕は右手を掴まれてるんですかね?」
彼の腕に縄を巻いている手を止めて、俺は微笑む。
「絵を描くには、最低限、利き手さえ残っていればいいかと。説いて分からぬというなら、身体に教えた方が早い。あ、それとも、足の方がいいか?」
「…その"教える"って、どういう意味ですかね?」
「手足、とくれば、何が言いたいか分かるだろう? 心配するな。ここにはアリスもいる。失血死や傷口からの感染症の心配はない」
「めっちゃくちゃ怖いキーワードが聞こえてくるんですけどぉ?!」
縄は止血帯の代わり。ナイフはちょうど持ってきている。アリスもいるから万が一手元が狂っても、死にはしないだろう。
「怒ってます?!ちょっとイライラしてますね?!絵、描いてたの謝りますから?!次はちゃんと他のやつを描きますからぁ!!」
「口ではどうとでも言える」
「契約違反はしてませんからっ!!ふぁあああ!ぎゅってした!!血が止まってるぅぅ!!」
「アリス、エヴィの目を隠せ。騒がれると面倒だ」
暴れて逃げ出そうとするアーラの肩を掴み、力を込めて押さえつける。エヴィは何が起こっているのか分からずに目を白黒とさせ、アリスは「…契約違反…悪いこと?止める、べき?止めない、べき?」と迷っていた。
さて…と俺がナイフを取り出した時、「…いっそのことさ」と今まで黙り込んでいた男が口を開いた。
「君の絵を、『イカレス』って題名をつけて売ったら?」
四人の視線が、部屋の端に置かれていた一枚の絵に集まる。その絵の中で、セオドアが座ってこちらを眺めていた。
イカレス。はて、聞き覚えがない言葉だな。俺は動きを止めて、彼の話に耳を傾ける。
「セオドアか」
「君、本当に容赦がないよね。マジで腕を切ろうとしてたでしょ、今」
「してた、ではなく、現在進行形でしかけているな。イカレスとは?」
「有名な…」
セオドアがそう言いかけたところで、また邪魔が入った。
「え、えええっええ、え絵がっっ!!喋ってるぅぅ!!」
「お、久しぶりの反応。アーラはもう慣れたから、ここまで驚いてくれないんだよね」
セオドアの姿を見たエヴィが悲鳴を上げた。彼女は喋る絵など見たこともなかっただろうから、当たり前の反応だろう。
エヴィは飛び上がり、「お化けぇぇぇ!!」と叫びながら、部屋のドアへと走る。セオドアが面白がって、指を鳴らすとガチャリと鍵が閉まる音がした。
エヴィがパニックになる。セオドアが笑う。また指を鳴らすと、ポルターガイストが始まる。エヴィは泣きながら、ドアを殴ったり、体当たりをしたり、終いには頭突きまでし始める。
「どこかで見た光景だな。あの逃げ方、流行ってるのか?」
「いや、普通に怖いと思いますよ。僕も怖かったですもん。小さい子なら尚更恐ろしいですって」
「お前はもう大丈夫なのか?」
「流石に四六時中、ルームシェアしてますんで…僕、もう逃げていいですかね?」
「まだ駄目だな。セオドアの案が駄目だったら、残念ながらお前の腕は胴体とオサラバだ」
「…………………ぴぇ」
アーラは、死を悟った鳥のような声を上げた。
「さて、イカレスのことだけど」
アリスがエヴィをどうにか落ち着かせ、漸く話ができる場になった頃、セオドアがそう切り出した。
「レオフェルド・ダ・ヴィルトが書いたとされる、詩に出てくる人物だ。彼は芸術家たちの憧れだからね。彼の詩に出てくるものを題材にする作品は多いよ。特にイカレスなんてのは、かなりポピュラーだ」
「ほう?」
「イカレスは、人間の姿でありながら背中から翼を生やしている人物。一応、この絵にイカレスって察せられる特徴がいくつかあるんだよね」
絵画の技法の中には、何を持っているか、何が背景にあるかで、その絵に描かれた登場人物が誰であるのかを示すという方法もあるらしい。
「そうなのか、アーラ?」
「へ?そうなんですか?」
「…セオドア。本人はこう言っているが」
「一応、芸術学校で習うところなんだけどね。文学や技法も少しくらいは知ってた方がいいよ」
セオドアは呆れて、「それで、イカレスって分かるポイントは」と続ける。
「翼と、あと太陽が描かれてるところかな。あとは…落下して海に落ちるポーズなんてとってたら、分かりやすいんだけど」




