誕生祭 15
「エヴィ。お祖父ちゃん、治ったら、エヴィ、嬉しい?」
アリスがそう言い出したのは、エヴィの家へと向かう途中のことだった。突然言われたエヴィは「えっ?」とアリスに聞き返す。アリスはもう一度、祖父が元気になった方が嬉しいかと問いかける。
「そりゃ嬉しいけど…急にどうしたの?」
「元気になって、立ったら嬉しい?」
「え、ええ…」
「そっか。じゃあ、頑張る」
意図が分からない質問に、エヴィは困惑し、俺に耳打ちをする。
「ちょっと。アンタの妹、何が言いたいの?翻訳してよ」
「祖父が元気になった方がいいなら、手を貸そうという意味かと」
「それが分からないって言ってるのよ」
エヴィが望むなら治癒魔法で祖父を治療しようか、とアリスは言いたいのだろう。
見たところ、あの状態ならば治癒魔法は効くはずだ。
寿命ならばどうしようもないけれど、あれは歳を取ったことで身体にガタがきている、または免疫力が下がって病にかかりかけている、といったところだ。
体質や寿命、死といった自然の摂理には歯向かうことはできないが、それ以外のことならアリスはどうにかできる。
治療できる。けれど、エヴィはそれでいいのか。後悔はしないか。そうアリスは問いかけたのだ。言葉が全く足りていないがな。
「難しく考えなくていいだろう。祖父が健康を取り戻して欲しいと思うなら、はい、違うなら、いいえ、と答えればいい」
「え、じゃあ、はい…でいいの?」
「うん。エヴィが、そうして、欲しいなら」
「……もう!!私はエスパーじゃないのよ!何なの?!アンタたち兄妹のこと、全然分からないわ!!」
そんな会話をしている内に目的地についた。物語に関係がありそうなものを探そうとする俺たちとは別に、アリスは特に何かを言うこともなく、エヴィの祖父がいる部屋へと向かう。
「?本当に、あの子何がしたいの?」
「放っておけ。アリスから彼に危害を加えることはない」
こうして、アリスを除いた三人で探すことになった。
「あった」
レオフェルド・ダ・ヴィルトの書物を見つけたのは、エヴィの祖母が生前に使っていた部屋だった。家具から机の引き出しの中身まできちんと整理が行き届いていて、きっちりとした性格の人だったのだろうと想像がつく。
本棚の一番上の段に、目当ての本を見つけ、俺は手を伸ばした。…が、爪先で立っても手が届きそうにない。まさかここで、今の背の低さを痛感することになるとはな。
「僕が取りましょうか?」
「助かる」
「ふふ。僕も手伝えることがあってよかったです」
笑いながらそう言うアーラの言葉に甘え、本を取ってもらう。ページをめくると、三つの栞がそれぞれ違うところに挟まっていた。
一つはセオドアから聞いた、イカレスの話の部分に挟まれている。残り二つはダミーだろう。栞は紙を二つ折りにして作られていて、折られている部分を開くと、"屋根裏"と書かれていた。
「次は屋根裏なのね。もう、お祖母ちゃんったら、手をかけすぎだわ」
「ここまで手間がかかるとなると、見つけようという意思がなければ続かないだろう。縫いぐるみだけなら、エヴィ以外の人間が偶然気付く場合もある。こうやって時間をかけさせることで、他の奴を諦めさせる狙いがあるんじゃないか?」
「…それもありそうね」
「お前の祖母には驚かされるな」
屋根裏は昔、物置きとして使っていたらしいが、この十年ほどはほとんど使っていないらしい。入り口と梯子を見つけて、俺たちは屋根裏へと移動した。
流石は物置きとして使われていただけあって、埃を被った箱やら小さな家具やらが多い。
「さて…。栞には屋根裏としか書いていなかった。ここに来た時点でそのヒントの意味もなくなった訳だが、ここからはどうするべきか。何か案がある者は?」
「ごほこほっ…ここ、埃がすごいですね。僕の家よりも埃が溜まってます…」
「私はお手上げよ。アンタに任せるわ」
まず答えになっていないことを言うアーラに、お手上げよ、と両手を上げて降参のジェスチャーをするエヴィ。
アリスはこの場にいないので、ヒントはもらえない。
今ある情報から考えるか…。まだ使えそうなのは…イカレスの話くらいだろう。
太陽への向かい、蝋を溶かしたことで翼を失い、海に落ちて溺死した男。ふうん、蝋…な。根拠はないが、俺の勘で蝋というのが引っ掛かる。
俺は辺りを見渡し、箱を開けて中身を確認していく。五つ目の箱で、蝋燭が詰められた箱があった。なるほど、蝋で、蝋燭。
俺はその箱に手を突っ込み、底の辺りに何かないかと手探りで探す。予想通り紙の感触がして、俺はそれを取り出した。
それは封筒だった。ずっしりと重く、触った感じから中に鍵が入れられているのが分かる。
「アンタってすぐに見つけるわよね…。宝物探しとか隠れんぼとか、アンタとは遊びたくないわ…」
「俺も子供の遊びに付き合うほど暇じゃないから、問題はないな」
「可愛くないわね」
「可愛さを求める必要が?」
封筒を開く。中には予想通り、鍵とそして手紙が入っている。
"エヴィ、見つけたのね。これを探すのは大変だったでしょう。
イカレスの話を知っているということは、貴方はもう大人になっているのかしら。それとも、大人の人を頼ったのかしら。
もし後者なら、その人は本当に貴方が信頼してもよいと思った人であることを祈ります。お祖父ちゃんは駄目よ。あの人は信用できないわ。お祖父ちゃんには内緒で探すのよ。
この宝探しを始めたということは、貴方は私の言葉を思い出したということ。つまり、貴方の両親に何かがあった、または貴方が困ったことになっているということね。
よく今まで頑張ったわね。偉いわ。
この手紙が読まれている頃には、きっと私はいないのでしょうから、本当の声と手で貴方のことを慰めてあげられないけれど。
私はちゃんと空から見守っているわ。
一人ぼっちではないことを、忘れないでね。
次は『貴方に教えてあげた歌のことを思い出して』。頑張って宝を見つけてちょうだい。
書き忘れるところだったわ。その鍵は、開かずの間にある机の引き出しを開けるものよ。貴方へのプレゼント。気に入ってもらえるといいのだけれど"
「…」
「エヴィ?」
「……何でもないわ。…ちょっとだけ、お祖母ちゃんとお母さん、お父さんのことを思い出しただけよ」
そう言う彼女の声は、涙を堪えているような声で。アーラはエヴィの頭を静かに撫でていた。
「…で。その歌とやらに心当たりは?」
「な、ないわ」
「おい、ここにきて手詰まりか?」
屋根裏から下りきて、二階へと戻ると衝撃的な事実が分かった。エヴィは祖母から教えてもらった歌を覚えてなどいないと言うのだ。
嘘だろう…と流石の俺も頭を抱えた。歌なんて俺が知るはずがない。縫いぐるみや謎解きはどうにかなったが、どんな歌かさえ分からないのに、宝の場所が絞りこめるはずがないのだ。
「どうにか思い出せ。今までの記憶を全て掘り起こせ」
「む、無茶言わないでよぉ!!」
「幼少期に覚えたものは、意外と記憶の奥底で眠っているものだ。やればできる。おそらく。きっと。多分」
「………分かんないってば!!こっちはアンタみたいに記憶力がよくないのよ?!」
「…」
「何?!えっ、ちょっと待って。ランプを手にとって何するつもり?!」
「鈍器として使う。走馬灯で歌を思い出せるかもしれない」
「もしかしなくても、私に死にかけろって言ってる?!」
「俺がここまで労力を費やしたんだ。何も見つからなかった、では済まさないからな」
「うっそでしょ?!私、テディベアじゃないのよ?頭にランプぶつけられたら死んじゃうのよ?!」
「死ぬかどうかのギリギリの力でやる。生存率は五分五分だな」
「半分の確率で死ぬ訳?!お断りよ!!」
「悲観的な奴だな。楽観的に見れば半分の確率で生き残る。ほら、半分もあれば十分だろう」
「わぁ本当だわ。それなら安心ねー…なんて言える訳ないわよ?!」
エヴィが死に物狂いで逃げる。俺がランプを持って追いかける。「レオ君?!レオ君駄目ですよ?!さっきは流してましたけど、人の腕を切るのもランプで殴るのも駄目なことなんですからね?!」と叫びながら、俺を引き留めるアーラ。
「?何してる、の?」
丁度、部屋から出てきたアリスは、暴れる俺たちを見て首を横に傾げていた。




