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誕生祭 8


エヴィはアンドレ殿の店から大分離れた、建物の影に潜むようにしゃがみこみ、顔を伏せて肩を震わせていた。


俺はわざと足音を立てて近付き、彼女の後ろに立つ。



「悲劇のヒロイン殿は忙しいな」


「…五月蝿い。DV男」


「言っておくが、あれはお前から手を出してきたんだぞ。正当防衛だ」


「こっちだって、好き好んで泣いてるんじゃないわよ」



エヴィは伏せていた顔を上げて、ギロリと俺を睨んだ。しかし、目が真っ赤に腫れているため、全く恐ろしくなく、睨んでいる意味がないと言ってもよかった。



「…アンタは覚えてるの」


「まぁな」


「…なんで、アンタなのよ。あの人は忘れてるのに。アンタの記憶が消えて、あの人が覚えてくれてたらよかったのに」


「それでも現実は変わらない。覚えてるのは俺で、父様は覚えていない」



俺がそう言うと、エヴィは悔しそうに顔を歪ませ、唇を噛んだ。


「…分かってるわよ。アンタたち、いいところの人だものね。私みたいな庶民のことは、すぐに忘れてしまうんだわ」と言って、また泣き始める。


買い物の時に邪魔だからと、アリスに持つように頼まれていた袋を開け、俺は「おい、エヴィ」と声をかける。袋を開けて、中に入っていたものをエヴィの口の中に突っ込んだ。



「アンタねぇ!こっちは泣いているって分かんないのっ!!…んぐっ!!」


「それは誤解だ。父様は…まぁ色々とあってな、あの日の記憶を失っている状態なんだ。お前のことだけを綺麗さっぱり忘れている訳じゃない」


「ぐっ、げぼっごぼっっ!!」


「その証拠に、父様は現在、母様と喧嘩中だ。あの日に俺が話した忠告まで忘れてな」


「ごぼっっ!!…私のこと、殺す気なのっ?!」


「いいや?生意気なお前のことは好かんが、今のところ殺したいとまでは思ってない。美味いだろう?」


「美味しいけど!!突然菓子を口に突っ込れたら、苦しいわよっ!!下手したら窒息するわよっっ!!」



むせながら、必死に菓子を飲み込んだエヴィが叫ぶ。アーラに渡した菓子の残りが余っていて助かったな。涙を止めるのが楽だ。



「え…何?泣いている女の子を更に苦しませて楽しむとか、そんな特殊性癖でもあるの?」


「そんな変態じみた趣味はない。…涙、止まったな」


「そりゃ止まったけど…窒息死されかけそうになったら、悲しんでるどころじゃないわよ」


「それはよかった。で、話は聞いていたか」


「嘘でしょ。謝罪の一つもない訳?アンタ、人の話を聞かないってよく言われない?あの状態でまともに聞けると思う?」



そう文句を言いつつも、エヴィは「まぁ途切れ途切れなら、ちゃんと聞こえたわよ。何?記憶喪失にでもなったの?」と聞く姿勢になった。



「あの日に関しての記憶は、ほとんど抜け落ちていると言っていい。だからお前のことを忘れているんだ」


「あの日だけ?他のことは覚えてるって…それちょっとおかしくない?そんな狙ったみたいに、一部分だけ忘れるなんてあるかしら」


「事実は小説より奇なり。世の中には不思議なことがあるものだな」



俺が笑みを浮かべて返すと、エヴィは不審げな目を向けた。



「なんで、アンタはそんなに落ち着いてるの?…まさか、アンタの仕業とか?何をやったのよ。白状なさい」


「さぁ?…そう言えば、この前読んだ本に、面白い実験が載っていてな。人間の脳にどれだけのショックを与えれば記憶を喪失するのか、という…」


「嘘でしょ?!自分の父親を実験台にしたなんて言わないわよねっ?!」


「まさか」


「えっ、怖い怖い怖いっ!!マジでアンタならやりそうなのが余計に怖いっ!!」



エヴィの反応に俺がくつくつと笑っていると、ぽんっと俺の肩に何かが乗せられた感触がした。見ると、細い腕だった。握力がないためほとんど重さや痛みを感じないが、それは確かに人間の手だった。



「レオ。それ、本当?」



後ろを振り向くと、目が据わったアリスが俺を凝視していた。



「おっと、聞かなかったことにしてくれ」


「私、言った。駄目って。他の人、傷付けるのも、駄目だけど、父様たち、は、特に駄目。ね、私、言った」


「…はて。何のことやら」


「闇に溺れし者に鉄槌を。闇に生きる者に」


「分かった分かった。誤解だから自爆魔法は止めろ。傷付ける意思があってやったものじゃない」



杖を突き付け、自爆魔法を唱え始めたアリスに、俺は冗談が通じない奴だなと思いながら両手を上げる。敵意はない、という意味だ。アリスは一度詠唱を止め、俺を訝しむ。



「…ほんと?」


「信じられないなら勘に頼れ。嘘か真か分かるだろう」



暫くアリスは無言でじいっと俺の顔を見つめていた。そして、やっと「…嘘、じゃ、ない…?と思う」と頼りなく言う。


口を滑らせて前世の記憶がバレそうになったから忘却魔法を使ったところ、失敗して一日だけの記憶を失ったのだと、俺はアリスには本当の事情を説明してやった。


できるだけエヴィには魔法のことを言うのは避けたいからな。万が一父様の耳に入っても困る。


意図的に失敗したのではないといっても、父様に魔法をかけたことには変わりはないので、アリスは渋い顔をしたが、わざとじゃないのなら仕方がないと最後には納得したようだった。




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