誕生祭 9
「アンタはなんでここにいるの?泣いている私を笑いにでも来た訳?」とエヴィが尋ねてくる。
「そんなつまらないことに時間は割く訳がないだろう。…今回の件が俺の責任なら、埋め合わせでもしないと駄目かと思ってな。本当に、全くもって、不本意で、心底面倒ではあるけれども」
「うわ…そこまで嫌な顔をしながら、そんなことを言われたのは初めてよ。埋め合わせって例えば?何かくれるの?もらえるならもらうわよ」
「…何か望みを言ってみろ。俺ができる範囲のことなら、力を貸そう」
図々しくも「もらってあげるわ」なんて言うエヴィに呆れつつ、俺はそう尋ねる。すぐさま「お金をくれるとかは?」と彼女が言い、「却下。そういったもの以外」と俺が返す。
なんだ、と肩をすくめて不服そうな顔をした後、エヴィは何か思い出したような顔をして、俺を見つめてきた。
「…アンタ、頭いい?」
「少なくともお前よりは」
「嫌味な奴。…そ。取りあえず、私一人で悩むよりはマシかもね。三人寄れば何とやらと言うし…」
そう呟いた後、エヴィは真剣な顔で言った。
「手伝って欲しいことがあるの」
エヴィは俺たちをある建物に連れてきた。彼女は首から下げて服の下に隠していた鍵を取り出し、慣れた手付きでドアを開ける。
鍵があるということは、廃墟を勝手に使っているという訳ではなく、彼女の所有物であるということなのだろうか。
「入って」
勧められるまま、中へと入ると、部屋の隅に多くのテーブルと椅子が積み上げられているのが見えた。かなり広さのあるところだが、生活感はない。埃を被っていて片付けられている。
「ここは?」
「お父さんとお母さんがやっていたカフェよ。今は…もうやってないけど」
なるほど。両親が死に、今は彼女の所有物ということになっているのだろう。
「何か淹れてあげるわ。茶葉があとちょっとだけ残っているはずだから。そこら辺にあるテーブルと椅子を出しておいて」と言い残し、エヴィは奥へと入っていく。
客に茶を出すくらいの常識は備わっているらしい。彼女の頼みごととは、茶を飲み腰を落ち着けて話す内容なのだろうか。
積み上げられたテーブルと椅子の山から、テーブル一つ、椅子三つを引っ張り出し、部屋の中央で並べたところで、エヴィが茶を持ってきた。今の内に消費させておこうということで、俺たちも持っていた菓子を取り出す。
紅茶を一口飲み、喉を潤したところでエヴィは話を切り出した。
「話っていうのはね、お祖母ちゃんが、私に残してくれた遺言が分からないのよ」
「遺言?」
「『お祖父ちゃんは信用ならないからね。もしお前の親に不幸なことがあったり困った状況になったら、私の言葉を思い出しなさい』って。お祖母ちゃんが死んだのは、お母さんたちよりも前なんだけど、すごくしっかりしている人だった。お母さんはいつもお祖母ちゃんのことを用意周到すぎる人だって言ってたもの。だから意味がない言葉とは思えないんだけど…『最初に、開かずの間を開けなさい』。意味、分かる?」
「その、開かずの間とやらに心当たりがあるんじゃないか?」
「ええ。あるわよ。今、私が住んでいるのがお祖父ちゃんの家なんだけど、その家に一つだけ鍵がない部屋があるわ。それのことだってのは分かるけど、鍵がないものをどうやって開けろっていうの?」
「簡単だ。ドアを蹴破ればいい」
「アンタに聞いた私が馬鹿だったわ。暴力男」
「あのね」とエヴィは苛立った声で続ける。
「ドアってのは開けるものなの。蹴破るものじゃないの。ドアを閉じたり開けたりするために、世の中には鍵ってものがあるの。お分かり?」
「正攻法で開かないなら、乱暴にことを進めるのも手だ」
「頭まで筋肉なんじゃない?」
「計算も満足にできぬような子供に言われたくはないな」
「わ、私だって簡単なのはできるわよ!!」
馬鹿にされたと思ったエヴィが頬を膨らませ、食ってかかる。
「三足す五は?」
「八!馬鹿にしてるの?!こんなの私だって解けるわ!」
「二百四十八羽の鳥の群れがある。性比は丁度半分。全員が繁殖に参加するとし、一組につき三羽の子供が生まれるとする。死産といった状況は除かれ、確実に親子共に無事であるとする。子供が全員生まれた時、群れは何羽になるか?五秒で解け」
「…え、何それ。宇宙語?」
「これが普通か」
「そ、そんなの五秒で解くなんて大人でも無理よ!無理!私をからかって楽しんでるんでしょ!」
エヴィはカップを乱暴に持ち上げ、カブカブと中身を飲み干した。だんっ、とカップを置き、「それでっ!」と大声をあげる。
「この遺言の意味、分かるの?!」
ふむ、と俺は腕を組んで暫し思案した。『最初に、開かずの間を開けなさい』。この言葉だけでは情報不足だ。ただ開けるだけでよく、方法は何でもいいならば話は別だけれども、常識的に考えて祖母が孫に「ドアを蹴破れ」と勧めるとは思えない。余程アクティブな老婦人ならばそれで正解だったかもしれないけれど。
となると、エヴィの言う通り鍵があるのだろう。そしてその鍵を探せと言っているのだ。




