画家 20
大きなテーブルに料理を並べ、いつもより一脚多く椅子を並べる。自分の分のシチューをよそい、全員のところに料理が行き渡ると和気藹々とした食事が始まった。
「リアム様が急に来たのは驚いたけれど、多めにシチューを作っておいてよかったわ」
「アメリアの料理は格別だね!君の手料理にありつけただけでも、ここまで来たかいがあったというものさ。本当にアレクはいいお嫁さんを見つけたものだね」
「ありがとう。でも、リアム兄さん。本当に今回は急すぎるよ。レオに連れてこられた兄さんを見た時はびっくりしたんだから」
「いいサプライズになっただろう?」
「そりゃあそうだけど。今度はもっとちゃんとおもてなししたいから、早めに連絡をくれると嬉しいかな」
「善処するよ」
俺が伯父様を屋敷に案内した後、突然すぎる訪問に父様は酷く驚いていたが、無茶振りには慣れているとばかりに笑って彼を迎え入れた。
母様も「まぁ、リアム様が来てるなら料理をますます頑張らなくちゃ。ね?アリス」とにこにこと笑って、簡単に受け入れている。そんなにあっさり受け入れる?と驚いたのは俺とアリスだけだ。
「リアム兄さん、旅はどうだった?」
「とても素晴らしかったよ。是非聞いてくれ、アレク。一番楽しかったのは、興味本位でジャングルに入って、迷ってしまった時だったんだけど」
興味本位で、ジャングルに?正気かと思いながらも黙って、シチューに入った人参を咀嚼する。勿論、馬鹿じゃないのかという内心の思いを顔には出していない。
「食料が尽きてしまって、餓死寸前までいったんだ」
…何をやってるんだ?
「しかも面白そうって思ってすぐに行ったから、コートに帽子っていう動きにくい服装でさ。体力も底を尽きて、行き倒れてたんだよね」
…アーラ以上の馬鹿なのか?
「そこで、原住民の民族に助けられたんだよ!言葉は通じなかったんだけど、コミュニケーションは言語だけじゃないよね。身振り手振りで交流していたら、すっかり馴染んでしまって。村の一員にしてもらったんだ」
何がどうしてそうなる。
「一族だけのお祭りにも参加してね、こう、松明を頭に何本も突き刺して、火傷のリスクと戦いながら、一晩中焚き火の前で踊り回るんだけど。僕が石につまずいて背中に大火傷を負っちゃってさ。村に伝わる秘伝の塗り薬を塗って、手厚く看病してくれたんだよ。これが痛いの。拷問されてるんじゃなかってくらい痛いんだけど、すっごくよく効いたんだよね。今じゃ火傷の痕も残ってないんだ」
…気になるところが一点二点なんて数じゃないんだが。
「他にも色々あったなぁ。あ、実はスリにあって、全財産盗まれて大変だったんだ。知り合いの家でお世話になってて、でもお金を借りるわけにはいかないしなぁ…って思って、お金を稼ぐことにしたんだ。今まで世界各地を転々としてきたからね。まずは路上で知り合いから借りた楽器で、他国で人気の音楽を演奏して、気がいい人にお金をもらったんだ。こういうのをストリートミュージシャンって言うんだよ。こちらの国には馴染みがないかもしれないけどね。それで、もらったお金でレストランを開いて、世界で僕が食べた中で美味しいなと思った料理を再現して、お客さんたちに振る舞ったら大繁盛!で、帰りの資金を得て、また旅を再開して、色々ありながらも帰ってきたってわけだね」
伯父様の生きる力と運が、素晴らしく強いことは分かった。理解が追い付かないけども。
俺も前世で様々な経験をしてきたつもりだけれど、上には上がいるものだな、と水を飲みながら遠い目をする。
流石の俺でも、ジャングルに住む民族に混じり踊り狂った挙げ句に、怪我をして看病されるなんて経験はない。スリにはあったこともやったこともあるが、そのストリートミュージシャンなる者の真似したこともない。金を盗んだ奴をあらゆる手を使って見つけ出して、半殺しにしたことはいくらでもあるがな。
「大丈夫、だった…?」
伯父様の話を聞いていたアリスが、思わずといった風に尋ねる。彼は少し驚いた顔をした後に、嬉しそうに頬を緩ませて、しっかりと頷いた。
「勿論!こうして生きているわけだしね。アリスちゃんは優しいねぇ」
「誰、でも、心配すると思う…」
「そうかな?それでもありがとう。可愛い姪っ子に心配してもらえるなら、どんな大怪我でも治る気がするよ!」
伯父様はデレデレと笑いながら、隣に座るアリスに抱きつく。そんな彼をアリスは首を横に傾げつつ、よしよしと頭を撫でていた。スキンシップが激しい人だな。
「可愛い…子供ってのはやっぱり可愛いねぇ…。僕も彼女とか欲しいなぁ。いい人いない?ねぇ、アレク」
「さぁ。でも兄さんなら、好いてくれる人もいるんじゃないのかい?」
「声をかけてきてくれる子ならいるんだけど、やっぱり世界を旅しているんだって言うと、恋愛には発展しないんだよ」
「じゃあ、そろそろ落ち着いたらどうだい?なんなら、当主の座を譲るよ?この屋敷も。僕は、奥さんと子供たちと一緒に田舎にでも引っ越して、研究をしながら楽しく暮らすから」
「嫌だよ!僕はこの生活が気に入ってるんだもの。それはお前が当主の仕事が嫌だからだろう。お前が当主や貴族として面倒なことをやる、俺は自由にやる、昔に正々堂々勝負してそう決めたじゃないか」
「そうだけど…やっぱり貴族の人とのお喋りは僕に向いていないと思うんだ」
「僕だって向いていないよ」
「それもそうだね」
「だろう?」
父様と伯父様がおかしそうに笑い合う。俺は二人の様子を静かに眺めていた。
「殺そうと思う」
昼食と夕食を食べ終わり、俺はアリスを部屋に呼んだ。しっかりと施錠した後に、机に座って腕を組み、そう切り出した。
「画商の人?」
「あぁ。俺が約束したのは"アーラを画商から守ること"。しかし、実際には守るという行為は、誰かを殺すよりも難しいんだ。今回の件で改めて痛感した。誰かを殺すならそれだけを考えればいいが、守るとなると敵が取りうるあらゆる行為を予測し、対処しなければならない」
「うん」
「だから、"守る"を"殺す"に変えることにした」
片手でくるくるとナイフを弄びながら、俺は窓の外を眺める。二階からは遠くの町が見える。アーラが住んでいる町だ。
「"画商から守る"ならば、"画商を殺して、手を出せない状態にする"ことで、俺は約束を守りきったことになる。簡単に言えば、"アーラを守る"という守る姿勢から"画商を殺す"という攻める姿勢に変える。こちらの方が俺の得意分野だ。本当は、俺が寝ている間に訪ねてくるなんてことがなければ、殺すことは避けようと思っていたんだがな」
どうして?とアリスは疑問を口にした。俺が殺しを躊躇うような性格ではないことは彼女も知っているからだろう。
「まず前世ではあった、一人の死を揉み消す権力がない。あとは、画商は俺自身に何か危害を加えたわけではないから、殺す必要もないかと思っていたんだ」
「…あ、レオに害意を向けてる、わけ、じゃない、から。あくまで、アーラに」
「そう。けれど、アーラは死にかけるところだった。今回は上手くいったが、次はどうなるか分からない。それでアーラが画商に殺されるなんてことになれば、俺は完全な契約違反者だ。命が取引でも最も重いものだから、手足を切り落とすどころではない。となると、その前に殺すのがやはり手っ取り早い」
「殺すの?」アリスの声が低くなる。
「殺す。俺の都合で。邪魔だから」
俺はナイフで遊ぶのを止めて、視線を窓の外からアリスに移した。相変わらずの無表情で、じいっと俺の見つめてくる。ふっ、と笑って、俺はナイフを自分の首元にあて、喉を掻ききる真似をした。
「これはお前が言っていた、"許されないこと"に当たるか?…俺を殺すか?」
少し書きためることができたので、明日の七時にもう一話投稿する予定です。




