画家 19
「手紙…ですか?」
「うん。兄さんから。レオも読むかい?」
無事に屋敷に戻って人形と入れ替わることができ、一階に下りると父様に会った。彼の手には開封済みの白い封筒が握られている。
父様の兄、ということは前に聞いていた伯父だろうか。軽く話を聞いた限りだと、世界を自由気儘に旅をしているらしいが。
俺は頷いて伯父からの手紙を受け取った。
"やぁ、アレク。元気にしてるかな?噂を聞くに、お前なりにちゃんと最低限当主の仕事はしているみたいで兄は鼻が高いよ。お前のことだから、研究に没頭して仕事を蔑ろにするかと不安だったんだけど、余計な心配だったようだね。僕は楽しんで毎日を過ごしているよ。あぁもうすぐそっちに帰るから予定だから、出迎えよろしくね"
…ずっと、前から思っていたことだけれども、アクイラ家の人間は本当に貴族なんだろうか。俺が言えたことではないが、随分と無作法な手紙だ。要件が簡潔に書かれているから、形式的な意味のない言葉がつらつらと書き連ねているより、俺は好きだかな。
「"もうすぐ"とは…一週間後くらいでしょうか?」
「さぁ。昔からこういう人だからね。思い立ったら即行動、といった感じだよ。兄さんの"もうすぐ"は信用しない方がいいよ。明日かもしれないし、一ヶ月後かもしれないし、一年後かも」
「一日と、一年では幅が違いすぎでは…?」
「まぁね。早めに来てくれることを願おうか」
伯父の身勝手さに慣れているのか、父様は苦笑して「兄さんは相変わらずだなぁ…」と手紙を眺めながら言った。呆れた風を装ってはいるが、その声は嬉しげで、眼差しは柔らかい。兄弟仲はいいらしい、と俺は思った。
台所ではまだ母様が料理を作っていて、俺と共に帰ってきたアリスも彼女の手伝いをしている。「何か手伝いましょうか?」と二人に声をかけると、「じゃあ、畑から野菜を取ってきてくれないかしら。今日はシチューなの。足りないのは…じゃがいもと、あと人参ね」と母様に言われ、了承の言葉を返す。
前に料理を作ってから、できる限り母様の手伝いをすることにしているのだ。ただ飯を食らうだけなのは気が引けるし、この夫婦には衣食住の提供してもらっている恩もある。恩は返なさけらばならない、ということで、簡単な手伝い程度なら請け負うことにしている。
裏口から出て、父様が育てている畑へと向かった。
いつ見ても、面白い場所だ。水の球体がふわふわと宙に浮かび、乾いた土の上で弾けて、水やりが行われる。肌寒くなれば火魔法が発動する魔法道具が起動し、野菜が育ちやすい温度に自動的に調整される。その他にも、売れば高く売れそうな魔法道具が並べられていて、その場所をただの畑というのは無理があるだろう。
こちらの世界の魔法は、俺やアリスが使う自分の体内にある魔力を使った魔法よりも、魔法道具に依存した魔法が主流だ。
つまり魔法を作るということは、魔法道具を開発するという意味であり、魔法道具を必要としない俺たちの魔法は希少価値が高いことになる。
一応補助として杖は使っているが、あれはあくまでも効率を上げるためのものであって、魔法を使う際に必要不可欠というものではない。
「厄介事はごめんだからな…。念には念を入れて、父様にも魔法道具が不要な魔法のことは黙っておくか…」
そんなことを考えながら、野菜を収穫し、籠の中に入れていく。多めに作って食べきれなかった分は後日消費するということで、シチューの量は人数分よりも多く作るらしい。そのため、必然的に必要な材料も多くなる。
じゃがいもを三個と人参を四個が入った籠は、魔法で身体強化していない純粋な五歳児の筋力には少し負担が大きい。かといって、これ以上の魔力消費は避けたいので、疲れはするだろうが、そのまま持っていくことにした。籠を持ち上げる際に、肋骨がズキリと痛む。
「骨折…人間は時間をかければ自然治癒で治ったのだったか?それとも、処置が必要か?どちらにせよ、脆くて面倒な身体だ」
少なくとも数週間はこの痛みが常に付きまとうのか、と溜め息をつきながら、立ち上がると、不意に知らない気配が屋敷に近付いてくることに気がついた。客だろうか。
顔を見ておこうとその場で待つことにした。数分後、帽子を被ってコートを着た男がやって来て、俺は目を細める。確かに知らない気配…ではあるが、どうにも初めて会ったとは思えない気配だ。少し父様のものに似ているかもしれない。
男と目が合い、軽く会釈しようとした瞬間…男は荷物を放り出しこちらに駆け出してきた。全力疾走で。
は?と思っていると、男は俺の目の前でブレーキをかけて止まり、そしてぱあっと目を輝かせた。もう一度思う。は?
「君がレオ君かい?あ、それともアリスちゃん?」
「…性別は男です」
「じゃあ、レオ君か!初めまして!」
「どうも?」
誰だ、コイツは。
「君たちに会えることをずっと楽しみにしていたんだよ!」と頬を赤らめて興奮したように叫ぶ男に、冷たい視線を浴びせながら、距離をとる。
害意はない。向けられる視線から感じられるのは、好奇心と純粋な好意のみ。父様と同じタイプか。俺みたいな人の悪意に慣れている奴にとっては、調子が狂わされるから苦手なタイプだ。
俺が徐々に距離を開こうとしているのに気が付いたのか、「そうか、突然知らない人に声をかけられたら驚くよね。ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだ」と彼は言って、胸元に手を当てる。
「まずは自己紹介かな。リアム・アクイラ。アレクの兄で、君の伯父にあたる」
…伯父?
「…つい数十分前に開封した手紙では、"もうすぐ"来訪すると書かれていたのですが」
「え?ちゃんと"もうすぐ"だろう?」
「手紙上の"もうすぐ"の感覚をご存知ですか?」
「あ!手紙は数日前に書いて送ったものだから、過去の僕にとっては丁度"もうすぐ"になるね」
「普通は受けとる側に届く日にちも考えて、手紙を書くと思いますよ」
「そう?」
「はい。普通は」
そっか…じゃあ、次からは気を付けるよ!と微笑む男に、コイツが話に聞いていた伯父なのか?と疑問を覚える。雰囲気や容姿は父様に似ている。ちょっとした仕草も貴族出身であることが分かるし、服装も値が張るものだろう。外見だけを見れば納得できるが、アーラは彼のことを紳士だと言っていたはずだ。
紳士?荷物を放り投げて、全力疾走し、高いテンションで初めましてと挨拶する男が?
随分と想像と違うな、と思いつつ、気持ちを切り替える。
「…失礼致しました。改めて、レオと申します。お会いできることを楽しみにしていました」
「うんうん。僕も可愛い甥っ子に会えることを楽しみにしていたよ」
「…呼び方は、リアム様と?」
「嫌だなぁ、そんな他人行儀な呼び名は。リアム伯父様♡と呼んでくれ」
「……伯父様ですね。分かりました」
「もっと、可愛く呼んでくれると僕は嬉しいなぁ…伯父様♡って」
「………………父様がお待ちです。どうぞ、ご案内致します」




