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画商の過去 3


両親を殺したとはいっても、故意でやったものではなく、ほとんど事故に近かった。私はあくまで彼らに苦しんで欲しかっただけ。幻覚に数日ほど苛まされて、神経が磨り減らされ、私に文句を言ってくる気力が削げればいいと思って、薬を飲ませただけだった。


とはいっても、冷たくなった二人の死体を見た時、罪悪感に押し潰されたなんてことはなかった。何の感慨も湧かなかった。ただ呆気ないな、と。人の死というものは、こうも呆気なく散るものなのだと、新しい発見をした気分だった。


人の命は尊く大切にすべきもの、という一般的な道徳は私も教えられていた。しかし、実際に死を目にすると、それほど尊いものなのだろうか、この呆気なく失われるものが美しいのだろうか、と首を傾げる。そう思ってしまうのは、やはり私の性根が歪んでいるからなのだろうか。


両親が死んでから四年が経った。光陰矢のごとしとは言うけれど、月日が経つのは早いものだと最近実感することが多い。実家という重い負担が消えた私は、画商としてそれなりのキャリアを積み、充実した日々を過ごしていた。


そんな充実感が消し飛んだのは、久々の、上の上の作品を見た時だった。憎々しい青だった。薄い青色。その青の中に浮かぶ、軽やかさのある白。本物の空を切り取ったかのような作品。そう、私が憎む空の絵画だった。


見つけたのは、まだ駆け出しの画家たちの作品が並ぶ展示会で、他の中や下の作品に埋もれるように、その絵はその他大勢の中の一つとして控え目に飾られていた。その絵の前に足を止めたのは私だけだった。他の人間は誰も見向きもしていない。



「父さん…?」



幼い頃に見た、父が描いていた空の絵に似ていた。思わずぽつりと呟く。違う。あり得ない。父は狂死した。私がしかとこの目で、彼の死を確認した。生きているなんてことはあり得ない。


けれど、もし。もし生きているのなら。


私は作品を描いた画家の元へと訪れた。容姿に父の面影などない普通の青年。目付きが悪く、素っ気ない物言いをする男。空を描くことが得意であり、作風が少し父に似ているだけの、父とは何の縁も関係もない男だった。私は息を吐いた。落胆する訳がないのだから、安堵したのだろう。


並べられた作品を一つ一つ見て、父の描き方との差異を探し、その度に別人物なのだと実感する。まさか死人が生き返ったのではと焦った、余裕のない自分に自嘲してしまう。


夕焼けの空の絵を一つ買った。本当は空の絵など一つだって持っていたくはないけれど、私のいつもの悪い癖が出たせいだ。上の作品が全く評価されない様を見たかったから。父に似ている彼の作品が罵られるのを見たかったから。


芸術のことを大して理解していない、目が肥えているのだと自称する収集家たちが上の作品を貶すのは、見ていてとても面白い。笑えるのは、才能があるのに認めてもらえない画家と、自分の目が節穴であることも知らず、自信満々にここが駄目、ここがよくないと駄目だしをする客。私にとっては喜劇だ。


私もつい画家の作品を軽んじるような発言をするが、それは価値を知っている上でわざとやっている。実際に売れていないから画家たちは反論できない。その様子を観察するのが楽しいのだ。


夕焼けの絵も、そうなるはずだった。



「君、画商かい?」



丁度他国に渡る予定があったので、船に乗り海を渡っていた途中。布で絵を包み運んでいる私に声をかけてくる男がいた。そうですが、と答える。



「僕はリアム・アクイラ。芸術作品を集めるのが趣味でね。その作品を見せてくれないか?」



アクイラ、という音の響きに聞き覚えがあった。歴史ある貴族の名家の一つ、そして貴族社会の中では変わり種として有名な家だ。確か現当主は貴族でありながら研究者の真似事をしていると聞く。若い頃から次々と新しい魔法道具を発明してきた、種類は違うが、両親と同じまさに天才と呼ばれる、才能に恵まれた男だと噂で聞いている。



「…かの有名な、アクイラ家の当主の方でしょうか?」


「いいや。それはアレクの方だろう。僕は彼の兄だよ」


「兄?」



違う違う、と手を振りながら言われた言葉に引っ掛かりを覚える。貴族の生まれではないから詳しくはないけれど、普通は長男に当主の継承権を渡すものではないのだろうか。ん?と男は首を傾げた後に、「あぁ、なんで弟が当主なんだって言いたいんだろう?皆好きだよね。その質問」とこちらが質問をしていない内から男は答えた。



「簡単だよ。面倒だったからさ」


「…面倒?」


「僕は自由気儘に旅をして、好きな芸術とか音楽とかを楽しんで過ごしたかったんだよ。貴族なんて身分しんどいだけだし。当主になんかなったらしがらみだらけだ。だから、弟のアレクに全部押し付けた」


「押し付けた…」



にっこりといい笑顔で、継承権を放棄したのだと言いきった男に呆気にとられる。弟は兄の言うことを聞くものさ、アイツも魔法道具の発明をしたいんだって抵抗したんだけど、研究は当主になってもできるだろって説き伏せてね、いやぁ盛大な兄弟喧嘩だった、とウインクをして言う。


ちょっとした仕草や言葉遣いは、やはり貴族らしく生まれがいいことを感じさせるが、この態度はウザいなと一瞬苛立った。



「で、その絵見せてくれるよね?金ならあるよ?」


「…分かりました」



金貨で膨らんだ袋を見せられれば、嫌だと突っぱねる訳にはいかない。渋々布を解いていくと、男は子供のように目を輝かせながら覗き込んでくる。絵画の全貌が明らかになると、「素晴らしい…」と呟いた。



「いいね。とてもいい。まだ荒削りだけど、確かに才能が光る作品だ」



自分が思っていたことをそのまま口にした男に、心臓が嫌な音を立てた。展示会でも目を止めた人間はいなかった。まだ無名の画家だ。サインもない。しかし、男は作品を一目見ただけで価値を理解したのだ。上の上は、やはり見る者が見れば分かるものなのだという事実を突きつけられた。


男は絵を買うと言い出した。金に困ったこともないのだろう。半額で買い取った作品の五倍以上の値段を提示しても、あっさりと了承し、金を払った。



「ねぇ、君。芸術は嫌いかい?」



金貨を数えている私に突然男は声をかけてきた。一瞬、息が止まる。「どうして、そう思ったんでしょうか?」尋ね返した声は震えていた。



「そういう目をしてる」



男は柔和に微笑んでいて、その目にじっと見つめられていると心の内まで見透かされそうな気がした。気まずくなって目をそらす。



「君はきっと、人一倍プライドが高いタイプかな。あぁ気を悪くさせてしまったらごめんね。悪気はないんだ」


「…」


「プライドが高いと同時に、コンプレックスだと思っている部分も多いだろう。君の場合、それが芸術に関係しているんだろうね」



ずっと自分の中で隠してきたものを次々に言い当てられて、私は少なからず動揺した。昔から自尊心が高く、プライドを傷つけられることを酷く嫌っていた。また、逆に両親とは違って自分が凡才であることを自覚し、それを気にしている節がある。幼少期に親から責め立てられたことを思い出す。私の最大のコンプレックスだった。



「余計なお節介かもしれないけど、画商は止めた方がいいと思うよ」



予想外の言葉に顔を上げる。この職は不本意ながら向いていると思っていたし、他の画商仲間からも見る目があると認められていた。何を言っているんだ、と反論したくなったが、顔を上げて男が浮かべている心配げな表情に言葉を失った。



「君が思うよりも世界は広い。嫌いな芸術に関わらなくても、職はあるし、選り好みしなければ食べていける。君の一見相反しているように見える、その二面性はいつか身を滅ぼす気がするんだ」


「は…?」


「今すぐにでは無理でも、気分転換はした方がいい。そうだな。ピアノとかはどう?音楽も芸術の一つだけど、こっちの方が君は向いていると思うんだよね」


「何を根拠に…」


「僕、意外と見る目はあるんだよ。アレクの才能だって、僕が一番最初に気付いたんだから」



ま、考えておいてね。と言い残して、男は去っていった。買うだけ買って、言うだけ言って満足したら去っていった。意味が分からない。アクイラ家は変人が多いという噂は聞いていたが、彼のような人間ばかりなのだろうか。どうにも自分の調子が乱される。


男とはそれきり会うことはなく、忙しい日々を送るにつれて彼の言葉も私は忘れていった。




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