1.酒好きの戦士と飛竜屋の老人
イェソドの巫女ウルとガブリエルの戦士カルディからタウのパスを勝ち取ったマルシャルとシャルリエは、次のパスを求めて北東に向かっていた。
マルクト王国には神殿のある王都と、既に手に入れたシンとタウの他にまだ二つのパスがある。
その内の一つ、コフのパスはマルクト王国の北東の国ネツァクの手に渡っている。
そのネツァクが次に向かうと予想される村こそが、今マルシャル達が向かっているツァディーという村なのだ。
しかし、イェソド神殿のウルとカルディと別れた川からタウに向かう予定だった二人の疲労は、既にピークに達していた。
何故ならシャルリエは幼少期から室内に籠もりきりの生活を送っていたが故に体力が無く、マルシャルは相変わらず見張り番を続け睡眠不足なうえに、旅に出てからというもの大好物の酒を一滴も飲めていなかった事が原因だったのだ。
騎士団員になってからというもの、マルシャルは時間が出来れば寝るか酒場に行くかという騎士としてあるまじき日常を過ごしていた。
ツァディーには遠征で行った経験があるマルシャルは、そこでも上司カルダの目を盗んで酒場に入り浸っていたのだ。
そんなマルシャルでも類い希な剣捌きと行動力が高く評価されていたからこそ、マルクトの騎士に選ばれた。
だがそんなマルシャルと同等か、それ以上の実力を兼ね備えた騎士が居た。
その男の名はゾルジ・クロベ。マルシャルより二歳年上の騎士で、騎士団の中でもただ一人の竜を乗りこなす事が出来る男だった。
竜騎士というとマルクトや他の国でも珍しいものなのだが、ゲブラー王国では馬よりも竜に乗る騎士の方が一般的とされている。
ゲブラーには飛竜が数多く生息しており、ゾルジの父親がゲブラー出身だからその息子がマルクトで竜騎士になれたのだという噂はマルシャルも耳にしていた。
しかしマルシャルが騎士になる前の年に、ゾルジは討伐遠征先にて魔物の大群に殺されてしまった。
そうして翌年に騎士となったマルシャルは、剣の腕に関してはゾルジの再来だと言われ続けてきたのだ。
会った事も見た事も無い男と比べられるのは良い気分ではなかった。
だがマルシャルは、いつかは竜騎士ゾルジを超える騎士になってみせると密かに胸に誓っていた。
二人が目指すツァディーの村……。そこでゾルジは命を落としたのだ。
マルシャルとシャルリエはツァディーに向かう前に、イェソドの王都で旅の疲れを癒やす事にした。
既に数日前に国境は越えている。夕方には王都に到着出来たので、暗くなる前にイェソドの神殿で休ませてもらえるよう頼みに行った。
「マルクトの巫女、シャルリエ・アドナイ・メレクと申します。今晩こちらでお部屋を貸していただいても宜しいでしょうか?」
マルクトと似た造りの神殿に足を踏み入れると、一人の信徒が二人を出迎えてくれた。
「マルクトの巫女様にございますか。はい。巫女様と戦士様それぞれに、お部屋とお食事をご用意させて頂きます」
「ありがとうございます」
(へぇー。ライバルの神殿にもちゃんと対応してくれるんだぁ)
「それでは早速お部屋にご案内させて頂きます」
「宜しくお願いします」
信徒に促され石造りの廊下を歩いて行くと、向かい合わせになった部屋にそれぞれ案内された。
「お食事の準備が出来ましたら呼びに参ります」
「はい、ありがとうございます」
「では私はこれにて……」
頭を下げて歩いていく信徒をマルシャルは呼び止めた。
「すみませーん!」
「はい、何でしょうか?」
「僕の食事は部屋に運んでおいてもらえますか?」
「マルシャル、どこかへ出掛けるのですか?」
「うん、ちょっとね」
(どうしても今すぐお酒が飲みたいんだもん!)
疲労も眠気も今のマルシャルには関係無かった。
酒が飲みたい。シンプルな欲望がマルシャルを支配していたのだ。
「畏まりました」
「あまり遅くまで出歩いてはいけませんよ?」
「わかってるって!」
(飲みすぎて記憶飛んだら朝帰りになるかもしれないけどね!)
酒の事で頭をいっぱいにしたマルシャルは意気揚々と酒場へむかうのだった。
早速酒場を探して大通りを歩いていたマルシャルだったが、行き交う人々から妙に視線をかんじていた。
(皆僕を見てるような……)
気のせいではない。確かに多くの人々がマルシャルを見ているのだ。
(何か感じ悪いなぁこの国……。早くお店見付けて入っちゃお!)
近くに酒場の看板を見付けると、マルシャルはすぐに扉を開けて中に入っていった。
テーブル席を抜けてカウンターへ向かい、適当な席に腰掛ける。
しかし他の客達からもさっきのような視線を感じる。だがマスターだけは自然に接してくれた。
いつも好んで注文しているほんのり甘い酒を飲み始めて数分後、マルシャルの隣に見知らぬ老人がやってきた。
老けてはいるが瞳は生き生きとしていて、活発そうな印象を受ける。
「なあお前さん。見たところマルクトの若騎士だろう」
「え、どうして分かるの?」
「その鎧を見れば一目瞭然だろう! そんな事もわからんのか? ガッハハハ!」
豪快に笑い飛ばしてくる老人に頭が痛くなったが、今まで感じていた視線が騎士団の鎧のせいだったならば納得出来た。
「……で、お爺さんは僕に何の用なのぉ?」
「お前さん、ツァディーで亡くなった竜騎士さんは知ってるか?」
「名前だけはね」
「おお、それなら話が早い! どうだお前さん。飛竜を買ってみる気はないか?」
「はぁ?」
詳しく話を聞いてみると、どうやらこの老人はゲブラーからやってきた飛竜屋をしているバルゴーという男らしい。
バルゴーは長年様々な国を渡り歩いて(実際には空を飛んで)きたのだが、飛竜を扱うには素質が必要である為、なかなか買い手が見付からないのだという。
そこで偶然目を付けたのがマルシャルだったのだ。
騎士とあらば給金も良いし、竜騎士に憧れていればすぐにこの話に飛び付くだろう。バルゴーはそう考えていた。
「どうだ? 立派な飛竜を用意してやろう」
しかし現実はそう甘くなかった。
「連れが怖がりそうだからいらないや」
「な、なんだと!?」
「女の子と一緒だからさ僕。その子が怖がったら飛竜持ってても邪魔なだけだしぃ?」
連れの女の子……シャルリエは飛竜なんて本でしか見た事がないだろう。
イェソドの神殿に向かう途中で見た大型犬にすら怯えていた少女が、都合良く飛竜には怯えないとは考えられなかったのだ。
しかしバルゴーは引き下がらなかった。飛竜屋歴六十年のプライドに懸けて次の手を出してきた。
「それなら目がぱっちりとした愛らしい飛竜を用意しよう! それならどうだ?」
今までそんな理由で断ってきた男は何十人と居た。
しかしバルゴーはそういった客に対して女性でも可愛いと感じる飛竜をしっかり用意していたのだ。
(これならどうだ坊主! 可愛い飛竜なら買うだろ! 買うだろ!)
「えー? 可愛いだけなら僕興味なーい」
「ななな、なんだと!?」
「女の子受けしてそれでいて格好良くて強い飛竜なら買ってあげなくもないけどぉー?」
(こんな要求に応えられるわけないよねぇ? 酒に使うお金を飛竜なんかに使いたくないし)
(この坊主……完全にワシを舐めとるわい!)
それでもバルゴーは営業スマイルを保ってみせた。
「お前さん好みの飛竜なら買ってくれるんだな?」
「そんな飛竜が居るならね。あ、どうせだったら値引きしてくれない? 僕マルクトの戦士だからぁ、セフィロト聖戦割引とかどうよ!」
アルコールが入って若干調子に乗り始めたマルシャル。
「マルクトの戦士だと……? お前さんがか?」
「そうだよー? 連れの女の子は巫女シャルリエ様。巫女と戦士に飛竜を売ったとなったら、良い宣伝になると思うんだけど」
その作戦はバルゴーの心を揺さぶっていた。
(ワシが巫女様と戦士様に飛竜を売る→二人の飛竜に目を留めた人々が声を掛ける→ワシの店で買ったと宣伝する→ワシの店に客が増える→ワシ喜ぶ! こりゃ良いアイデアじゃわい!)
「よし! それならお前さんにはワシとっておきの飛竜をやろう! 金はいらん!」
「ほんとぉ!?」
「だがその代わり、しっかりワシの店を宣伝するんだぞ!」
「タダで飛竜くれるのぉ!? お爺さん太っ腹ぁ!」
「そうと決まれば早速飛竜を渡してやろう! 広場に留守番させてあるんだが……」
軽い足取りで店を出ようとする二人に、カウンターから呼び止める声が掛かる。
「お二人さん、お会計がまだですよ」
「あーそれならワシが纏めて払う!」
「え、良いの?」
「しっかり宣伝するんだろう? これぐらい払ってやるさ!」
「ありがとーお爺さん!」
バルゴーは二人分の会計を済ませると、マルシャルを連れて街の広場へとやってきた。
日が落ちた広場の端には飛竜達が鎖で繋いであり、そのどれもが大きく美しいドラゴンばかりだった。
しっかりしつけが行き届いているのか、どの飛竜も行儀よく寝転んでいる。
「こいつがお前さんにやる飛竜だ! どうだ、可愛らしいし凛々しいだろう?」
バルゴーが目の前まで案内した飛竜は、黒く艶やかな鱗と鋭い牙と爪。そして凛々しい顔立ちに真紅の瞳を持つドラゴンだった。
飛竜の猛々しさと、どこか気品を感じさせる穏やかな瞳。
(これならシャルリエも怖がらないかも……!)
「いいねこの子! 気に入ったよ!」
「そうかいそうかい! そりゃあ良かった!」
「じゃあお爺さん、明日の朝改めてここに来るからさ、その時巫女様も連れてくるよ! それで最終判断してもらうって事で!」
「おう、待っとるぞ!」
酒の勢いでタダで飛竜を貰う約束を取り付けたマルシャル。
早く酒場から出たので夕食の時間に間に合い、神殿の食堂でこの話を聞いたシャルリエがとても驚いたのは無理もない事だった。




