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2.サンダルフォンの加護とガブリエルの加護

 ウルが放つ矢はマルシャルだけでなく、何故かカルディにまで飛んでいく。

 マルシャルもカルディもそれを避け、時にはシャルリエが防御壁の魔法でマルシャルを守りながら勝負は続いていた。

 本気でマルシャルを狙っているのか、それとも意図的にカルディにも攻撃しているのかイェソドの巫女の真意はこの場に居る誰にも分からない。

 ただシャルリエにだけはウルの矢が向かっていく事が無かった。

 ウルはシャルリエを気に入っていたからである。


 マルシャルはマルシャルで、弓による妨害と目の前で対峙している戦士カルディに集中出来るのは嬉しかった。

 ここでもしウルがシャルリエを狙ったとしても、シャルリエは自分に防御壁を発動させれば身を守れる。

 あまりシャルリエを気にかけなくても心配は無い。マルシャルは意識を集中させて剣を振るう事が出来るのだ。


「クソッ! さっさと負けを認めやがれ!」


 カルディはバックステップで距離をあけ、大きく息を吸い込み天に向かって叫び声を上げた。


「一気にカタつけてやんよ! 来いッ、ガブリエルッ!!」


 するとカルディから鮮烈な紫色の光が発せられ、彼の背中には立派な天使の翼が生えていた。


「何だよアレ! 羽根生えてるじゃん!」

「あれこそが戦士に与えられた、守護天使の加護の力です!」

「はあああああッ!」


 宙に浮いたカルディはマルシャル目掛けて急降下する。


「殺しはしねーから安心してぶっ飛ばされやがれッ!」


 激しい水流を纏ったカルディはマルシャルに頭から突っ込んでいく。


「うわあぁっ!」


 勢い良くぶつかってきた衝撃にマルシャルは耐えられず弾き飛ばされた。

 あまりのスピードにマルシャルもシャルリエも反応しきれなかったのだ。


「これこそが……イェソドの天使ガブリエルの力よ……」

「くっそぉっ……やられたまんまでいられるかっつーの!」


 痛む身体を起き上がらせ、マルシャルは左手を天に掲げた。


「お前に出来て僕に出来ないわけがない……マルクトの天使サンダルフォン! 僕に力を貸して!」


 今度はマルシャルが赤黒い光に包まれ、その背中から漆黒の翼が出現した。


「マルシャル!」

「……綺麗な黒……」


 ばさりと翼を羽ばたかせると、思い通りに宙を浮く身体。


「これが、サンダルフォンの加護……!」


 自然と身体の奥底から力が湧き上がってくる。どうすれば力を使いこなせるのか頭に浮かんでくる。

 初めての感覚にマルシャルは高揚していた。


 (サンダルフォン……この力、使いこなしてみせるよ!)


 地上から飛んできたカルディと空中で睨み合う。


「カルディ。一騎打ちでケリを着けよう」

「いいぜ……やってやんよ!」


 漲る力は、地上から見守る巫女達の目でも確認出来る程濃密なオーラとなって二人の戦士を包み込んでいた。


 (マルシャル……あなたならわたしを……わたし達マルクトの巫女の運命を変えてくれる……!)


「はあああああああッ!」

「うおおぉぉぉぉっ!!」


 二つの激しい光がぶつかり合い、巫女達は勝負の結末を見守った。

 光が収まると、二人の戦士は空から真っ逆様に落ちようとしていた。

 互いに全力でぶつかり合い、力の消耗により気を失っていたのだ。


「……っ、受け止めて!」


 シャルリエは錫杖を両手で掲げ、二人を優しく受け止めるバリアを張った。

 高さがあった為術の発動は間に合い、マルシャルもカルディも無事に地面に着地させる事が出来たシャルリエはほっとした。

 しかし、よく見てみるとカルディの身体のあちらこちらに無数の切り傷が刻まれていた。

 あの光の中で、マルシャルは何をしたのか。シャルリエは考えても答えが出せず、ひとまず二人を回復させようと傷を癒やす魔法を発動させた。

 先に意識を取り戻したのはマルシャルだった。


「ん……あ、シャルリエ……?」

「マルシャル、まだどこか痛むところはありませんか?」

「いや、大丈夫だけど……僕勝ったの?」


 ゆっくりと上体を起こしてそう訊ねたマルシャル。

 しかしシャルリエはどちらが勝負に勝ったのか分からなかった。

 これは、どちらかが負けを認めれば勝敗が決まる。そういうルールだ。

 だがカルディもウルも降参していないし、シャルリエ達も同じ。


「……どうなのでしょう」

「引き分けかなぁ」

「決め付けるのは早いわ……」


 カルディに膝枕をしていたウルが言う。


「あなた達には……【審判】のアルカナがあるじゃない……」

「そうか、パスの力を使って勝敗を判断すれば良いのか」

「試してみる価値はあります。やってみましょう」


 シャルリエはシンの水晶が付いたブラッドストーンのペンダントに手を当てる。

 目を閉じて意識を集中すると、無色透明だったはずの水晶に色がつき始めたではないか。

 それはじわりじわりと濃さを増していき、やがてブラッドストーンのような色合いに変わっていった。


「これは……」

「……マルクトの色……つまりこの勝負は…私達の負けね……」


 パスが持つアルカナの力はそれぞれだ。

 マルシャルとシャルリエがファノレプシス邸の噴水で手に入れたシンのパスは、あらゆるものに審判を下す能力を秘めていたのである。


「……勝ったんだね、僕達!」

「やりましたねマルシャル! あなたのお陰ですっ」

「さあ……約束通りタウのパスをあげるわ……」


 ウルのペンダントにはアメジストがついていた。

 そしてタウの水晶は一瞬でシャルリエのペンダントに移動していて、イェソドのパスはゼロになった。


「カルディ様が目覚める前に……早く次の街へ行った方がいいわ……。起きたら後が面倒だもの……」

「ですが、それではイェソドの戦士様に失礼では……?」

「生真面目だなぁシャルリエは。ウル様が良いって言ってるんだから、お言葉に甘えて先に行かせてもらおうよ」


 マルシャルがそう言ったものの、シャルリエは未だ気絶したままのカルディに申し訳無さそうな顔をしている。

 素直で真面目すぎるシャルリエに、マルシャルは小さく溜め息を吐く。


 (絵に描いたような優等生だよねぇシャルリエは……。まるでどこかの堅物野郎にそっくりだ)


「……じゃあこうしようシャルリエ! 【セフィロト聖戦】が終わったら、ウル様とカルディをマルクトに招待しよう。それで美味しいものとか色々用意して、パーティーする。今回のお詫びのしるしって事で……どうかな?」


 きっとどこの神殿の巫女も、シャルリエのように自由が制限された生活を強要されてきたに違いない。

 千年に一度しか行われない【セフィロト聖戦】の時期に巫女になっていなければ、彼女達の人生の殆どは神殿の中だけで過ごすものになっていただろう。

 だからこそマルシャルはウルもカルディも楽しめる提案をした。


 (これは我ながら名案だと思うんだけど……あれ? 何でだろ、何か空気重くない?)


 明るくなると予想していた雰囲気は何故か凍り付いていた。

 ウルは静かにカルディの前髪を払い、シャルリエは一瞬何か言いたげに口を開いたがすぐに俯いてしまう。

 社交的なシャルリエなら、こういった楽しい催しは喜んで賛成してくれると思っていたマルシャル。

 しかし二人の巫女は何も言わず黙りこんでしまったのだった。


 (えーちょっと待ってよ何なのこの空気! 僕なんかやらかしちゃった? 地雷踏んじゃったぁ!?)


 もう何を言っても地雷になるかもしれない。だがマルシャルは、激しく困惑しながらもどうにか会話を続けなければと奮起した。


「そ、それがダメなら今度は別の事で勝負するとかさぁ! 倒した魔物の数で競い合うとか……出身国以外で人気を集めた方が勝ちとかどう?」

「……そう、ですね。そういうものも良いかもしれません」


 何とか返ってきた返事は、心ここにあらずといったものだった。

 もしかしたら他国の巫女とは無闇に交流してはならないのかもしれない。

 そう解釈したマルシャルは、早々にこの場を立ち去ろうと腰掛けていた岩から腰を上げた。


「……それじゃあそろそろ僕らは出発しよう。イェソドも頑張って下さいね」

「……ええ……ありがとう……。あなた達も……特にケテルには気を付けて……」

「はい。それでは参りましょう、マルシャル」


 律儀に頭を下げてから歩き出したシャルリエと、軽く片手を挙げて別れの挨拶を済ませるマルシャル。

 二人の後ろ姿を見送るウルは、小さく手を振りながらこんな事を思っていた。


 (マルクトの巫女シャルリエちゃん……凄く私好みの女の子だったわ! あんなに可愛らしい女の子と戦わなければならないなんて……神は時として残酷なものね)


 巫女としての建前と一人の少女としての内面とのギャップが激しかった。


 (今度シャルリエちゃんに会えるのはいつかしら……! シャルリエちゃんに恥ずかしくないように、私もっと頑張ってパスを集めるわ!)


「うふ……うふふふふ……」


 そう遠くないであろうダアトでの再開を夢見る巫女の不気味な笑みに、意識を取り戻したガブリエルの戦士は目を開けるタイミングを探っていた。


「うふふ…次に会う日が楽しみだわ……。今度会ったらどうしてあげましょうか……」


 (ポンコツ……まさかてめー……リベンジマッチに燃えてんのか? つーかその笑い方不気味すぎて気持ち悪い……)


 カルディが目を開けられたのは、ウルの妄想が終わる一時間後の事であった。



 

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