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1.ポンコツ巫女と荒くれ戦士

 シンを出発して四日が経った昼、マルシャルとシャルリエは順調にタウへと歩みを進めていた。

 タウは高い山に囲まれた町で、そこから流れる川は今二人が昼食をとっているすぐ側にも流れている。

 川で魚を掴み取りしたマルシャルはそれを串焼きにし、シャルリエと共に川のせせらぎを聴きながらランチを楽しんでいた。


「タウまでもう少しですね、マルシャル」

「うん。それはまあ良いんだけどさ……」

「何か悩み事ですか?」

「悩みなんて大した事じゃないんだけど……」


 シンを出て再び野宿生活をするようになってから、マルシャルはまた睡眠不足に悩まされていた。

 シャルリエは見張りを交代でやろうと何度も言ってきているのだが、マルシャルはどうしてもそれを受け入れる事が出来なかった。

 何故ならシャルリエは起きるまでに時間が掛かるからである。

 寝起きが悪いわけではないのだが、シャルリエを起こすには何度か声を掛けるか揺するかしないとなかなかすぐに目を覚まさない。王都を出てからの数日間でマルシャルが学習した事だ。

 その証拠に昨夜シャルリエは、神殿で過ごしていた頃は毎日信徒に起こしに来てもらっていたと言っていた。

 そんな少女が近付いてくる気配に気付いてくれるとは思えない。だからマルシャルは頑なに見張りを任せないのだった。


 (ちょっとは自分で起きる努力をしてくれても良いんじゃないかなぁ……って思ってるなんて言えないし)


「……シャルリエが気にする程の事じゃないよ」

「そうですか? マルシャルがそう言うのなら……」


 食事を終えると、シャルリエは神の声を聞く為に瞑想を始めた。

 この辺りは清浄な空気に包まれている。教会程ではないが、声を聞くには適した場所に漸く辿り着けたのだ。

 シンを出た時点では、まだタウのパスはどの神殿にも取られていなかった。

 だが今もそうとは限らない。他の巫女と戦士の動向を探るのは必要な事だ。


「……マルシャル。残念ですが、タウのパスは既にイェソド神殿の手に渡ったようです」

「うわぁー、持ってかれたかぁ……」


 タウはイェソド王都の南にある町。イェソド神殿が始めにタウのパスを手に入れたという事は、イェソドの巫女達は山を越えてタウまで行ったのだろう。


「じゃあ別のパスを探しに行かないとなぁ……。サメフの方はどうなってる?」

「まだホドの巫女達の手にはありません。サメフに進路を変えましょうか」

「そうするべきだねぇ」


 大陸の南側はパスの数も多いが神殿の数も多い。選んだ場所が被るのは仕方無い事だろう。

 マルシャルとシャルリエは早速北のサメフに向けて出発しようとしたその時、マルシャルの頬を何かが掠めた。


 (今のは……矢か!)


「伏せてシャルリエ!」

「は、はい!」


 矢が飛んできた方向に目をこらし、シャルリエを庇うようにマルシャルが前に立つ。

 するとまた矢が飛んできた。マルシャルは鮮やかな剣捌きでそれを切り落とし、矢を放ってきた相手を見つけ出した。

 木の上から狙いを定めていたのは、灰銀の髪ですっぽりと両目を隠した少女だった。

 少女はシャルリエのものに似たデザインの紫色をした法衣を着ている。


「あの法衣の色……イェソドの巫女様です!」

「それじゃあ近くにイェソドの戦士も居るってわけだ……っとぉ!」


 イェソドの目隠れ巫女が再び矢を飛ばすと、強烈な殺気を放つ青年が飛び出してきた。

 マルシャルは矢を落とした直後に叩き込まれた攻撃を受け止め、奇襲を仕掛けてきたイェソドの戦士を睨んだ。


「凄い殺気だねぇ。怖い怖い」

「うっせー……さっさとオレに殺されろッ!」


 黒髪の戦士は大きめの剣で刃を受け止めていたマルシャルを力押しで後退りさせる。


「勝つのはイェソド! そしてオレは……富と名声を手に入れるッ!」

「くっ……馬鹿力かよっ!」


 体勢を崩したマルシャルに青年はすかさず剣を振り下ろす。


「死ねッ!」

「させませんっ」


 シャルリエはどこからか黒い杖を取り出し、マルシャルの前に防御壁を出現させた。

 頑丈なそれに青年の攻撃は跳ね返され、マルシャルは体勢を立て直す。


「助かったよシャルリエ!」

「マルシャルのお役に立てて良かったです」

「チッ……うちのポンコツ巫女と交換してほしいぜ。オイ、ポンコツ!」


 荒々しく呼ばれた目隠れポンコツ巫女は、木の上から飛び降り尻で着地した。

 その鈍くささに青年はまた舌打ちをすると、マルシャルとシャルリエを射るような灰色の瞳を向けた。


「……アンタらがマルクトの巫女と戦士だな」

「これで人違いだったらお前人殺してるからね?」

「確かに、わたしはマルクトの巫女シャルリエ・アドナイ・メレクです」

「僕はサンダルフォンの戦士マルシャル・ジギタリス。お前らはイェソドの戦士と巫女なんだよねぇ?」

「ガブリエルの戦士カルディ・イベリス……あそこでチンタラしてるポンコツがうちのクソ巫女だ」


 地面に打ち付けた尻をさすりながらやってきた少女の表情は、目を覆い隠す前髪でよく分からない。


「イェソド神殿の巫女……ウル・シャダイ・エル・カイよ……」


 (うわっ、すげえ根暗な巫女だ)


「いきなり襲ってごめんなさい……だけどこれは【セフィロト聖戦】……神殿を代表する者同士、戦うのが定めですもの……」

「ええ……」


 こんなタイプの人間に会ったのは初めてだったらしいシャルリエは、どうウルに接したら良いか戸惑っている。


「余所の巫女に会ったのは初めてだわ……。うふふ……マルクトの巫女は随分愛らしいのね……」

「あ、ありがとうございます……?」


 戸惑うと語尾が疑問符になる巫女と若干の百合疑惑が浮上した巫女。

 マルシャルは数日振りに溜め息を吐いた。


「あなた達、シンのパスを持っているのよね……?」

「イェソドの巫女様と戦士様は、タウのパスをお持ちですよね」

「互いのパスを賭けて……勝負しましょ……?」


 【セフィロト聖戦】は街や村を巡り信仰心を高め、大陸に散らばる二十二のパスを集める宗教の戦い。

 パスを持つ巫女と戦士が出会えば、パスを賭けて勝負し奪い合う。

 既にアレフのパスを巡ってケテルとコクマの神殿が戦っている。地元の神殿から離れた場所へ向かいだした今、神殿同士のパス争奪戦は激化していくだろう。


「どうするシャルリエ。僕これでもマルクト騎士団のエースだしぃ、負けるつもりは全然無いんだけど」

「んだとてめー! 舐めんじゃねーぞオイ!」

「その挑発……チンピラみたいよカルディ様……」

「ぶっ飛ばすぞポンコツ!」


 (本当にチンピラみたいだなぁ)


 シャルリエは少し考えて結論を出した。


「……その勝負、受けて立ちましょう。良いですよね、マルシャル」

「問題無し! 勝負は武器と魔法を使った試合形式で良いよねぇ?」

「ルールはデスマッチか?」

「お前ガチで野蛮だなぁ! 殺すのはダメ! 相手が降参したら試合終了!」


 (何なのこいつ! こんな危険人物がイェソドの戦士で良いのかよ!)


 何だか頭が痛くなってきたマルシャルだったが、勝負のルールはきっちりと定めた。

 二対二の試合形式。多少の怪我は仕方無いが、意図的に身体を切り落としたりはせず、あくまでも神殿を代表する者として相応しい勝負をする事。

 巫女か戦士のどちらかが降参した時点で試合終了。負けた方はパスを明け渡す。

 カルディはマルシャルを殺した方が手っ取り早くて楽なのに、と愚痴を零していたがこんなところで死にたくはない。

 マルシャルはカルディがしっかりルール通りに従ってくれるか不安だったが、何かあったら自分がシャルリエの盾になる覚悟は出来ていた。


 マルクト神殿で【選定の儀】が行われたあの日、マルシャルは上司のカルダから巫女の盾になれと言われた。

 当時のマルシャルは見ず知らずの巫女の為に命など張れないと思っていた。

 しかし騎士として剣を捧げたマルクト国王から【セフィロト聖戦】の間は巫女に剣を捧げ、忠誠を誓えと告げられた。

 今のマルシャルは、シャルリエには命を懸けて守るべき人間だと思わせる力があると実感している。

 どんな時も不満を言わず、誰にでも笑顔を向ける穢れ無き巫女。

 夢を持ち、人々の期待に応えようと懸命に励む少女。

 それがシャルリエ・アドナイ・メレク。マルシャルが剣を捧げた、もう一人の主なのだ。


「正々堂々と戦いましょう」

「ええ……分かっているわ……」

「一瞬でカタつけてやるよ……!」

「はたしてどうかなぁ?」


 互いに距離を置き、マルシャルとカルディは剣を、シャルリエは錫杖を、ウルは弓を静かに構えた。


「……いざ……」

「勝負ですっ!」

「今度はこっちから行かせてもらうよ!」 


 マルシャルは強く地面を蹴り一気にカルディとの距離を詰めて斬り掛かる。


「そう簡単に殺られねーよッ!」


 重い剣を使っているはずなのにマルシャルの鋭い一撃を避けたカルディ。

 だがマルシャルは最初の一撃が避けられるのは予測している。背後に回り込みすかさず攻撃しようとすると、横からウルの矢が飛んできた。


「おっと危ない!」

「あら……外れちゃったわ……」

「ポンコツ! この距離で弓使ってんじゃねー! オレに刺さったらどうすんだボケ巫女ッ!」

「……刺さったら刺さったで楽しそう……」

「楽しくねーよクソがッ!」

「うふふ……」


 怒鳴られても気にしていない様子のウルは、再び弓を構えてマルシャルを狙っている。


「だからこの距離で撃つなポンコツ!」


 しかし、ウルの矢は何故かカルディに向けて一直線に飛んでいく。


「ふざけてんだろ! ぜってーふざけてんだろてめー!」

「酷い……私は真剣よ……」

「じゃあ真剣にオレ狙ってんのかオイ!」

「……うふふ」

「笑ってんじゃねーよクソポンコツがぁッ!」


 マルクトとイェソドのパスを賭けた真剣勝負は、まだ始まったばかりだ。



 

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