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5.ずぶ濡れの戦士と噴水の女神

「シャル! 心地良い爽やかな朝がやってきたよ!」


 (うるせぇなぁ……)


「ほら、窓を開ければ小鳥達のさえずりが聞こえてくるよ!」


 (ガチで黙ってくれないかなぁ永遠に……!)


「さあ起きようシャル! さあ! さあ!」

「お前に起こされるのが嫌なんだよバカツヴァルグ!」


 苛立ちを隠せないマルシャルはツヴァルグに向けて枕をばふんとブン投げた。

 しかしツヴァルグは華麗に枕を避けて余裕の笑みを浮かべ、こう言った。


「起きようシャル! 朝がやってきたよ!」

「んな事分かってるっつーのぉぉぉ!!」


 朝から怒りが沸点に達したマルシャルの膝蹴りがツヴァルグの腹部にクリーンヒットする。


「ぐほあっ!」

「しつこいよ! 朝から何でそんなテンション高いんだよお前! 今なら怒りという感情だけで人を殺められそうだよぉ!」

「な、ナイス蹴りだね……! 流石シャルだ……」

「起き上がるな!」

「ぐぼふっ!」


 絨毯に倒れ込むツヴァルグにとどめの一撃──踵落としを喰らわせて、朝食をとりに食堂へと向かった。

 部屋を出ると同じタイミングでシャルリエも隣の部屋から出て来たので、一緒に食堂へ歩き出した。


「おはようございますマルシャル。先程マルシャルの部屋から、呻き声のようなものが聞こえたような気がしたのですが……」

「あー大丈夫大丈夫。目覚まし時計の音だから」


 ツヴァルグという目覚まし時計を全力で止めた。膝蹴りや踵落としをした理由は、騒がしいアラーム音に苛立っただけだ。

 数分遅れてツヴァルグも食堂に到着し、三人で食事を済ませる。


「さてと……まだパスは見付かってないわけだけど、何も手掛かりが無いなんて困ったもんだよなぁ」

「手掛かり……あっ!」


 オレンジジュースを飲んでいたシャルリエが何かを思い出した。


「このような時こそ巫女の出番ではないですか……どうしてわたしったらこんな大切な事を忘れていたのでしょうか」

「な、何を忘れてたんだ?」

「神の声を聞けば良かったのです! アドナイ・メレク様のお力を借りて、パスに繋がるヒントをお聞きすれば良かったのですよ……!」


 神殿の巫女達には、神の声を聞く能力がある。

 穢れの無い場所であればある程、その性能は高まっていく。

 幸い今居るシンには教会がある。教会ならばアドナイ・メレクの声をより聞きやすくなるはずだ。

 早速マルシャル達は教会へ向かい、シャルリエは大きなステンドグラスの前に置かれたアドナイ・メレクの像に祈りを捧げた。

 マルシャルとツヴァルグが後ろで見守っていると、突然シャルリエが倒れてしまった。


「おっと!」


 素早い反応でマルシャルが受け止め、シャルリエは床に倒れずに済んだ。

 神の声を聞くと、精神力と体力を消耗する。無事神の声を聞いたらしいシャルリエは、安心した表情でマルシャルを見上げている。


「パスの在処……ヒントを頂きました。この街のどこかの、噴水……それがパスに繋がっているようです」

「噴水? そんなもの、昨日見たけど街のどこにも無かったような……」


 すると、マルシャルの背後から不敵な笑い声がした。

 その声の主はツヴァルグだった。


「フフフ……分かった……分かったよ二人共!」

「何が分かったっていうの?」

「噴水の場所さ!」

「心当たりがあるのですね」

「ああ! 噴水の場所……それは我が家の庭だ!」


 ツヴァルグの言う通り、ファノレプシス家の屋敷の庭には噴水があった。

 昨日マルシャルは疲れていたせいで気が付かなかったが、屋敷に合った立派な噴水が花々が咲き誇る庭にあったのだ。

 噴水の中央にはロングヘアーの美しい女性が鎧を纏った像があり、手には神々しい槍を持っていた。


「ファノレプシス家自慢の噴水だよ!」

「あれがパスのヒントねぇ……」

「ちょっと近付いてよく観察してみましょう」


 噴水に歩み寄り、マルシャルとシャルリエは女性の像をまじまじと眺める。


「特に変わった様子はありませんね……」

「そうだなぁ」


 (強いて言うなら、この女の人の像が巨乳すぎるってくらいかなぁ)


 自然と目が隣の少女の胸に行く。

 像の女性のような迫力あるものではないが、身体のバランスに合った大きさのそれがシャルリエには備わっていた。


 (……って、こんな年下の子のどこ見てんだ僕は!)


「あー……ねぇツヴァルグ。他に噴水は無いんだよねぇ?」

「私が思い出せる範囲ではこの噴水だけだよ」

「そっかぁ……。じゃあ直接触って確かめてみるかな!」


 そう言ってマルシャルは噴水の縁から像が立つ台座へと飛び移った。

 鎧を身に纏いながらも軽々とジャンプする姿に、ツヴァルグは顔を綻ばせていた。


 (流石私のシャル! 華麗な跳躍じゃないか!)


「わお……!」


 間近で女性の像を見たマルシャルは、とても美しく凛々しいその顔に少し感動した。

 まるで戦争の女神アテナを思わせる強さと気高さを併せ持つその像に、マルシャルはそっと手を触れる。


 (作り物だと分かってるけど、物凄い美女だなぁ……)


 風に靡く長い髪や身に着けた鎧に至るまで、全てが精巧に形作られている。


「……ん?」


 様々な部分を観察していたマルシャルの目に留まったのは、女性が持っている槍だった。

 槍の柄の部分に何かの記号のようなものが刻まれている。


「どうかしましたかマルシャル?」

「何かこの槍に文字みたいなのが刻んであるんだけど」

「文字? そんなものが刻まれているだなんて初めて知ったよ」


 マルシャルがそう言うと、シャルリエはハッとした顔でマルシャルを見上げた。


「マルシャル! きっとそれがパスです!」

「え、この槍が?」

「これを槍に(かざ)してみて下さい!」


 シャルリエは法衣の中に隠すように着けていたブラッドストーンのペンダントを投げた。

 マルシャルはしっかりペンダントをキャッチし、言われた通りにペンダントを槍に翳した。

 すると槍は目を開けているのもやっとという程の眩い光を放ち、それと同時に何かが水に落ちる音が静かな庭に響く。

 光が収まりシャルリエとツヴァルグが噴水を見ると、そこにはペンダントが濡れないようにと腕を空に掲げて水に沈んだサンダルフォンの戦士の姿があったのだった。


「だ、大丈夫ですかマルシャル!」

「シャル!」


 意外に水深があった噴水の水面から脱出したマルシャルは全身ずぶ濡れだった。


「濡れた事以外は大丈夫だよシャルリエ……。一応ペンダントは無事だよ」


 マルシャルからペンダントを受け取ったシャルリエは、二人に見易いようにペンダントを両手に乗せて見せる。


「マルシャルのお陰で、シンのパスを手に入れる事が出来ました!」


 銀色のチェーンには、黒に赤い斑点が入ったブラッドストーンと長方形の透明な水晶が付いていた。

 水晶にはマルシャルが見た槍に刻まれた文字が、琥珀の中に閉じ込められた虫のように包み込まれている。


「この石がパスなのかい?」

「はい。二十一のパス【シン】……そのアルカナは【審判】を意味します」

「アルカナ? また聞き慣れない単語が出て来たねぇ」

「パスにはそれぞれアルカナという特別な力が宿っています。その力は【セフィロト聖戦】に役立つ能力だと言い伝えられているのです」


 過去【セフィロト聖戦】に挑んだ巫女と戦士達は、大陸に散らばる二十二個のパスの能力と己の力を駆使して競い合った。

 アルカナの力は戦いに役立つものから人助けになるものもあり、アルカナの意味は分かっていてもどんな能力を発揮するのか具体的な事までは伝わっていないのだとシャルリエは言う。


「とりあえず、これでシンのパスは僕らのものになったんだよね」

「ええ。それより早く身体を拭かないと、マルシャルが風邪を引いてしまいます」


 頭まで濡れたマルシャルの髪の毛からポタポタと雫が垂れている。


「あー……これ風呂入った方が良いよねぇ」

「すぐに用意させるよシャル!」

「支度が整い次第、次のパスが眠る場所へ向かいましょう」

「そうだね」


 ふと振り返った女性の像の手から槍が消えていた。


 (あの槍自体がパスだったのか……)


「え、もう次のパス探しに旅立ってしまうのかい?」

「急がなきゃ他の神殿に先越されるでしょ」

「そ、それはそうだが……。そうだ! 信仰心は!? マルクトの巫女と戦士はアドナイ・メレクへの信仰を浸透させなければならないのだろう!?」


 何とか二人の友人を引き止めたいツヴァルグは必死だった。


「うーん……」

「信仰心なら問題ありません。ここはまだマルクトの中ですし、昨日のマルシャルとツヴァルグが見せた勝負のお陰で、わたし達への期待感を持たせられましたから」

「な、何と……!」

「そういうわけだから、風呂出てランチ済ませたらもう行くね」


 (これ以上お前と一緒に居ても疲れるだけだし)


 こうしてマルシャルとシャルリエは無事一つ目のパスを入手し、風呂も食事も済ませて二人はツヴァルグの屋敷を後にした。

 まさか一日しか家に泊まっていかないとは思いもしていなかったツヴァルグは、ショックのあまり熱を出して倒れてしまった。

 シャルリエは初めて出来た友人を心配していたが、シンを出るなら今がチャンスだとマルシャルが言うので、後ろ髪を引かれる思いで今朝も訪れたシンの教会へと向かった。

 ここに再びやってきたのは、パスが見つかった感謝の祈りを捧げる事と次に目指す場所をアドナイ・メレクから聞く為である。


「……分かりました」


 今回は倒れるまでには至らなかったが、顔には疲労の色が見えている。


「他の神殿の様子はどうなの?」

「ビナー、ゲブラー、ケセド、ティフェレト、ホド、ネツァクの巫女達もパスを手に入れたようです。そして、ケテルとコクマがアレフのパスを争って刃を交えました」

「ケテルとコクマか……どっちも大きな国だけど。勝ったのはどっちだった?」

「ケテルです。ケテル神殿は前回の【セフィロト聖戦】の勝者です。やはり油断出来ない相手のようですね……」


 シャルリエは不安げに俯く。


「……あれ? イェソドの神殿はどうしたの?」

「まだパスは無いようですね。パス探しに手こずっているのか、他の神殿を待ち伏せているのか……」


 (ホドがパスを取ったとなると、そいつらが次に向かうのはサメフかなぁ)


 ホドはマルクトの北西にある小さな国だ。パスがあるであろうレーシェと王都以外はとても小さな規模の村が点々としている。

 そのレーシェから北東に進んだサメフはイェソドの国内だ。となれば次は東にあるタウに向かうのが妥当だとマルシャルは考えた。


「ここからなら山を越えずにタウの町に向かえるから、僕らはタウを目指そう」

「そうですね。そろそろわたし達も、他の神殿と遭遇する事があるかもしれません。油断せずに参りましょう」


 マルシャルとシャルリエがタウを目指して教会を出たその頃。

 大陸の北ケテル国内のアレフの街では戦いに敗れたコクマの巫女リシス・ヨッドと、宿屋のベッドに横たわる包帯だらけのオファニムの戦士シーブル・セルリアが身体を休めていた。


「傷の具合はどうだ、セルリア殿」

「痛むね。それもかなり。彼は手加減というものを知らないようだ」


 胴体や腕に巻かれた血の滲む包帯を眺め、シーブルは情けなく笑った。

 彼の癖っ毛で覆われていない右目の泣き黒子が、まるで本物の涙の粒のようだとリシスは思っていた。


「アレフを選んだのは間違いだったね。まさかケテルの戦士が、あのバスティアン王子だったとは思いもしなかったよ」

「……私が未熟な巫女であるばかりに、セルリア殿の傷も治せず申し訳ない」

「いいんだ。今の俺と彼では差がありすぎた。それだけの事さ」


 俯くリシスの髪をシーブルは優しく撫でた。

 するとリシスには少しだけ笑みが戻っているのだった。



 

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