4.純粋すぎる巫女と自堕落な戦士
シャルリエは困っていた。マルシャルとツヴァルグが真剣で勝負を始めてしまったからだ。
遡る事数分前。ツヴァルグはマルシャルに勝負を挑んだ。唯一の友であるはずのマルシャルが黙って姿を消してしまった。それは友への裏切りだと言うのだ。
実際にはツヴァルグの行動にノイローゼ気味だったマルシャルが、精神の救いを求めてシンを離れただけなのだが。
ツヴァルグが勝負に勝ったら、シャルリエとの旅をやめてシンに戻る。マルシャルが勝ったら、大人しく引き下がる。そんな条件を出したのだった。
マルシャルはそんな勝負など無視して一刻も早くパスを見付けてこの街を去りたかった。
しかし、騎士同士の勝負が見られると盛り上がってしまった観衆の期待を裏切る事が出来なかったのだ。
既にマルクトの巫女と戦士である事がバレている。ここで勝負から逃げればアドナイ・メレクへの信仰心が無くなってしまう危険性があったからだ。
逆にツヴァルグに勝利すれば、サンダルフォンの戦士の活躍を見せる事でプラスの影響が出て来るかもしれない。
何より、マルシャルが一番気にしていたのは巫女の事だった。
万が一マルシャルが旅をやめてしまったら、シャルリエはこれから一人でパスを集めなくてはならなくなる。
他の神殿と戦う事もあるだろう。何らかのトラブルに巻き込まれたりもするだろう。
そんな時、手助けしてくれる戦士は隣に居ない。
(そんなの男のプライドが許さないっての!)
剣と剣がぶつかり合い、幾度も金属音を奏でながら舞を踊るかのように華麗に剣を振るうマルシャルとツヴァルグ。
二人が剣を向け合うのは、学生時代の実技試験ぶりだった。
あの当時より格段に腕を上げていたツヴァルグに、マルシャルは少し感心していた。
(スピードを生かした剣捌きか……あいつもちょっとはやるようになったじゃん!)
「はあっ! これならっ、どうだい!」
ポニーテールを靡かせながら、ツヴァルグは攻撃を畳み掛けてくる。
見物人の女性達はそんなツヴァルグをうっとりとした熱い眼差しで眺めていた。
「まだまだだよ!」
しかしマルシャルも負けていない。ツヴァルグの攻撃を受け流し、大勢が崩れたところで足払いをきめて転ばせる。
すぐに立ち上がろうとしたツヴァルグの首元に剣先を突き付けて、うんざりした顔で見下ろすマルシャル。
「僕に剣で勝負を挑むなんて、千年早いっての」
「くっ……流石私の大親友シャルだ。完敗したよ」
悔しさの中に清々しさを感じさせる苦笑を浮かべて、ツヴァルグは両手を挙げて降参した。
(ツヴァルグは確かに強くなった。だけど突っ込むだけじゃせっかくのスピードを生かしきれないよ)
「僕の勝ちだね」
剣を収め、ツヴァルグの手を取って起き上がらせると観衆から大きな拍手が二人の騎士に贈られた。
「……残念だけれど、君と巫女様の旅は認めるよ。その代わり、必ず生きて帰って来るんだ。何故なら君は……」
「唯一の友だから、ですよね」
「シャルリエ様……」
勝負の行方を見守っていたシャルリエは、マルシャルの勝利を心から喜んでいた。
「マルシャルの強さは勿論ですが、友情とは、こんなにも素晴らしいものだったのですね」
「巫女様には……ご友人はいらっしゃらないのですか?」
少し躊躇いがちに尋ねたツヴァルグの言葉に、シャルリエは小さく頷いた。
「マルクト神殿の巫女に選ばれる前、わたしは身体が弱く毎日をベッドの上で過ごしていました。そのせいで部屋からはあまり出られませんでしたから、誰かと遊ぶ事はありませんでした」
「今はもう身体は平気なんですか?」
「はい。先代の巫女様のお力で、すっかり良くなりましたから」
マルシャルは考えていた。シャルリエは巫女になる前から、閉鎖的な空間で育ってきた。
思い返してみれば、シャルリエはここに来るまで道端に咲いた花を愛しそうに見詰めたり、日が沈んでいく海をじっと眺めていたり……。
虚弱だった幼い頃と、巫女として神殿に籠もりきりの数日前まで、彼女はマルシャルが当たり前に過ごしていた世界をほとんど知らずに生きてきたのだ。
自由に動かせる身体で、人々の笑顔や自然と触れ合う。本でしか見た事のない目新しい世界を、巫女の少女は体感している。
身の回りの世話をしてくれる信徒達は皆大人だ。そんなシャルリエに友人と呼べる者が出来るはずがなかった。
シャルリエは巫女。神の思し召しを人間に伝える力を授けられた、特別な少女。そんな彼女と友情を育むなど、畏れ多い事なのだから。
「シャルリエ様」
「何ですかマルシャル?」
(だけど僕、そういうめんどくさい事気にしないタイプだからねぇ)
「僕と友達になりましょう、シャルリエ様」
「え……?」
「今ならバカツヴァルグのオマケ付きですよぉ?」
「わ、私はオマケかい!?」
シャルリエは唐突な提案に目をぱちくりさせている。
マルシャルはツヴァルグを横目で睨み付け、話を合わせろとアイコンタクトを送る。
ツヴァルグは慌ててマルシャルの指示に従った。マルシャルやシャルリエは勿論、ツヴァルグも友達が少ない為これはチャンスだと思ったからだ。
「巫女様……いえ、シャルリエ様! 僭越ながら、私達の提案を受け入れては下さいませんか?」
「ツヴァルグは元々この町の出身だし、パス探しにも協力してくれますよぉ。ねぇ、バカツヴァルグ?」
「パス? 何の事だかよく分からないけれど、親友の頼みとあらば私に出来る事は何だってしてみせよう!」
そう言われて、シャルリエは俯いてしまった。
(あれ? 何かまずい事言っちゃったかな……)
様子を窺っていると、顔を上げたシャルリエは頬を染めていた。
そして、恥ずかしそうにこう言った。
「わ、わたし……二人がお友達になって下さるなら、とても嬉しいです」
「本当ですか!」
「ただ、その……」
言い出しにくいのか、マルシャル達に微かに聞こえるレベルの声で呟いた。
「お友達とは……呼び捨てで呼び合うのが、夢なんです……。二人は、わたしの名前を呼び捨てにしてくれますか……?」
呼び捨て出来る友達を作りたい。シャルリエのピュアすぎる夢にマルシャルは度肝を抜かれた。
(何この超ピュア巫女様……!)
実家でも神殿でも大切に大切に育てられてきたマルクトの巫女シャルリエは、自堕落に生活してきたマルシャルにはあまりにも眩しすぎた。
「……だめ、ですか?」
ラピスラズリの瞳を羞恥で潤ませ、恐らく無自覚であろう上目遣いで懇願された騎士達に、少女の願いを断る理由など全く無かった。
「ガンガン呼び捨てでいくよシャルリエ! こっちはバカツヴァルグって呼んで大丈夫だから!」
「え、私は巫女様にもバカと呼ばれるのかい? ……ま、まあ何と呼んでも構わない! これからは私もシャルリエと呼ばせてもらうよ!」
「はいっ!」
こうして初めての友人が出来たシャルリエは、マルシャルとツヴァルグと共にシンのあちらこちらでパスの手掛かりを探す事になった。
二人の騎士の戦いを見物していた人々も、これがパスかもしれないと家から様々な棒状の物を持ってきてくれた。
物干し竿や木の枝、槍などそのバリエーションは様々だった。しかし、どれだけ探してもパスは見付からない。
そうしている内に日が傾き始め、パス探しはまた明日にしようとマルシャルが言い、それならばと教会へ向かおうとシャルリエが提案した。
大陸全ての神殿と教会は【セフィロト聖戦】の期間だけ、どこの神殿の巫女と戦士でも寝床と食事を提供する決まりになっている。
つまり、どこかの街や村に辿り着けば野宿をする必要も宿屋に泊まる必要も無いという事なのだ。
しかしツヴァルグは二人を引き止めた。
「相変わらず大きなお屋敷だねぇ」
「本当に良いのですかツヴァルグ?」
「勿論構わないとも。それにシャルは私との勝負に勝ったし、戦士シャルと巫女シャルリエの記念すべきシン来訪なのだから、これくらいの事はさせてほしいな」
マルシャル達が訪れたのはツヴァルグの家だった。
白い壁が眩しい立派な洋館。ここがツヴァルグの生まれ育った家、ファノレプシス侯爵家の屋敷である。
ツヴァルグはその美貌は勿論、恵まれた家柄である事も含めて女性達からの人気が高い。
そんなツヴァルグを妬むシンの男達は彼を除け者にし、何故自分は一人も友人が出来ない。ならば自分を磨くしかないと決意したツヴァルグ少年は騎士学校に入学した。
そこで自分のように周囲から除け者にされていたマルシャルに親近感を覚え、ツヴァルグは一方的なアタックを開始した。
マルシャルはシンに配属が決まるまでツヴァルグが侯爵家の人間だとは知らなかったが、貴族出身の騎士は己の出身地で働く事が暗黙のルールであったからこそ、マルシャルのシン逃亡は成功したのだった。
「今夜はとびきりのご馳走を用意させるよ。それから、シンに滞在している間はずっと屋敷に泊まってくれて構わない」
「そんな……何だか申し訳ないです」
「気にしないでよシャルリエ! 君は私にとって初めての女性友達なのだから!」
(こいつの初めての男友達は僕で確定だよねコレ……)
「シャルは私の部屋で寝るかい? 君と同じ部屋で語り明かす夜……! ああ、学生時代を思いだ……」
「別の部屋がいいな絶対に!!」
「そんなに恥ずかしがらないで良いのに……」
ツヴァルグの言葉を全力で遮ったマルシャルの剣幕に、シャルリエは肩を跳ねさせた。
「分かったよ……シャルとシャルリエの部屋は隣同士の場所を用意するよ」
「初めからそうしてくれたら大声出さずに済んだんだけどなぁ」
日中街のあらゆる場所を歩き回ったせいか、マルシャルは一気に疲労感と眠気を感じて大きくあくびをした。
「そういえば、あまりよく眠っていないのですよね。今夜は早めに休みますか?」
「んー……」
「夜更かしは美容の大敵だよ、シャル」
「確かに今日は早めに寝たいかも……」
シャルリエとの旅が始まってから、マルシャルは気持ちを落ち着かせて眠れてはいなかった。
魔物や夜盗を警戒しながらの野宿はマルシャルの疲労を蓄積させていたのだ。
「……じゃあ早めに休ませてもらおうかなぁ」
「いつでも夜食を用意出来るように言っておくね」
「ん、頼むわ」
結局マルシャルはふかふかのベッドで朝まで熟睡し、一晩中厨房にスタンバイしていたコックの目の下には隈が出来ていたのだった。




