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3.ダメダメ戦士と残念騎士

「行ってらっしゃーい!」

「怪我しないでね巫女様ー!」

「シャルリエ様かわいーっ!」

「巫女さまー! こっち向いてー!」


 王都の門へと続く大通りを歩いていると、マルシャルとシャルリエに気付いた人々が次々に声援を送ってきた。

 とは言っても、声援の殆どはシャルリエに向けられたものなのだが。


 (大人気すぎやしないかシャルリエ様……)


 王都の人々は道の両脇から手を振ったり握手を求めたりと、昨日と変わらぬ賑やかさを醸し出している。

 しかし一人ひとりに丁寧な対応を取っていては、いつまで経ってもシンには辿り着けない。

 よってマルクト騎士団がシャルリエとマルシャルの為に道を作りながら、シャルリエは巫女らしい神秘的で穏やかな微笑を振りまきながら。マルシャルはうんざりした様子で門へ向かうのだった。

 マルシャルが所属する隊は王都での活動が主で、ここに暮らす人々は何となくだがマルシャルがダメ騎士である事を感じ取っている。

 夕日のように鮮やかな橙色の髪とオリーブ色の瞳を持つマルシャルは、見た目だけなら麗しい若き騎士だ。

 しかしマルシャルは真っ昼間に大きなあくびをし、眠たそうに伸びをして、日が暮れれば毎日のように酒場に繰り出す騎士なのだ。それに残念さを感じない方がおかしい。


 (嫌われ者なのは分かってるんだけどさ、ここまで差が出るとちょっと、ねぇ……?)


 自分が好き勝手生きてきた結果ではあるが、人々から愛される巫女とこれから旅をする上でこのマルクト王国で騎士として積み上げてきたマイナスイメージが少なからず影響するのは確かだろう。


 (はぁ……どうして僕がサンダルフォンの戦士なんかに……)


「はぁ……」


 心の中でも実際にも溜め息を吐いて、マルシャルは巫女シャルリエと共に西へ歩き続けた。

 王都を出て暫くして、マルシャルはシャルリエが神殿を出る際に信徒の一人から渡されていた籠について訊ねてみた。


「ねぇシャルリエ様」

「はい、マルシャル」

「シャルリエ様が持ってるその籠って何が入ってるんですか?」


 小さめの取っ手付きの籠を指差して言うと、シャルリエははっと思い出した顔をした。


「あっ! えっと、これはお弁当ですっ」

「お弁当?」

「ほら、見て下さい」


 シャルリエが籠を開けると、確かに中には野菜とチーズのサンドイッチ、そして食べやすくカットされた果物が詰め込まれているではないか。


「信徒の皆さんが持たせて下さったんです」

「へ、へぇー……?」


 (何これピクニック?)


 ぽかぽかと太陽の光が降り注ぎ、心地良い風が頬を撫で、草花がそよそよと揺れる。

 マルシャルが思ったように、傍から見れば仲の良い男女のピクニックデートである。


「そういえば朝食がまだでしたね。お腹が空いたらいつでも仰って下さいね、マルシャル」

「……はい、シャルリエ様」


 (これ完全に早朝ピクニックでしょ? 巫女と戦士の旅ってこんな和やかで良いの?)


 男だらけの騎士団で生活していたマルシャルには、神殿で大切に育てられてきたほんわかオーラ全開の巫女様のペースについて行けるか不安を感じていた。

 それから二人は海を見下ろせる丘の上で遅めの朝食を済ませ、日が暮れ始める前には野宿の準備を始める。

 焚き火にする為の薪を集めて、食べられる木の実や山菜を夕食にした。

 夜の闇に包まれた木陰の下、マルシャルは見張り番として周囲を警戒していた。木に背を預けて眠っているシャルリエは、眠る前に交代で見張り番をしようと提案している。

 だがマルシャルは神殿に閉じこもって生活していた少女に無理を強いるわけにはいかないと、その提案を受け入れるつもりは全く無かった。

 仮に大陸中を巡り回る旅になるのだとしたら、体力の無いか弱い巫女にいきなり慣れない生活スタイルに変えてしまっては身体が持つとは思えなかったからだ。


 (はぁ……僕は案外お人好しだったみたいだなぁ)


 苦笑を浮かべ、少しでも身体を休めようとシャルリエの隣に腰を下ろす。

 これでも一応同期の騎士の中で一番の実力者であるマルシャルは、何者かが近付いてくればすぐに気配を察知出来る。

 精神的な疲労は避けられないが、警戒を張り巡らせたまま睡眠を取る事は可能だった。

 眠りは浅くなるが、一睡もしないよりはマシだろう。

 そうして夜は過ぎていき、空が白んでくる頃にシャルリエは目を覚ました。


「……あれ? 朝、ですか……?」


 シャルリエの呟きでマルシャルの意識が覚醒する。


「ふわぁぁ……。あ、おはようございますシャルリエ様」

「おはようございます。……あの、交代で見張り番をするのではありませんでしたか?」


 何度も出て来るあくびを堪える事を知らないマルシャルは、生理的な涙でオリーブ色の瞳を潤ませながら言う。


「ふわぁぁぁ……あー……ぐっすり眠ってるようだったんで、起こすのも悪いかなぁって」

「で、ですが……!」

「ふわぁ……あーねむっ。それより早く行きましょうよぉシャルリエ様ー。他の神殿に先越されちゃいますよぉ」


 止まるところを知らないマルシャルのあくび。


 (マルシャル……目の下にうっすらと隈が出来ています。きっとほとんど休めていないのでしょう)


 心配するシャルリエと何でもないように普段通り振る舞うマルシャル。

 シンに到着するまで何度か野宿を繰り返し、マルクトの巫女と戦士はようやく目的地に辿り着いた。

 王都程ではないが人々で賑わう港町であるシンは、新鮮な魚介類が並ぶ朝市の真っ最中だった。


「これだけ人が居るなら、パスについて何か知ってる人が居るかもしれないねぇ」

「聞き込みをしてみましょう、マルシャル」


 店の店主や客に、パスに関する手掛かりはないか訊いてみるものの収穫は得られなかった。

 更にマルシャルにとっては最悪な事に、神殿の法衣を纏った清楚な少女と騎士がやってきた事に徐々に人々がざわつき始める。二人が巫女と戦士なのではないかと噂を聞きつけた人々の人集りが出来てきてしまったのだ。


「もしやお二人はマルクト神殿の……」

「はい。わたしはマルクト神殿の巫女、シャルリエ・アドナイ・メレクです。彼はサンダルフォンの戦士、マルシャルです」


 (あっさり答えやがったよシャルリエ様!)


 心の中で絶叫したマルシャル。


「マルシャルだって……?」


 人集りに気付いた青年が、少女の発した名前に反応した。

 騎士仲間から嫌われているマルシャルだが、一人だけ例外が存在していた。

 他人を遠ざけて、周りからも遠ざけられてきたマルシャルに何故か付きまとってくる青年。それが彼――マルクト騎士団所属ツヴァルグ・ファノレプシスである。


「ごめんね、ちょっと道を開けてくれないかな」


 マルシャルと同じ黒と赤の鎧を纏ったツヴァルグは、人混みを掻き分けてその中心へと向かう。


「マルシャル! マルシャル・ジギタリス!」


 振り返ったマルシャルは、ただでさえ引きつっていた顔を見る見るうちに青く染め上げていく。


「私を置いて王都へ行ってしまったと思ったら……隣に居る美少女は誰なんだいシャル! 私は……私は悲しい! とても悲しいよ!」


 さらさらと風に靡く長い焦げ茶色の髪をポニーテールにした、髪と同じ焦げ茶色の瞳をマルシャルとは全く異なる悲しみの涙で潤ませるツヴァルグ。

 シャルリエは勿論、周囲の人々も何事かと注目している。


「び、美少女って……彼女は」

「彼女だって!? 彼女それすなわちガールフレンドだって!? 私は認めない! 認めないよシャル!」

「だぁーもう早とちりすんなっての! かの……この方は! マルクト神殿の巫女様だっつーのバカツヴァルグ!」

「み、巫女様だって……?」


 マルシャルが大きく頷くと、シャルリエは恐る恐るツヴァルグの前に出た。


「マルクトの巫女、シャルリエと申します……?」

「あ、わ、私はマルクトの騎士ツヴァルグ・ファノレプシスと申します……?」


 混乱するあまりお互い疑問符を付けて自己紹介をする様に、マルシャルは頭を抱えた。


「ええと……な、何故巫女様がこのシンに?」

「【セフィロト聖戦】が始まりましたので、今回のサンダルフォンの戦士であるマルシャルと共に、各地を巡る旅をしているんです」

「ああっ! 【セフィロト聖戦】ですか! 私とした事が千年に一度の重大なイベントを忘れるとは……!」


 お気付きかもしれないが、ツヴァルグもマルシャルと同じダメ騎士である。

 黙っていればイケメンなのに、口を開けば一気に暑苦しくなる残念騎士なのだ。


「……ん? 今マルシャルがサンダルフォンの戦士だと仰いましたか?」

「ええ……」


 真剣に悩むツヴァルグのマジ顔に戸惑うシャルリエ。彼女もツヴァルグが普通ではないと気付いたようだ。


「シャルー! 聞いてないよ私は!」

「何をだよめんどくさい!」

「サンダルフォンの戦士といったらアレだろう! 巫女様と各地を巡る旅をするアレなんだろう!?」


 (ついさっきシャルリエ様が言ってたでしょ!)


「私はぁ……私は認めないよぉぉ! 巫女様がシャルと二人旅なんて、断じて認めないよぉぉぉぉ!!」


 ツヴァルグの悲痛な叫びが響き渡る。

 シャルリエは大声に驚き肩を震わせる。

 マルシャルは頭を抱えてしゃがみ込み、穴があったら飛び込んで一生隠れていたい衝動に駆られていた。


「シャル! 君は私を捨てたのかい!? 私なんかより巫女様の方が大切なのかい!? 私は君を……たった一人の、かけがえのない友だと思っていたというのに!!」

「二人はお友達だったのですね」

「向こうが勝手にそう思ってるだけですよぉ……」


 マルシャルの脳裏に、騎士学校時代の忘れ去りたい記憶が蘇る。


「同室で毎晩仲良く語り合ったあの日々を覚えて入るかいシャル!」

「あー……」


 訓練で疲れた身体を早く休ませたかったのに、毎晩ツヴァルグの一方的な会話によって妨げられた睡眠時間。

 それに悩まされたマルシャルは座学の時間に寝てしまうようになり、時間を見付けては空き教室で自主的に勉強して知識を補わなければならなくなった。


「……覚えてる覚えてる」

「それからアレだ! 騎士になってからも同じ部屋で、ここシンの街で共に巡回もしていたよね! ひったくりの犯人を捕らえた事もあったねシャル!」

「そうだねぇ」


 騎士になったマルシャルとツヴァルグはシンに配属され、騎士学校時代と変わらぬ睡眠不足に悩まされていた。

 夜の見回りも二人で行い、偶然ひったくりの現場を目撃したマルシャルとツヴァルグは、ひったくり犯を捕まえようと走り出す。

 マルシャルより少し脚が速いツヴァルグは、犯人に追い付き思いっ切りタックルした。そりゃもう思いっ切りタックルした。

 顔面を思いっ切り石畳に強打した犯人が血まみれになっていたのは言うまでもない。


「朝に弱いシャルを毎日起こしてあげたし、私はシャルと共に過ごせた日々に満足していたよ。だけどシャル! 何故君は私を裏切ったんだい!?」


 シンでの生活が始まって半年。マルシャルは我慢の限界だった。

 嫌われ者のマルシャルと、マルシャルにだけ無駄に暑苦しく付きまとってくるツヴァルグの二人に関わってくる物好きは誰一人として居なかった。

 そのせいでツヴァルグを自分から引き離してくれる存在すら居なかったのだ。

 そこで彼は最後の手段に出た。ツヴァルグはシンから離れる事はない。ならば自分から離れるしかない。

 マルシャルは異動を願い出たのだ。マルクト国内でシンから最も離れた場所は田舎だと聞いていたマルシャルは、田舎は嫌だという理由で王都への異動を選んだ。

 皮肉にもツヴァルグのお陰で遅刻が無くなっていたマルシャルの評価は上がっていた為、すんなりと王都に異動する事が出来た。

 ツヴァルグには何も言わず、こっそりとシンを脱出したのだ。


「どうして何も言ってくれなかったんだいシャル……!」

「いや、だってさぁ……」


 (言ったら毎日泣きながら引っ付いてくるの目に見えてたし)


 マルシャルの眠気はすっかりどこかへ飛んでいた。



 

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