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2.早起きの巫女と寝不足の戦士

 純白の王冠の地、ケテルの城ではマルクトに負けず劣らずの盛大なパーティーが開かれていた。


 ケテルの神エヘイエに選ばれしメタトロンの戦士は、ケテル王国第一王子のバスティアン・バーゼリアだった。

 バスティアンはワイングラスを手にテラスから星空を見上げていた。

 最北端のケテル王国と最南端のマルクト王国は、二大大国として互いをライバル視している。バスティアンは父である国王から絶対の勝利を約束させられていた。

 万が一ケテルが【セフィロト聖戦】に敗れるような事があれば、バスティアンは王位継承権を剥奪され、極刑を受ける。

 しかし、バスティアンは動じなかった。彼は優れた剣術と恵まれた魔法の才能を持ち合わせていたからだ。聖戦に負けるなどとは微塵も考えてはいない。

 ケテルの巫女エリーラは自信と才能に満ち溢れた王子の後ろ姿を見付け、テラスに向かった。


「バスティアン王子」


 エリーラの声に振り返るバスティアン。彼のワインレッドの緩くウエーブした長い髪が夜風に揺れた。


「巫女エリーラか。私に何か用か」

「用という程の事ではありませんが、今夜は早めにお休み下さいな。大陸の北側はパスが多くはありませんから、他の神殿とパスの奪い合いになる事は確実です」

「体調を万全にしろ、と言いたいのか」

「ええ。ケテルの勝利を確実なものにしたいので」


 エリーラは真面目な委員長タイプの少女だ。白い薔薇の髪飾り。それによく合う明るいグレーのサラサラとした髪を靡かせて、エリーラはバスティアンの隣に近付き空を見上げた。

 丸い眼鏡の奥の満月のような瞳。彼女もシャルリエも、他の神殿の巫女達も己の命を賭けて旅に出るのだ。


「……わたくしはまだ、死にたくはありませんので」

「ケテルは負けん。何があってもだ」

「ええ……信じておりますわ」


 夜は更けていき、朝日が顔を出し始めた頃、マルシャルはベッドからむくりと起き上がり大きなあくびを一つすると、騎士団の鎧を身に付けていった。

 いつもは寝坊してばかりのマルシャルだが、今日は別だった。

 面倒な事を極端に嫌うマルシャルは、国全体の期待を背負ったサンダルフォンの戦士に選ばれた事を負担に感じ、とても眠れるような気分ではなかったからだ。


 幼少期から単独行動が多かったマルシャルにとって、常に特定の誰かと行動を共にするというのは精神的にストレスになってしまう。それは神殿の巫女が相手であっても例外ではない。

 昨日の馬車の中でもマルシャルはストレスを感じていた。

 普段はそれほど注目を浴びないマルシャルが戦士になった事で、国民全員から注目されてしまうようになった。

 更に巫女シャルリエは生真面目で気を遣う性格であるが故に、何かあるとすぐに心配して声を掛けてくる。それがマルシャルにとってかなりのストレスになっていたのだ。


 他人は他人、自分は自分。自分より弱い人間にどう思われようが気にしないスタンスであるマルシャルにとって、か弱い少女に過剰なまでに心配され関わってこられるのは不愉快でしかない。

 逆にもし心配してくる相手が上司のカルダであったなら。

 マルシャルより騎士としての経験も豊富で仕事もしっかりこなす。おまけに剣の腕も確かだとなればマルシャルは尊敬する。尊敬している相手が心配してくるならそれほど不愉快でもない。

 小さな子供は勿論、巫女までもが憧れる職業騎士。

 しかしマルシャル・ジギタリスという騎士に関しては、憧れる要素は剣の腕と行動力しかないのだ。

 自分にとって利益になるのなら無償で人助けだってする。だが大した利益を得られないのであれば、子供が大泣きしようが完全に無視して寄宿舎に帰って酒を飲んで寝る。そういう男なのだ。

 そんなマルシャルが望みもしていないサンダルフォンの戦士として選ばれ、命の保障もされない戦いに駆り出されなければならない。


 (めんどくさい……ガチめにめんどくさい……)


 千年に一度、各神殿から一名しか選ばれない守護天使の騎士になれたとしても、マルシャルには面倒な役目を押し付けられたとしか思えないのだった。

 身支度を済ませたマルシャルは、昨日と同じ祭壇へと向かった。既にシャルリエと信徒数人が準備を整えており、マルシャルは朝から気分が落ち込む一方だ。


 (まさか巫女様と旅したら毎日早起きしなきゃならないのか? 勘弁してくれよぉ……)


 今日は満足に眠れなかったから早起き出来たものの、熟睡したマルシャルは些細な物音では全く目を覚まさない。


「おはようございますマルシャル。昨日はよく眠れましたか?」

「あー……まあ、若干?」


 無垢な微笑みを向ける巫女に、マルシャルは乾いた笑いを返して祭壇の前に立つ。


「では早速ですが、出発前のお祈りを捧げましょう。えっと、まずはわたしの隣に……」

「うん」

「次に、祈りの言葉を捧げます。わたしの後に続いて言って下さいね」


 シャルリエが両膝を床につけて胸の前で両手をかたく握り、目を閉じた。

 すると背後の信徒達も彼女と同じ姿勢になり、マルシャルもそれに倣って同じポーズで目を瞑る。


「王国を司りし神、アドナイ・メレク……巫女を守護せし天使、サンダルフォンよ……」

「王国を司りし神アドナイ・メレク、巫女を守護せし天使サンダルフォンよ」

「此度の聖戦にて、我らマルクトの巫女と戦士にご加護を……」

「此度の聖戦にて、我らマルクトの巫女と戦士にご加護を」


 祈りの言葉を紡ぎ終わると、身体の芯がぽかぽかと暖かくなっていくのを感じた。


 (これが、神と天使の加護なのか……?)


 隣でシャルリエが立ち上がると、信徒達も続々と立ち始めた。


「……お祈りはこれで終了です。今日からマルクトを始めとした各神殿の巫女と戦士達は、世界に散らばる二十二のセフィロトのパスを集める旅に出ます」

「パスってのは具体的にはどういうものなんですか?」

「えっと……セフィロトの枝とも呼ばれるものですから、多分棒状のものかと……」

「……見た事ないんですか?」

「はい……」


 マルシャルは頭を抱えた。


 (見た事もないもんを探し出せってどんな苦行だよぉ……!)


「で、ですが! アドナイ・メレクの声を聞けばどこのパスが取られたとか、どこの巫女がパスを持っているかわかります! ですからその……どうにかなると、思います……?」

「いや、そこは自信持って言って下さいよ!」

「す、すみません……」


 神殿の巫女というものは、邪気の無い場所であればどこでも神の声を聞く事が出来る。

 神殿で聞くのが一番なのには変わりないが、魔物の居ない静かな場所なら知りたい事を教えてくれるのだ。

 しかし、その能力はそう何度も使えるものでもない。声を聞くには相当な精神力と体力を必要とするからである。


「マルクト国内には、神殿のあるこの王都以外に四つの町や村があります。そのどこかにパスがあるはずです」

「誰かが持ってたりするんですか?」

「分かりません……。ですが、ダアトの使者からの説明では、それぞれの町や村のどこかに必ずパスはあると仰っていましたから、根気良く探していけばきっと見付かるはずですよ」


 (根気良く、ねぇ……)


 根気が無い飽きっぽい性格なのがマルシャルだ。まだ神殿から出てすらいないのに、永遠にも思えるパス探しの旅に早くも音をあげそうになっている。

 そこでマルシャルは閃いた。余計な苦労をせず、簡単にパスを集められる方法を。


「……ねぇシャルリエ様」

「はい」

「パスって他の神殿と戦って奪い取る事も出来るんだよねぇ? それならダアトで待ち伏せして、他の神殿を片っ端から倒して纏めてパスを貰っちゃうってどうですか?」

「だっ、だめです!」


 唇を尖らせてつまらなさそうにするマルシャル。シャルリエは驚きを露わにして言った。


「パスを持ってダアトに避難されたら、手出しが出来なくなります! 他の神殿を待ち伏せするなんて卑怯ですし、審査の材料となるのはパスの数だけでなく、その過程も見られているのですよっ」


 パス集めは勿論、訪ねた場所で人々からどれだけ好感を得て感謝され、自らの神殿の神への信仰心を高められるか。それが【セフィロト聖戦】だ。


「ダアトに避難って……そもそも僕そんな場所聞いた事ないですけどぉ」

「ダアトへの扉は、来るべき時に開かれます。ダアトは神殿に古くから伝わる伝説の地です」


 パスを持ってダアトに行けば、その空間内ではあらゆる戦闘・略奪行為が禁止される為、他神殿にパスを奪い取られたり殺されたりする心配は無い。

 つまり効率的にパスを集めつつ人助けをし、いち早くダアトに逃げ込めば良い評価を貰えるという事だ。


「何それぇ! それじゃあダアトに一番近い神殿が有利に決まってるじゃん!」

「そうでもありませんよ?」

「え?」

「言い伝えによりますと、ダアトの城はケテルとティフェレトの間にあるとされています。ダアトがその二つの神殿の中間にあるとすると、近いのはビナー、ケテル、コクマ、ティフェレト、ケセド、ゲブラー……」

「六ヶ国も!?」

「ですが、北のビナー、ケテル、コクマの神殿の周りにはあまりパスがありません。数が多いのは南側……素早く行動すれば沢山のパスが手に入るのは、実はわたし達の方なんです」


 マルクトから近いパスがある場所は、西のシン、北のタウ、東のコフの三カ所。

 しかしコフは他の二つより少し距離がある為、他の神殿と被ってしまうと初っ端から争奪戦になってしまう。

 パスがどんなものなのかも分からないマルシャル達にとって、いきなり危ない橋を渡るのはリスクがある。


「それならシンにいきましょうか。マルクト国内なら騎士団の遠征で行った事がある町ばかりだ。王都から向かうとなると、海沿いを進んでいくシンの方が道も平坦で楽ですよ」

「マルシャルがそう言うのなら、わたし達はシンへ参りましょう」

「シンの方向からタウに向かえば山を越える必要も無いしねぇ」


 行き先を決めたマルシャルとシャルリエは、信徒に見送られてマルクト神殿を出発した。

 暖かく輝く太陽の光が、まるで二人の旅の無事を祈る天使の翼のようにふわりと包み込むのだった。



 

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