表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

1.生真面目巫女と不真面目戦士

 マルクト神殿の巫女シャルリエと神に選ばれたサンダルフォンの戦士マルシャルは、騎士団に警護されながら馬車に乗り城へと向かっていた。

 昼間にのんびりと歩いていた街の大通りの両脇には、オレンジ色の夕日に照らされた人々の笑顔が溢れている。

 窓から見えるその人々に控え目な笑顔を向けて、手を振られれば小さく振り返していく少女の横顔をちらりと盗み見るマルシャルは、気付かれないように溜め息を吐いた。

 サンダルフォンの戦士に選ばれたマルシャルは、騎士団の鎧姿のままシャルリエと用意されていた豪華な馬車に詰め込まれた。二人はこれから国王や貴族達の集まるパーティーに出席しなければならない。

 本来ならマルシャルは神殿での警備を終えた後、城へ行く巫女と戦士を見送って今日の仕事を終えるはずだった。

 それなのにまさか自分が見送るはずの戦士に選ばれて、嫌われている騎士団の仲間達に警護される立場になるだなんて予想もしていなかった。


 (何で僕が戦士になってるんだよ……)


 ふと窓の外に馬に乗って併走するカルダの姿が見えた。

 カルダも騎士学校の頃から遅刻やサボりの常習犯だったマルシャルが戦士に選ばれた事に驚いた。


 騎士の間でマルシャルの噂は何年も前から広まっていた。まともに授業を受けない不真面目な生徒のくせに、実技で満点を出すから落第しない男が居るのだと。

 そのせいでマルシャルは他の生徒から嫌われていて、数人でチームを組んで行う試験で仲間外れにされた。

 しかしマルシャルはその試験に一人で臨み、満点で合格してみせたのだ。

 当時マルシャル達を担当していた教官は、仲間外れなど幼稚な事をした生徒達を叱り、マルシャルにはチームワークの重要性を説いたそうだ。

 そんなマルシャルがカルダの隊に配属されてからも、マルシャルの単独行動が目立ち仲間外れも継続されている。

 果たしてマルシャルに戦士の役割が務まるのだろうか、とカルダは悩んでいた。

 目と目が合った二人は、互いに苦い顔を浮かべる。


 (めんどくさいよぉカルダさん……!)

 (これがお前の成長に繋がると良いんだがな……)


「……あの、お加減はいかがですか?」


 急に声を掛けてきたシャルリエに視線を移すと、心配そうに見上げる瞳とぶつかった。


「神殿でお顔が真っ青でしたので、体調が優れないのではと心配で……」

「ああ、うん、大丈夫……だと思いたいです」


 事実、マルシャルは馬車に乗ってから胃がキリキリと痛んで仕方がなかったのだが、純粋に自分を心配してくれる少女(それも神聖な巫女)に向かって「今すぐにでも吐きそうです」とは言えなかった。


「でも、先程から冷や汗をかいているようですし……」

「よ、鎧を着てるせいですよ、うん」

「そう……ですか。でも、本当に具合が悪くなったら、いつでもおっしゃって下さいね、マルシャル様」

「ありがとうございます、シャルリエ様」


 互いに様付けで呼び合うのに違和感を感じたマルシャル。

 彼女は神の声を聞く神殿の巫女なのだから、様を付けて呼ぶのは当然だ。

 しかしマルシャルは戦士に選ばれたと言ってもただの騎士の一人にすぎない。上流階級の出身でもない自分がそんな風に呼ばれるのは納得がいなかった。


「えーっと……シャルリエ様」

「あっ、やはり気分が悪いのですか?」

「いや、そうじゃなくてですね……。僕はマルクトの騎士の一人でしかないのに、敬称なんて付けなくていいって言いたくて」

「……気に障ってしまったのでしたらすみません」

「そんな事ないですって!」

「わたし……本物の騎士様にお会いしたのは、今日が初めてだったんです。わたしは巫女ですから、毎日神殿の中で過ごす事がほとんどで……」


 シャルリエは幼い頃に先代のマルクト神殿の巫女が神の声を聞いて選ばれた新たな巫女で、それまでは一般人と何ら変わりのない生活を送っていた。

 次代の巫女として修行に励むようになってからは、滅多な事では外に出してもらえなくなり、神殿についての歴史や基本的な教養は全て信徒達から教え込まれたのだとシャルリエは言う。


「お勉強は自分のためになりますし、信徒の皆さんも先代様もとてもお優しくて、寂しいと感じた事は一度もありません」


 (それって軟禁と変わらないよな……)


 マルシャルは騎士学校時代自ら、そして周りからも距離を置かれて自由に生活していたが、特別寂しいと感じた事はなかった。

 しかしそれはマルシャルがある程度成長した年齢だったからこそそう感じただけであり、今でさえまだ若い少女であるシャルリエがもっと幼い頃に親元を離れ、そんな軟禁生活を強要されていたならば……。


 (友達の一人も居ない場所で、何年も暮らしてたんだよな)


「それに、信徒の皆さんは色んな本を読み聞かせて下さったんですよ。その中の一冊に、とある騎士の物語が描かれていたんです。ペガサスに跨がった勇敢な騎士様が、大切な女性を護る為に戦うお話……」

「うーん……残念ながらうちの騎士団にペガサスは居ないなぁ」

「えっ、そうなんですか? それでもきっとマルシャル様……あ、マルシャルならペガサスが居なくてもお強いのでしょうね。文字が読めるようになってから、わたしは何度もその本を読み返しているんです」

「騎士が好きなんですか?」

「はい。わたしの憧れです。ですから、今日こうしてあなたに出会えた事で、夢が一つ叶いました。本物の騎士様に会うという夢が……」


 そう言って穏やかに微笑むシャルリエに、マルシャルは笑みを返した。


「そう言ってもらえて嬉しいです。僕も巫女様にお会いするのは初めてですし」

「先代様のような立派な巫女になって、素晴らしい未来をマルクトにもたらす事が、わたしのもう一つの夢なんです」

「素敵な夢だと思いますよ」


 (僕には夢らしい夢なんて何一つ無いからなぁ)


 自由気儘に自堕落に騎士として生きるマルシャルと、不自由ながらも夢を抱き愚痴を零さない巫女のシャルリエ。

 正反対ながらも心の底から安心出来る居場所を持てない彼らの、世界の命運を賭けた戦いの幕は既に上がっている。


 城に到着するとすぐにパーティーが始まる。

 普段はマルシャルにとってカルダの部下の一人として報告に来るだけの城は、煌びやかなドレスに仕立ての良い礼服に身を包んだ紳士淑女の社交場と成り代わっていた。

 天井で煌めく巨大なシャンデリアに重厚感のある音色のオーケストラ。テーブルに並べられた贅沢な食事や高価なワインなど、この空間に費やされた金と集まった上流階級の人々の数を考えれば、巫女シャルリエに対する国全体の期待がどれほどのものか嫌でも思い知る。

 ボーイに促されて会場の奥へと進むと、叙任式でマルシャルが剣を捧げたマルクト国王ベルギルを見付けた。


「国王陛下、ご無沙汰しております。この度は、このような素晴らしい会を催していただき、感謝しております。お元気そうで何よりです」

「巫女殿こそ、立派に成長したようだな。そなたが我がマルクトの戦士に選ばれたマルシャルだな?」

「マルクト騎士団カルダ隊所属、マルシャル・ジギタリスです。この度サンダルフォンの戦士として選ばれた事、このマルシャル大変誇りに思っております」

「久しいな。こうしてそなたに会うのは叙任式以来か?」

「はい」


 (仕事サボってたから会う機会がなかったとは口が裂けても言えない……)


「腕の立つ騎士が戦士に選ばれて安堵した。マルシャルよ」

「はい」

「そなたのその剣、その命は、これよりマルクト神殿の巫女シャルリエ殿に捧げ、忠誠を誓うが良い」


 白髪混じりの長髪を束ねたベルギルの言葉に、マルシャルは目を見開いた。


「巫女殿の勝利は我が国に素晴らしき未来を授ける。その為にそなたはサンダルフォンの戦士として巫女殿に仕え、旅立つのだ」

「……はい!」

「頼むぞ、巫女殿」

「はい、国王陛下。必ずややり遂げてみせます。この命にかえても……」


 そう宣言したシャルリエの瞳には、確かな強い意志と決意が宿っていた。

 この旅にはまだ知らない秘密が隠されている。そう直感したマルシャルは、パーティーが終わり馬車で神殿に戻った後、信徒に頼んでシャルリエの部屋に案内してもらった。

 明日の朝からは彼女との旅が始まる。それまでにずっと胸の中で引っ掛かっていた疑問を解決しておきたかったのだ。


「……シャルリエ様、マルシャルです。少しお話があるんですが、宜しいですか?」


 返事は返って来なかったが、代わりにゆっくりと扉が開かれた。


「どうぞ、お入り下さい」

「失礼します」


 大国の神殿の巫女。それにしてはやけに質素な家具で統一された部屋の中には、馬車の中で聞いたように沢山の本が棚に収められていた。


「えっと、とりあえずそちらにお座り下さい。お水飲みますか?」

「いや、大丈夫です」

「それで、その……お話とは何でしょうか?」


 シャルリエが向かいの椅子に腰掛けたところで、マルシャルは本題を切り出した。


「今日、ずっと気になっていた事があったんです」


 巫女と戦士の旅は、それぞれの神殿が奉る神への信仰心を高めるものだと伝承されている。

 旅の途中で魔物や盗賊に襲われる事もあるかもしれない。しかし、それにしてもシャルリエや国王の真剣な眼差しに疑問があったのだ。


「ただ旅をして世界を回るだけなら、あんなに真剣な表情をするとは思えなかったんですよねぇ。僕が知らない重要な秘密があるとしか思えないんです」


 シャルリエは申し訳なさそうに答えた。


「あなたに秘密にしているつもりはなかったんです。本当です。今日はもうお疲れになっていると思って、明日になったらお話しようと思っていたんです。ごめんなさい……」


 どうやらシャルリエはマルシャルの体調を気遣ってくれていたようだ。


「わたしとあなたは、明日から他の神殿に負けないように、二十二個のパスと呼ばれる枝を出来るだけ多く集めなくてはなりません」

「枝?」

「パスは神殿の無い町や村の近くに隠されていると言われています。そして、そのパスを他の巫女様と奪い合い、戦います」

「はぁ!? それって殺し合えって事ですかぁ!?」

「いえ、そうではありません! ……でも、巫女を殺める事は禁止されていますが、戦士の命の保障はありません。ですが、巫女が誰かを殺めたとなれば、信仰心など高められませんし……死人は出ないかと思われます」


 この大陸には十ヶ所の神殿が置かれた街と、二十二ヶ所の町や村がある。

 効率的にパスを集めながら、時にはパスを奪い奪われながら問題が起きれば人々に手を差し伸べ、信仰心を高めていく。


「この旅は千年に一度、全ての神殿が競い合う【セフィロト聖戦】と呼ばれています。パスを集めて、隠された知識の城ダアトに向かい、そこに至るまでの過程とパスの数を考慮して評価が出されます」

「つまり……その【セフィロト聖戦】で一番活躍した神殿が勝ち、なんですよね? だったら朝を待たずに今から出発しちゃえば……」


 シャルリエは首を横に振る。


「だめです。朝日と共にお祈りを捧げて、旅の無事と成功を願います。アドナイ・メレクとサンダルフォンのご加護を受けてからでないと……」

「……朝じゃないとダメ?」

「伝統ですから」


 不真面目なマルシャルと生真面目なシャルリエ。マルシャルは彼女の言葉に渋々頷いて、頬をかいた。


「わかりました……じゃあ明日の朝、ちゃんとお祈りしていきましょうか」

「【選定の儀】を行った祭壇でお待ちしています。それまで、ゆっくり休んで下さいね」


 おやすみなさい、と言ってマルシャルは部屋を出て用意された部屋へ向かった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ