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2.経験する巫女と気品ある飛竜

 翌朝、マルシャルは約束通りシャルリエを連れて広場で待つ飛竜屋バルゴーの下を訪れた。

 普段と比べればかなり少なかったものの、昨晩はアルコールも睡眠もとれたマルシャルは昨日より顔色が良い。

 海に溶け込んでゆく夕焼け色の髪と爽やかなオリーブ色の眼が、穏やかな太陽の光を浴びて健康的に輝いている。

 更に黒と赤を基調としたマルクト騎士団の鎧がその鮮やかな二色を際立たせ、マルシャルの存在感に華を持たせてくれる。

 一方夕食の時間に飛竜の件を聞かされたシャルリエはというと、腰より長く滑らかな優しいピンク色の髪を風に揺らし、品性と慈愛を感じるラピスラズリの眼を伏せがちにマルシャルの隣を歩いていた。


 (少し……不安ですね)


 シャルリエは今まで動物と接した機会が一度も無い。彼女が巫女となる前、まだ一般人として生活していた頃の身体の弱さが関係しているのだ。

 物心つく前から虚弱体質だったシャルリエは、一人娘であった事もあり両親から過保護に育てられていた。

 季節の変わり目には必ずと言っていい程体調を崩し、風邪をこじらせて命が危うい状態になった事も多々あった。

 そんなシャルリエの生活はベッドの上で過ごす時間が殆ど。

 シャルリエの家は裕福だった事もあり、異変があればすぐに対処出来るよう常にシャルリエ専属の医者が目を光らせていた。

 それでも彼女の身体が良くなる気配は無く、両親は巫女による神の力でシャルリエを治してもらおうと決意する。


 だがそれはそう簡単にはいかなかった。巫女による病や怪我の治療は、神がもたらした奇跡の力によるもの。

 神の力を安易に用いれば、世界の均衡を揺るがす事になりかねない。マルクト神殿側はそう言ってシャルリエの治療を拒否したのだ。

 だがそこで引き下がっては娘の未来はどうなってしまうだろう。ベッドの上で、窓の外で思い切り駆け回り遊ぶ同じ年頃の子供達の姿を見て、何を思うのだろう。

 シャルリエの両親は神殿から帰ると、思い切って本人にこう訊ねた。


「シャルリエ。お前はあの子供達のように外に出て遊びたいかい?」


 振り返ったシャルリエは言った。


「あそびたい。あそびたいけど、これがわたしのからだなんだもん。これはきっと、マルクトの神さまがわたしにあたえた役目なんだよ」

「役目?」

「あんなふうにおそとであそぶ子たちを見ているとね、わたしまでうれしい気持ちになるの。楽しそうにしてるあの子たちや、お父さまとお母さまが仲よくしてるのを見ているとね、わたしもしあわせな気持ちになれるんだ。だからわたしは、今のままでもじゅうぶんしあわせなんだよ。みんながしあわせだと、わたしもしあわせになれるんだよ」


 この頃、まだ四歳だったシャルリエの言葉に嘘は無かった。

 自分のような不自由な身体ではなく、健やかな身体を授かった人々を見守り、その姿に幸福を感じ、彼らのその先の幸せを祈る少女。

 人々を見守り、慈しみ、幸福を祈る……。シャルリエは僅か四歳という若さで巫女としての有り様を心得ていたのだ。


 それから一年の月日が流れ、マルクト神殿では次代の巫女の選定が行われようとしていた。

 この年の巫女選定は、【セフィロト聖戦】を戦う少女を教育し、他神殿に負けぬ巫女を選ぶ特別なものだ。この巫女選びが、間近に迫った聖戦で国の行く末を大きく左右する。

 そうしてマルクトの神アドナイ・メレクが選んだ、清く正しく美しい心を持った少女を選び出した。

 それこそがシャルリエ。神殿が治療を拒否したか弱き少女だったのだ。

 シャルリエには巫女による七日間にも渡る寝ずの治療が施され、健康な身体を手に入れた幼き少女は神殿での勉学と修行に励む日々を送る事になった。

 産みの親ですら足を踏み入れる事が許されない、清浄なる空間。

 人々への愛と慈しみの心を育み、神への絶対の忠誠と平和の祈りを捧げる日々。

 自由に動く身体を手に入れた少女は、本の中での様々な物語に夢を見て、いずれ共に旅をする戦士に思いを馳せる。


 そうして年月は過ぎ、シャルリエはマルシャルと旅をしている。

 絵でしか見た事のなかった海を眺めながら食事をして、その青の深さと美しさを胸に焼き付けた。

 初めて訪れた街で出来た、初めての友人。今まで見ているだけだった友情の輪に入った幸福を噛み締めた。

 自分と同じような年頃の巫女と出会い、戦い、大切な人が傷付く怖さと己の使命の重さに心を曇らせる日もあった。

 始まったばかりの【セフィロト聖戦】で、シャルリエは様々な経験をしてきた。

 そして今、少女の前には新たな経験が待ち構えているのである。


「ほらシャルリエ! あれが昨日言った飛竜だよ」


 マルシャルが指差す先には、笑顔で手を振るバルゴーと真紅の瞳の黒竜が居る。


「待っておりました、マルクトの巫女様!」

「は、はじめまして。マルクトの巫女シャルリエと申します」

「お爺さんが僕らの為にって用意してくれたんだよ。賢そうだし威厳もあるし、眼も綺麗でしょ?」


 (確かに、マルシャルの言う通りなのですけれど……)


「グルル……」

「きゃっ!」


 喉を鳴らした黒竜に短く悲鳴をあげ、シャルリエはマルシャルの後ろに隠れてしまった。


「大丈夫だよシャルリエ。別に威嚇してるわけじゃないよ」

「で、ですが……その……こんなに大きな生物を見るのは初めてで……」

「まあちょっと大きいかもしれないけど、他の飛竜より大人しいと思うなぁ」


 黒竜はマルシャルの背中から不安げに顔を出しているシャルリエを見下ろし、暫く見つめ合っていた。


 (……不思議です。この子だけ、他の飛竜よりずっと瞳が優しくて、温かい……)


 シャルリエの警戒心が解けたのを見計らってか、黒竜はその長い首を下げてきた。

 マルシャルも何が起きているのか分からなかったが、二人に敵意が無い事は明らかだった。


「ほう! こいつが自分から頭を下げてくるなんて珍しいな」

「そうなの?」

「ああ。こいつはうちの飛竜の中でもとびきりプライドが高くてな。客が気に入ってもこいつが気に入らなけりゃ売るにも売れないのさ」

「それじゃあ、僕らの事は気に入ってくれたのか?」


 そう言うと黒竜は静かに頷いてみせた。


「い、今頷きませんでしたか?」

「そりゃそうさ! こいつは賢い黒晶竜(こくしょうりゅう)の中でもずば抜けて賢いやつなんだ。人間の言葉だってキッチリ理解してるぞ?」

「す、すっげー……」

「ほら、折角だ巫女様。こいつの頭を撫でてやって下さい」

「頭ですか……?」


 人間の言葉が分かると聞いて、シャルリエは少し安心していた。

 そんなに賢い竜なのであれば、話せば理解してくれる。獰猛な魔物とは違うのだと自分に言い聞かせた。


「……少しだけ、撫でさせていただいても宜しいですか?」


 相手が飛竜であっても低姿勢を崩さないシャルリエに、黒晶竜は律儀に頷き、そっと頭に手を触れる。

 硬くざらついた鱗にビクリとしたものの、今度は悲鳴をあげず落ち着いて撫でると黒晶竜は気持ち良さそうに目を細め喉を鳴らす。


「じゃあ僕も……」

「グルルル……」 


 マルシャルが撫でても抵抗しない。


「こりゃ凄い……流石は巫女様と戦士様だなぁ!」

「どうシャルリエ。もう怖くないでしょ?」

「はい。本で見た飛竜は狂暴なものが多かったので、この子も怖いのかと思っていましたが……」

「可愛い?」

「可愛いし、格好良いと思います」

「グルルァ!」


 シャルリエが褒めると、黒晶竜は自慢気に声をあげた。

 こうしてこの黒晶竜はシャルリエがクローブと名付け、二人は早速次に目指すツァディーに向けて新たな仲間クローブの背に乗りイェソド王都の空に飛び立つのであった。



 その頃、ツァディーにはネツァク神殿の巫女と戦士が到着していた。


「ねぇねぇテーラ、今日のパス探しは午後からにしようよー」

「何故だ?」


 動きやすい深い緑色の法衣を着る巫女テーラ・アドナイ・ツァバオトは、真剣に理由を訊ねた。


「夜中もぶっ通しで歩き続けてもうヘトヘトなの、ねむねむなの! 見てよこの眩しい朝日! 朝日だよ? もう朝になっちゃってるんだよ!? せめて寝ようよ午前中はさぁ!」


 眠くて眠くてたまらない戦士リルガー・ルヴィス・パフィオペディラムは、必死に午前の休息を提案する。


「認めん」

「なんでぇ!? テーラは眠くないの!?」

「俺達が休んでいる隙に他の巫女と戦士に先を越されても構わんと言うのなら俺一人で探す。貴様はいらん」


 そう言い残し、テーラはどんどん先へと歩いていってしまう。


「い、いらんって酷くない!? オレ一応アンタの戦士なんだけどー!」

「知るか」


 マルクトとネツァクの巫女と戦士が出会うまで、後半日。



 

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