3.ワイルドな巫女と倒れる戦士
黒晶竜クローブは巫女シャルリエと戦士マルシャルを乗せて、彼らの目的地であるマルクト領ツァディーに向かって雄大な空に翼を広げていた。
イェソド領を抜ける頃には、澄み渡る青空はマルシャルの髪と同じ夕焼け色に染まっており、徒歩での移動をせずに済んだ二人の体調は万全だった。
ただ、人生の殆どを屋内で過ごしてきたシャルリエには初めての空中散歩は恐怖そのものだ。
クローブを貰った広場から飛び立った数時間前、飛竜屋バルゴーは自分の店が繁盛する日を想像し、そんな夢のような展開を叶えようとしてくれている巫女と戦士を笑顔で見送った。
しかしシャルリエは飛び立つ直前までは少し緊張する程度だったのだが、いざ目線が上空からの眺めに変わると高度が上昇するにつれて落下への恐怖心が膨れ上がっていってしまった。
幼い頃に住んでいた生家の私室は二階ではあったが、そんな高さとは比べ物にならない飛竜の背中から見る景色。
狭い世界しか見てこられなかったシャルリエにとって、クローブの背から見下ろす大地は落下死の恐怖によってその壮大なる美しさを霞ませる材料でしかなかったのだ。
小さく震える巫女を背後から抱くマルシャルはというと、初めての体験に胸を高鳴らせていた。
不真面目な若騎士と言われている彼でも、人並みに感動する心は持ち合わせている。
憧れていた竜騎士への一歩を踏み出したのだ。面倒臭がりのマルシャルが誰にも打ち明けていない、本人が自覚しているかすら怪しいぼんやりとした夢。
風を切りハイスピードで空を飛び、全身で空を感じる。
そのスピードもシャルリエには恐ろしく感じられていた。その様子に気付いたマルシャルは、怯える少女の耳元で語り掛ける。
「大丈夫シャルリエ? 怖いならもっと低いところをゆっくり飛ぼうか?」
風に流されてしまわないように、聞き取りやすいように話す。
「も、問題ありません! ツァディーへは他の巫女様も向かっているはずです。折角クローブを譲って頂いたのですから、早く目的地に到着する事が最優先です……!」
「そうは言ってもねぇ……」
(身体も声も震えてちゃ説得力ないよ)
己よりも巫女の使命を優先する姿勢は流石としか言いようが無いが、本当は怖くて仕方が無いのは丸分かりだ。
マルシャルは少し考えた後、シャルリエをより強く抱き締めた。
「な、何ですかマルシャル!?」
「こうした方が落ち着かない? あ、鎧が痛かったなら謝るけど」
先代の巫女や信徒達が理想とする巫女そのものと言えるシャルリエにとって、巫女の使命は己の命より優先すべきもの。
なるべく彼女の意思を尊重しようと、マルシャルはクローブのスピードを落とさずいち早くツァディーに辿り着け、且つ安心出来るようにしようととった行動がこれだったのだ。
「痛くは、ありません。ただ……その……」
「なぁに?」
「……何でもありません。あなたの気遣い、感謝します」
「どういたしまして」
振り向き様に見えた夕日に照らされたシャルリエの柔らかな頬は薄っすらと赤みを帯びていたが、その色は夕日のせいなのか彼女が照れていたせいだったのかはマルシャルには分からなかった。
暫くするとツァディーの村が見えてきた。
少し懐かしさを感じたマルシャルが、村から少し離れた草原を指差して言う。
「クローブ、あのあたりに降りて!」
「グルァ!」
短く了解の返事をしたクローブはマルシャルの指示通りの場所に降り立った。
すると、クローブの姿を見ていたらしい村人達が何事かと集まってきた。
赤茶の髪をした中年の男性がクローブを警戒しながらも、傍らに立つ少女が巫女の法衣を着ている事に気付き声を掛ける。
「もしや……貴女はマルクトの巫女シャルリエ様? それに隣の青年は騎士団の鎧を……」
「いかにも、わたしはマルクト神殿巫女のシャルリエです。彼はサンダルフォンの戦士マルシャル」
「マルシャル? ……ああ! 前に酒場で飲んだくれていた、あの騎士の兄ちゃんか!」
「あー! あの時一緒にババ抜きしたおじさんじゃん! 元気そうで良かったー!」
マルクトの戦士は騎士だという話はツァディーにも伝わってはいたが、名前までは知られていなかったらしい。
思わぬ再会にマルシャルを知る村人達は笑顔で二人を出迎えてくれた。
「あんたがこの国の戦士なら一安心だよ! 何たって剣の腕はピカイチなんだもんな」
「まさかその腕が鈍っちまった、なんて言わねえよな?」
「ふふん、寧ろ上達したっつーの!」
親しげに会話するマルシャルと村人達を交互に見やり、シャルリエは驚きながらも感心していた。
(凄いですマルシャル……。シンの時もそうでしたが、彼がこんなにも顔が広い人物だったなんて。ただ……会話に入れません……)
友人はマルシャルとツヴァルグしか居ないシャルリエには、彼らの会話に入り込む話術は無かった。
だがそんな彼女に村の女性達が話し掛けてくれた。
「シャルリエ様、お会い出来て光栄です」
「想像していたよりずっと清らかでお美しい方でおどろきました」
「いえ、そんな……。それよりお尋ねしたい事があるのですが……。他の神殿の巫女様はこの村にいらっしゃいましたか?」
気になるのはツァディーの南東、コフのパスを得ているネツァク神殿だ。
イェソド神殿の巫女ウルと戦士カルディはタウに向かう途中で会ったが、シャルリエ達より先にここへ到着する事は無い。
出会す可能性が高いのはネツァク神殿だけなのだ。
「そういえば、今朝剣を持った男前な姉ちゃんとフラフラの兄ちゃんを見掛けたな。それ以外には行商人ぐらいしかこの村には殆ど来ないよ」
いつの間にか会話を終えていた中年男性が言う。
「パスを知らないか、と色んな家や店を回って訊ねていたな」
「パスを知ってるって事は……」
「他の神殿が既にこの村に来ているようですね。わたし達も早速パスを探しましょう、マルシャル」
「うん」
自国の巫女と知り合いの戦士という事もあり、村人達はパス探しに協力的だった。
まず二人はババ抜きをした男性に連れられ村唯一の武器屋を訪れた。
シンのパスが槍だった為、今回も何らかの武器がパスかもしれないと予想したのだ。
「古い武器を見せて頂きたいんです。もしかしたらそれがパスかもしれないので……」
ツヴァルグの屋敷の庭にあった噴水は古くからあるものだと聞いてもいないのに一方的に聞かされていた二人は、歴史ある何かがパスなのではないかと考えていた。
店の主人は埃塗れの屋根裏からありったけの武器を持って来た。
「うちにある一番古い武器っていうとこんなもんなんですが……」
「どう? この中にパスはありそう?」
胸元に隠したブラッドストーンのペンダントを翳してみたものの、何の反応も無い。
「残念ですけれど、パスではありませんね……」
「うーん……やっぱりめんどくさいねぇパス探しって」
マルシャルが苦笑いを浮かべていると、店の扉が開かれた。
「邪魔するぞ」
暗い茶色の髪に深い緑色の瞳の女性は、今にも倒れてしまいそうな若草色の跳ねた髪の青年の腕をがっしりと掴んでいる。
女性は凛々しい目付きで背中に大きな刀を背負っており、戦闘に向いた動きやすいブーツと衣服で身を固めていた。
マルシャルとシャルリエは彼女の纏うそれが巫女の法衣を剣士向きにアレンジしたものだと気が付いた。
しかし彼女はシャルリエが巫女だとは気付いていないようで、ちらりとシャルリエと目を合わせただけで店主に言う。
「俺はテーラ。ネツァクから来た巫女だ。この店で一番古い物を見せてもらいたい」
どうやらネツァク神殿もマルシャル達と同じ考えだったようだ。
「それでしたらこれがそうですが……」
「ふむ……。拝見させてもらうぞ」
テーラも胸元のペンダントを武器に翳していくが、やはりどれも反応は無い。
瞳と同じ色のエメラルドが虚しくランプの光を反射した。
「……ここも外れか。行くぞリルガー。いい加減自分の足で歩いたらどうなんだ?」
「む、むりぃ……ねむねむマックス……ぐぅ……」
三度の飯より睡眠が大好きなリルガーには、休み無しのパス探しは出来そうに無かった。
「起きんか貴様!」
「ぎゃうっ!?」
遠慮無しに放たれた強烈なハイキックがリルガーに直撃する。
床に倒れ伏すリルガーをテーラは無表情に回収し、肩に担いで扉に手を掛けて振り返る。
「見苦しいものを見せたな。済まなかった。失礼する」
パタンと扉が閉まり、店内には妙な空気が広がった。
この場に居た誰もが思った。
外国にはあんなワイルドな巫女が居るのか、と。
「す、凄い巫女様でしたね」
「あれはネツァクの戦士が可哀想だったなぁ……。見た感じだと、寝不足の身体引きずり回された挙句にあの蹴り食らってたでしょ? 新しい拷問だよあれ……」
(出来ればネツァクの巫女とは戦いたくないなぁ……怖すぎるよ)
衝撃的な出会いの後、マルシャルとシャルリエはパス探しを続けたが成果は無し。二人はツァディーの教会で食事と寝床を提供してもらおうと夜道を歩いていた。
「あーあ。今回のパス探し、あの巫女が居なかったらもう少しはやる気出たのになぁ」
「ネツァクの巫女様が何か気になるのですか?」
「気になるっていうか……相手にしたくないなぁって。もし僕らが巫女と戦士だって分かったら、あの巫女絶対勝負挑んできそうじゃん!」
「だめなのですか?」
不思議そうに首を傾げるシャルリエに、マルシャルは苦笑いを返す。
「ダメなわけじゃないけどさ、何かめんどくさそうだから。あ、でもどのみち僕らの正体バレちゃうのか」
(同じ教会に泊まるんだもんな)
しかし、二人が教会に到着してもテーラとリルガーは姿を見せなかった。
マルシャルはそれに安心したのだが、教会に着いた途端シャルリエは悲鳴に似た声を上げた。
「ど、どうしたのシャルリエ!」
「わたしったらまた同じ過ちを……」
(パス探しの前にアドナイ・メレク様のお声を聞けば良かったではないですか……!)




