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4.聖なる光と涙の洞窟

 シャルリエは直ぐに教会の奥、アドナイ・メレクの像へ祈りを捧げた。

 マルクトの北東、ネツァク神殿の巫女と戦士が同じ村に居る今、相手より先にパスを手に入れなくてはならない。


 (出来る事なら、あの巫女様とは戦いたくないし)


 マルシャルは武器屋で巫女テーラに会ったあの時から、彼女に苦手意識を抱いていた。

 へろへろになった戦士リルガーに容赦無い一撃を喰らわせ、何事も無かったように平然と去っていったテーラ。マルシャルはああいった女性の扱いが分からない。

 更に彼女が背負っていた大刀は、きっちりと手入れがされていた。それもかなり使い込まれているようで、若い女性……それも巫女であるにも関わらず、相当な刀の使い手なのだろうと予想していた。

 タウのパスを勝ち取ったイェソド神殿の戦士カルディとはまた違ったタイプの強敵となるだろう。


「……ヒント、わかりました……!」


 いつものように、疲れた様子のシャルリエは無事アドナイ・メレクの声を聞けたようだ。

 うっすらと額にかいた汗が、蝋燭の灯りに煌めいている。


「どうやら、ツァディーのパスには洞窟が関係しているようです……」

「洞窟か……。となると、明日の朝探した方が良いね。流石に僕でもこの辺りの地理は詳しくないしねぇ」

「ええ、そうしましょう」


 マルシャルとシャルリエは早めに食事と入浴を済ませた。

 そしてマルシャルは案内された一人部屋のベッドに寝転がる。


 (……あの戦士の方が未知数なんだよなぁ)


 おちゃらけた苦労人といった印象を受けたリルガーは、マルシャルが見た限りでは武器らしきものを持っていなかった。

 細身な彼がまさか素手で戦うとは思えない。かといって、武器を隠し持つような人間にも見えなかったのだ。


「んー……。残った可能性は……魔法かなぁ?」


 魔法を攻撃手段としているならば、武器が無くとも不自然ではない。

 ただ、シャルリエがイェソド戦で使っていたような杖があった方が魔力は安定するし、威力も上昇する。


 (ん? でもシャルリエって普段杖なんて持ってないよな? どうやって出したんだろ)


 マルシャルも魔法が使えなくはないのだが、マルクト騎士学校は剣術を重点的に教える為、簡単な魔法しか分からない。

 専門的な魔法の知識を得るには、魔法学校に通うか魔術師などに弟子入りするしかない。


 (まあ、杖の事は今度シャルリエに聞いてみよう)


 ここまでを頭の中で整理して、マルシャルはランプを消した。


 (ネツァクの巫女は刀、戦士は多分魔法……。うーん、やっぱり相手にしたらめんどくさいだろうなぁ)


 いち早くパスを探し出し、ツァディーを離れよう。絶対に。

 マルシャルは強く決意した。


 朝を迎えたマルシャルとシャルリエは、朝食を済ませた後、早速アドナイ・メレクから得たヒントをもとにパス探しを開始した。


「すみません。この近くに洞窟はありますか?」


 村人達の朝は早かった。

 ツァディーはマルクト国内で一番農業が盛んな土地だ。イェソド、ネツァクとの国境に近いことから、両国へ作物を輸出している。

 それによりマルクト王国は二国との関係を安定させており、その影響は今後パスを探す時にも役立つことだろう。

 太陽が顔を出す前には支度を済ませ、畑仕事に取り掛かる。そんな村人達に、マルシャルとシャルリエは声をかけていく。


「洞窟ですか? それなら村の東にありますよ」

「東ですね。ありがとうございます」


 シャルリエが笑顔で礼を言えば、村人は照れたように頬をかいた。


「あ……そういえば!」

「ん?」

「昨日のことなんですが、剣士の女性が同じ事を訊いてきたんですよ」

「ネツァクの巫女様のことでしょうか……」

「多分ねぇ」


 マルシャルとシャルリエの表情が曇る。


「……仕方無いね。とりあえず僕らもその洞窟を目指してみようよ。まだ向こうがパスを見付けたとは限らないしさぁ」

「そうですね。では、参りましょうかマルシャル」


 

 東の洞窟へは歩いてすぐ行ける距離とのことで、二人は早速目的の場所へと足を進めた。

 村人の言う通り、村を出てしばらくした所に入り口を見付けた。


「シャルリエはあんまり知らないと思うけど、こういう洞窟とかは魔物の住処になってる場合が多いんだ。この洞窟もどれくらいの規模なのか分からないし、突然襲われる危険もある。僕はシャルリエを守るつもりだけど、万が一ってこともあるから背後には注意してね」

「は、はい! 頑張ります!」


 マルシャルの言葉に、シャルリエは気を引き締める。

 マルシャルが先陣を切って、暗い洞窟へと侵入していく。

 村人の話では、この洞窟はランプが無くても入っていけると聞かされていた。

 初めはマルシャルもシャルリエも不安に思っていた。しかし、二人はすぐにその言葉の意味を理解した。

 暗く先の見えない洞窟を進んで行くと、ほんのりと青白い光が見え始めた。

 その光は近付くにつれてはっきりとしていく。


「この光は……?」

「……思い出しました! マルクトには、聖なる光の洞窟があると以前本で読んだ事があります」


 壁際から発せられる光の正体は、澄んだ輝きを放つ水晶だった。

 数え切れない水晶の塊が淡く優しい光を生み出し、洞窟の中を照らしていたのだ。


「こんな場所があるなんて知らなかったなぁ……。確かにこれなら灯りいらずだよねぇ」

「この水晶の洞窟は、とても神聖な場所と記されていました。ここにある水晶の中でも、最も貴重な黒い水晶があるようなのです」

「黒い水晶か……」

「何でもその水晶は【サンダルフォンの涙】と呼ばれているそうです」

「涙?」

「前回の【セフィロト聖戦】の際、マルクトはケテルに敗れています。実は、ここ数千年の間マルクトは聖戦に敗れ続けているのです。サンダルフォンはそれを酷く悲しみ、流した涙がその黒い水晶になったのだとか」


 シャルリエの話によれば、聖戦で勝利をおさめた国はその後目覚ましい発展を遂げ、国土を拡大しているという。

 実際に前回勝利した最北端のケテルは大陸の三分の一の国土を持っている。

 マルクトは国土の広さでは四、五番目といったところだ。王都を入れた街や村の数ではケテルと互角ではあるが、人口ではケテルに次ぐ二番目。

 今回の聖戦の結果次第で、マルクトが大陸一繁栄する国となるかが決まるのだ。


「もしかしたら、それがパスってこともあるかもね」

「そうなのだとしたら、尚更ツァディーのパスは譲れませんね」


 青白い洞窟を歩いていくと、途中で道が二手に別れていた。


「どうするシャルリエ?」

「わたしが決めてしまって良いのですか?」

「うん。別にこんな事くらいでいちいち遠慮しなくて良いよ? 僕ら友達なんだしさぁ」


 そう言うと、シャルリエは心底嬉しそうに柔らかく微笑んだ。


「それでは、右の方へ」

「はーい」


 シャルリエが選んだ道を歩いていると、奥の方から獣の呻き声のような轟音が響いて来た。

 二人ははっと顔を見合わせる。


「奥に何か居るね」

「魔物……でしょうか」

「だろうねぇ……。どうする?来た道引き返して別の道から行く?」

「いいえ。もしかしたら、この道の先にパスがある可能性があります。このまま進みましょう、マルシャル」


 シャルリエは、はっきりと言い切った。

 未だこの旅が始まって以来、敵対する巫女と戦士との戦いはあれど、魔物との戦闘の経験は一度も無い。

 マルシャルは騎士団の遠征や護衛の任務で戦った事があるが、シャルリエは違う。


 (どうしてシャルリエはここまで真面目なんだろう)


 彼女のような年齢で、恐ろしい魔物に自ら向かっていくような少女をマルシャルはシャルリエの他に知らない。

 巫女の使命にどこまでも真っ直ぐに向き合うシャルリエ。いったい何が彼女を駆り立てているのだろうかと、マルシャルは考えた。


「……シャルリエが決めたなら、僕もそれに従うよ。行こう、シャルリエ」


 その言葉にシャルリエは力強く頷き、二人は更に奥へと突き進んで行く。

 最初に聞いた呻き声は止むことなく、近付いていくにつれて声以外の音も聴こえてくるようになった。


「強い風の音……。もうすぐですね」


 視界が開けたかと思うと、視線の先には何も無かった。

 代わりに二人が出て来た空間はかなりの広さがあり、音のする方はどうやらマルシャル達の足下……崖の下だった。

 二人が下を覗き込むと、巨大なライオンのような黒い魔物が暴れ回っていた。

 それに立ち向かっていたのは、やはりネツァクの巫女テーラと戦士リルガーの二人だった。


「あの二人は昨日の……! やはりこの洞窟に来ていたのですね」

「ああ。……っ、ねぇシャルリエ! アレ見てアレ!」


 マルシャルが黒ライオンを指差す。


「あの魔物の頭!」

「頭、ですか? ……角が生えていますね。かなり大きな角ですが、それがどうかしたのですか?」

「あの角、よーく見ると何か文字みたいな模様があるんだよ! ほら、今なら見える! あれってツァディーのパスだよきっと!!」


 そうは言うものの、シャルリエにはその文字は全く見えなかった。


「よく見えますねマルシャル……。わたしには全然見えません」

「あー、僕視力はかなり良い方だからかなぁ? それより僕らもあの魔物倒さなきゃだよ!」


 (とは言ったものの……)


 二人が居る場所から崖の下まではかなりの高さがある。どうやら左の道は洞窟の地下への道だったようだ。


「……どうやって下まで行こうか? これ確実に飛び降りたら死ぬ高さだよ」

「それなら問題ありません」


 マルシャルが振り返ると、いつの間にかシャルリエの手には錫杖が握られていた。


「防御壁の魔法を応用して、着地点にクッションを作ります。そうすれば安全に下へ降りることが出来ます」

「う、うん」


 (いつの間に杖出したのシャルリエ)


「じゃ、じゃあ行こうか」

「はい」


 シャルリエはイェソド戦の時、空から落下するマルシャルとカルディをキャッチしたものと同じ魔法を発動させた。

 そして、マルシャルは下を確認した後突然シャルリエを抱き抱えた。

 いわゆる、お姫様抱っこというものだ。


「ええっ!? ま、マルシャル!?」

「いいから、シャルリエはそのまま大人しくしてて。あ、ちゃんと落ちないように僕に掴まっててね?」

「え、あ、は、はいっ!」


 予想外のマルシャルの行動にシャルリエは驚き、同時に恥ずかしさを感じていた。


 (ま、まるでおとぎ話の王子様とお姫様みたいでドキドキしてしまいます……!)


「そぉーれっ!」


 マルシャルはしっかりとシャルリエを抱え、颯爽と飛び降りていった。



 

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