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5.黒獅子の咆哮とハニエルの加護

 何の前触れも無く崖の上から何かが落ちてくる気配を察知したテーラは、はっと顔を上げた。


 (あれは……人間か!)


 防御魔法により着地の際の衝撃を和らげたシャルリエは、マルシャルに抱き抱えられたまま無事に着地することが出来た。

 かなりの高さから飛び降りた為、クローブの背から見る景色と同じか、それ以上の恐怖で未だ心臓は煩く鼓動している。


「貴様達は……村の武器屋で会った二人か。こんな洞窟に何の用があって来た? あの魔物が目に入らないのか!」


 鋭い眼光でテーラが言う。

 マルシャルはシャルリエを降ろし、腰にさした騎士団の剣を引き抜いた。


「目には入ってるよ。僕らは、あれを仕留める為にこの洞窟まで来たんだから……さ!」


 ニヤリと笑って巨大黒獅子に向かって走り出すマルシャル。


「待て貴様! あれは俺の獲物だ! 貴様のような者には無関係だろう!!」

「そーだよ! アンタ達には関係な……って、テーラぁ! 俺の、じゃなくてオレ達の獲物でしょー!?」


 マルシャルを止めようと彼の後に続くテーラ。


「関係あります」


 巫女らしい、凛と落ち着いた声でシャルリエが言う。


「わたしはマルクトの巫女、シャルリエ・アドナイ・メレク。そして彼こそがサンダルフォンの戦士……」

「マルシャル・ジギタリスだよー!」


 マルシャルは勢いよく跳び上がり、剣を振り下ろす。

 その一撃は黒獅子の片目を潰し、痛みに暴れる獅子は鋭く尖った爪でマルシャルを攻撃しようとしている。

 着地の瞬間、即座に剣で爪を受け止めたものの、あまりの力に弾き飛ばされてしまった。


「うっ!」


 隙が生まれたマルシャルを仕留めようと黒獅子が動き出す。


「ガルァァァ!」


(やばい……!)


 シャルリエが防御壁を作ると同時に、風の刃が獅子を襲った。


「ウインドブレード!」


 風魔法で動きが鈍った隙に、マルシャルは体勢を立て直す。


「大丈夫そうだね」

「ああ……助かったよ」


 リルガーは安心したようにマルシャルに微笑んだ。

 予想した通り、リルガーは杖を使わないタイプの魔法使いだった。


「リルガー! 何故その男を助けた!」


 厳しい口調でテーラが言う。

 リルガーは困ったように、苦笑いを浮かべた。


「だってさぁ、目の前で死人が出たら嫌なんだもーん」

「だがこの二人は……!」

「よその神殿だから無関係、って?」

「……そうだ。俺達の旅の目的は、祖国の未来の為だ。ネツァク以外の人間は……巫女や戦士の命がどうなろうが構わん!」


 はっきり断言したテーラは、再び獅子に向かって行く。

 残されたリルガーは小さな溜息を吐き、マルシャルとシャルリエに振り返った。


「何か、昨日に引き続き見苦しいトコ見せちゃってごめんねー?」

「いえ、そんな事はありません。巫女様の考えはそれぞれ異なって当然です」

「悪い子じゃないんだけどねー……。偏った愛情しか無いみたいでさぁ」


 リルガーはテーラの後ろ姿を見ながら、悲しく笑んでいた。


「……あ! 名乗るの遅いかもだけど一応言わせてねー? オレはリルガー・ルヴィス・パフィオペディラム。ネツァクの魔法学校の生徒なんだぁ。で、あっちが巫女のテーラ・アドナイ・ツァバオト! 男だらけの兄妹の中で育ったらしくて……」

「だからって、あんな逞しい巫女は初めてだよ……」


 一人でも獅子に大刀を振るうその様は、巫女というより女戦士と呼ぶに相応しい。

 彼女なら戦士の助けが無くとも旅が出来そうにも見えるが、長時間戦っているからかテーラの表情には疲労の色が見える。


「ねえ、あの魔物が持ってるパスさー、あれを倒した方が貰えるってルールでどう?」

「僕、結構強いよぉ?」

「ふふーん。僕なんてコフのパスで天使の加護が強化されちゃってるんだから!」


 パスに秘められた能力は大きく分けて二種類ある。

 マルシャル達が持つシンのパスのような、旅の役に立つ補助系の能力。そしてリルガーの言う、戦闘能力を強化するパス。

 これらの能力を生かしながら、歴代の巫女と戦士達は聖戦で競ってきたのだ。


「それじゃあ一気にやっちゃおーか! ハニエルの加護をご覧あれー!!」


 まばゆい緑色の光が、水晶の青と混ざり合う。

 白い翼を羽ばたかせ、リルガーは黒獅子に向かって飛んで行く。


「負けられないねぇ! いくよサンダルフォン! 僕に力を貸して!!」


 赤黒い光を放ち、滑らかな光沢を持った漆黒の翼がばさりと広がる。

 その時、リルガーはハニエルの加護の力により金色の球体を幾つも出現させた。

 サッカーボー並みの大きさのそれは、天使の力とネツァクが持つコフのパスによって強化された、リルガーの魔力そのものだ。


「テーラ! 危ないから離れてー!」


 上空から呼び掛けるリルガーを見上げ、眉間に皺を寄せるテーラ。

 仕方無いと言いたげな表情を浮かべ、彼の指示に従って黒獅子と距離を置いた。


「あいつ、まさかあの玉みたいなので攻撃するつもりなの?」

「あれはただの玉ではありません。ネツァクの天使ハニエルの魔力と、彼らが持つコフのパス……そして、彼自身の膨大な魔力が合わさった強力なエネルギーの集合体です!」

「そ、そんな強いのあの玉!?」


 (イェソド神殿から勝ち取ったタウのパスはまだどんな能力なのかわかんないし……もうやけくそだ!)


 マルシャルは地面を蹴り飛び上がり、急いで黒獅子に接近しようとする。

 テーラが離れたことを確認したリルガーは、膨大なエネルギーの球を操った。


「降り注げ! 宇宙の力をその身にくらえー!!」


 リルガーの周りに浮いていた金色の球が、一斉に黒獅子に襲い掛かる。

 呻き声を上げる黒獅子。全ての球が降り注いでいくその光景は、夜空の流れ星のように美しかった。


「よぉーし! テーラぁ、トドメは任せ……」

「クリスタルソード!!」


 血のような赤黒い水晶の柱が、黒獅子の頭を貫いた。

 巨体がドサッと音を立てて地面に倒れ込み、黒獅子はピクリとも動かなくなった。

 呆然とするリルガーとテーラ。そしてマルシャル。


「……え?何これ」


 (僕、こんな大きな水晶出すつもりじゃなかったんだけど)


「すごいですマルシャル! サンダルフォンの力を完全に使いこなしています!」


 無邪気に喜んでいるのはシャルリエだけ。残りの三人は今起きた事に頭が追い付いていなかった。

 地面に降りたマルシャルとリルガーの元に集まる二人の巫女。


「ね、ねぇシャルリエ。僕、想像以上の攻撃しちゃったんだけど……」

「もしかしたら、この洞窟がサンダルフォンにまつわる場所だからなのかもしれませんね。ところで、この魔物にとどめの一撃を与えたのはマルシャルですから、パスはこちらが頂いて構いませんよね?」

「え、ああ……はい、どうぞー」


 シャルリエは微動だにしない亡骸にペンダントを翳す。

 すると、黒獅子の角は光を放ち、シャルリエのペンダントには三つ目のパスが取り付けられた。


「あーあ……ツァディーのパスがあればオレもっと強くなれたのになぁ」

「どういうこと?」

「うちの天使様はねー、金星を支配する天使なんだよ。だからコフやツァディーのパスがあれば、能力が強化されるんだぁ」

「コフは【月】、ツァディーは【星】のアルカナですから、そのお話が本当ならネツァクに有利なパスなのですね」

「そういうこと!」


 (それじぁあ僕らが持ってても意味無いじゃん……)


 こうしてマルシャルとシャルリエはネツァクの巫女と戦士に勝利し、ツァディーのパスを手に入れたのだった。



 

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