1.似た者同士と高鳴る鼓動
夜が明けたケテル王国の西、ダレットの街。疎らだった見物人達は、大きな音を聞きつけていつの間にか百人近く集まっていた。
その中心には、前髪を後ろに流した長髪の厳めしい顔付きに、和服と刀を身に付けた男性がうら若い女性を庇うように立っている。
「ビナーの巫女ラバスカ・エロヒム。大人しくベートのパスを明け渡すが良い。さもなくば、そなたらもコクマの二の舞を演じることになるぞ」
「ラバスカ様! あの男の強さは異常にございます! ここはこのアーシュンが引き受けます故、どうか安全な場所へ!!」
ツァフキエルの戦士アーシュン・ハグナン・アオキは、きりりとした目付きで相手を見据えた。
「それは無理よ。無理なのだわアーシュン」
ビナーの巫女ラバスカ・エロヒムは、閉じられていた瞼をゆっくりと開け、空色の眼が彼--ケテル王国第一王子のバスティアンを映す。
「彼は確かに強いわ。コクマの戦士は、かなりの傷を負ったとエロヒム様が仰っていたもの」
「ならば尚更、貴女様はお逃げ下さい! ラバスカ様の身を危険に晒す訳にはまいりません!」
「これは危険を承知の上で行う聖戦ですわよ? 一国の命運を背負う立場でありながら、何を仰っているのやら」
バスティアンの隣で、ケテルの巫女エリーラが薄っすらと笑みを浮かべて言う。
「彼女の言う通りよアーシュン。私は全てを覚悟した上で、巫女として旅を始めたのだから」
「で、ですが……」
「ケテルの巫女様、戦士様。私ラバスカ・エロヒムは、ビナー神殿の巫女として、パスを賭けての勝負を申し込みます」
三つ目のパス、ツァディーを手に入れたマルシャルとシャルリエは、ネツァク神殿の巫女テーラと戦士リルガーと共に東の洞窟から出た。
「天使の力を使った後って妙に身体が重くなるよなぁ」
「だよねー! オレも何か頭がふわふわするっていうかー、全身がダルいみたいなー?」
「わかるわかる! ふわふわするよねぇ!」
洞窟から出るまで、マルシャルとリルガーは意気投合して、話に花を咲かせていた。
「僕さぁ、普段はこの鎧着て剣振り回してるわけじゃん?」
「うんうん」
「今超ダルい」
「オレもー! 魔法学生だから体力無いし~!」
「マジだるーい!」
性格が似ているからか、二人は楽し気に会話を続けている。
(マルシャル、とても楽しそうにお話しています)
シャルリエは穏やかに微笑む。
(何なんだ貴様達は! 他国の巫女と戦士が親しげに接するなどありえん!)
一方で、テーラは不満な感情を顔に出しながらリルガーの腕を掴み、マルシャルから引き離した。
「んぎゃっ!?」
急に腕を引かれ、後ろによろけるリルガー。
そんなリルガーを無言で睨み付けるテーラに、マルシャルは苦笑いを浮かべる。
「ネツァクの巫女様は、他の国の人が嫌いなんだっけ」
「わかっているのなら関わるな」
「テーラぁ! そんな言い方しなくたって……」
リルガーの言葉を遮るように、テーラは彼の腹に拳を一発叩き込んだ。
「ぐぶおっ!!」
膝から崩れ落ちるリルガーを見て、マルシャルは一気に青ざめた。
「ひ、酷いよテーラぁ……」
「フン、貴様が調子に乗って他国の戦士に懐くからだ。立て。これからヌンへ向かう」
そう言って、テーラはリルガーを置いて一人歩き出してしまった。
「うそぉーん! このまま直行なのぉ!?」
「当たり前だ。これは先を急ぐ旅。余計な休息など必要無かろう」
(うわー……シャルリエがこんな性格じゃなくてガチで良かった)
マルシャルが心の中でそう呟いていると、シャルリエは杖を取り出した。
すると、リルガーとテーラの身体は暖かい光にふわりと包み込まれた。
「これは……」
「あれっ? お腹が痛くない……!」
足を止め、テーラが振り返る。
「何の真似だ?」
シャルリエは花のような笑顔で答えた。
「回復魔法です。お二人がこのまま次のパスを探しに行かれるのでしたら、少しは傷や痛みを無くした方が良いと思って」
「余計な世話を焼くな。煩わしい」
「お節介かもしれませんけれど、万が一ネツァクの巫女様と戦士様が道中で何かあったらと思うと、とても心配で……。ごめんなさい」
「謝らないでよぉーシャルリエ様! オレ、すっごく嬉しいから! ありがとね!」
少し俯き、寂しそうだったシャルリエの表情は、リルガーの感謝の言葉でいつもの控え目ながらも品のある微笑みに戻った。
「ほらぁ! テーラもお礼言いなってば」
「何故だ? 頼みもしていない事に礼の言葉が必要か?」
「んもぉ~、ホント頑固なんだからぁ。それじゃあオレ達、そろそろ行くね?」
「今度会う時はダアトでね、リルガー!」
「道中お気を付けて」
「バイバイマルシャル! シャルリエ様ー!」
駆け足でテーラに追い付き、二人に笑顔で手を振るリルガー。
マルシャルとシャルリエも、彼らに手を振り返し、ツァディーの村へと戻っていくのだった。
再びツァディー教会に足を運んだマルシャル達は、今現在の各神殿の状況を確認した。
「……分かりました。どうやらわたし達以外に、二箇所でパス争奪戦があったようです」
「どこだったの?」
「まずは大陸の北、ケテル王国のダレットでケテル神殿とビナー神殿が戦い、ケテルが勝利しました」
「ケテルってこの前も勝ってたよねぇ? ……やっぱり大国の戦士は強いのかねー」
ビナーとの戦いに勝利したケテル神殿は、ビナーが所持していたベートのパスを勝ち取り、更に戦いの場となったダレットのパスも手に入れた。
これでケテルが持つパスは合計三つになる。
「うわ、僕らと同点じゃん……」
「やはりケテルは強敵です。そして、もう一箇所はイェソドのサメフです。イェソドとホドが戦いました」
イェソドといえば、前回マルシャル達が刃を交えた神殿だ。
乱暴で物騒な性格の戦士カルディと、ミステリアスな弓使いの少女ウルの二人は、マルクトに負けパスを失っている。
ライバルではあるものの、流石に二十二個もあるパスを一つも持っていないというのは少し可哀想だとマルシャルは思っていた。
「……それで、イェソドは勝ったの?」
「残念ながら、サメフのパスはホドの手に渡ったようです」
「あー、きっとあいつまた自分とこの巫女様に文句言ってるんだろうなぁ」
(バカ巫女ーとか、役立たずーとか言ってるに決まってるよ)
事実、マルシャルのこの予想は的中している。
「一度お会いした巫女様達が敗れたとなると、ちょっと悔しいというか、残念な気持ちになってしまいます」
「僕も同じだよ、シャルリエ。こうやって顔見知りの神殿が増えていくと、戦いにくくなりそうだよ」
「そうですね」
マルクト国内にあるパスはもう残っていない。つまり、これからマルシャルとシャルリエは外国でのパス探しをしなければならないのだ。
シンで再会したツヴァルグの時のように、パス探しに積極的に協力してくれるような人物はあまり期待出来ないだろう。
頼りになるのは、神の声とパスの力。そして巫女と戦士の実力のみ。
更に、忘れてはならないのが【セフィロト聖戦】の勝者を決める材料がパスの数だけではないという点だ。
(マルシャルはあまり気にしていないようですが、この聖戦では神への信仰心も関わってきます。他国を巡り、アドナイ・メレク様の教えを広め、巫女としての使命を果たさなくてはなりません)
シャルリエは決意を新たに、次なる目的地を告げた。
「ここから一番近い場所は、北東にあるぺーというところのようです。マルシャルは、ぺーについて何か知っていますか?」
「いや、行ったことがないからなぁ」
教会の長椅子に腰掛けたマルシャルは、眉をひそめ首を傾げた。
「ん? ここから一番近いのがぺーっていう場所なら、どうしてリルガー達はヌンに向かったんだ?」
「あっ、確かにマルシャルの言う通りです! 同じ村から出発したのに、何故なのでしょうか……」
「あの巫女様のことだから、何か考えがあってそうしたんだろうけど……」
いくら考えても答えは出ない。それならば早くペーに向かった方が良いと一人頷いたマルシャルは、シャルリエと共に教会を出て村の外れに移動した。
マルシャルは指笛を吹き鳴らす。
暫くすると、森がある方角から黒い影が飛来した。黒晶竜のクローブだ。
「グルル……」
クローブが着地すると、どしんという振動が地面から伝わった。
マルシャルが首を撫でると、クローブは満足そうな顔で翼を広げる。
「おはようクローブ。これからネツァクのペーに行きたいんだ。また背中に乗せてもらうね」
そう言うと、クローブは頷いた。
「すごいです……! 本当にクローブは賢い竜ですね」
シャルリエが興奮気味に言うと、クローブが喉を鳴らしながらシャルリエに頬ずりをした。
いきなりのことに、シャルリエはその場で固まってしまう。
「シャルリエ緊張しすぎだよぉ」
クスリと笑うマルシャル。
「ご、ごめんなさい……。こ、こういったスキンシップには不慣れなもので……」
薄く頬を赤らめるシャルリエの頭に、マルシャルは軽く撫でるように触れた。
「じゃあ、これから増やしていこうか? シャルリエはもっと、自分に自信を持っても良いと思うんだよねぇ」
「そ、そうなのですか?」
「何ていうか……僕って今まで好き勝手に生活してたからさぁ、遠慮するってことをあんまりしないと思うんだ。僕がそんな人間だからそういう風に見えるだけかもしれないけど……」
眉を下げて笑うマルシャルを見上げ、シャルリエは必死にこう言った。
「そんなことありません! マルシャルは遠慮しています!」
目を開いて驚くマルシャル。
シャルリエは更に続けた。
「マルシャルは、夜中もずっと魔物の気配を気にしています! この旅が始まってから、ずっと一人で……。それだけじゃありません! 魔物が近付いた時は、クローブにわたしを任せて、一人だけで退治しに行っていましたっ」
「お、起きてたの!?」
「一度だけ、その時偶然目が覚めたので……」
シャルリエは下を向き、両手をきゅっと握りしめる。
「マルシャルは、わたしにとても……遠慮しています。すごく、気を遣って下さっています。だから、マルシャルは……!」
「わ、分かった! 分かったよシャルリエ!」
握られた両手を、マルシャルは一回りも二回りも大きな骨張った手で、白く小さなそれを包み込んだ。
「お願いだから、泣かないで……。僕が悪かったよ」
潤んだ瞳で顔を上げたシャルリエに、マルシャルの胸がトクンと高鳴った。
悩ましく下げられた眉に、艶やかで形の良い唇。
マルシャルは思わずごくりと生唾を呑み込んだ。
(……っ、や、ヤバい! ヤバいって! 何女の子の泣き顔に欲情してんの!! この子はまだ子供だし、友達だし、清らかな巫女様だし!! 落ち着け! 落ち着くんだ僕よ!!)
「しゃ、シャルリエ。さっきのことだけど」
「さっき……?」
コテンと首を傾げるその仕草が、計算された動きでないことが恐ろしい。
(なんつー破壊力だよぉ! 神様天使様! この子ピュアすぎます!!)
危ない大人になってはいけないと、必死に理性を保つマルシャル。
「……す、スキンシップの話だよ。とりあえず、今はまだ増やさないでいよう」
「どうしてですか? マルシャルはわたしの為を思って、それを提案して下さったのでしょう……?」
「そ、そうなんだけど! とにかく今は保留ね!」
(じゃないと僕の理性とか色々保ちそうにないから!)
「わ、わかりました」
「じゃあ、ぺーに行くよ!」
「はい、マルシャル」
泣き止んだシャルリエと、どうにか冷静さを取り戻したマルシャルはクローブの背に跨り、空へと舞い上がった。
一方、マルシャルに抱き抱えられながら座るシャルリエはというと、ほっと胸を撫で下ろしていた。
(何故マルシャルはスキンシップを保留にしたのでしょうか……。ですが、それで良かったのかもしれません。今のこの状況でさえ胸がどきどきしてしまうというのに、これ以上マルシャルとの触れ合いが増えたらわたしの心臓がもちません……!)
黙ってはいたものの、二人の様子を眺めていたクローブは、全てを悟っているのだった。




