2.旅の商人とダアトの賢者
ぺーへと向かい、クローブに乗り空を移動していたマルシャルとシャルリエ。
「ねぇシャルリエ。前から気になってたんだけどさぁ、あの黒い杖って一体どこから取り出してるの?」
イェソド神殿のウルとカルディと戦った時や、今朝の黒獅子との戦いでもシャルリエはどこからか錫杖を取り出し、魔法を操っていた。
「えっと……これのことですよね?」
シャルリエは、何も無い空間から錫杖を出現させ、それを手に取ってみせた。
「そう、それだよ! どうなってるの?」
「この杖は、代々マルクトの巫女が受け継いできた【王国の錫杖】というものです。この杖のように、どの神殿にも何千年もの歴史を持つ品があると言われています」
例えば、イェソドの巫女ウルが持っていた弓や、ネツァクの巫女テーラの大刀も巫女が受け継ぐ品だろうとシャルリエが言う。
「巫女が持つ武具は、持ち主の魔力によって神界から召喚することが出来るのです」
「神様の世界からぁ!?」
「わたし達巫女という存在は、己が信仰する神の教えを広め、祖国を、そして他国に住む信者を素晴らしい未来へと導く使命を背負っています。わたしの場合は、アドナイ・メレク様の信者全てを護る責任があります。その使命を果たす為に巫女に授けられた力が、神託の力とこの錫杖なのです」
「つまり……シャルリエが巫女様だから、その杖を召喚出来るってことなのか」
「はい。どれだけ優れた魔導師でも、巫女と同じ武具召喚は行えないと本で読みました」
その時、地上から女性の悲鳴が聞こえた。
「クローブ!」
マルシャルが声を掛ければ、クローブはすぐに理解し地面へと下降していく。
(荷物を乗せた馬車に魔物……あれは商人か?)
「魔物に襲われてる! シャルリエはあの人を守ってあげて!」
「わ、わかりました!」
シャルリエは手にした杖を掲げ、女性に防御膜を張る。
そして、マルシャルはクローブから飛び降り魔物に向かっていった。
荷馬車を取り囲むのは、ゴブリンの群れだった。商人の女性は、魔物に怯え暴れる馬を落ち着かせようと必死だ。
「そ、そこの人! その魔物、どうにかしてー!!」
「わかってるって!」
マルシャルは剣を振り翳し、次々にゴブリンを一掃していく。
「はあっ!」
チームを組まず、一人で騎士学校での戦闘訓練で成績トップに君臨していたマルシャル。
彼にとって、一般的な魔物であるゴブリン程度ならば、天使の加護が無くとも簡単に斬り伏せることが可能だった。
「……ふう、片付いたかな」
剣に付着した血を振り払い、鞘に収めるマルシャル。
ようやく落ち着きを取り戻した馬と、安心した表情を浮かべる女性に歩み寄る。
「怪我はないですか?」
「ええ、あなた達のお陰で傷一つありませんよ!」
「それは良かったです」
シャルリエもクローブから降りる。
「それにしても、どうして女性一人で移動なんてしてたの? 戦えないなら護衛を雇うなりしないと、今みたいに魔物に襲われたら大変だよ」
マルシャルがそう言うと、女性は悲しそうに眉を下げた。
「あなたの言う通り、私も最初はちゃんと護衛をつけてたのよ。だけど、今はそんな余裕もなくって……」
「何かあったのですか? わたし達で良ければ、お力になります」
杖を抱き抱え、シャルリエは女性を見上げた。
話すのを躊躇っていた彼女だったが、シャルリエの曇りの無いラピスラズリの瞳を見て、話す決心がついた女性は、重い口を開いたのだった。
女商人の名前はハルミア。彼女はまだ商人になってから半年程の新米で、旅商人として活躍する為に知り合いに紹介してもらった護衛の男性を雇った。
その男性が、つい先日姿を消したのだ。
「あの男ったら、売り上げ金は勿論、かなり値が張る大切な商品を持ち逃げしたのよ!? ただでさえ食費を抑えて野宿してまで節約してるっていうのにありえないわ!!」
荷物が詰まっていると思っていた荷台の布をバッと取り払い、ハルミアが叫んだ。
本来なら中に品物が入っていたであろう空箱と、安価な品物だけが残されていた。
「ほんっとに許せないわ!」
「酷いです……」
その荷台を見たマルシャルは顎に手を当て考える。
「……ねぇハルミアさん」
「何?」
「護衛を紹介したっていう知り合いの人ってさぁ、どこで会った人か覚えてる?」
「え? ……んーと、半年前だからケセドね。ケセドのヨッドで会ったわ」
「ヨッドか……」
(やっぱりそうだったみたいだねぇ。めんどくさい事に巻き込まれたかも)
「ハルミアさんは知らないかもしれないけど、何年か前にマルクトでも似たような事件が多発してたらしいんだ」
「マルクトで?」
「マルシャル、それが今回の事に関係しているのですね?」
「だと思う」
マルシャルが騎士学校の生徒だった頃、マルクト王都に向かう商人達の金品が、護衛と共に消えた。
マルクト騎士団は商人から情報を集め、その結果共通していたのが【ケセドで出会った男から、腕の立つ護衛を紹介してもらった】という点だったのだ。
紹介された護衛は複数人居たらしく、巨大な街である王都の中から犯人達を探し出すことは出来なかったという。
「もしかすると、今回も同じやつらがやってるのかもしれないよ」
「そんな事が前にもあったのね……。今もその犯人が捕まっていないなら、もう諦めた方が良いのかも……」
落ち込むハルミア。
しかし、シャルリエは違った。
「諦めてはいけません! 捕まえましょう、その犯罪集団を!」
「そんなの無理よ……」
「無理なことなんてありません。神は、善の心を持つ者の味方ですっ」
「あ、あなた達は何者なの?」
その時、クローブが翼を大きく広げて見せた。
それを見て、マルシャルははっとした。
(あっ、そういうことか……!)
「わたしは、マルクトの巫女シャルリエ・アドナイ・メレク。そして、彼はサンダルフォンの戦士……」
マルシャルは天使の加護を発動し、美しい翼を羽ばたかせた。
「マルシャル・ジギタリスです」
黒い羽が舞い、シャルリエとマルシャルの神秘的な佇まいが際立たされる。
そして、二人の背後に鎮座する黒晶竜クローブが威厳と力強さを醸し出し、ハルミアは巫女達の迫力に言葉を失った。
女商人ハルミアから金品を奪い去ったという護衛の男の行方を探す為、マルシャルとシャルリエは彼女を連れてぺーにやって来た。
ネツァク王国の中でもこの町は様々な店や旅商人達で賑わう場所だ。
ペーから南に行けばマルクト、西へ行けばイェソド、北にはティフェレトがあり、四ヶ国の文化や人種が入り混じる明るい町であり、商売をするにはもってこいの土地である。
ハルミアも本来ならば、この町で自慢の品を売り捌くつもりだったのだ。
「王都ではないのに、この町は人が多くてとても賑やかです」
「凄いねぇ。マルクト料理のお店の隣に、ティフェレト料理のお店が並んでるよぉ! ここネツァクなのに!」
「ティフェレト料理はお酒に合うものが沢山あるのよ! お金に余裕さえあれば、魔物から助けてもらったお礼にご馳走したかったんだけど……」
しょんぼりと俯くハルミアを、シャルリエが励ました。
「大丈夫です! わたしとマルシャルが絶対にハルミア様の大切なものを取り戻してみせますからっ」
(やっぱり僕も手伝わなきゃダメなのね……)
気付かれない程に小さく溜め息を吐くマルシャル。
「呼び捨てで良いですってばシャルリエ様! それじゃあ私は今日はこの辺りで勝負してみます」
「何かあったら教会に来て下さい。わたし達はそこで寝泊まりするので」
「はい!」
「僕らも何かあったら連絡するよ」
夕暮れ前にハルミアと別れ、二人は早速ぺーの教会へと向かった。
いつものように信徒が二人を出迎えたのだが、その中に一人、ふわふわとした金髪の少年がシャルリエとマルシャルを見上げているではないか。
(何だ? この子供、やけに落ち着いてるっていうか、冷めた目をしてるっていうか……)
「冷めた目の子供で悪かったな」
「え」
発せられたその声も、少年にしてはやけに大人びた冷静な語り口で、マルシャルは顔を強張らせた。
(ちょ、え? 何このがきんちょ……)
「ボクはプラタナス。今回の【セフィロト聖戦】でマルクト神殿の担当になった、ダアトの者だ」
「ダアトの……!?」
「……で、そのダアトから来たプラタナスくんが僕らに何の用?」
プラタナスと名乗った少年は、太く短めの眉を吊り上げて言う。
「あまりボクに舐めた口はきかない方が身の為だよ。現巫女殿、失礼な戦士の教育はしっかりしておいた方が後々困らないだろう」
「は、はい……?」
(失礼なのはどっちだよクソガキが!)
「お前だよくそがき」
「あ、あんたまさか……!!」
(心が読めるっていうのぉ!?」
「そのまさかさ」
驚き声を張り上げるマルシャルに、シャルリエは戸惑いの視線を送っている。
そんな巫女と戦士の様子を眺めるプラタナスは、二人に見下したような目を向けた。
「今回の聖戦に選出された巫女と戦士は、歴代最低レベルだと噂されてはいたが……ここまで酷いとは思いもしなかったよ。流石は負けを重ね続けている国だ。あの頃の栄光はすっかり消え失せてしまったようだな」
「た、確かにマルクトは、他国に勝利を譲ってばかりかもしれません。ですが……!」
「強いて良い所を挙げるとすれば……そうだな。お前たちが持っているあの竜。あれは相当使えるぞ。現巫女殿、あれの教育には失敗するなよ」
「あっ……は、はい……?」
他人の心を読むという、この旅の終着地であるダアトから来た少年プラタナス。
「さて、ボクの仕事は立ち話をすることではないんだが……。手近な部屋を使わせてもらうぞ」
「ははっ」
平伏す信徒に彼がそう告げると、右手を上げ指をパチンと鳴らした。
「ついておいで」
プラタナスの言葉を合図に、マルシャル達の身体が勝手に動き出す。
「な、何だよこれぇ!!」
「あ、足が、勝手に……っ」
「服従魔法だ。並の人間には到底扱えないレベルのものだから、お前たちは普段の生活でこれを使われるようなことはそうそうありはしないだろう」
言いながら先頭を歩くプラタナスと、その後ろに続いて行くマルシャルとシャルリエ。
「前回までの【セフィロト聖戦】では、こんなに早い段階で現巫女殿とアホ戦士に顔を見せないで良かったんだが……」
「誰がアホだこのクソガキがぁ!」
「お前だよくそがき。現巫女殿、やろうと思えば戦士の選定のやり直しを認めるがどうだ?」
「ま、マルシャルじゃなきゃだめですっ!」
「気が変わったらいつでも言え。なるべく早めにな」
「何なの!? お前何様のつもりなの!?」
「ダアト十賢者が一人、プラタナス様だが何か文句でもあるのか?」
「文句しかないっつーのぉ!!」
こんな二人のやり取りに、シャルリエは終始困惑するしかなかった。




