3.クソガキとくそがき
プラタナスに誘導され、マルシャルとシャルリエは教会内の一室にやって来た。
「現巫女殿、くそがき、まあ自由に座ると良い」
服従魔法を解除したプラタナスは、質素な椅子にちょこんと座った。
口調も態度も子供らしからぬ彼ではあるが、こうして椅子に座り、床に足が届いていない様子を見ると、この少年が本当にダアトから来た賢者なのかと疑ってしまう。
それはマルシャルもシャルリエも同じだった。
「信じられないか?」
ふんわりとした金髪に、すみれ色の瞳を持つプラタナスが言う。
「えと、その……」
「ていうかさぁ、クソガキにクソガキ呼ばわりされたくないんだけど?」
「戸惑うのも無理はないだろうが……」
「おいこら無視すんなぁ!」
一先ず二人も腰を落ち着け、プラタナスは尚もマルシャルを無視して話を続ける。
「これはボクの仮の姿だ。ボクらダアトの賢者は、一歩でもダアトから外に出れば、皆この様な子供の姿になってしまう。見た目で人間を判断するのは賢い選択とは言えんぞ、アホ戦士」
「ここで僕に構うのかよ! つーかアホ戦士言うなぁ!」
「えっと、つまりプラタナス様は大人の方ということなのですね?」
「そうだ。ダアト賢者は皆、お前たちより年上だ。だからボクがくそがき呼ばわりされる筋合いはない」
(じゃあクソガキじじいと呼ばせてもらおう!)
「それならボクはくそがき小僧とでも呼ばせてもらうか」
「あーもう! あんた本当にムカつくな! 凄いよ! ツヴァルグの方がまだマシに思えるわ!」
自然に心を読むプラタナスに、拳を握り怒りを抑えるマルシャル。
「……騒がしいくそがきだな。とりあえずその口を閉じろ」
再び指を鳴らし、マルシャルにだけ服従魔法をかけた。
(しゃ、喋れない……!?)
「話さずともお前の思考は読めている。しばらくは耳から来る音くらいは静かにさせてもらおう」
(クソガキおやじめぇ……!!)
「え……もしやプラタナス様は、心が読める力をお持ちなのですか!?」
くりくりとした大きな眼を見開いて、驚きを露わにするシャルリエ。
(い、今気付いたのか)
「読むというか、心の声が流れ込んでくるんだ。この教会のように静かな場所でも、現巫女殿は勿論のこと、教会の外に居る人間の心も聞こえている。かなり騒がしいものだぞ」
「流石ダアトの賢者様……。プラタナス様の前では、どんな者でも嘘など言えませんね」
「ああ。この能力はダアトで十分に役に立つ」
隠された知識の城と呼ばれるダアトでは、あらゆる戦闘・略奪行為が禁止されている。
それは、全ての神殿の巫女と戦士が最後に集う地であるからだ。
巫女は、次代の巫女を選定し育成するという重大な使命を持っている。巫女にしか扱えない神の武具を譲り渡すことも、秘伝の魔法を伝授することも、彼女達の仕事である。
その為、巫女の身の安全を確保する目的でダアト内では神殿同士の争い事を未然に防がなくてはならない。
「この能力は、相手の思考の全てを把握出来る。くそがき、試しにボクに斬り掛かってみるが良い」
プラタナスは椅子から飛び降り、マルシャルに剣を抜かせた。
(あんた、本気なの?)
「本気だ」
(いくらあんたが賢者だからって、僕のこと甘く見過ぎじゃない?)
「お前がただのアホではないことは調べてある。剣術に関しては一流らしいな」
(分かってるなら、それなりに覚悟は出来てるんだよねぇ?)
ニヤリと口元を歪めたのは、マルシャルだけではなかった。
「ああ。お前にとってボクは、気に食わないくそがきじじいなんだろう?ならば斬ってみろ」
「プラタナス様っ、何を仰っているのですか!?」
「フフ……なぁに、回復術が使える現巫女殿が居るんだ。いざとなれば、ボクが頼まずとも治療するんだろう」
マルシャルは剣を構え、プラタナスを見据える。
「お前は離れて見ていればいい。ダアト十賢者、このプラタナスの力を」
小さく頷き、シャルリエは部屋の隅へと移動した。
(行くよクソガキ!)
「かかって来いくそがき」
マルシャルは、遠慮せずにプラタナスに剣を振り下ろした。
しかし、プラタナスはいとも簡単にそれを避ける。
「お前の実力はその程度のものか?」
(くっそ……まだまだぁ!!)
更にスピードを上げ、マルシャルは持てる技の全てをぶつけていく。
だがそれでもプラタナスには傷一つ付けられない。こんなことは初めての経験だった。
「どうだ? まだやるかくそがき」
あれから三十分。涼しい顔でプラタナスはマルシャルを挑発している。
ずっと剣を振り回していたマルシャルは、軽く息を切らし汗をかいていた。
(あんた……本当に人間なの?)
「一応はな」
(賢者って、皆こんな化け物じみた奴なのかねぇ……)
「これこそがダアト十賢者の力。例え全ての神殿がボクらに歯向かおうが、かすり傷一つ付けられやしないのさ」
指を鳴らし、服従魔法を解いたプラタナス。
「これでボクがダアトの者だと信じてもらえただろう」
「は、はい」
「人間かどうかは、疑わしくなったけどねぇ」
シャルリエはマルシャルに回復魔法をかけた。
少し疲労が和らいだマルシャルは、納得がいかない表情で椅子に座った。
「さて、そろそろボクがここに来た理由を話そうか。まず、ダアトには十人の賢者が居る。そして賢者の手足となる優秀な人間も生活しているんだ。十賢者はそれぞれ担当の神殿の巫女と戦士を補佐し、聖戦をスムーズに進める役割がある」
「じゃああんたがボクらの担当ってことなんだよねぇ? チェンジ出来ないの?」
「ま、マルシャル! プラタナス様に失礼すぎますよっ」
「ボクもチェンジしたいがもう遅い。戦士の選定が行われたあの日、ダアトでも担当する神殿を決定したんだ。くじ引きでな」
「くじ引きなの!? 何その子供みたいな決め方!」
「わ、わたしもびっくりしました」
「くじ引きとは言っても、これは普通のくじ引きとは格が違うぞ」
神々の力を宿した特別な道具を用い、神聖な場所で行われる【補佐選定の儀】。
各神殿の巫女と戦士に対して、適切な指導と補佐が可能であると判断された賢者達は、担当となった巫女達を観察する。
「ボクら賢者は、巫女のように神々の声を聞く力は持っていない。かわりに、神の力が宿った道具を用い、適切な判断を行ったんだ。まあ、ボクだってこの結果には納得いかないがな」
「アドナイ・メレク様をはじめとする、各神殿が祀る神々の決定なのですか」
「この三人が相性良いってこと? シャルリエは問題無いけど、あんたとは馬が合いそうにないなぁ」
「同感だ。だがこの聖戦でのパス争奪戦も激化し始めている。今更担当を変えては、他の者にまで迷惑をかけてしまう。やるしかなかろう」
プラタナスは、現在パスが残っている場所をシャルリエから聞き出した。
ケテルのザイン、ギーメル。コクマのへー。ネツァクのカフ、ぺー。ティフェレトのヌンの六ケ所。
それを聞いたプラタナスは、暫く考えた後こう言った。
「……これまで、ボクらダアト十賢者は、【セフィロト聖戦】でどの神殿が勝とうが負けようが、そこまで興味を持っていなかった」
「それは……ダアトには、何も影響が無いからですか?」
「そうだ。ダアトには、聖戦の結果によるメリットもデメリットも無かった。しかし、今回だけは……ダアト、そして世界全体を巻き込む災厄が降りかかる恐れがあるんだ」
「災厄って何? 命に関わることなの?」
「そうなるだろう」
それだけ言って、プラタナスは部屋から立ち去ろうとする。
マルシャルは彼の細い肩を掴み、引き止めた。
「ちょっと待てよ! ちゃんと説明しろっての!」
「今はまだ、話すべき時ではない」
「いつか、お話しして下さるのですか?」
「ボクがお前たちを観察したうえでこの問題を解決させる力を養ったと判断すれば、全てを語ってやるさ」
見た目に反した力で、プラタナスはマルシャルの手を振り払った。
「お前たちの国マルクトは、幸いにもダアトから最も離れた地だ。目先のものにばかり気を取られず、様々な土地を巡り、出会い、別れ、それを糧としろ。そうすれば少しはまともな巫女と戦士になれるだろうさ」
そう言い残して、プラタナスは部屋を後にした。
「……どういう意味だよ」
シャルリエは、プラタナスの言葉の意味を理解していた。
「パス探しだけにとらわれず、広い視野で物事を見て、様々な国を巡り、考え方も生き方もそれぞれ異なる人々と触れ合い、巫女と戦士のあるべき姿を学び、力をつけろ……。プラタナス様は、そう助言して下さったのだと思います」
「凄いなぁシャルリエは。そういう解釈、僕には出来そうにないや」
「そうですか?」
(シャルリエは良い子過ぎるよ。だからこそ巫女に選ばれたんだろうけどさ)
「もう日が暮れてきたし、例のケセドの詐欺集団とパス探しは明日にしようよ。僕、今朝の洞窟の時とさっきの疲れが溜まってるからさぁ」
「わかりました」
マルシャルは信徒に別の部屋を貸してもらい、軽めに夕食を済ませた後、夜の町へ繰り出した。
女商人ハルミアの話では、ティフェレト料理は酒に合うという。ならば飲みに行くしかない。
(運が良ければ詐欺集団の情報が掴めるかもしれないし!)
静かな教会から離れた通りを歩けば、何軒もの酒場やレストランが建ち並んだ道に出る。
マルシャルは、店の外観と中から漂ってくる香りに惹かれ、そこそこ繁盛しているティフェレト料理を出す店に足を運んだ。
因みに、イェソドでの経験から騎士団の鎧ではなく、軽装に着替えて教会を出ている。護身用にいつもの剣は持っているが、今回は上手く馴染んでいるようだった。
空いている席を見付け、店員におすすめの料理を聞き、それに合う酒も注文した。
暫くすると満席になり、新しく店にやって来た客と目が合った。
「あ、あの、もし宜しければ相席しても宜しいでしょうか……」
「ああ、どうぞどうぞ」
おどおどとした口調で、低姿勢な態度のその男性は、マルシャルより
少し年上に見えた。
「失礼します……」
(何かこの感じ、ちょっと前のシャルリエみたいだなぁ)
暗い茶髪に、深い緑色の瞳の彼は自分の注文を済ませると、マルシャルに頭を下げた。
「あ、あの……ありがとうございます。相席させて下さって助かりました」
「別に対したことじゃないよ。それより……何か誰かに似てるんだよねぇ、お兄さん」
「あ、えっと、私、巫女の兄なんです」
「巫女の?」
「この国の……ネツァクの巫女、テーラの……」
「あー! 確かに言われてみればそっくりかも!」
(性格は正反対みたいだけど)
「い、妹に会ったことがあるんですか?」
「じゃなきゃ巫女様の顔なんて分からないでしょ!」
「そ、それもそうですね……ごめんなさい。私はテーラの三番目の兄、レーガと申します」
「僕はマルシャル。宜しくね」
差し出した手に、レーガは両手で握り締めて力強く握手を交わした。
「よ、宜しくお願いします!妹に会った貴方に出会えて幸運ですっ……アドナイ・ツァバオト様に感謝です!」
「お、おお……」
レーガの勢いに圧倒されたマルシャル。
そこに二人が注文した料理が運ばれて来た。
(何なんだこのお兄さんは……)




