4.女々しい兄と男前な妹
ネツァクの巫女テーラの兄だという控え目な男性、レーガはマルシャルに妹と会った時の話を聞きたがっていた。
「あ、あの、うちの妹は元気にやっていましたか? 戦士の方と、仲良くやれていましたか?」
「あー……まあ、すんごく元気だったよ、うん」
ろくに休みもせず、巨大な魔物に刃を向けて立ち向かっていく力強さがあった。
「何だかんだで仲良くやってるんじゃないのかなぁ……多分」
(思いっきりリルガーの腹ぶん殴ってたけど、それでもあいつは巫女様についていってるし)
「そうなんですか……! 良かったです。あの子がしっかり巫女をやれているなら……顔を見せてくれませんでしたけど、少し安心出来ました」
嬉しさが滲み出る笑顔を浮かべ、レーガは両手で持ったグラスから甘い酒をちびりと口にした。
マルシャルも料理と酒を口にしながら、レーガとの会話を続けていく。
「顔見せてくれないってどういうこと? 折角【セフィロト聖戦】のお陰で神殿から出られるっていうのに……」
基本的に、どの神殿の巫女も巫女として神殿に入ると、滅多なことでは外には出られない。
王族が重病に侵された際や、特別な儀式で聖地に赴く時、そして【セフィロト聖戦】で旅立つ時などだけだ。自由に外を歩くことは許されていない。
だからこそシャルリエは、この旅で様々な経験が出来ていることに喜びを感じている。それはマルシャルが見ても分かる程にだ。
「うちの父親のせいだと思います……」
「どういうことよ?」
「私の家は、代々道場をやっているんです。今は父の跡を継いで、長男が頑張ってるんですけど……。育て方の厳しい人でして、私以外の兄妹は皆凄腕の剣士に成長しました」
六人兄妹であるレーガの家は、このペーで有名な道場の子供だった。
門下生も多く、この道場で一流の剣技を身に付けた者達は、優秀な兵士や騎士として活躍しているという。
そして、彼らの父は幼い頃から我が子に剣術を教え込み、大人の門下生を打ち負かす程に上達していった。
「私も兄達を見習って、一生懸命稽古に励みました。でも、私にはあまり向いていなかったようで……」
「だからあの巫女様はあんなに凄かったんだ」
(まあ、僕には負けるだろうけどねぇ)
「ええ、本当にテーラは凄い子なんです! 自慢の妹で……でも、巫女に選ばれてから、父が言ったんです。ネツァクが聖戦に勝利するまで、顔を出すな。万が一にでも他国に負ければ、その時は家族の縁を切る……と」
「あいつはそれを守って顔を見せなかったんだねぇ」
「はい……」
(あの二人がペーのパスをスルーした理由はこれだったんだ)
テーラとリルガーは、まだパスがあるペーではなく、その先にあるティフェレトのヌンに向かっている。
マルシャルとシャルリエにとっては、ペーのパスを手に入れる絶好の機会になった。
しかし、妹と離れ離れで生活しているレーガとしては、父の目を盗んででも再会したかったのだ。
「父にバレたらとっても怖いですけど……それでも、私の大切な妹ですから、会いたかったです」
その言葉を聞いて、マルシャルは思った。
(そういえば、シャルリエの家族はどうしてるんだろ? 昔は身体が弱かったっていうから、心配してると思うんだけど……)
「それに、もうじき私は実家を離れるつもりなんです。だから、そうなる前にテーラの顔を見て、勇気を貰いたかったなぁって……」
「え? 婿入りでもするの?」
「む、婿入りなんてそんなの、父が許しません! うちの道場に男として産まれたからには、根性のある女性を嫁に貰って子供を作れと、三歳の頃から言われてますからっ」
「さ、三歳からそんな話されてるんだ」
「わ、私が実家を離れるのは、魔法を勉強する為です。私には剣術の才能はあまり無いようなので、ならば魔法学校に通って、道場の為に魔法を役立てられれば良いなと……」
ネツァクの魔法学校は王都にあり、全寮制である為どうしても家を離れなければならない。
「私に剣が向いていないのは、父も兄妹もとっくの昔に知っています。私だけ、道場の為に何も出来ないなんて辛くて……どうにかしなきゃと思ったんです」
「お父さんは納得したの?」
「一応、入学は認めてもらえました。ただ……」
俯いて、言葉に詰まるレーガ。
「ただ?」
「……首席で卒業出来なかったら、家族の縁を切ると言われました」
これにはマルシャルも表情が引きつった。
「幾ら何でも厳しすぎるよそれ……」
「ですよね……。ああ、私なんかが首席なんて無理に決まってますよ……」
「で、でもさぁ! お兄さんが首席で卒業して、テーラが聖戦に勝てば、縁切りはされないし妹にも会えるし!」
マルシャルのその言葉に、レーガははっと顔を上げた。
「やってみなきゃ分からないしさぁ! 僕だって騎士学校で次席だったんだから、人間やりゃあ出来るって! ね、お兄さん?」
(ネツァクに勝ちを譲るつもりはないけどね!)
すると、レーガは勢い良くテーブルに手を付き立ち上がった。
「ま、マルシャルさん! 私に、優秀な生徒のなんたるかを教えて下さい!!」
「ええぇ!?」
「お願いします! 私、いつも真ん中の成績しか取れなくて、存在感も無くて発言力もなくて……でも、妹に会える可能性があるなら、悪魔にでも縋るつもりです!」
「あ、悪魔って……」
「お願いですマルシャルさん! 貴方の学生時代がどのようなものだったのか、どうすれば優秀な生徒になれるのか……ありのままを教えて頂きたいんです!!」
酒が入っているからか、初めの時より言動が大胆になってきたレーガ。
「わ、分かったからとりあえず座って!」
「そ、それじゃあ……!」
「話すから! 座ろう!」
「ありがとうございますっ!」
一先ず席に着かせたマルシャルは、大きな溜め息を吐いてから言う。
「ほんっとーに、ありのままを話して良いんだよねぇ?」
「はい!」
「後悔しない?」
「しません! お願いします!」
「どうなっても知らないよ……」
飲んでいた酒が無くなりそうだったマルシャルは、同じ酒を追加注文してから、数年前の記憶を掘り起こすのだった。
その頃、ヌンへと向かっているネツァクの巫女テーラとハニエルの戦士リルガーは、狩った獣の肉と森で見付けた果物を夕食にし、野宿をしていた。
「ねぇねぇテーラぁー」
「……何だ」
「どうしてネツァクにあるにあるパスはどれも取りに行かないのー? 一番最初にカフに行ってればさぁ、もうちょっと何個かパス取れてたんじゃなぁい?」
リルガーもマルシャル達のように、ペーを無視してヌンへ行く判断を不思議に思っていたのだ。
「貴様に説明する義理は無い」
リルガーには目も向けず、テーラは黙々と食事を続けている。
そんな対応をされ、リルガーはぷくっと頬を膨らませた。
「……むぅー。テーラってば、いつもオレに冷たい!」
「それがどうした」
「テーラってさぁ……そんなにオレのこと信用してくれてないの?」
じとっとした目でリルガーに見つめられ、テーラは言う。
「貴様はネツァクの戦士で、俺は巫女。それ以上でもそれ以下でもない」
「どーいう意味ぃ!?」
「貴様は貴様、俺は俺。この聖戦が終われば、俺達の関係もそれまでだ。余計な馴れ合いなど必要ない」
眉間にしわを寄せたリルガーが、はっきりとそう言い切った彼女に飛び付いた。
「っ、邪魔だ! 離せ!」
「やだ!」
「離せリルガー!」
「やだやだ! 絶対やだ!!」
「貴様っ……!」
堅く拳を握り締めたテーラだったが、彼の言葉に動きを止める。
「それっきりの関係なんかにしたくないんだよぉ! テーラとずっとずっと一緒がいいんだよー!!」
「……何を……っ」
抱き締める力を強めたリルガー。
テーラは抵抗するのも忘れ、ただそれを受け入れた。
「オレとテーラは、この聖戦が無かったら、一生会わないまんまだったかもしれないんだよ!? こんなにカッコ良くて綺麗ですっごい素敵な子、テーラ以外居ない!」
「……っ!?」
テーラを解放したかと思うと、両肩に手を置いて真っ直ぐに見詰めるリルガー。
その目に溜まった涙が、焚き火の灯りに煌めいていた。
「こんなに大好きになった女の子、テーラが初めてなんだ! だから、絶対にアンタはオレが護るっ! そんでもって聖戦に勝つっ!! 戦士だからとか巫女だからとかじゃなくて、リルガー・ルヴィス・パフィオペディラムとして、アンタを護りたい!!」
「リルガー……」
「どこの神殿にも負けたくない。マルシャル達にだって、もう負けない! だからテーラ、一緒に居させて……お願い」
(何故だ……何故リルガーが、俺なんかを好いて……っ)
突然ガタガタと震え出したテーラに、リルガーの表情が変わる。
「や、やめろ……」
「て、テーラ? どうしたの……?」
顔色が悪くなり、いつものような威厳を失った彼女はリルガーの胸を突き飛ばした。
「俺を好きになどなるなっ! 俺に、無駄に干渉するな……!!」
「テー……ラ……」
茫然とするリルガーの目の前で、彼女は小さく縮こまり、頭を抱えて震えている。
(頼むから……この世に未練を残すような真似はやめてくれっ……!!)




