5.優等生と嫌われ者
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これは、まだマルシャルが騎士学校に入学してすぐのこと。
「君、ちょっといいかな?」
真新しい制服に身を包んだ新入生達の中、マルシャルに声を掛ける人物が居た。
「私はツヴァルグ・ファノレプシス。シンの出身だ」
「ん? ツヴァルグ……?」
講堂で入学式を終え、教室へと向かう途中に、配られていた校内の見取り図とクラス表に目を落とす。
そこには、マルシャルと同じクラスに割り当てられたツヴァルグの名前があった。
「ああ、同じクラスの……。僕はマルシャル。マルシャル・ジギタリス」
「君がマルシャルか! 見たかい? 部屋割り表が向こうに貼り出されていたんだけれど、君と私は同室だそうだ。卒業まで宜しく頼むよ、マルシャル!」
「へぇー、そうだったんだぁ。こちらこそ宜しくー」
愛想の良い笑みを浮かべて握手を交わし、マルシャルも微笑み返した。
(まともそうな人が同室なら、寮生活も案外どうにかなりそうだねぇ)
この判断は間違っていたのだと気付くのは、もう数時間先のことだ。
「さあ、私達の教室はあっちだ。行こうマルシャル」
「うん」
マルクト騎士学校は、男女共学の全寮制の学校で、男女の比率はそれ程変わらない。
騎士学校とはいうものの、剣術の基本から達人レベルの技術、集団戦闘における知識、基礎的な魔術を学んでいくので、傭兵として活躍したい若者や冒険家を目指す者も数多く在籍している。
しかし、成績優秀者のみがマルクト騎士団の一員として迎え入れられる為、騎士を志す生徒の間では派閥が生まれ、過酷な競争が待ち構えているという。
それでもマルシャルが騎士を目指す理由は、給金が高く安定していることと、どうせ働くなら見栄えの良い職業が良かったからだった。
今こうして新入生達を見回してみても、互いが互いを警戒している生徒がちらほら見える。
(初日からこんなピリピリしちゃって……あいつら絶対騎士志望だよ)
マルシャルとツヴァルグのように、早速知り合いを作っている者はなかなか居ない。
ただ、女子生徒の視線がやけに集まっている。
「……ねぇツヴァルグ。何か僕らめっちゃ見られてる気がするんだけど」
「おや、確かに注目されているようだね。何故かはさっぱり分からないけれど……」
「まあ……いいや。えーっと、ここだね教室」
マルシャルとツヴァルグが教室に入ると、窓際の席に着く銀髪の髪の男子生徒と目が合った。
(うわっ、なんつーイケメン……。ツヴァルグも顔整ってるし、この学校本当に騎士学校なの?)
長い睫毛に、輝くような黄金の瞳。女性のように白く滑らかな肌で、一瞬性別がどちらか分からなくなる美しさだ。
人当たりの良い笑みを浮かべ、彼は二人に頭を下げた。
「はじめまして。俺はヴァンセンです。席は自由だそうなので、お二人もお好きな席へどうぞ?」
マルシャルは一番後ろの窓際の席、その右隣にツヴァルグが座った。
マルシャルの一つ前にはヴァンセンが座り、静かに本を読んでいる。
暫くすると、徐々に生徒が集まってきた。気付けば、マルシャル達の周りの席は女子ばかり。
(あ、これツヴァルグとヴァンセン目当てだ)
「あのー、ツヴァルグ様ってお付き合いしてらっしゃる方とかは……?」
「居ないよ」
「私はまだまだ未熟者だからね……。素敵なお嬢さんと巡り会えれば、そういうことも考えるかもしれないね」
「きゃー! ほんとですかぁ!?」
ちらりと隣を見れば、数人の女子に囲まれるツヴァルグ。
「ねえねえ、あの人カッコ良くない!?」
「すごい美形よね……」
「話し掛けに行く勇気が無いわ」
教室の端に目を向けると、ヴァンセンをちらちら見ながら盛り上がる女子達の姿。
(このクラス居心地悪過ぎる……!!)
初日から女子に大人気の二人に囲まれ、他の男子生徒からの視線が痛かった。
そして、寮に行く途中でもそれは変わらなかった。
「ツヴァルグ様ー! 寮までご一緒させて下さい!」
「それなら、私に君達を寮まで送らせてほしいな。女子寮と男子寮は少し距離があるからね」
「ありがとうございます! ツヴァルグ様!」
「マルシャルは先に寮で待っていて。彼女達を送ってくるから」
「う、うん、わかった」
「それじゃあまた後でね、マルシャル」
笑顔で手を振り、朝より多くの女子生徒に囲まれて教室を出て行くツヴァルグ。
(……何なんだろう、このとてつもない敗北感)
「部屋でゴロゴロしよ……ふて寝しちゃいたい……」
落ち込むマルシャルの前で、栞を挟み本を閉じたヴァンセンは、本を左手で抱え一足先に教室を出た。
すると、彼の背後には5mの距離をあけて、今朝の女子達がずっと後をつけている。
それに気付いているのかいないのか、ヴァンセンは自然な表情で男子寮への道を歩いて行く。
(うわぁ……校内ストーカーじゃん……)
ヴァンセンストーカー女子達より後ろを行くマルシャルは、ツヴァルグのように女子に囲まれる方が幸せなのか、ヴァンセンのようにストーキングされる方が静かで楽なのか、寮に着いても悶々と悩むのだった。
それから一年が過ぎ、マルシャルの生活は大きく変わっていた。
まず、同じ部屋で暮らしているツヴァルグがとにかく絡んで来るようになった。
「シャル! 清々しい朝がやって来たよ!」
愛称で呼ばれるようになり、毎晩遅くまで一方的に繰り広げられる夜トーク。そして騒がしい起こし方。
「さあ、目覚めの時間だよ! ほらシャル、朝食の時間だよ! 起きようシャル!」
「うるせーよ! 朝からうるせーよ!」
「おはようシャル!」
「お前は眠れ永遠に!!」
これにまだ数年悩まされなくてはならない。
食事はいつも一緒。教室でも席は隣。二人一組での模擬戦ではいつもパートナー。レポートの提出はマルシャルの分までツヴァルグが出しに行く。掃除、洗濯、炊事もツヴァルグが担当し、自称マルシャルの大親友として日々行動している。
マルシャルが言えば、彼はどんな頼みでも全力でやり遂げる有能なパシリだった。
最初の内は、そんなツヴァルグを便利なパシリだと思っていた。
しかし、異常なまでにマルシャルに執着するツヴァルグが原因で、睡眠時間は削られ、周りからは気味が悪い二人組だと認識されるようになってしまったのだ。
自然とマルシャルの側に居る人間はツヴァルグ一人だけになり、複数人でチームを組んでの試験では他のメンバーが集まらない。
それに比べ、剣の腕は二番手ではあるものの、授業態度に筆記試験は完璧。更に教官からの評判が最も良く、男女問わず人気を集める優等生のヴァンセンはどの生徒からも頼りにされていた。
(何で……何で僕はこんな学校生活を送らなきゃならないんだよ!)
睡魔と戦いながら授業を受けても、気付けばいつも夢の中。
相変わらず自分の隣に居るツヴァルグは、辛うじて女子からは顔が良いから好かれてはいるが、男子からは嫉妬の対象とされている。
マルシャルはマルシャルで、居眠りに遅刻、授業の中抜けが多いくせに、学年次席を維持しているのはおかしいと陰口を叩かれることもしばしばある。
しかし、それは彼の努力の結果だ。
一日の授業が終わり、生徒達がそれぞれ自由な時間を過ごしている中、人通りの少ない空き教室でマルシャルは机に向かっていた。
教科書とノートを開き、居眠りしてしまった分を埋めようと真剣にペンを走らせている。
「おや、マルシャルじゃないですか。自習だなんて立派ですね」
はっとして顔を上げると、穏やかに微笑むヴァンセンが側に寄ってきた。
「な、なんだ、ヴァンセンか……」
「驚かせてしまいましたね。こんな人目につかない場所に、人が居るなんて思いもしなかったもので」
「……別に、気にしてないけどぉ」
(堅物野郎が……「俺勉強とか余裕だから自習とかしないしー?」みたいなツラしやがってこのやろー……)
不機嫌な顔を隠しもせず、マルシャルは手元に視線を戻した。
「順調ですか?」
「……あんたが来たせいで集中力途切れた」
「それは申し訳ない。そうだ、息抜きに俺と少しお話でもしませんか?」
「はぁ?」
「あまりマルシャルとはお喋り出来ていませんでしたよね? 折角同じクラスで一年間も過ごしてきたのに、勿体無かったなと思いまして」
言いながら、ヴァンセンは隣に座る。
(僕に拒否権無いのかねぇ……めんどくさい)
マルシャルはこれ以上クラスメイトとの溝が深まっても良くはないだろうと、諦めながら溜め息を吐いてペンを置いた。
「……わかったよ。で? 何の話するの?」
「そうですね……。見たところ、今マルシャルが勉強しているのは、今日君が居眠りをしていた授業のところですよね。いつもここで居眠りしたところを自主的に勉強しているんですか?」
「そうだよ。こうでもしないとテストなんかボロボロだからねぇ」
「マルシャルはいつも良い点数を取っていますもんね。努力の賜物です」
「いつも筆記満点のお前に言われてもねー」
(ぶん殴られたいのかなこいつ)
そう言い返すと、ヴァンセンは困ったように眉を下げた。
「筆記だけですよ、俺が満点を取れるものなんて……。それに比べて、君は教官並みの剣の腕を持っているし、実技試験では大活躍していたじゃないですか。俺の腕は、まだまだマルシャルには遠く及ばないですよ」
ヴァンセンの言葉で、先週の実技試験の記憶が脳裏に蘇る。
あれは、四人一組で行う、魔物との戦いを想定した戦闘試験だった。
いつものように、嫌われ者のマルシャルは仕方なくツヴァルグと二人で試験を受ける覚悟だった。
しかし、突然ツヴァルグが高熱を出して医務室へ運ばれてしまい、マルシャルは完全に孤立してしまったのだ。
だが、それでもマルシャルをチームに加えてくれる者は居なかった。
一人きりで試験を受けたマルシャルだったが、他の生徒を遥かに超えるスピードと技術を駆使した彼は、学年で一番の点数を叩き出してみせた。
その光景を目の当たりにした生徒達は、マルシャルの強さは自分達とは次元が違い過ぎるのだと痛感し、それと同時に更に嫉妬の闇を膨らませたのだった。
「……いくら腕が立とうがさぁ、僕って人付き合いとかめんどくさいタイプなんだよねぇ。真面目に授業出てないからって教官には好かれないし、クラスメイトからはネチネチ言われるし、ハブられてる」
「そんなこと……」
「どうして僕が授業中抜けしてるかあんたに分かる? 教官にもクラスメイトすら頼れない。休み時間や放課後に図書館で勉強してたら影口言われるし、めんどくさいやつに絡まれる。だから中抜けして勉強してて、分かんなかったとこを本で補ってんだよ。中抜けしてんのは剣術の時だけ。剣だけは誰にも負けない自信があるからねぇ。出なくてもそこまで役に立たないからぶっちゃけどうでもいいしぃ?」
口を挟む隙さえ与えず、マルシャルは言い切った。
「……それなら、俺を頼って下さい。俺はマルシャルのことを悪く思ったことなんて一度たりともありません。寧ろ、尊敬しています」
怯むことなく真摯な瞳を向けるヴァンセンの言葉を、マルシャルは鼻で笑った。
「……頼るわけないじゃん」
「何故ですか」
ギロリとヴァンセンを睨み付けるマルシャル。
「……あんたが、大っ嫌いだからだよ!」
目を見開くヴァンセンは、言葉を失った。
「誰からも好かれるあんたに、僕の何が分かるってんだよ!? 何が俺を頼れだよ!!」
「マル、シャル……」
「あんたみたいなヤツが一番嫌いなんだよ! 誰にでも優しくして、笑顔振りまいて、皆に愛されてさぁ!! 何もかも恵まれてさぁ! 幸せなんだろお前!! 僕みたいなヤツを、本当は見下してほくそ笑んでんだろぉ!?」
マルシャルは声を荒げ、机を思い切り蹴り飛ばす。
「頼れっつーわりにあんたは何もしてくれてないじゃん! 僕とツヴァルグがハブられてても、お前は見て見ぬ振りしかしてねぇだろ!! この偽善者が!! 僕に関わるな!!」
空き教室を飛び出して、全速力で廊下を駆け抜けた。
それきり、マルシャルとヴァンセンが言葉を交わすことは無いまま、彼らは騎士学校を卒業した。
「……とまぁ、こんな感じで僕の学校生活はブルーに彩られていたわけ」
「な、何だか不安になってきました……」
レーガに学生時代の思い出を語ったマルシャルは、六杯目のグラスを空にして苦笑いする。
「どれだけ才能に恵まれてもねぇ、学校という閉鎖空間の中じゃ自分の味方がどんだけ居るかで勝負が決まるんだよ」
「人間関係が大切なんですね……」
「まあ、お兄さんは好かれるタイプだと思うよ? あとはほら、しっかり勉強して魔法の練習も欠かさずにやってけばさぁ」
「と、友達選びと人付き合いを慎重に……精一杯の努力をして、持てる力の全てを出し切る……。が、頑張ります! マルシャルさんはそんなに過酷な状況でも次席をキープし続けたんですから!」
ありのままの学生生活を語り尽くしたマルシャルは、大嫌いな優等生の顔を頭から振り払うように、酒を煽るのだった。




