4.勝利の重みと己の価値
思い出すのは、薄暗い学生時代。
そして、それらに付き纏うヴァンセンとの記憶だった。
(本当にイライラする……)
あの男が同じ建物の中に居る──その事実だけで、彼が今も生きていることが心底不愉快で、煩わしい。そんな感情がどんどん膨れ上がっていく。
ヴァンセンにだけは会わないよう、騎士の仕事は絶対に真面目にやりたくなかった。
学生時代の評判が如何に悪くとも、マルシャルには絶対的な剣の腕前がある。
素行が良くなれば、上からの評価が見直される。
となると、まだ若いマルシャルには王都でも更に重要な役職を任されたり、特筆した才能がある者のみを集めたエリート部隊に配属される可能性も十分に残されている。
品行方正、一騎当千の実力者達からなるエリート部隊。そこには当然ヴァンセンが居る。
ヴァンセンはマルシャルとは違い、剣術ではマルシャルに次ぐ二番手ではあれど、それ以外ではマルシャルを上回る才能を数多く発揮する。そして、マルシャルには無い確固たる人望も備えていた。
二人は騎士学校の卒業生の中でも飛び抜けた才能のあるツートップであり、因縁のある関係性を持つ。
故にマルシャルは常にだらしなく、けっして優等生にはならないよう意識していた面もあった。
そうすればヴァンセンと同じ隊にならず、滅多に顔を合わせずに済ませられるのだから。
(プラタナスはヴァンセンを新しい戦士にしようとしてるに決まってる。僕が弱いから……頼りないから……)
考えないように意識すればする程、さっき目に焼き付いたヴァンセンの嫌な笑みが脳裏にこびり付いて剥がれなくなる。
「──シャル……マルシャル!」
はっとして振り返ると、心配そうな表情のシャルリエが見上げていた。
「あ……ご、ごめんシャルリエ。どうしたの?」
「先程大会の係の方から、そろそろわたしたちの試合が始まると報せていただきました。準備は大丈夫ですか?」
「えっ、もうそんな時間だった? 準備は……うん、大丈夫。ほんと、いつまでもぼんやりしちゃっててごめんね」
(こんな精神状態じゃ、あいつらの思う壺だよねぇ……)
「それなら良かったです。まだ気分が晴れないのでしたら、少しお水でも飲んでから行きますか?」
「いいよ、平気平気! さーて、世間様に僕らの実力を見せ付けてこようかねぇ」
無理矢理顔に笑みを貼り付けて、マルシャルは闘技場の扉へと歩き始める。
シャルリエも横に並んで着いて行く。
すると、扉に近付くにつれて外の歓声が漏れ聴こえてきた。
(僕はシャルリエの唯一無二のパートナーだ。あいつらなんかに彼女の隣を譲ってやるもんか)
歩みを進めながら、マルシャルはこれまでの日々を思い返す。
(僕はマルクトの戦士に選ばれて、サンダルフォンの力を授けられた)
大きな黒い翼を羽ばたかせ、パスを賭けた神殿同士の聖戦ではこれまで無敗を誇っている。
(そんな僕が、ただの人間でしかないヴァンセンなんかに負けるはすがないじゃないか!)
「……勝ってやるさ、勝つ。勝たなきゃおかしいんだ。勝って当然、勝たなきゃ意味が無いんだ」
(じゃなきゃ僕が今日まで生きてきた意味も、価値も、全て否定されるようなもんだから──)
「マルシャル……?」
譫言のよつに「勝つ」と繰り返すマルシャルに、シャルリエは得体の知れない不安を感じ取ってしまう。
そして、扉は開かれた。
「……っ!」
「はわぁ……!」
屋根の無い、空が見える円形の闘技場。
その全ての方向から人々の視線が、マルシャルとシャルリエ。そしてまだ出て来ないもう一人の出場者の側へ飛び交っている。
『続いてはマルクト王国から! 千年に一度の大イベントが、今年の大会を最高潮に盛り上げてくれてるぜーっ!!』
大会の司会者の声が、特殊な魔法によって会場全体に響き渡った。
『アドナイ・メレク神を信仰する王都神殿の巫女、シャルリエ・アドナイ・メレク様! そして守護天使サンダルフォンの戦士であり、マルクト騎士団員の顔も併せ持つ青年、マルシャル・ジギタリスが参戦だーっ!!』
神殿での【選定の儀】が行われたあの日のように、期待と興奮に染まる大勢の人々。
この場で見事優勝すれば、観客達へマルクト神殿の強さとアドナイ・メレクへの信仰を広める絶好の機会となるだろう。
(僕らの力を思い知らせてやるよ!)
不安と焦りを胸の内に押し込んで、マルシャルはゆっくりと開かれた向かい側の扉へと視線を向ける。
『そんな神と天使の加護を受けた二人の対戦相手は、同じくマルクト騎士団所属、王都特別部隊長の麗しの美剣士ヴァンセン・ワキョウ! 今年は【セフィロト聖戦】記念大会ということもあり、近年話題の彼に出場をオファーしちゃったんだぜーっ!!』
マルシャルの鋭い視線を真正面から受け止めるヴァンセン。
控え室で見た時と変わらぬ笑みで、観客達に手を振る余裕すら見せている。
「いやあ、祭り事は賑やかで良いですね。人々の笑顔に溢れていて、心が暖かくなる」
会場全体にアピールし終えたヴァンセンが、ふっと微笑みながらマルシャルに言った。
「お久し振り、といっても年に数回は騎士団の催し事でちらりと見掛けたりはしますが……お元気そうで何よりです」
「あっそ。僕はあんたが健康だろうが不健康だろうがどうでも……いや、重病だったら嬉しいや。それで寿命が縮んでくれれば万々歳だよ」
「随分俺を嫌っているようですね。あの日から何一つ変わらず、ね」
「いや寧ろ悪化してるよぉ? だってあんたが生理的に無理なんだもん」
「物理的にはどうお考えで?」
「うん、斬りたいねぇ」
「おやおや、じゃあそろそろ始めましょうか? ……本日はお相手宜しくお願い致します、シャルリエ様」
「あ、はっ、はい! ご丁寧にありがとうございます」
「あいつなんかにまともに返事しなくて良いから、シャルリエ」
「あっ、す、すみません……そうですよね。これから真剣勝負をするお相手なのですから、もっと気を引き締めていかねばなりませんよね!」
二人のやり取りを見た後、ヴァンセンは口元に薄い笑みを浮かべたまま客席のある一角を横目に眺めた。




