3.黄金色の瞳と揺れる騎士
「どうして、あのヴァンセンが……」
壁に貼られたトーナメント表を前に、マルシャルは愕然としたままその場を動けなかった。
何故、あの男がここに来ているのか。
思考が止まりかけた頭を気合いで動かし、マルシャルは周囲を見回した。
試合の準備を進める参加者達の群れから遠ざかるように、離れた壁に背中を預ける白銀の髪の騎士──ヴァンセン・ワキョウが確かにそこに居たのだ。
そして、彼の纏う鎧に目を見開いた。
マルシャルのものと違い、金色の装飾が多い特別な鎧。それは、マルクト騎士団の隊長職以上の者が身に付けるもの。
(あの鎧……噂には聞いてたけど、あいつあの若さでマジで隊長やってたのかよ!)
マルシャルの視線に気付いたヴァンセンと目が合う。
学生時代、一方的に突き放したクラスメイト。騎士学校の中で誰よりも疎ましく、妬ましく、忌み嫌っていた存在であるヴァンセン。
数年前よりもより大人の男へと変貌を遂げた彼の黄金色の瞳が、鋭く光ったように見えた。
「くそったれが……!」
「ま、マルシャル……?」
吐き捨てるように呟き、マルシャルは控え室を出て行った。
すぐにその後を追い掛けたシャルリエは、明らかに苛立った様子のマルシャルの背にそっと声を掛けた。
「……見たところ、マルシャルにそんな顔をさせている原因はあの騎士の方なのですね」
「まぁね……。あいつは昔、まだ僕が騎士学校に通っていた頃の人気者だよ。そりゃもう反吐が出るぐらいに僕とは正反対に、あらゆる部分で恵まれたクソ野郎だ」
彼女に背を向けたまま、マルシャルは普段の明るさとは一変した低いトーンで答える。
「トーナメント表にあいつの名前を見付けた時、頭が真っ白になったよ。ホントにあるんだねアレって。何も考えられなくなって、でもそれって他の人からしたらほんの一瞬のことで……そしたら次は何であいつが? って疑問で頭が埋まって……」
シャルリエは静かに彼の背中を見守る。
「……でもさ、すぐにピンと来ちゃったんだ。何でヴァンセンが今このタイミングでこの大会にやって来たのか」
隊長クラスの騎士が一人でのこのこと出場するようなことは、通常では考えられない。
自国のマルクトではなく、他国であり聖戦の敵でもあるティフェレト王国の大会に彼はエントリーしている。明らかに不自然なのだ。
「ねぇ、思い出してみてよシャルリエ。僕らがこの大会があるのを知ったのは何でだった?」
急に話題を振られたシャルリエは、戸惑いながらも必死にその答えを思い出す。
「え、ええっと……この街に来てすぐ、プラタナス様に教えて頂いたからです」
「そう。あのクソガキから聞かされたんだ。それこそが、あいつがここに居た理由なんだよ!」
叫ぶように大声をあげたマルシャルは、その溢れんばかりの怒りに任せ、目の前の壁に堅く握り締めた拳を叩き付けた。
「プラタナスは……僕をマルクトの戦士から外そうとしてやがんだ!!」
「そ、そんな! あの方がマルシャルを戦士の座から外そうとするだなんて……」
勢い良く振り返ったマルシャルは、人が変わってしまったような形相でシャルリエに言う。
「あり得るんだよそんなことが! 現にあのクソガキは、戦士の選定はやり直せるって言ってたんだ。そして今日プラタナスが僕達の目の前に現れて、都合良く大会にエントリーを済ませてて……僕を試してやがんだよあの野郎は!」
「試している……? 何故マルシャルを試す必要があるのですか?」
泣き叫ぶように喚くマルシャルの悲痛な面持ちに、シャルリエは心が痛むのを感じていた。
もしかしたら、マルシャルがこんな風になってしまった原因の一つを自分が作ってしまっていたのではないか。
強く頼もしく、そして自分に優しく接してくれる大切な友人──そんな彼が、これほどまでに負の感情を爆発させるのは初めてだったからだ。
「僕は無様に敵に捕まった! 本来なら巫女である君を守り、誰よりも強く負けを知らない存在であるはずの……最強の戦士であるべきはずのこの僕が、相手が他の神殿ですらないのにあのザマだ! プラタナスは僕らの行動を、心の内を、何もかもを把握している……だからあいつはヴァンセンに僕を潰させようと仕組んだに決まってる!!」
「……っ!」
あの事件の後、マルシャルの様子が時々おかしなことが多々あった。
何か悩みを抱えているのだろうとは思っていたが、まさかこれほどまでにあの出来事を気に病んでいたのかとシャルリエは深く衝撃を受けた。
「僕らの初戦……ヴァンセンとの戦いに敗れたら、プラタナスはあいつを新しい戦士にするに決まってる……間違いない!」
「わたしたちは負けません! だからマルシャルはずっとずっと、わたしだけの戦士なんです!」
そう言って、シャルリエはマルシャルの胸に飛び込んだ。
シャルリエの長いピンク色の毛先が揺れる。ぎゅっとしがみつく彼女は、マルシャルの胸に顔を埋めながら、蚊の鳴くような声で囁いた。
「だから……あなたがわたしから離れて行ってしまうなんて、そんな縁起でもないこと言わないで下さい……」
「シャル、リエ……」
マルシャルは彼女のその言葉で、ほんの少しだけ暗闇の底に柔らかな光が届いたような気がした。
「あなたは、とても強い人。そしてわたしに新しい世界を見せてくれた、誰よりも大切な人なのです」
温かく小さな手が、マルシャルの両手を包み込む。
彼を見上げる穏やかな青の瞳が、砂漠のように荒んだ心を雨のように潤わせていくようだった。
「自信を持って。誇りを持って。マルシャル、あなたはわたしの唯一無二の人なのですから……」
「……うん。ありがとう、シャルリエ……」
(僕はどこまでもダメなやつだ。また君に、助けられちゃったんだから)
目頭が熱い。
どうやらもう暫くはここから動けそうにないな、とマルシャルは笑うのだった。




