1.戦いの街と賢者の思惑
ティフェレト王都の南東に位置するヌンの街に到着したマルシャルとシャルリエは、パスを探す為にまずはアドナイ・メレクの声を聞こうと教会へと足を運んだ。
早速祈りの間に案内してもらおうと信徒の一人に声を掛け、シャルリエは真っ白な部屋の中で静かに祈りを捧げる。
窓にはめ込まれた色とりどりのステンドグラスの光を浴びながら一心に祈る少女の姿は、マルシャルが初めて彼女と出会ったあの日から変わらない神秘的な魅力を湛えていた。
暫くして、シャルリエは無事神の声を聞き終えた。
しかし、アドナイ・メレクから与えられたパスのヒントは勝利という言葉のみだったのだという。
「勝利って……この街で何に勝利すれば良いってわけ? 何かヒント雑じゃない?」
「何か勝利に関係するものがあるのかもしれません。一通り街を見て回りませんか?」
「……まあ、そうするしかないよねぇ」
もうどの神殿にも取られていないパスはここヌンにしか残っていない。
マルシャル達は勿論、マルクト以外の神殿もヌンのパスを狙ってこの街へやって来ている可能性がある。これまで以上に激しい争奪戦になるかもしれない。
善は急げ。二人は早速教会を出た。
(それにしても、何だか人通りが少ない気がするなぁ)
ヌンに着いた時から、マルシャルはそう感じていた。
「今日は闘技大会が開催されるからな。見物客は皆、闘技場に集まっているのさ」
「へぇー、闘技大会ねぇ……って、あんたは!」
「プラタナス様!?」
突然背後から話し掛けてきたのは、マルクト神殿を担当するダアト十賢者のプラタナスだった。
驚いたマルシャル達を気にせず、淡々とプラタナスは話を続ける。
「因みに、大会の優勝者には賞金と特別な品が贈られるそうだ」
「そ、そうなのですか……」
「いきなり何なんだよクソガキじじい!」
「お前の心の声が流れ込んできたのでな。親切に疑問に答えてやったまでだ」
(そうだ、そういやこいつ他人の考えてることがわかるんだった)
勝手に心を覗かれるのは良い気がしない。マルシャルは不快そうに眉間に皺を寄せた。
「ところで、何故プラタナス様がこちらに?」
「賢者の仕事だ。もうパス争奪戦も終盤だからな。マルクト以外の巫女と戦士の能力を見る良い機会だと思ってここに来たんだ」
「他の神殿も来てるってことだね」
「ああ。もうヒントは得たんだろう? ならば、これからお前達が行くべき場所も見当がつくはずさ。流石にアホ戦士のお前でもわかるだろう?」
心底馬鹿にした薄ら笑いを浮かべたプラタナス。
マルシャルは激しいストレスを感じながら、イライラを露わにこう言った。
「わかってるよクソガキ! アドナイ・メレクがくれたヒントは勝利。そしてタイミング良く開催される闘技大会。ヌンのパスは優勝者に贈られる賞品ってことだろ!」
「ああ」
「え……? ちょ、ちょっと待って下さい!」
焦った様子でシャルリエがそう言う。
「今日その大会が開催されるのですよね? 今から行って間に合うのでしょうか……?」
「あ……や、やばくない? エントリーの締め切りっていつまでなんだろ……」
「お前達のエントリーならボクが済ませておいた。正午の鐘までに闘技場で待機していなければ失格になる。もうあまり時間が無いぞ?」
「そういうことはもっと早く言えっての!」
闘技場へは今居る場所から歩いて三十分はかかる。正午の鐘が鳴るまでのタイムリミットも三十分程度しかない。
マルシャルが全力で走れば間に合うだろうが、シャルリエにはそんな持久力がない。
それに、闘技大会というのだから試合が始まる前からスタミナを消費するのは避けなければならないだろう。
(こうなったら……!)
「ちょっとごめんね!」
マルシャルはシャルリエを抱き抱えた。
「えっ? ま、マルシャル! 何を……」
「走るより良い方法を思い付いたから。しっかり掴まっててよ!」
「な、何をするつもりなのですか?」
「ちょっくらひとっ飛び! 行くよシャルリエ!」
サンダルフォンの力を借り、黒い翼を出現させたマルシャルはあっという間に飛び立っていった。
小さくなっていくマルシャルとシャルリエの姿を眺めながら、プラタナスは一人呟いた。
「ここまで無敗のお前達だが、今回の相手は一筋縄ではいかないぞ。その結果によっては……マルシャルには聖戦を降りてもらわねばなるまい」
(今回の聖戦は、これまでとは次元が違うんだからな)
「史上最強の巫女と戦士を育む……。十賢者全員がそれを成さねばならない。くそがきが戦力にならなければ、また新たな戦士を選定するまでだ」
静まり返った街の中、少年の姿をした賢者は闘技場へと歩き出した。




