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1.自由奔放な巫女と怯える戦士

 翌日からすっかり元気を取り戻したマルシャルは、シャルリエと共にクローブに乗って、ペーの町を目指すことにした。

 カイザイクとはケセド神殿で別れ、激励の言葉を受けて送り出された。

 今もまだペーのパスはどの神殿の手にも渡っていない。クローブが居れば、ハシバ内海を渡って一日と少しあればペーまで戻ることも可能だ。


「ペーが見えてきたね」


 二人は地上に降りると、一番にある場所へと向かった。


「ハルミア様!」

「しゃ、シャルリエ様!? それに戦士のお兄さんも!」


 店を出していた商人のハルミアを見つけ出し、シャルリエが声をかけるとハルミアは驚き、笑顔を向ける。


「聞きましたよー! 例の護衛ギルド、懲らしめて下さったそうじゃないですか!」

「話が広まるのは早いねぇ」

「お二人のお陰で、近々盗まれた商品が返ってくるんです。巫女様と戦士様が助けてくれなかったら、私はこの先どうなっていたか……感謝してもしきれません!」


 涙ぐんで言うハルミアは、心の底からマルシャルとシャルリエに礼を告げた。


 (まあ、僕は最後足手まといになっちゃったんだけど……)


 最後の最後で、詰めが甘かった。

 傭兵ギルドの本拠地を突き止めたあの時、もっと周囲を警戒していれば。

 シャルリエにもカイザイクにも、迷惑や心配をかけずに済んだはずなのだから。


「是非お二人にお礼を……と思ったんだけど、やっぱり今金欠気味でね……。ご飯は奢れないけど、私の人生を救ってくれた恩人の為にとっておきの物を用意してるのよ!」

「とっておきの物?」


 切り替えが早いのか、涙が引っ込んだハルミアはニッカリと笑い、荷馬車を漁り始めた。

 そんな三人のやり取りを、建物の影から覗く人物が居た。


「ね、ねぇルッダ……あの子が着てる服って、もしかしてどこかの神殿の法衣かな……?」

「あの法衣は……マルクトかな? あー、初の敵さん見つけちゃったね」


 ケセド神殿の巫女ルッダと戦士シュカンタは、テットとヨッドのパスを手に入れた後、カフへと向かっていた。

 しかし、二人がカフに着いた頃には、カフのパスだった剣を持つカイザイクはシャルリエと共に都へ向かった後で、どれだけ探してもパスは見つけられなかった。

 そして、教会で神の声を聞くと、ルッダ達の知らぬ間にマルクトがカフのパスを手に入れたと知った。二人は大急ぎで次のパス探しに向かう。

 距離としてはマルシャル達よりペーに近い場所に居たのだが、飛竜を持つマルシャルとシャルリエとあまり変わらないタイミングでペーに到着した為、未だパスはどの神殿も見つけていない状態だったのだ。

 マルシャル達に気付かれないよう、こそこそと様子を伺う幼い巫女と戦士。


「やっぱり……戦わないとだめ、だよね……」


 眉を下げ、兎のぬいぐるみをきゅっと抱きしめるシュカンタ。


「マルクトって、今回負け知らずみたいだし……パスだって、大陸の南側はほとんどマルクトが取ってるし……」

「だからこそ、あたしとシュカンタがマルクトに勝ってパスを勝ち取れば、聖戦に勝てるかもしれないでしょ?」

「で、でも……なんか怖いし、あのおにいさん強そうだし……」

「やってみなきゃわかんないって! ほら行くよ! 奇襲は活きが命だよ!!」

「ええっ!? ちょ……意味がわから……」


 ぐいっと手を引いて走り出したルッダは、狼狽えるシュカンタを無理矢理物陰から引き摺り出した。


「そこの御仁! あたし達と勝負してもらおうかー!!」


 ハルミアとの会話に割って入った少女と少年の登場に、マルシャルは眉をひそめる。


「……はぁ?」

「あっ、その法衣……ケセドの巫女様っ!?」

「そのとーり! あたしはケシェ……ケセドの巫女ルッダ・エル!」


 (噛んだ! 今噛んだよこの巫女!)


「そして!」

「あ、え、あぅ……」

「ほら、ちゃんと名乗って! 大丈夫、挨拶してる最中に切りかかってくるような無作法な神殿なんてないから! ね?」

「うぅ……」


 ルッダに後押しされて、やっとの思いで言葉を紡ぎ出すシュカンタ。

 彼が抱くぬいぐるみも、シュカンタを安心させるように微笑んでいるようだった。


「あ……ぼ、ぼく……その……ツァドキエルの、戦士で……シュカンタ……です」

「すんごいコミュ障なのはわかったよ」

「ご、ごめんなさ……!」


 大人の男性が怖いのか、決死の覚悟で自己紹介をしたシュカンタは、すぐにルッダの背中に隠れてしまった。

 何と無く、うさぎのぬいぐるみが落ち込んでいるように見える。


「えーっと……僕はサンダルフォンの騎士のマルシャル」

「マルクト神殿の巫女シャルリエです」

「君達は僕らと戦いたいってことで良いんだよねぇ?」

「そう! あたしたちもパスは持ってるし、マルクトさんのパスを勝ち取る為に戦わせてもらいます!」


 自信満々に言うルッダは、背中に引っ付くシュカンタをぐいっと引き剥がすと、胸元で輝くサファイアのペンダントを指差した。


「勝負の方法は、ペーのパス探し! 先にそれを見付けた方が勝ちってことでどう?」


 (上手くいけば、このガキンチョ達と戦わずにペーのパスもガキンチョ達のパスも、同時にゲット出来るってことだね)


 戦闘が苦手なシュカンタの為に、ルッダはこの提案をした。

 マルシャルも面倒臭がりな性格から、彼女の提案には内心喜んでいる。

 面倒事や手間は、なるべく省いてしまいたい。


「どうするシャルリエ? 僕は全然大丈夫なんだけど」

「そうですね……。では、これを確認させて下さい。ペーのパスを先に見付けた神殿に、負けた方はパスを一つ差し出す。間違いありませんか?」

「ええ! それでいいわ!」

「ほ、本当にやるのルッダ……?」

「やるしかないでしょ? それじゃあ……」


 ルッダが顎に手をあて考える素振りを見せると、町に鐘の音が響き渡った。

 心地よく鼓膜を揺さぶるその音色は、正午を報せる為の鐘の音だ。


「今! たった今からスタートね? 行こうシュカンタ!」


 丁度良いタイミングで鳴った鐘を合図に、無邪気な笑顔で走り出すルッダ。そんな自由すぎる彼女を追い掛けて、よたよたと小走りで向かうシュカンタ。

 マルシャルとシャルリエは、不安定な足取りの少年の背中を見送っていると……


「ま、待ってルッ……うわぁっ!」


 思い切り転んでしまった。


 (あーあ、やっぱり転んだ)


 舗装された道は、大人が転んでも痛い。膝を出した半ズボンのシュカンタなら、その痛みはダイレクトに襲って来る。


「大丈夫ですか!?」

「うぅ……」


 すぐにシュカンタに駆け寄るシャルリエを見て、彼女のあまりの優しさに苦笑いを零しながら、マルシャルも彼の側にしゃがみ込んだ。


「派手に転んだねぇ……。ほら、ちょっと膝見せてみなよ」

「ひうっ!」

「そ、そんなビビらないでよ……」


 (子供って目線の高さを合わせれば怖がらないもんじゃなかったの?)


 強面ではないはずなのに、どうしてここまで怯えられてしまうのか。


「かなり擦りむいてしまいましたね。治療するので、少しじっとしていて下さいね?」

「う、うん……」


 錫杖を出したシャルリエがあっという間に魔法で傷を治すと、さっきまで悲し気な表情をしていたぬいぐるみが、何と無く嬉しそうな顔になったようだった。


「立てそうですか?」

「あ、う、うん……。痛くない、です。ごめんなさい、マルクトの巫女さま……」


 立ち上がらせてあげようとマルシャルが手を差し出すと、シュカンタはひどく怯えた表情を浮かべたものの、震える手でマルシャルに触れた。


「ご、ご、ごめ……」

「そんなに謝らなくて大丈夫だよ。そんなに僕って怖いかなぁ?」

「あっ、いや、その……」

「無理しないで良いよ。嫌われ者扱いには慣れてるからさぁ」

「ごめ、なさ……」


 小さな声が更に萎んでいく。

 大人が苦手だからといって、ここまで過剰に怖がるのは珍しいだろう。

 何か原因があるのだとは思うが、他人の過去を詮索するのは趣味ではない。マルシャルはそれ以上気にしないことにした。


「そういえば、お前のとこの巫女様どっか言っちゃったね」

「見失ってしまいましたね……」

「だ、大丈夫……自分で探す」


 きゅっと兎のぬいぐるみを抱き締めて、シュカンタはルッダが走り去っていった方へと歩いていった。


「大丈夫かなぁ?」

「ちょっと心配ですけれど、彼も神に選ばらた戦士の一人です。ここから先は、彼だけの力でケセドの巫女様と合流してもらうしかありません」


 対照的な巫女と選手と別れると、会話の途中だったハルミアの方へ戻る二人。


「あ、お話終わりました?」

「お待たせしました」

「で、それが僕らへのお礼の品なの?」

「はい!」


 ハルミアが差し出したのは、煉瓦色の古めかしい巻物だった。


「魔道書専門の商人から偶然手に入れた物なんですけど、どうやらかなり年季が入った巻物らしくて。何かの役に立つんじゃないかなーと思って、是非お二人にプレゼントさせていただきたく!」

「ありがとうございます」


 (古すぎて他に買い手がつかなかったんじゃなくて……?)


 巻物を受け取ったマルシャルは、がさがさとした手触りのそれを色々な角度から観察する。

 黒い紐で縛られたそれは、確かに年代物だった。古い紙の匂いと、少し汚れたそれがなかなかの存在感を放っていた。


「……ん?」

「どうかしましたか、マルシャル?」

「ちょっとこれ見てみて。この中のとこにある棒、何か書いてある」


 マルシャルが指差したそこには、これまで見てきたような文字が書かれていた。


「これってもしかして……」

「ペーのパス、ですね」


 二人は、何とも言えない空気で顔を見合わせる。

 セケド神殿との戦いは、ほんの五分で幕を閉じてしまった。



 

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