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セフィロト ー王国の巫女と黒き騎士ー  作者: 由岐
第4章 運命の輪
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10.白い天使と黒い天使

「これで全員かァ?」


 シャルリエの回復と防御魔法の支援と、カイザイクの奮戦によって、二人に襲い掛かってきた男達は床に伸びている。


「そうとは思えません。この中に、これだけの男性達を束ねられるような才覚を持った方が居られるとは……」


 倒れた男達を見下ろして、カイザイクとシャルリエは更に奥へと続く扉を見付けた。

 二人は先へ進み、途中にある部屋の中を確認していくものの、そのどこにもマルシャルは居なかった。

 一瞬、シャルリエは地上で別れた青年に騙されたのではないかという考えが過った。しかし、彼の真剣な眼差しと穏やかな物腰が演技だったとはとても思えない。

 シャルリエは諦めずにマルシャルを探す。


「くそっ、どこに連れ込まれてんだよ……!」


 アジトの中にある部屋は虱潰しに探したはず。それなのに、最初にシャルリエ達を襲って来た男達以外に人を見かけない。

 一度元の共同スペースに戻ってきたところで、カイザイクは苛立ちを露わに剣を床に突き刺した。

 その時、カイザイクの剣の刀身が部屋の灯りに反射し、何か模様のようなものが見えた。

 角度によってその模様はより明確に見ることが出来た。それを見たシャルリエは、彼の持つ剣がパスであると直感した。


「あ、あのっ! その剣なのですがっ」

「あ? 俺の剣がどうしたってんだァ?」

「もしかしたら男爵さんの剣がパスかもしれないのです!」

「パス? 何だそりゃあ。パスワードのことか?」


 神殿の巫女や信徒、王族など、ごく限られた人物しか【セフィロト聖戦】の細かな内容を知らない。

 世間的には、聖戦とは各神殿による人気取りのお祭りという認識をされる。

 神の声を聞き届け、治癒の奇跡の力を持つ巫女は公には姿を見せず、滅多なことでは国民と触れ合う機会も無い。

 千年に一度というペースで聖戦が行われるということもあり、具体的な内容が広く知れ渡らずに忘れ去られる。その為に巫女と戦士が探し求めるパスの存在を知る物が少ないのだ。

 シャルリエは首に下げたペンダントを胸元から取り出す。


「パスとは、この透明な水晶のことです。パスは世界に点在する村や町のどこかにあり、槍や魔物の角など様々なものに擬態しているようなのです」

「あァ!? ますます訳が分からねえ……」

「えーっと……わたし達巫女と戦士は、神の声を頼りに二十二個のパスを取り合っています。わたしはマルシャルと共に、アドナイ・メレク様の教えを広め、パスをより多く集める為に旅をしているのです。そして、このパスをよく見てみて下さい」


 手のひらに乗せたペンダントをカイザイクに見えやすいようにしてやると、彼もシャルリエの言葉通りに顔を近付けてパスをよく観察する。


「……何か訳わかんねえ文字みてえのが浮かんでるようにみえるが」


 一つ一つ指差しながらシャルリエは説明していく。


「この文字はシン。このパスが持つアルカナは【審判】です。人には判断が難しいものに審判を下す能力が備わっているようです」

「ほお?」

「そして、これはタウのパスです。アルカナは【世界】。まだこのパスの能力は分かっていません」

「世界とか言われてもピンとこねえもんなァ」

「最後にツァディーのパスです。このアルカナは【星】。ネツァクの戦士様のお話によれば、このパスは、ハニエルの加護を受けたネツァクの戦士の能力を向上させる効果があるようです」

「それじゃあネツァクだけ贔屓されてるみてえで狡いよなァ?」

「パスの能力には、まだまだ分からないことが沢山あります。使い道が一つしかないとも限りませんし」

「そうかもしれねえけど……何か納得いかねえな」


 パスを覗き込む為に曲げていた腰を伸ばすと、カイザイクは腰を片手で叩きながら言う。


「持っていても使えねえんじゃ、宝の持ち腐れっつーか……もったいねえ」

「でも、男爵さんはネツァクの神を信仰していらっしゃるのではないのですか? ネツァクに有利なパスだとしたら、わたし達に効果が無い方が良いのでは……?」


 見上げるシャルリエの言葉に眉根を寄せるカイザイク。


「言ったと思うが、俺はガキの頃から機械弄りと剣の稽古ばっかしてた、アクティブな引き籠りみてえなもんだ。そんなんだったから、物心ついた時から一度も教会に行ったことがねえ。神殿にもだ」

「そ、そうなのですか!?」

「だからネツァクの神……アドナイなんたらを特別信じてる訳じゃねえのよ。つーかそれってそんなに驚くことかァ?」

「驚きますっ!」


 どこの国でも巫女が生活する神殿が存在し、パスが眠る町や村には必ず教会が建てられている。

 本来なら、子供を授かると神殿や教会で神へ感謝の祈りを捧げ、産まれた子供が七つになるまで毎年誕生日にも近くの教会などで祈ることが慣習となっているはずだ。

 七歳にもなれば物心がついているだろうから、カイザイクは本当に自分の意思で教会に行こうとはしなかったということになる。

 一人前の巫女となる為の教育としてそういった情報も頭に入れていたシャルリエにとって、カイザイクの発言にはかなり驚かされた。


「そ、それでは男爵さんは、神を信じてはいないのですか?」

「お嬢ちゃんは巫女さんだから、神様の声ってやつが聞こえるんだろ? だが俺みてえな普通の人間には聞こえねえから、いまいちよくわからねえ」


 実際に、カイザイクが言うように神の存在を信じていない人が少なからず存在している。

 牧場のシエーク一家やツヴァルグのように、心から神を尊敬し信仰する者が居ることも確か。

 シャルリエ達【セフィロト聖戦】に携わる巫女の役目とは、神に最も近い立場であることを生かし、より多くの人々に神の存在を認識させることなのだ。


「……っ、」

「ただ……アイツを見て、考えが変わったんだ」


 カイザイクの目に焼き付いた、鮮やかなオレンジ色と吸い込まれてしまいそうな漆黒の翼。

 圧倒的な存在感と気品、そして威厳溢れる力強さを感じさせたその姿に、彼のこれまでの人生観に変化を与えた。


「マルシャル……あの坊主の行動力とクセのある魅力が、神々しく感じたのよ。ああ、コイツが天の使いってやつなんだってよ」


 そう言って、カイザイクは白い歯を見せて笑う。


「あの姿を目の前で見たんだ。いくらいい加減に生きてきた俺でも、神様や天使様っつーのを信じねえわけにゃあいかねえさ!」


 カイザイクは床に刺したままだった剣を抜くと、シャルリエに向いて言う。


「この剣がそのパスってもんなら、お嬢ちゃんが持ってってくれや! 俺はマルクトの神だけは信じる! だからおめーらを全力で応援してやるぜ!!」

「……ありがとうっ、ございます!」


 素直で力強い思いを肌で感じ、シャルリエは込み上げてくる涙を堪えて感謝を告げる。

 そして、彼の剣にブラッドストーンのペンダントを翳すと、暖かい光を放った。

 カイザイクの手から剣の重さが無くなり、代わりにシャルリエのペンダントに新たな水晶が加えられた。


「本当に剣が水晶になっちまった……!」

「ありがとうございます、男爵さんっ! このパス、大切にさせていただきますね」


 カフのパスのアルカナは【運命の輪】。


 (マルシャル……必ずあなたを助けてみせます。あなたとの出会いは、わたしにとってかけがえのない大切な絆なのですから)


 そっとペンダントを握り締め、意識を集中させる。

 すると、シャルリエは何かに突き動かされたように部屋の中を走り出した。


「おいっ、いきなりどうした!」

「これです……これが、マルシャルに繋がる道です」


 シャルリエが立ち止まったのは、どこからか持ち去ってきたのか分からない置物や陶芸品が並べられた、随分立派な棚の前だった。


「この棚がどうしたってんだァ?」


 棚の上の段にある、白い天使と首の折れた黒い天使の置物に手を伸ばすシャルリエ。

 しかし、背伸びをしても全く届きそうにない。それを見たカイザイクが軽々とシャルリエを抱き上げてやる。


「これなら届くだろ?」

「はい、ありがとうございます」


 カイザイクの手助けで無事天使の置物に手が届いたシャルリエは、翼を広げた白い天使の片翼を一回、黒い天使の片翼を二回下に引っ張った。

 次の瞬間、奥の部屋へ続く扉の方から何か大きなものがずり動くような音が聞こえてきた。


「な、なんだァ今の」

「行ってみましょう」


 扉を開けると、その先はついさっき二人がマルシャルを探し回った部屋に続く廊下ではなく、機械的な照明と壁や床で覆われた、近未来を思わせる通路に変わっていた。


「なんじゃあこりゃ……ここはからくり屋敷かぁ!?」

「男爵さん、きっとマルシャルはこの先です! 行きましょう!」

「お、おうよ!」


 (すげえなァ……俺の屋敷もこんな風に改造してみっかな)


 そんなことを考えながら、鋼鉄の男爵はは巫女の背中を追うのだった。



 

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