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セフィロト ー王国の巫女と黒き騎士ー  作者: 由岐
第4章 運命の輪
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8.少女の祈りと流れ星

「……何で僕がこんな役割なんだよめんどくさぁい」

「文句言わないの! 無駄口叩いてる暇あんならそれとっとと運んでよー!」

「はいはい! ……あーめんどくさっ」


 自分より少し年下の青年に叱られながら、マルシャルは言われた通りに大量の積荷を馬車に乗せていく。


 (この爽やか系め……あんたが一時的には上司って理由だけで命拾いしてんだからなこの野郎!)


 ほんの数時間前、カフの男爵カイザイクの作戦が始動した。

 ケセドのどこかを拠点としている例のグループを捕らえる為、カイザイクはケセドのある商人に協力を依頼したのだ。

 その商人の名はクシラン。今まさにマルシャルをこき使っている青年である。

 マルシャルはクローブに乗り、ケセドで待つクシランの部下として彼に同行し、カイザイクの屋敷へと向かう。その道中で例の傭兵を雇い、金品を奪ってアジトへ逃げ去るところをマルシャルが追跡し、一網打尽にする。

 失敗すれば大損害。成功すれば多くの商人達が救われる。

 まずは作戦の始め、カイザイクの屋敷に運ぶ商品を荷台に積み込む作業だ。


「ねぇー! まだ荷物乗せるのぉ!?」

「当たり前だろー! 折角カフまで行くんだから、道中他のお客さんにも売っていかなきゃ損じゃん!」

「めんどくさいっ!」

「ほらほら! あと少しなんだから真面目に働いてよー」


 クシランはマルシャルが戦士であるとは知らされていない。

 身軽な服装でやってきたマルシャルは、クシランから見ればただの若者同然だった。

 何とか一人で荷物を積み終えたマルシャルは、商品のリストを丸めて懐に入れたクシランを呼び寄せた。


「終わったけどぉ」

「お疲れ様! さーてと、出発する前に護衛の人を雇わないとね」


 クシランは普段、護衛は雇わない主義だった。彼自身が剣術を心得ていたからである。

 マルシャルもクシランも腰に剣を差していたが、その言葉を物陰から聞いていたらしい一人の男が姿を現した。


「やあお二人さん。護衛をお探しなら、力になりますよ」


 群青色の帽子を深く被り、黒いマントに身を包むその男の表情は窺えない。

 マントの男の隣には、カイザイク程ではないが大柄な男が立っていた。


「あなたは?」

「私は傭兵ギルドを経営している者です。これまで数多くの方々に傭兵や護衛を紹介していましてね。宜しければこの男を護衛になさいませんか?」


 (来たな……。こいつが親玉か?)


 見るからに怪しい風体のその男に促され、短い金髪の大剣士が前へ出た。


「どうです? 腕は我がギルドでも随一のものです。距離によりますが、お安い料金で期待以上の働きをしてみせますよ」

「名前は?」

「オレはロメオだ!」

「いや、あんたじゃなくてそっちの人」


 豪快に答えたロメオに無表情で言うクシラン。

 彼に指を差されたマントの男は、余裕の笑みを浮かべている。


「私ですか? 私の名は……そうですね。トバリ……とでも呼んで下さい」

「本名じゃなさそうだねぇ」

「大切な個人情報ですので」


 (ムカつく野郎だなぁ)


 ひとまず、もしもこの男の言う話が真実ならば、ケセドを拠点とし傭兵護衛を紹介するこのギルドが、例の犯罪グループである可能性がある。

 向こうに怪しまれては折角のチャンスが潰れてしまう。

 マルシャルとクシランは契約金を支払い、護衛のロメオを雇いケセドを出発した。


 ケセドの都からカフへ向かうには、ハシバ内海をぐるりと回り、ヨッドを経由して行かなければならない。

 クローブに乗り移動するのに比べて、馬車での移動は時間がかかる。ヨッドまで三日、そこから更に三日かけてカフに辿り着く。

 ただ、それまでにロメオが動けばマルシャルは奴を追い掛け、捕まえる。

 都を出て、予定通りにヨッドに到着した。これまでロメオには目立った動きが無い。

 もしかしたら見当違いだったのかもしれない、とマルシャルが思い始めたその日の夕方。


「なあクシランさん。この箱、他のより厳重に鍵が幾つもかけられてるが……何か高価なもんでも入ってんのか?」


 ヨッドの大通りに露店を出していたクシランは、マルシャルと一緒に店仕舞いに取り掛かっていると、ふいにロメオがそう訊ねた。


「ああ、それはカフのカイザイク様にお届けする品なんだ。とても貴重な金属を使った部品でね、仕入れるのも一苦労なんだよー!」

「ほう……」


 その言葉を聞いて、クシランに見えないように口元を歪ませるロメオ。

 それをマルシャルは見逃さなかった。


「お嬢ちゃん」


 夕暮れに染まるカフの町並みをテラスから眺めていると、カイザイクが背後から声を掛けてきた。


「毎日毎日こっから景色眺めてよォ……飽きねえのか?」


 シャルリエに歩み寄り、隣で手すりにもたれ掛かる。


「飽きません。どの町や村から見る景色も、わたしにはどれも美しく、優しく見えるのです。男爵様は、この景色に飽きていらっしゃるのですか?」

「そんなこたァねえよ! ここは俺が生まれ育った、この世に二つとない故郷なんだ。どれだけ見てても飽きやしねェ……それはお嬢ちゃんも変わらねえんだな」

「はい。それに……」


 シャルリエは遥か遠くを見つめ、穏やかな笑顔で言う。


「こうして町を……そして空を眺めていると、マルシャルも同じ空を見上げているのではないかと……彼と、いつも繋がっているのだと思えるのです」

「そうかァ……俺はお嬢ちゃんと違ってよ、遠くに居ても繋がってるヤツなんざ居ねえんだ」

「それは……」

「おっと、辛気臭い話になっちまうな! 今のは忘れてくれ」


 ニカッと笑って誤魔化そうとしたが、シャルリエの目がそれを許さなかった。


「……聞かせて下さい。男爵様」

「聞いてて良い気分になるような話にゃならねえぞ?」

「それでも、聞かせて下さい」


 強い視線で訴えるシャルリエに、カイザイクは観念して両手を挙げた。


「……分かった! 分かったよお嬢ちゃん! つまんねー話だが、聞くっつったからには最後まできっちり聞いてくれよ?」

「勿論ですっ」


 カイザイクは手すりに背中を預け、遠い昔の思い出を語り出した。


「そうだなァ……まずは、俺がガキの頃の話でもするか。今から三十年前、俺が五歳の時だ。あの頃は父上も母上も元気で、この屋敷もまともだった」


 カイザイクの父は、元はネツァクの騎士だった。

 正義感に溢れ、大勢の部下を率いての魔物討伐作戦を何度も成功に導き、その働きが認められ男爵となった。

 その後、同じく男爵家の娘である母と結ばれ、カイザイクが産まれたのだ。


「母上は手先が器用でよ、ある日振り子時計の調子が悪くてな、職人に修理を頼もうって話だったのに、一人で直しちまったのよ!」

「それは凄いですね! 貴族の女性が時計を修理出来るなんて……!」

「だろ? 俺はもう作業に釘付けになってよォ、それから自分でも色々弄り回してみるようになったんだ! ……まあ、父上にこっ酷く叱られたがな」


 父は国の為になるような男になれと、カイザイクに剣術を教え込み、騎士学校へ入学させようとした。

 しかし、カイザイクはそれを拒み、魔法学校への入学を望んだ。


「俺は父上に決められた道を、ただ大人しく歩いていくなんざまっぴらだった。国の為に役に立つなら、俺らしい道を選びたかったんだ」

「自分らしい道……」

「十五の頃、母上は病で亡くなった。それまで機械弄りのあれこれを俺に教えてくれた。母上が教えてくれた知識を、この国の為に使いたい……。だから俺は、魔法を学びたかった」


 カイザイクは、動力に魔力を使うことで、燃料を使わない機械を開発することを考えていた。

 その熱意を知った父は、彼の入学を許し、無事卒業した。


「在学中も毎日部品をいじくり回して、色んな試作品を作った。まあ、今も昔も魔力の制御装置に問題があって、勝手に暴走しちまったりすんだがよ」

「それも全ては、この国の為の努力だったのですね」

「おう! 町の奴らは、機械弄りばかりしてる俺を鋼鉄の男爵なんて呼んで慕ってくれてんだ! 本気かどうかは分からねえがなァ」


 (カイザイク様が爵位を継いでいるということは、お父上様はもう……)


「面白い変人扱いされてたし、機械弄るか剣の稽古するしか能のねェ男だからダチも居ねえ。それだから俺にゃあ、繋がってるヤツなんざ……」


 寂しげに笑うカイザイクの横顔を見上げていたシャルリエは、突然パンッと手を叩いた。

 驚くカイザイクに、きらきらとした瞳で言う。


「それなら、わたしとお友達になりましょう!」

「あァ……?」

「わたしも、この聖戦が始まるまでお友達が居なかったので……男爵様のお気持ちもわかります。マルシャルとツヴァルグの二人とお友達になって、とっても嬉しかった。誰かと繋がる絆の大切さは、確かな心の支えになるのです」


 シャルリエの言葉は、カイザイクの胸に深く染み込んでいった。


「……ハハッ、お嬢ちゃんには驚かされるぜ」


 困ったように眉を下げ、カイザイクはシャルリエの目線の高さに合わせて腰を曲げる。


「よし! お嬢ちゃんのお言葉に甘えさせてもらうかァ!」

「はいっ!」

「今日から俺達は友達だ! 宜しくなシャルリエ!」


 白い歯を見せて手を差し出すカイザイク。


「こちらこそ、宜しくお願いしますっ」


 二人は握手を交わす。


 (不思議なもんだなァ……。出会ってほんの数日しか経ってねえってのに、すんなり心を許しちまう)


 陽が完全に沈み、カイザイクはそろそろ部屋に戻るようシャルリエに言い残して、地下の作業場へ向かっていった。

 部屋に入る前、シャルリエはもう一度空を見上げる。

 一番星が煌めく空に、そっと祈りを捧げた。


「どうか、マルシャルが無事に帰ってきますように……」


 少女の願いに応えるように、流れ星が零れ落ちていった。


「……あっ、流れ星!」


 馬車を停めた側に生えた樹に背中を預けて座っていたマルシャル。

 リストを片手に商品の在庫をチェックしているクシランは、マルシャルの声など聞こえない程に集中していたらしい。

 護衛のロメオは、早めに夕食を済ませる為、近くの店で食事をしていた。


 (ロメオ……あいつが動くのは今夜あたりだろうな。油断しないようにいかなきゃねぇ)


「待たせたな!」


 上機嫌で戻って来たロメオ。


「お帰りー」

「クシランさんとマルシャルさんも、メシ済ませろよ。オレが馬車の番をしてっから」

「だってさクシラン。……おーい、聞いてるぅ?」

「……あ、うん! 今丁度確認が終わったから、ご飯行こう!」


 マルシャルとクシランはロメオに後を任せ、夜の町へと姿を消した。

 二人の背中を見送ったロメオは、下品な笑みを浮かべると馬を操り、馬車ごと金品を奪おうと移動を開始した。


「……クシラン。僕は予定通りロメオの様子を見てくる」

「うん。後は打ち合わせ通りに、ね!」


 マルシャルは踵を返し、クシランとアイコンタクトを交わすと来た道を戻り、走り出していった。



 

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