9.庭の奥へ②
「まさか……」
嫌な予感がする。慌てて駆け寄って声をかける。
「アレクさん!」
「えっ、主様もしかしてまた死んだの!? なんで!? いつの間に!?」
メルルさんも慌てながら飛んでくる。
わたしも本当にわからない。死んじゃいそうな原因なんて、特に見当たらない場所なのに!
「アレクさ――」
もう一度呼びかけようとした、そのとき。アレクさんの目が突然開いた。
「「わああっ!?」」
わたしとメルルさんが同時に飛び退く。
「どうしたの?」
アレクさんは不思議そうに辺りを見回してから、のんびりと身体を起こした。
よかった、死んではないみたい。ほっと一息つく。
「どうしたのじゃないわよう! また死んじゃったのかと思ってびっくりしたんだから!」
「紛らわしいことしないでくださいよ、主様」
メルルさんがぱたぱたアレクさんの上を飛び回りながら抗議し、ジャンさんが呆れたように息を吐いた。
「そんなつもりはなかったんだけどなあ」
「どうして倒れてたの?」
わたしが尋ねると、アレクさんは花畑を見回して、ううんと考え込むように首をひねった。
「いやあ、どうやって死のうか考えてたんだけどさあ。なかなか思いつかなくて。横になって考えてた」
「そうなんだ……」
脱力する。心配したのに。
わたしたちの心配をよそに、アレクさんは生き生きと続ける。
「せっかくこんなに花があるんだからさ。ここで死んだら絵になるかなって」
「なりませんから、変なこと考えないでくださいよ」
「ごめんごめん」
ジャンさんにたしなめられても、アレクさんは笑っている。ほんとにわかってるのかなあ。
「でもさ、ここ、寝ると気持ちいいよ」
アレクさんが空を見上げる。
「ベルも寝てみなよ」
「わたしも?」
「うん」
「……じゃあ」
誘われて、わたしもアレクさんの隣に寝転がってみる。
すると、さっきまで目の前にあった花も、寝転がって見るとまた少し違って見えた。風が吹くたびに色とりどりの花びらが揺れて、甘くて優しい香りがふわりとただよう。
思っていたより、ずっと気持ちいい。身体の力が自然と抜けていくみたいに感じる。
アレクさんと並んで、しばらく空を眺める。
さっきまで慌てていたのが嘘みたいに、辺りは静かだった。
「二人とも、気に入った?」
「うん!」
メルルさんが、わたしたちをのぞき込むようにして尋ねる。わたしが答えると、メルルさんは嬉しそうに笑った。
「うふふ。じゃあ、もっときれいにしてあげる!」
「え?」
メルルさんがわたしたちの周りに咲いている花へ手を向けて、力を込める。
「うむむむむ……!」
すると、花の茎と植物のつるがゆっくりと伸びていき、わたしたちの頭上へ向かっていく。やがて花とつるが絡み合い、わたしたちの頭上にひとつの草花のアーチができあがった。
「すごい!」
「うふふ」
思わずわたしが声をあげると、メルルさんが嬉しそうに胸を張った。
「どう? きれいでしょう?」
「うん! すっごくきれい!」
「えへへへ……」
「本当にすごいね、メルルさん!」
メルルさんが照れたように頬を赤くする。
「褒めすぎよう」
「だって、本当にすごいんだもん!」
「う、嬉しいけど……!」
そう言っている間にも、アーチの花がさらに開いていく。
心なしか、さっきよりも植物の伸びがよくなっている気がする。やっぱりジャンさんが言っていた通り、褒められると調子がいいみたい。
「ね、アレクさんもそう思うよね?」
そう言って隣を振り向く。どうしてかアレクさんが、さっきから妙に静かだった。
「アレクさん?」
「……」
「もう、また……」
返事がない。さっきのことを思い出しながら、わたしは身体を起こす。
「……ん?」
なんだか顔が青いような気がする。
よく見ると、アレクさんの首元に何かが絡まっている。それはさっき伸びたつるだった。
「……」
「アレクさん!?」
今度こそ本当に死んでいる!
慌ててつるを外す。事態に気づいたメルルさんも悲鳴を上げる。
「きゃーっ!? 主様ごめんなさい! しっかりして!」
「主様ー!」
こうして、さっきとは比べものにならないくらい、今度はみんなで慌てることとなった。
ーーーーーー
「いやあ、びっくりした」
アレクさんは、何事もなかったようにケロッとした顔で座っていた。
「急につるに絞め殺されるとは思わなかったよ」
「ごめんなさい、主様……」
対して、メルルさんはしょんぼりしている。
「いやいや、気にしなくていいよ。むしろ感謝したいくらいなのに!」
「……え?」
メルルさんがきょとんとした顔で顔を上げる。わたしもわけがわからない。
「どう死のうか悩んでたって言ったろ? だから助かったよ。ありがとね」
「ええと……どういたしまして?」
お礼を言われて、戸惑いが隠せない表情をしながらメルルさんが首をかしげる。わたしもこれでお礼を言われたら、同じような顔をすると思う。
ジャンさんは横で頭を抱えていた。
「どう、ベル? 花に囲まれてたから、見た目は結構いい感じに死ねてたと思うんだけど」
感想を聞かれても。
わたしは何とも言えない顔でアレクさんを見る。どう返せばいいんだろう。
返答に困るわたしをよそに、アレクさんは楽しそうに笑っていた。
……もう、本当にこの人は。さっきはあんなに心配したのに、こうして笑っているのを見ると、なんだか力が抜けてしまう。
「さて、それじゃあベル、そろそろ戻ろうか」
「うん」
アレクさんが立ち上がる。わたしも立ち上がり、服についた草や花びらを軽く払う。
「メルルさん、今日はありがとう!」
「ううん! またいつでも遊びに来てね! 待ってるのよう」
「お気をつけて」
メルルさんが大きく手を振り、わたしも手を振り返す。ジャンさんも小さく手を上げてくれた。
わたしとアレクさんは、二人に見送られながら花畑をあとにした。
今日はいろいろあったけれど、思い返してみれば、ずっと笑っていた気がする。思い返しながら、隣を歩くアレクさんを見る。
このお屋敷に来てから、まだわからないことはたくさんあるけど、少しずつ、この屋敷での毎日を知っていけたらいいな。
そんなことを思いながら、わたしはアレクさんの隣を歩いていった。
ーーーーーー
アレクとベルが去ったあと。
メルルは二人が見えなくなるまで手を振っていたが、やがて、ゆっくりと手を下ろした。
「……ねえ、ジャン」
「どうしたの?」
「あれでよかったかしら?」
「え、なに? 主様を絞め殺したこと? 怖いこと言うね」
「そうじゃないわよう! あれはわざとじゃないったら!」
心外だと言わんばかりに怒るメルルに、わざとじゃなかったらそれはそれで怖いじゃないかと言いそうになるのを抑え、ジャンはベルたちが去っていった方を見つめた。
「まあ、大丈夫だったんじゃない?」
「本当に?」
「大丈夫大丈夫」
「……よかったあ」
メルルが小さく息を吐いた。
そして、二人が去っていったほうを見やる。その瞳はどこか寂しそうに揺れていた。
「何度やっても、やっぱり慣れないわ」
「そうだろうね」
ジャンが苦笑する。
「まあ、きみは何も考えず、自然体が一番いいと思うよ」
「どういう意味よう!」
メルルが頬を膨らませると、ジャンは小さく笑った。




