10.この世界のこと①
「このお屋敷って、いろんな人がいるよねえ」
「そうだなあ」
いつものように廊下でふわふわと宙に浮かんでいるレイさんに話しかけると、レイさんはのんびりと返事をした。
レイさんは屋敷の巡回中と言いつつ、よくこうしてわたしの話し相手になってくれる。「面倒見がいいんだね」って、この間アレクさんに話したら、「あいつはサボってるだけだと思うよ」なんてぼやかれてたけど。
「レイさんみたいな幽霊もいるし、ジャンさんみたいなガイコツもいるし」
「うんうん」
「ヘレナさんは機械だし、メルルさんは妖精だし……」
わたしは片手でもふもふを撫でながら、もう片方の指を折って数えていく。
考えてみれば、本当にいろんな人がこのお屋敷に住んでいる。人の姿をしている人もいれば、そうじゃない人もいる。
「アレクさんは……人、で、いいんだよね?」
言っていて、声がしりすぼみになってしまった。ちょっと自信がない。
アレクさん、今朝も寝ぼけて自分の指をナイフで切って、そのまま口に運んだりしてたもん。痛くないのかなあ、あれ。
そのあとは、わたしになんてものを見せるんだとヘレナさんに怒られていた。
「人間、人間。まあ、かなり怪しいけどな」
「そうなんだ……」
レイさんの評を聞いて、少し安心した。やっぱり人だよね。うん。多分。
でも、やっぱり不思議だ。
このお屋敷でお世話になるようになってしばらく経ったけど、人間らしい人はわたし以外、アレクさんしか見ていない。
人に似た姿の人はたくさんいるけれど、そのほとんどが、死んでいる人間のおばけだったり、魔物だったりする人たちだ。
「ねえ、レイさん。このお屋敷にいる人たちって、みんな最初からここにいたの?」
「うーん、そうだなあ」
レイさんは腕を組んで、宙に浮いたまま首を傾げた。
「おいらも詳しいことは知らねえけどさ。むかーし、ここには人間嫌いの魔女様がいたらしくてよ」
「魔女さん?」
「そうそう。そいつが、人間の住んでる世界とこっちを分けて作ったんだと」
「えっ、そうなんだ」
魔女さんが人間の住んでいる世界と、魔物たちが暮らす世界を分けた。それじゃあ、わたしの今いるここは、人間が住んでいるところとは別の世界ってことなんだ。
ちょっと驚いたけど、確かに納得できる。だってこのお屋敷にいる人たちは、人間じゃない人たちばかりだからだ。
「じゃあ、レイさんも最初からこっちにいたの?」
「いや、おいらは元々、人間の世界にいたんだよ」
「えっ、そうなの?」
「そうそう。だっておいら、見ての通り人間の幽霊だろ? 人が死ななきゃこうはならねえよ」
確かに言われてみればそうだ。生まれたときから幽霊ってわけもないもんね。
でも、それじゃあどうしてここにいるんだろう?
「戦で死んじまってな。そのあと、あっちこっちさまよってたら、いつの間にかこっちへ来てたんだ」
「どうやって?」
「さあなあ。気づいたら、こっちにいたし」
レイさんは肩をすくめる。どうやって来たかはよくわからないらしい。
「こっちの世界に呼ばれるっていうかな……。そういうやつ、ちょくちょくいるんだよ。人間の世界で死んで、化け物になっちまったやつがな」
「そうなんだ……」
レイさんみたいに元々は人間だった人が、死んだあとにこの世界へ来ることがある。じゃあ、ジャンさんや、他の人もそうなのかな。
今までなんとなく一緒に暮らしていたけれど、みんながどうしてこの屋敷にいるのか、わたしはあまり知らない。
それに――わたし自身のことも。
わたしは自分のことを人間だと思っている。でも、ここにいる理由はわからない。
もしかしたら、わたしもレイさんみたいに、何かきっかけがあってここに来たんだろうか。
「それじゃあ、わたしも人間の世界から迷い込んできたのかな?」
わたしが呟くと、レイさんはちょっと困った顔をした。
「そりゃ、どうかなあ。ベルちゃん、普通の人間っぽいから。ここは人間嫌いの魔女様が作った世界だって言ったろ?」
「うん」
「だから人間がこっちに来ることなんて、ほとんどねえんだよ。あっても死んだ人間か、それか呪いとか魔術の類にかかってる人間とかな。普通の生きてる人間が迷い込むなんて、少なくともおいらは今まで見たことねえ」
「そうなんだ……」
それならどうして、わたしはここにいるんだろう。
迷い込んできたのではないのなら、元からこっちの世界にいたんだろうか。でも、そうすると人間嫌いの魔女さんが人間を置いておくのはおかしいし……。
考えても、答えは出てこなかった。何か思い出すきっかけになるかなと思ったんだけどなあ。
でも、もしかしたら自分でも気づいてないだけで、何かわたしにも不思議な力があったりするのかも。
「もしかして、わたしにも何かあるのかな? 例えば、魔法が使えるとか!」
「おっ、そいつはいいねえ、魔女っ娘ちゃんか」
「魔女っ娘!」
なんだか楽しそうな響きだ。わくわくする。
「わたし、魔法使えるかな?」
「試してみるか? おいらが見ててやるよ」
「うん!」
もし本当に魔法が使えたら、楽しいだろうな。わたしにも、この世界にいる理由が何かあるのかもしれない。
……あれ? そういえばアレクさん、最初に会ったとき、なんでわたしに帰るところがとか、わざわざ聞いてきたんだろう?
ここがさっき聞いた通りの場所なら、わたしがこの世界に元からいたってことは考えにくい。だったら、わたしが人間の世界から迷い込んできた可能性のほうが、低いだろうけどあるかもしれないのに。
思い返してみれば、人間の世界のことを覚えているかも聞かれなかった。
まるで、わたしが外から迷い込んできた可能性を考えてないみたいに――。
そんなことを考えながら、さっきから触っているもふもふを撫でる。
「……もう話終わったか?」
すると、もふもふの先から声が聞こえた。




