4.これからよろしく②
「えっ?」
そのままヘレナさんは自分の首を一回転させると、かちりと金属の音がして――、ヘレナさんの首が外れた。
そして今、ヘレナさんは自分の頭を両手で持っている。首から下の身体はその場に立ったまま。
「私は機械人形なのです」
外れたヘレナさんの頭の口が動く。頭を外しても会話は問題ないみたい。
「このように、頭部を取り外すことも可能です。お望みとあらば、その他のパーツも外せますよ」
「…………」
「ベル様?」
「……すごい!」
興奮して叫ぶと、ヘレナさんが少し嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「首、取れるんだ……!」
「はい」
「痛くないの?」
「痛覚はございません」
「そうなんだ……!」
ヘレナさんとはしゃいでいると、男の人が面白くなさそうに言う。
「ぼくだって頭でもどこでも切ってバラバラにできるんだけど」
「それは惨殺死体って言うんですよ、主様」
それは確かにそうだと思う。
レイさんに言われて、不服そうな顔をしている。大人だけど、なんだかちょっと子どもみたい。言ったら不機嫌になりそうだから言わないけれど。
「そういや、ベルちゃんはこれからどうすんです? このままここで預かるってことでいいんですか?」
「うん。そうするつもり。だけど――」
レイさんに問われて、男の人は改めてわたしに向き直った。
「さて、ベル。改めて。ここはこういうやつらが集まった場所なんだけど……。ここに住むってことで大丈夫、かな?」
わたしがどうしたいか、聞いてくれている。
このお屋敷にいる人たちは、みんな普通じゃないみたい。だけど――。
「うん! お世話になります」
わたしが答えると、男の人は一瞬目を丸くしてから微笑んだ。
「……怖がらないんだ」
「うん。みんなすごいよ」
「いや、そこはもっと怖がろうよ。ぼくとか」
男の人が自分に手をかざす。それを見て、レイさんが頭の後ろで腕を組んだ。
「まーた始まった。そんな怖がられることにこだわらなくってもいいじゃねぇですか」
「いいやこだわるね! ぼくはお前たちの主人だよ? ならぼくが一番恐れられてないと威厳がなくなるだろ」
「威厳ねえ」
「主は怖いですよ。己に威厳があると思い込まれている思考回路ですとか」
「おい!」
ヘレナさんが首を元に戻しながら淡々と言う。わたしも思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「き、きみまで……」
ショックを受けたような顔で男の人がこちらを見る。
「だって……」
さっきまで、自分が誰かもはっきりしなくて、不安に思っていたはずなのに。今は、なんだかおかしい。
「……なんだか、ここで暮らすの、楽しそう」
そう呟くと、男の人はまた笑った。
「でしょ? ここは変なやつばっかりだけど、毎日退屈はしないからね」
「それは確かに」
ヘレナさんが男の人をじっと見ながら頷く。まるでその代表だとでも言わんばかりだ。レイさんも横でうんうんと頷いているけど、男の人は二人を無視している。
「この屋敷では、毎日何かしら起こりますからね」
「そうなんだ?」
ヘレナさんが言うと、男の人がウッとうめいて、遠い目をする。
「まあ、だいたい悪い意味のね……」
「そうなんだ……」
「アクの強いやつらが揃ってるから」
そんなに面白い人たちがたくさんいるのかな?
わたしは改めて、三人を見た。幽霊のレイさん。機械人形のヘレナさん。そして――。
そうだ。まだこの人の名前、教えてもらっていない。
「そういえば、お兄さんのお名前はなんて言うの?」
「……そうだね。まだ自己紹介してなかったね」
わたしが尋ねると、男の人が少しの間固まってから言葉を連ねた。どこか寂しそうな目をしていたように見えたけど、気のせいだろうか。
男の人はわたしの前にしゃがんで、わたしの目線に合わせてくれた。
「ぼくはアレクシス・マクラーレン。この屋敷の主だよ。アレクって呼んで」
「アレクさん……」
口の中で、その名前を小さく繰り返す。
なんだか、名前を知っただけなのに少し嬉しい。
「うん。よろしくね、アレクさん」
「……うん。こちらこそよろしく。ベル」
アレクさんも嬉しそうに笑った。すると、レイさんが横から口を挟んだ。
「よっし。じゃあ、これで全員の自己紹介終わりだな」
「そうですね」
ヘレナさんが頷く。そのとき――。
ぐう。
「あ」
静まりかえった中で、わたしのお腹の音が鳴った。
そういえば、朝ごはんの途中だった。気づけばお腹もぺこぺこだ。ヘレナさんの持ってきてくれたサンドイッチは――。
「……」
さっきの落ちてきた照明の破片が見事に降りかかってしまっていた。ティーポットは幸い倒れていなかったけど、カップの中は破片まみれだ。
「……残念ですが、これは危険ですので流石に食べれませんね」
「うう……」
もったいない。
「しゃーねぇな。おいら、エドナルドにもっかい作り直すように言ってくるよ」
「頼みます」
そう言って、レイさんは壁をすり抜けて行ってしまった。……ああやって移動するの、便利かも。
「私はこの部屋の片付けを」
「ごめん、ぼくもやるよ」
「わたしも!」
手を挙げると、やんわりとヘレナさんに止められた。
「破片が刺さると危険ですから、ベル様はベッドに腰掛けてお待ちください。私は機械ですので平気ですし、主はケガをしようが構いませんから」
「そうだけど言い方」
そう言われてしまうと、手伝いたかったけど仕方ない。大人しく言われた通りベッドに腰掛け、わたしは窓の外を見る。
広い庭。その向こうに広がる森。
まだ何も思い出せない。自分が誰で、どこから来たのか。どうしてここで倒れていたのか。わからないことばかりだ。
だけど――。
「……大丈夫だよ」
「え?」
振り返ると、アレクさんが目を細めてわたしを見ていた。
「大丈夫だよ。不安になんて思わなくていい。……ぼくが一緒にいるから」
優しい口調だった。
なんだか、どこかで同じことを言われたような気がしたけれど――。
やっぱり、思い出すことはできなかった。
「……ありがとう、アレクさん」
「うん」
まだまだわからないことだらけだけど、なんとかなるかな。
わたしはこれから先の、この不思議な屋敷での生活が楽しみになった。




