3.これからよろしく①
壁から男の子の身体が生えていた。
「……」
「……」
黒に近い緑の帽子に外套を羽織り、かっちりした服を着込んだ男の子だった。まるで兵隊さんのような格好だ。
男の子は、きょとんとした顔でわたしを見つめている。
「……わあああ!?」
我に返って、思わず一歩後ずさる。
男の子の身体は、腰から下が壁の向こうに完全に埋まっている。いや、埋まっているというより、壁をすり抜けてこちら側に出ている、といったほうが正しかった。
「え? ああ」
わたしの視線の先を追って、何に驚いたのか気づいたらしい。合点がいったように男の子は自分の身体を見下ろした。
「悪い悪い。そりゃ初めて見りゃあ驚くよなぁ」
そう言って、するりと壁から出てきた男の子の足は、そこになかった。正確には、膝から下の足のある部分が透けて見えなかった。
「お、おばけなの……?」
「あはは! そうそう、おばけって言やぁそうだな。ほら、触ってみ」
恐る恐る聞くと、男の子はカラカラと笑いながら手を差し出してきた。
その手に触れてみようとして……すり抜けた。
すり抜けた手の先が少しひんやりとする。
「わあ……」
「な? どうだい、幽霊に初めて触った感想は?」
「えっと……。新感覚! ……って感じかな?」
それを聞いて、男の子がワハハと笑う。
兵隊さんみたいな格好だけど、なんだか明るい人? みたい。おばけだけど。
「主様、この子――、目覚めたんですね。よかったよかった」
「うん」
うんうんと頷き、男の子がわたしのほうを向く。
「そういや、まだ自己紹介してなかったな」
男の子は、にっと笑った。
「おいらはレイ。よろしくな」
「えっと、うん。わたしはベルだよ。よろしくね」
言って、レイさんは手を差し出してきた。
反射的に握手しようとしてすり抜けた。そうだった。触れないんだ。
レイさんはまた面白そうに笑っている。イタズラ好きな人なのかも。
「ベル、そいつ子どもに見えるけど、死んでから大分経ってるおっさんだからね。気をつけてね」
「そうなの!?」
全然そんな風に見えなかった。
いや、考えてみれば、そう見えないのは当たり前か。幽霊だったら年は取らないもんね。
「主様ほどじゃねぇですよ。主様なんか仙人でしょ」
「おいジジイ呼ばわりすんな」
「してませーん」
「そうですよ。主はジジイではなくおじいちゃんです」
「同じだろうが!」
レイさんとヘレナさんが交互に男の人をからかう。男の人のほうが偉い立場なんだろうけど、三人のやりとりを見ていると、あまりそう感じない。家族とじゃれあっているみたいな、そんな感じがする。
少し安心して、つい笑みがこぼれる。
「待って。きみもぼくのことおじいちゃんだと思わないで。そりゃ生きてる年月数えたらそうだけど、そうじゃないから。ね?」
男の人を笑ったと思われたみたいで、焦ったように言われた。
そういえば、レイさんみたいな幽霊さんもここに住んでいるってことは……。
先ほどの「死なない人が他にもいる」というやりとりを思い出す。
ひょっとすると、もしかして……。
「ここって、おばけの人がたくさん住んでるの?」
「そうだよ。ここはね、人じゃないやつらがたくさん住んでる屋敷なんだ」
「人じゃない……」
「うん」
頷いて、男の人は楽しそうにレイさんを見る。
「改めて、そいつは幽霊のレイ。それから、ヘレナも――」
「私も、少々変わった身体をしております」
「少し?」
男の人の疑問の声を無視して、ヘレナさんは自分の首元に手を添えて回す。
すると、くるりと、ヘレナさんの首が反対側に回った。




