2.目覚めると②
「…………」
部屋が重く静まり返る。
周囲には、砕けた照明の破片が散らばっている。その中心に、男の人が倒れていた。
「……」
「おケガはございませんか、ベル様」
呆然と立ち尽くすわたしの前に、いつの間にかヘレナさんが立っていた。どうやら、わたしに照明の破片が飛び散らないように壁になってくれたらしい。
「わ、わたしは大丈夫だけど……! そ、その人が……!」
「近づいてはいけません。破片が飛び散っておりますから」
「で、でも……!」
我に返って慌てて駆け寄ろうとすると、ヘレナさんに止められた。
そうは言っても、男の人はぴくりとも動かない。頭からは血がどくどくと流れ出ている。
「早く手当てしないと……!」
「問題ございません。恐らく死んでおりますから」
「おそらく!?」
顔から血の気が引く。
どうしよう。わたしをかばったせいでこの人は――。
青ざめるわたしと対照的に、まるでこんなものは見慣れているとでも言わんばかりにヘレナさんは淡々と答える。
「いつものことですので」
「いつものこと!?」
どういうことかと聞こうとしたそのとき、倒れている男の人の指が動いた。
――生きてる!
「ヘレナさん! 手当てを……」
言いかけて、止まる。
男の人から流れ出た血が、逆流していたのだ。
「……えっ?」
男の人の頭部から流れていた血が、そのまま彼の身体へと戻っていく。そして、みるみるうちに頭部の傷が消えていった。
「えっ、えっ、えっ……?」
目の前で起きている光景が信じられず、動けずにいると、傷の治った男の人はゆっくりとその身を起こした。
「……あー、びっくりした。照明割れちゃったなあ。トーマに直してもらわないと」
「また仕事が増えたと泣かれますよ」
何事もなかったかのような声音で話す男の人に、ヘレナさんが呆れ気味に声をかける。
ちょっと待って。頭が追いついていないけど、ひとまずは――。
「……生きてる!?」
「うん?」
改めてよく見ると、ぱっくりと裂けていた頭の傷口から血はもう流れていない。それどころか、傷跡すらなにひとつ残っていなかった。
「……」
どういうことかわからない。目覚めたと思ったのは気のせいで、わたしはまだ夢の中にいるのだろうか。
目を丸くするわたしを見て、男の人はいたずらが成功したかのように嬉しそうに目を細めて言った。
「びっくりした? ぼくはね――」
「主は不老不死の肉体なのです」
「取るなよ! ぼくのセリフを!」
……ふろうふし?
そう言われても頭に入ってこない。ますます混乱しているわたしに、男の人はコホンと咳払いして言い直した。
「ぼくはね、不死身なんだ」
「……ふじみ?」
「そう。不死身」
「……死なないってこと?」
「そう。ま、さっき死んだけどね。ああやってすぐ生き返るから」
だから死なないってこと。と、にこやかに言う。
「……」
なんだかたくさん詳しく聞きたいことがありすぎて、頭が上手く働かない。今のわたしの頭の中は疑問符だらけだ。
自分の記憶すらあやふやなのに、この短い間に次々ととんでもない事柄が頭に入ってきている。追いつかない。
わたしが言葉に迷っていると、男の人は少し真面目な顔をして言った。
「……怖かった?」
それは……。
怖かった。でも……。
「うん……。けど、死んじゃってないか、心配のほうが大きかった」
助けてくれた時の、大きくてあたたかい手を思い出す。
生きててよかった。
そう伝えると男の人は少し驚いた顔をして、顔を覆って――。
「そこは怖がってよ!」
吠えた。
「ええ!?」
なんで!?
「だってさあ! ぼくこの屋敷の主人だよ!? ぼくが一番怖がられて恐れられるべきじゃない!?」
「主は怖いですよ。己が最も怖がられるべきという思想を押し付けてくるところが」
「そういう怖さじゃねえよ!」
ええと。……そんなに怖い人ばっかりいるのかな、このお屋敷って。
戸惑うわたしに、ヘレナさんは優しく声をかけてくれた。
「心配ございません。主はこうですが、少なくとも他の住人はこのようにスプラッタな死に方をするような者は……ございませんとは言いませんが」
「他の人にもいるの!?」
……あれ? それって、他にも死なない人がいるってこと……?
「あの、ヘレナさん、それってどういう……」
「主様ー。巡回の報告なんですがね……」
詳しく聞き返そうとしたそのとき、わたしの後ろから男の子の声が聞こえた。と言っても、わたしの後ろには誰もいない。というか、壁しかない。
……はずだった。
振り向くと、壁から男の子の身体が生えていた。




