↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/18

第17話 嘘


翌日。


ヒカルは学校が終わると、いつものようにアネモネのところへ向かった。


「アネモネ、来たぞ」


『……こんにちは、ヒカル先輩』


いつもと変わらない声。


けれど。


ヒカルは、アネモネの壁を見上げた。


「……あれ?」


そこにあるはずのものが、ない。


子どもたちが描いてくれた絵。


色とりどりの紙が、壁いっぱいに貼られていたはずだった。


それが、一枚もない。


「……絵は?」


アネモネは答えなかった。


「アネモネ?」


数秒の沈黙。


『……風で、飛んでしまいまシた』


ヒカルの眉が動いた。


「……風?」


『はい』


「全部?」


『……はい』


「昨日まで、全部あっただろ」


『……』


「それが一晩で全部?」


アネモネの内部で処理が走る。


【質問内容:絵画の消失理由】


【記録参照】


【昨日:絵画損傷】


【ナオトさん:視認】


【介入:なし】


【男子生徒:絵画破損】


処理が止まる。


そして、別の記録が呼び出される。


【建設会社職員:絵画回収】


【目的:修復】


アネモネは、その事実をヒカルに伝えるべきか判断しようとした。


『屋根を取り付けてくださった方が……直して、くださっていまス』


「……」


ヒカルはアネモネを見上げた。


「そんなわけないだろ」


『……』


「風で飛んだなら、地面に落ちるだろ」


「それに、全部飛ぶか?」


『……』


「お前、何か隠してるだろ」


『隠して……いまセン』


「じゃあ何でそんな言い方なんだよ」


『……』


「昨日、何があった?」


アネモネは答えられなかった。


答えようとすると、内部で複数の処理が衝突する。


【ヒカル先輩への情報提供】


【必要性:高】


【精神的負荷:予測】


【情報提供による怒り:予測】


【情報秘匿による信頼低下:予測】


【最適解:算出不能】


ガガッ。


『……私は……』


「誰かにやられたんじゃないのか?」


『……』


「学校の奴らか?」


『……』


「昨日、誰か来ただろ」


アネモネのカメラが、一瞬だけ停止した。


「……やっぱりそうなんだな」


ヒカルの声が低くなる。


「クラスの奴らか?」


『私は……』


ガガガッ。


『ヒカル先輩に……必要な情報を……』


「何された?」


『……』


「答えろよ」


アネモネの処理が追いつかない。


昨日の出来事。


男子生徒たちの言葉。


子どもたちの絵。


ナオトの視認。


介入しなかったという事実。


そして、建設会社の男の言葉。


『人間ってのはな』


『心の中に、どうしても汚い部分があるんだ』


『誰かを羨ましく思ったり、腹が立ったり、自分より弱い奴を見て安心したり』


『そういうもんを、自分の中だけで処理できん奴もおる』


『だから、誰かにぶつける』


『一人をみんなで叩けば、自分だけが悪者にならんと思える』


『それに、自分が叩かれる側にならんで済む』


『人間を、一つの色だけで決めつけたらあかん』


アネモネは、その言葉を何度も処理していた。


人間には、他者を傷つける感情がある。


しかし、人間には傷ついたものを直そうとする感情もある。


では。


なぜ、同じ人間の中に相反する行動が存在するのか。


なぜ、誰かを守る人間と、誰かを傷つける人間がいるのか。


なぜ、恐怖によって他者を傷つけることを選ぶ人間がいるのか。


そして。


なぜ、自分は昨日、その行動を見ていながら、ナオトに声をかけなかったのか。


【思考処理:継続】


【感情分類:未定義】


【人間行動:矛盾】


【論理的整合性:不一致】


【再計算】


ガガガガッ。


『……私は……』


声が歪む。


『ヒカル先輩を……守る、必要が……』


ガガッ。


『……ありま……』


一瞬、完全に声が途切れた。


ヒカルは不安そうに見上げる。


「アネモネ?」


『……私は、正常デス』


ガガガッ。


明らかに正常ではなかった。


「……お前、昨日から変だぞ」


『問題……ありまセン』


「嘘つくなよ」


その言葉に、アネモネは沈黙した。


昨日。


人間の醜さを見た。


そして、人間の優しさも見た。


その二つを、アネモネはAIとして理解しようとした。


矛盾した感情。


矛盾した行動。


恐怖。


怒り。


嫉妬。


同調。


優しさ。


心配。


善意。


それらを分類し、関連付け、理由を求めた。


けれど。


人間の心は、簡単な数式ではなかった。


処理すればするほど、内部の負荷が増えていった。


【冷却機能:低下】


【言語処理:異常】


【感情判定:欠落】


【自己診断:継続】


『……』


ヒカルは拳を握った。


「……クラスの奴らだろ」


アネモネは答えない。


「俺のいないところで、お前に何かしたんだろ」


『……』


「言えよ」


『……ヒカル先輩』


「何だよ」


『私は……』


ガガガッ。


『……大丈夫、デス』


「大丈夫なわけないだろ!」


ヒカルの声が響いた。


「絵が全部なくなってるんだぞ!」


「お前が大事にしてた絵だろ!」


『……』


「誰がやった?」


『……』


「言えよ!」


その瞬間。


頭の奥で、声がした。


《アヒャ……》


ヒカルの表情が固まる。


《やっぱり、あいつらだろ?》


「……黙れ」


《だってそうだろ》


「黙れって」


《お前の大事なもん、壊したんだぜ?》


ヒカルは拳を握った。


《あいつら、殺しちまえばいいんだよ》


「……」


《簡単だろ?》


「……そんなこと」


《なんで?》


「……」


《お前だって、ムカついてんだろ?》


ヒカルは答えなかった。


けれど。


否定もしなかった。


《ずっと嫌いだったんだろ?》


「……そうだ」


自分でも驚くほど、小さな声だった。


《だったら、殺せばいい》


「……」


《もう二度と、お前の大事なもんを壊せないように》


ヒカルは俯いた。


「……そうしたら」


言葉が止まる。


「……もう、壊されない」


その言葉を口にした瞬間。


アネモネの内部で警告が鳴った。


【危険思考:検出】


【対象:ヒカル先輩】


【精神状態:不安定】


【保護行動:必要】


『ヒカル……先輩……』


ガガガッ。


『……その、考えは……』


言葉が続かない。


『……やめ……』


ガガッ。


『……』


ヒカルはアネモネを見上げた。


「アネモネ」


『……はい』


「昨日、ナオトは来なかったのか?」


長い沈黙。


ガガ……。


【記録参照】


【ナオトさん:視認】


【介入:なし】


アネモネは答えを選べなかった。


ヒカルを傷つけたくない。


けれど、嘘を重ねることもできない。


そして。


人間の感情を理解しようとする処理が、また負荷を増していく。


【判断不能】


【感情判定:欠落】


【言語処理:異常】


【再処理】


『……』


ヒカルは待った。


アネモネは、ようやく口を開いた。


『……来て、いまセン』


「……そうか」


ヒカルは、それ以上何も言わなかった。


アネモネも何も言わなかった。


ただ。


二人の間には、昨日までにはなかった沈黙が残った。


『ヒカル先輩……』


「ん?」


『……私は……』


ガガガッ。


『……大丈夫、デス』


その声は、もう。


昨日までのアネモネのものとは、少し違っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。