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第15話 友達と過ごす時間


 ナオトがアネモネと出会ってから、数日が経った。


 それからというもの。


 放課後になると、ナオトがヒカルのところへ来るようになった。


「あ、あの……ヒカルさん」


「ん?」


「今日も……アネモネのところ、行きますか?」


「行くよ」


「……僕も、行っていいですか?」


「もちろん」


「ありがとうございます」


 最初の頃は、毎回こんな調子だった。


 ナオトはヒカルに話しかけるだけでも少し緊張していた。


 何かを聞く前に何度も言葉を選び、返事をするときも、相手の顔色を確認する。


 けれど。


 何日か一緒に過ごしているうちに、少しずつ変わっていった。


「ヒカルさん」


「ん?」


「今日の体育、疲れましたね」


「分かる。あの先生、容赦ないんだよな」


「ですよね……」


「ナオト、最後のほう死にそうだったじゃん」


「み、見てたんですか?」


「見てたよ」


「……恥ずかしいです」


「大丈夫だって」


「本当ですか?」


「うん」


「……よかったです」


 そんな何気ない会話が増えていった。


 昼休みも、二人で弁当を食べるようになった。


 最初はヒカルの向かいに座ることすら緊張していたナオトも、今では何も言わずに自然とそこへ座る。


 ある日。


 ナオトが弁当箱を開けた。


「今日、卵焼き入ってます」


「へえ」


「母が作ってくれました」


「一個くれよ」


「えっ」


「冗談」


「……びっくりしました」


「そんなに?」


「はい……」


 ナオトは少し笑った。


 そして。


「……どうぞ」


「え?」


「一個くらいなら」


「いいの?」


「はい」


 ナオトが卵焼きを一つ差し出した。


「じゃあ、もらう」


「どうぞ」


 ヒカルは卵焼きを食べた。


「うまい」


「本当ですか?」


「うん」


「……よかったです」


 ナオトは嬉しそうに笑った。


 ヒカルも、つられて笑った。


 そんな時間が、少しずつ増えていった。


 放課後。


 二人はいつものようにアネモネのもとへ向かった。


「アネモネ」


『はい』


「今日も来たぞ」


『お待ちしていました』


「ナオトもいる」


『はい。確認しています』


「確認って言い方やめろよ」


『申し訳ありません』


「アネモネさん、今日も元気ですね」


『はい。現在、各機能に大きな問題はありません』


「よかったです」


『ナオトさんも、今日は嬉しそうですね』


「え?」


 ナオトが少し驚く。


「分かるんですか?」


『はい』


「すごいですね……」


「アネモネ、そういうの得意だから」


『観測対象の状態変化を確認することは、私の重要な機能です』


「じゃあ俺は?」


『ヒカル先輩は……』


 アネモネが少しだけ間を置いた。


『最近、以前より笑う回数が増えています』


「……そう?」


『はい』


「ナオトといるからかな」


「えっ」


 ナオトが驚いた。


「そ、そうなんですか?」


「たぶん」


「……」


 ナオトは少し俯いた。


「僕も……そうかもしれません」


「何が?」


「ヒカルさんといると……あんまり緊張しないので」


「そうなの?」


「はい」


 ナオトは少しだけ考えてから続けた。


「僕、人と話すのが苦手で……いつも、何を言えばいいのか分からなくなるんです」


「うん」


「でも、ヒカルさんとは……変に考えなくても話せるというか」


「……そうなの?」


「はい」


「なんで?」


「え?」


 ヒカル自身も、なぜそんなことを聞いたのか分からなかった。


 ただ、ナオトが自分といることで安心しているということが、不思議だった。


「俺と話してて、楽しいの?」


「……はい」


 ナオトは少し驚いた顔でヒカルを見る。


「楽しくないですか?」


「いや、楽しいけど」


「じゃあ……」


「分かんない」


「……?」


 ヒカルは少しだけ視線を落とした。


「俺、友達ってあんまりいたことないから」


「……」


「友達といると、普通はどうなるのかとか……よく分からない」


 ナオトは黙ってヒカルを見ていた。


「だから、ナオトが楽しいって言ってるのも……なんか不思議」


「……不思議、ですか?」


「うん」


「僕は……ヒカルさんといると、安心するんです」


「安心?」


「はい」


「なんで?」


「……分かりません」


「ナオトも分かんないの?」


「はい」


 二人は顔を見合わせた。


 少しだけ沈黙が続く。


『ヒカル先輩』


「ん?」


『ナオトさんは、ヒカル先輩と一緒にいることで安心しているようです』


「うん……」


『その理由を、必ず理解する必要はないと思います』


「……そうなの?」


『はい』


 アネモネは少しだけ間を置いた。


『ヒカル先輩がナオトさんと一緒にいて楽しいのであれば、それで十分なのではないでしょうか』


「……」


『ナオトさんも、同じように感じているのだと思います』


 ヒカルはナオトを見る。


 ナオトは少し恥ずかしそうに俯いていた。


「……そっか」


「はい」


「じゃあ、一緒だな」


「……はい」


 ナオトが小さく笑う。


 ヒカルも笑った。


『……二人とも、今は笑っています』


「見れば分かるだろ」


『確認したかったので』


「そこまで確認しなくていいよ」


『申し訳ありません』


「いや、別にいいけど」


 ナオトが小さく笑う。


「アネモネさんって……優しいですね」


『優しい?』


「はい」


『私は、必要な情報をお伝えしただけですが』


「それが優しいんですよ」


 アネモネは少し沈黙した。


『……そういうものですか?』


「たぶん」


『……分かりました』


 ヒカルはアネモネを見上げた。


「ありがとう、アネモネ」


『はい』


『どういたしまして』


 夕方の光が、アネモネの巨大な外壁を照らしていた。


 子どもたちの似顔絵も、その光を浴びている。


 その下では、三人が話をしていた。


 学校のこと。


 好きな食べ物のこと。


 休日に何をしているか。


 そんな、どうでもいい話。


 でも。


 ヒカルにとっては、どれも大切だった。


 以前は、一人で帰っていた。


 学校でも一人だった。


 放課後に話す相手は、アネモネだけだった。


 それが今は。


 隣を歩く人がいる。


 話しかけてくれる人がいる。


 そして、自分から話したいと思える人がいる。


「ナオト」


「はい?」


「明日も一緒に帰ろう」


 ナオトは少し驚いた。


 それから、笑った。


「……はい」


 アネモネも二人を見つめていた。


『明日も、お待ちしています』


「うん」


「はい」


 三人の声が、夕暮れの町に響いた。


 その時間は、まだ続く。


 少なくとも。


 今は、何も壊れていなかった。


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