第14話 初めての友達
屋根が取り付けられてから、数日が経った。
アネモネの外壁には、今日も色とりどりの紙が貼られている。
先日の式典で、町の子どもたちから贈られた似顔絵だ。
新しい屋根のおかげで、雨が降っても絵が濡れることはない。
『ヒカル先輩』
「ん?」
『今日も、絵は無事です』
「そりゃよかった」
『はい』
「まだ毎日確認してるの?」
『はい』
「心配性だなあ」
『大切なものですから』
「はいはい」
そんな会話をしてから、ヒカルは学校へ向かった。
最近、学校での時間は以前より少しだけ楽になっていた。
相変わらず、休み時間に誰かと話すことはない。
昼休みも、一人で弁当を食べる。
それでも以前ほど、「ここにいたくない」とは思わなくなっていた。
アネモネがいる。
それだけで、学校が終われば帰る場所があると思えた。
そんなある日の昼休み。
ヒカルが一人で弁当を食べていると、教室の入り口から一人の男子がこちらを見ていた。
同じクラスの少年。
名前は、ナオト。
目が合う。
ナオトは慌てて目を逸らした。
少しして。
またこちらを見る。
目が合う。
また逸らす。
「……?」
ヒカルが首を傾げる。
するとナオトは、意を決したようにこちらへ歩いてきた。
「あ、あの……」
「ん?」
「す、すみません……」
「なんで謝るの?」
「い、いえ……その……」
ナオトは視線を泳がせる。
「……ここ、座っても……いいですか?」
ヒカルは自分の向かいの席を見た。
「いいよ」
「あ、ありがとうございます……」
ナオトは恐る恐る椅子に座った。
それだけなのに、緊張しているのが分かる。
「弁当食べる?」
「は、はい……」
「じゃあ食べよう」
「はい……」
二人で弁当を食べ始める。
しばらく会話はなかった。
ヒカルは気にしなかった。
でも、ナオトは何か話そうとしているらしい。
口を開く。
閉じる。
また開く。
そして、ようやく。
「あの……」
「ん?」
「……ヒカルさんって」
「うん」
「よく、あの塔のところに行ってますよね」
「ああ。アネモネ?」
「は、はい」
「知ってる?」
「知ってます。すごく大きいですよね……」
「うん」
「……あの」
「何?」
「楽しい……ですか?」
「楽しいよ」
ヒカルは即答した。
「アネモネと話すの」
「……そうなんですか」
ナオトは少しだけ笑った。
「……いいですね」
「ナオトも来る?」
「えっ」
ナオトが固まった。
「い、いいんですか?」
「いいよ」
「で、でも……」
「嫌?」
「い、嫌じゃないです!」
ナオトは慌てて首を振った。
「す、すみません……」
「だからなんで謝るんだよ」
「……癖で」
「癖?」
「はい……人と話すと、なんか……緊張してしまって」
「そっか」
「変ですよね……」
「別に」
「……そうですか?」
「うん」
ヒカルは弁当を食べながら言った。
「俺も、人と話すの得意じゃないし」
「……そうなんですか?」
「うん」
「でも……僕より全然、普通に話してます」
「そうかな」
「はい」
ナオトは少し考えてから、小さく笑った。
「……じゃあ、少し安心しました」
「何が?」
「自分だけじゃないんだなって」
ヒカルも笑った。
「そうだな」
昼休みが終わる。
ナオトは立ち上がった。
「あの……」
「ん?」
「……ありがとうございました」
「何が?」
「一緒にお弁当……食べてくれて」
「そんなことでお礼言う?」
「……はい」
「変なの」
「す、すみません……」
「だから謝るなって」
「……はい」
ナオトは小さく笑った。
その日の放課後。
ヒカルはいつものようにアネモネのところへ向かった。
「アネモネ」
『はい』
「今日さ」
『はい』
「友達ができた」
アネモネの返事が、一瞬だけ遅れた。
『……友達』
「うん」
『それは……本日の昼休みに一緒にいた方ですか?』
「なんで知ってるんだよ」
『校内の音声情報から推測しました』
「盗み聞きしてたの?」
『聞こえてきただけです』
「まあいいけど」
ヒカルは笑った。
「ナオトっていうんだ」
『ナオトさん』
「うん」
『……よかったですね』
「うん」
『ヒカル先輩に、友達ができたのですね』
「うん」
アネモネは少しだけ沈黙した。
『……私も、嬉しいです』
「アネモネも?」
『はい』
「そっか」
『はい』
ヒカルはアネモネを見上げた。
「今度、連れてくるよ」
『本当ですか?』
「うん」
『……楽しみです』
「そんなに?」
『はい』
少し間が空く。
『ヒカル先輩の、お友達ですから』
「……そっか」
ヒカルは笑った。
翌日。
放課後の教室で、ナオトがヒカルのところへやってきた。
「あ、あの……ヒカルさん」
「ん?」
「昨日の……アネモネの話なんですけど」
「うん」
「……今日、もしよかったら」
ナオトは一度、言葉を止めた。
手をぎゅっと握る。
「……僕も、行ってみてもいいですか?」
「もちろん」
「ほ、本当ですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
「そんな緊張しなくていいって」
「す、すみません……」
「また謝ってる」
「……すみません」
「それも違う」
「……はい」
二人で学校を出た。
並んで歩く。
ナオトは時々、何か話そうとしていた。
でも、なかなか言葉が出てこない。
ヒカルは無理に話しかけなかった。
しばらく歩くと、遠くに巨大な塔が見えてきた。
ナオトが足を止める。
「……大きい」
「だろ?」
「近くで見ると……本当に大きいですね」
「アネモネ」
『はい』
アネモネの声が響いた。
ヒカルは笑った。
「俺の友達」
ナオトは少し慌てた。
「え、あ……」
『……』
「ほら、挨拶して」
「は、はい」
ナオトはアネモネを見上げた。
「……は、初めまして。ナオトです」
『初めまして、ナオトさん』
「は、はい……」
『あなたが、ヒカル先輩のお友達ですね』
「……はい」
『……嬉しいです』
ナオトが少し驚いた顔をする。
「……僕も、です」
『そうですか?』
「はい……」
ナオトは小さく笑った。
「僕、友達って……あんまり、いなかったので」
ヒカルがナオトを見る。
ナオトは少し恥ずかしそうに俯いた。
「だから……その……」
「うん」
「よろしくお願いします」
『はい』
アネモネが答える。
『こちらこそ、よろしくお願いします』
夕暮れの町に、三人の声が重なった。
人間が二人。
そして、一つの巨大な塔。
ヒカルは、ふと思った。
自分の世界は、少しずつ広がっている。
ずっと一人だった自分の隣に。
一人、増えた。
それだけのことなのに。
帰り道は、いつもより少しだけ短く感じた。




