異様な二人
「あ。エトさんがコルネル村を出たみたいだ!」
「嘘っ? 早くない?」
「ふむ。どうやら急いでいるようだね。何処に向かっているか分かるかい? トウヤ君」
「いやー、流石にまだ分かんない。方角的にはサーデラント国、レインダース皇国、ステアリング新王国、イシュタル法国···。あ、その前に狂惑の森もあるね」
クオリオーネ王国を出て一日と少し。トウヤ達『クリスマスローズ』は未だリーブル近郊の街道を歩んでいた。ここからコルネル村まではまだ数日-と言ったところである。
「サキ君、確か転移系のスキルを持ってなかったかい?」
「ふえ? ううん。私が持ってるのは『置換反転』っていうスキルだよ? 目で見えるモノの位置を変えたりするものだから、転移では無いの」
「そうそれ! だからね? それでサキ君が見ることの出来る一番遠いものと僕達を入れ替えるのさ!」
「い、いや···。ローレット? 流石にそれは現実的じゃないし、サキの魔力が持たないって」
うーん。ダメか。-そう呟き、歩みを進めながらローレットは思考する。どれだけ急ごうとも、こちらとあちらのスタート地点間が詰められなければ永遠に追いつく事が出来ない。
もしかすれば、休まず歩みを止めなければ近づけるかもしれないが、それでも追いつくには程遠いだろう。
-と、その時だった···。
「っと。ようやく転移出来たな。やはりあの〝アビスの悪魔〟を倒さねば大陸間の転移は出来ないらしい」
「いやー、ありゃヤバいね。あんなのが奈落の峡谷に居たとは······。二人でなんとか止められたけど、一歩間違えれば二人ともあの世行きだったぞ。···ん? つーことは、東方大陸と北方大陸間の悪魔は誰かが倒したってことか?」
「あぁ。だろうな。でなければこの北方大陸には転移出来なかっただろうから」
突如として現れた二人の存在にトウヤ達は息を飲む。そんな中、シルフィーは体を小刻みに震わせている。
「······シルフィー君? 大丈夫かい?」
「ロ、ローレットさん······だ、ダメです。あの女性······魔力のオーラの桁が···違い過ぎますっ」
「······『魔力視』を使ったんだね。数値に出来るかい?」
「で、出来ません。······わ、分かりません。と···とにかく···だ、ダメで······うっ-」
大瀑布のように襲いかかる魔力のオーラに耐えられず、シルフィーはその場で吐き気を催す。それが何を意味しているのか、ローレット含め全員が理解出来た。
ローレットはシルフィーの背を撫でながら、ゆっくりと状況を把握していく。流石は最年長である。その落ち着きようでトウヤとサキも下手に動こうとはしていない。
「······トウヤ君、サキ君。落ち着いているね。偉いよ。とにかく相手の出方を見よう。幸い向こうに殺意は無いようだから、落ち着いて対処すれば大丈夫」
「お、おう······」
「はい···」
「ちなみにトウヤ君? あの女性と例の彼なら、どっちが恐ろしいのかな?」
「エトさんと······。ヤバさっていうか、存在感でいったら同じ感じ。でも、異様さなら断然エトさんだね······」
「·········なるほど。肝に銘じておこう」
未だ警戒を続けるトウヤ達『クリスマスローズ』。そんな彼らの存在に気が付いた女性は、すぐに現状況を理解した。
「ん? 冒険者か。すまない、驚かせてしまったね」
「ただの冒険者? ······そうだな。〝そういうことにしておく〟か。いやー、悪いね! うちのお嬢様が驚かせちゃったみたいで。許してくれねーかな? 俺達に敵意は全く無いんだよ」
「大丈夫。こちらもそちらに危害を加える気は無いからね」
「そーかい! そりゃあ良かった。······ところで少年。さっきから何のスキルを使ってんだ?」
「えっ!?」
相手に敵意は無かった。ローレットのおかげで話も丸く収まりかけていた。
が、女性と同行していた和服姿の男性はトウヤを指差し、何かしらのスキルの使用を疑った。しかし、それはおおよそただの人間の所業では無かった。
魔法は魔素の乱れや流れで発動兆候が読み取れる者もいる。だが、スキルは別だ。明らかな予備動作やスキル発動時の魔力解放などが無ければ読み取る事なんて出来ない。
シルフィーのように『魔力視』などの魔力が見える力を持っていたのなら魔力の乱れで分かるかもしれないが···。
「こ、これは-」
「いやいや、お気に触ったのなら申し訳ない。この子のこれは定期的なものでね。僕達は今、人探しをしているんだ。その為のスキル行使だよ」
ローレットのおかげで、この事が大事になることは無かった。とはいえ、実際の所は目の前の二人の名前を探っていた訳で。トウヤは罪悪感で押し潰されそうになっている。
「ふむ。人探しか。私達と同じだな」
「お、同じ···なんですか?」
「あぁ。そうだとも。私達も人を探していてね」
「にしても、人探しの為の定期的なスキル行使ってのがよく分からないんだけど。探知系のスキルか?」
「ま、まぁそんな感じかな?」
あははは-と、苦笑うトウヤ。彼自身、自分の持つスキルが相当に危ないものだということを理解している。このエルモアという広大な世界の中、名前を知るだけで特定の存在の位置情報を得られるのだ。
これ程までに危険かつ稀有なスキルをそうおいそれと口にする訳にはいかない。
「あ、あの!」
そんな微妙な空気の中、サキが恐る恐る手の平を挙げた。
「ん? なんだい?」
「今のって転移ですか?」
「あぁ。そうだよ。エクストラスキルの『瞬間移動』だ。見るのは初めてなのか?」
「は、はい! 凄いですね!」
「はははっ。ありがとう。あ、そうだ。キミ達が良ければ、お互いに協力する-というのはどうだろう?」
「え?」
始まった-そう和服姿の男ランスロットは呟く。どうやらエイルという女性は相手が誰だろうと、使えるものは使う-という思考の持ち主らしい。
これまでにもそういった場面や行動を起こしているようで、呆れた様子でエイルを眺めている。
「転移で驚く-という事は、そちらには転移系のスキルを持つ者が居ないのだろう? だから、私がキミ達を目的地まで『瞬間移動』で運ぼう。その代わりに、私達に少年の探知系のスキルを利用させて欲しいんだ」
「ほ、本当ですか!?」
「ちょ、サキストップ!」
「うぉとと? どうしたのトウヤ?」
これはチャンス! -とばかりにサキは瞳を輝かせる。が、それにトウヤは待ったをかけた。
確かにエイルの申し出はこちらとしても願ったり叶ったりではある。何せ相当の時間を短縮出来るのだ。しかし、それは同時にトウヤのスキルの詳細を教えてしまう事になってしまう。
これはそう簡単に決めていい要件では無い-そう判断したのだ。
「サキ。人探しが全部、善意のものとは限らないんだぜ? もし、この人達に情報を渡す事で何か不幸な結末を生んだとして、それを俺達が抱えきれんのかな? 教えなきゃ良かったって思うんじゃないのか? 赤の他人だからとか、知らない場所での出来事だからって、割り切る事···俺達に出来んのかな?」
「そ······それは······」
「そうじゃなくても、俺のスキルは違う意味でヤバいんだ。この世界全土で、特定の人物の居場所をリアルタイムで特定出来る-なんて、使い方によっちゃ相当危険だからな。警戒されるかもしれないし」
「······そうだね。サキ君、トウヤ君の言う通りだ。彼のスキルは容易に明かしていいものじゃない。ただまぁ、正直に明かさなければいいって話でもあるんだけどね?」
トウヤの危惧は最もである。しかし、それはあくまで馬鹿正直にスキルの詳細を語ったら-という話だ。そう言い、クスッと微笑みを見せたローレットは得意のポーカーフェイスで、彼女の提案を受け入れる事を伝えた。
「エイルさん? だったかな? あなたの提案は、こちらとしてもありがたいよ。ただ、お二人は探知系のスキルや魔法の発動条件をご存知なのかな?」
「そりゃあ、スキルや魔法にもよるだろ? まぁ大体は探す対象者の魔力に反応させるってのが定石だろうが、中には対象者の容姿や名前なんかの情報を魔法式に組み込まないといけないってのもあるって聞くぜ?」
「流石は博識だね! その通り。ただ、前者ならその魔力反応が対象者かどうかの判断は、会ってみないと分からない。既知の中なら別だがね。逆に後者なら、それなりの情報が無いとそもそも魔法が発動出来ない。つまり、探知系のスキルや魔法と言っても、特定の存在を探す-という事に関してはそんなに万能じゃないわけだね」
「うむ。なるほどな。理解したよ」
「それは良かった。それで、うちのトウヤ君のスキルなんだけど、彼の探知系スキルはさっきの説明で言う所の前者にあたるんだ。正確には対象者の魔力の残滓を追うことで対象者を見つける-というものだね。ただ、彼のスキルは探索範囲こそ広いけど、正確な位置や詳細までは分からない。まぁ、魔力の残滓を追ってるんだから、後手後手に回るのは当然なんだけど」
「······なるほどな。それで定期的なスキルの使用って訳か」
「そういうことだね。探し人の足跡を追っているようなものだから。足跡が消えていないか、確認し続けないと追うことは出来ない」
「「············」」
なんともまぁ、よく回る口である。ローレットは疑う余地すらない程自然に落ち着いて言葉を紡いでいる。それが全くの〝デタラメ〟だということはトウヤもサキもすぐに分かった。
分かったのだが、こうも淡々と自然に語られては開いた口が塞がらない-というものだ。まるでそれが本当の事のように錯覚してしまう。
「つまるところ、僕達は僕達の探し人の魔力情報を知っているからこそ、追うことが出来ているんだ。魔力情報の無い状態での探索は、出来なくは無いだろうけど正直難しいと思うよ? ······そうだね。例えば魔力量が分かれば、それに該当する存在を探す事は出来るんじゃないかな?」
「え? あ、うん。で、出来るよ!」
ちょ! いきなりこっちに振らないでっ!!?
急に話を振られたトウヤはぎこちない応え方をしてしまった事を恥じんでいる。
「む。魔力量···か。ランスロット、彼の魔力量はどのくらいだと思う?」
「は? 知らないよ、んな事。ただ······まぁ、そうだな、とりあえずエイルと〝同等量〟でいいんじゃない? お前が興味持つくらいだし」
「そうだな。では少年、トウヤと言ったな?」
「お、おう!」
「探索対象の魔力量だが、【500,000】以上で頼む」
「「「ッッッ!!!?」」」
その瞬間、トウヤとサキとローレットの表情が崩れた。当然だ。そんな馬鹿げた魔力量なんて聞いたことが無い。ましてや、和服姿の男ランスロットは、彼女と同等量で-などと言っていた。
つまり、目の前の女性は魔力量が少なくとも【500,000】はあるという事になる。
一方、三人の背後ではシルフィーが何処か納得しているような表情を浮かべている。先程の『魔力視』で、シルフィーは彼女のオーラを実際に見ている。唐突に押し寄せた強烈な吐き気はその魔力量故だと思えば納得-というものなのだろう。
「え? あ······は!?」
「む? なんだ、出来ないのか?」
「いやいやいや! で、出来ないとかじゃなくて! え!? お、お姉さん······魔力量···そんなに?」
「まぁ、正確にはまだ〝上〟だがな」
「ったく。エイルって、妙なところで意地張るよな? 心配しなくったってお前の方が強いって」
「う、うるさいな! ···で? 探索は可能か?」
この時、トウヤ達に拒否権は無くなっていた。いくらなんでも、こんな〝バケモノ〟と対峙する訳にはいかない。それはローレットも同じだった。先程までのポーカーフェイスが崩れ始めている。心に余裕が無くなっているのだ······。
「ト、トウヤ君······。名前を聞くかい?」
「い、いや。魔力量でも検索は出来る···から、だ···大丈夫」
「了解だ。···コホン。お待たせして申し訳ない。可能のようだよ? 今からスキルを使ってもらうけど、問題は無いかな?」
「あぁ。問題ない」
エイルの応えにコクっと頷いたローレットはトウヤの肩をポンポン-と優しく叩く。
「······始めるね。ふぅ······。『世界地図』発動···」
検索項目を魔力量に設定。魔力量入力、検索開始·········。検索終了、検索結果―――ッ!!!?
「······ト、トウヤ君? ど、どうしたんだい?」
突然として表情の青ざめるトウヤに、ローレットは堪らず声をかけた。するとトウヤは顔を引き攣らせながら震える口でゆっくりと答えた-。
「ロ、ローレット···。す、すげーよ。魔力量が【500,000】超えてる奴、この世界に〝十一人〟もいるよ······」
「な、なんだって!? ······ト、トウヤ君? それは全員、人間···かい?」
「い、いや。限定検索はしてないから、他の種族もいると···思う」
っていうか、このランスロットって人〝も〟その内の一人なんだけど······。
「反応が示す場所は分かるかい?」
「う、うん。反応はこの場に二つ、北方大陸の魔法学園周辺に一つ、シレア帝国に一つ、オーリア山脈に一つ、東方大陸のシュゲル山脈に二つ、西方大陸のステアリング新王国に一つ、コルネル村周辺に二つ、南方大陸のペンドラー王国に一つ······だね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あのランスロットという男もかい? ······それに、山脈は他種族だろうから分かるが、帝国や王国に···だって!? 加えて-」
「コルネル村周辺······だろ? 多分だけどこれ······エトさんじゃないかな。俺、エトさんがそんなぶっ飛んだ存在って言われても納得出来るもん」
「こ、これは······。ちょっと不味いね。他言出来ない内容だ。全く······どうしたものかな」
ただの人探しが、とんだ副産物を生んでしまったことに絶望すら感じているローレット。帝国や王国に高位の魔獣や他種族がいる訳が無い。つまり、そこに居るのは人外的な人間-ということになる。
人間が太刀打ち出来ない存在-上位者。古い文献や伝承でしか聞き知り得ないそんな存在が、このエルモアにこんなにも存在している。
これはこの世界を揺るがす程の内容だ。自分達が知り得るには大き過ぎる。抱えきれるキャパシティを超えてしまっている。それを実感したローレットは、思考を必死に巡らせ、どうするのが最善かを判断しようとしていた。
「流石に時間がかかるようだ。ランスロット、ティータイムにしよう」
「いや、悠長かよ!? ティータイムって。それ準備するの誰だと思ってるわけ!?」
「ふふっ。ありがとう」
「おう! なんだで準備しちゃってる俺だよ! 最近ちょっと慣れてきて茶葉とか香りとかこだわり始めてブレンドとかしちゃってる俺だよ!! 畜生めッ!!」
ローレットが脳をフル回転させている間、トウヤもまたパニックに陥っている。二人が普段と明らかに違う事から、シルフィーとサキにも動揺の色が拡がっている。
一方、エイルとランスロットはその場に腰掛け、どこからともなく取り出したティーセットでティータイムを始める。
「それにしても、あちらは何やら不穏な空気だな」
「そりゃあ、エイルが馬鹿げた魔力量を言い放ったからな」
「ちょっと待て。あれは貴様がそう言えと」
「違う違う。別に攻めてるわけじゃない。ただ、普通の人間にとってはその魔力量は規格外なんだよ。前に言っただろ? 常識はちゃんと弁えとけって」
「ん? いや、その前に貴様が言ったのではないか? 常識なんて偏見の塊-だと。それに固執していては頂きは目指せない-と」
「あー······いや、言ったけどな? 言ったけども。·········言っちまってるな···うん。こりゃ、育て方を間違えたか···?」
「む。よく分からない奴だな」
紅茶をすすりながらなんとも呑気なものである。そんな和やかな空気も、ほのかに香る紅茶の匂いもトウヤ達には届かない-。
「·········ダメだ。打開策が思い浮かばない。適当に言って彼女達から恨みでも買った日には······」
「うっ···。確かに······。んじゃあ名前を聞くか?」
「このタイミングでかい? なら、最初から聞けばいいと言われかねない。それに僕の言ったデタラメも崩されかねない」
「あ、あの······」
ローレットとトウヤが頭を抱える中、シルフィーが静かに歩み寄って来た。何やら提案があるらしい-そう理解したローレットは彼女を輪の中に招いた。
「なんだいシルフィー君?」
「少し気が引けるのですが、エト様に助けて頂きませんか?」
「え?」
「また彼かい? ······すまない、シルフィー君。よく分からないのだが?」
「す、すみません。えっと、状況的にあのお二人は魔力量が【500,000】以上の存在をお探しなんですよね? それで、エト様もその対象者···もしくはその対象者の近くにおられるのですよね? でしたら、そのコルネル村周辺の存在をあのお二人に教えて差し上げて、彼女の『瞬間移動』でその場に向かいましょう。あのお二人が何者を探しておられるのかは分かりませんが、こちらとしては嘘はついていませんので、責められる事は無いかと······。後は······」
「エトさんにどうにかしてもらうって??」
「······はい」
「シルフィー······。意外と腹黒いって言うか、たまに無茶苦茶な事言うよね」
「うぅ···。す、すみません······」
申し訳なさそうに頭を下げるシルフィー。自分達に頭を下げているのか、それとも迷惑をかけるエトに対して謝っているのか······。
ともかく、どうやらそれしか無い-そう判断したローレットは大きく深呼吸をしてティータイム中のエイル達に歩み寄った-。
「再三にわたってお待たせして申し訳ない。場所が特定出来たようだ」
「おお。そうか、待った甲斐があったな」
「悪いね。呑気に茶なんて飲んじゃって」
「いや、構わないさ」
「それで? 場所はどの辺りなんだ?」
「西方大陸の北西辺りだね。一番近いのはコルネルという小さな村のようだ」
「うむ。コルネル村······。確か一度寄ったことがあった気がするな。分かった、すぐに向かうとしよう」
「んで? キミらの目的地は? 元々そこまで運ぶって交換条件だったろ?」
「あぁ。僕達も西方大陸なんだ。そこからはまた地道に魔力の残滓を辿っていくよ」
「そうか。では出発するが、準備はいいか?」
エイルのその言葉にローレットは頷く。その背にはトウヤ達が何時でも行ける-と準備を整えていた。
「うむ。準備が早いことはいい事だ。ならば行こう、目的地はコルネル村付近だな。行くぞ-っ!」
「あっ!! ちょ、エイル! 大陸を転移系で渡る為にはアビスの悪魔を倒さないと行け-」
刹那、エイルとランスロット、そしてエイルに掴まったトウヤ達はその場から姿を消した-。




