『愛を知ったセティ』
遥か昔の物語。
とある世界のとある大陸に小さな小さな、本当に小さな村がありました。村の名前は『セティ』。
神々がこの地上に住んでいた太古の時代、この小さな村に住んでいたとされる心優しい男神セティの名を由来に持つその村には、神セティを信仰する習慣がありました。
『我らが地を守りし偉大なるセティに永遠の祈りを。生きとし生けるものに心からの感謝を。変わらぬ平和を願います。信仰心を忘れること無く、祈りを欠かすこと無く、全ては我らが神のお導きなりて』
定刻の祈りは欠かすべからず。神に反することなかれ。-それがこの村の掟でした。
ある日、いつものように祈りを終えたとある村娘は不思議な体験をしました。
祈りを終え、ゆっくりと視線を天へと向けると、優しくも穏やかな温もりが彼女の頬を撫でていったのです。
「······え? 今の···何?」
当然、彼女の前には何もありません。しかし、彼女はその頬に確かな温もりを感じていました。そっと手を添えられたような感覚-それは少しくすぐったくて不思議なものでした。
それ以来、彼女は度々同じような体験をしました。決まって祈りを終えた時に、その温もりは彼女の頬に触れていく。さながら何かに愛でられているような···。
そして-。
そんな不思議な体験を幾度となく繰り返していくうち、とうとう彼女は『その存在』を認識するまでになっていました。
「あ······。あ、あなたは······誰?」
【そうか。ようやく魔力が馴染んで来たんだね? 僕が見えるのかい?】
その言葉に彼女はゆっくりと頷く。彼女は確かにその存在を認識していました。白髪のスラリとした細身の青年。上半身にまとわりつく光沢のある布は、まるで生きているかのように、風もないのに揺らめいている。
神々しい-。
神々しくも美しい。中性的な容姿が彼女の心を強引に引き寄せる。不思議と彼女は無意識にその手を彼の胸に添えていました。
「っきやぁ!? す、すみません! 私ったら!」
無自覚な自身の行いが恥ずかしかった彼女は、顔を真っ赤に染め上げ、深々と謝罪の意を示しました。そんな彼女に優しく微笑む青年は、ゆっくりと彼女の頬に手を添え、穏やかな表情を見せました。
それは『大丈夫。気にしていないよ』-そう言っているような、何もかもを包み込む太陽のような笑顔でした。
【自己紹介が遅れたね。あ、驚かないでね? 僕の名前はセティ。キミ達が神と崇めるセティだよ】
「あ······。は、はい。初めまして」
彼女に驚きは無かった······筈もありません。驚きを通り越してしまったのです。
それが可笑しかったのか、神セティは盛大に高笑いをしました。
【ぷっはははは! うん、初めまして。お嬢さん】
「はっ! す、すみません! 私はエウリと申します! 十六歳です!」
【ご丁寧にありがとう、エウリ。こうして顔を合わせる事が出来たのは、キミが心の底から祈りを捧げてくれたからだよ? 僕達神はキミ達とは少し違ってね、現世に姿を現す事が容易じゃないんだ。でもね? キミが懸命に祈りを捧げてくれたから、僕はキミに歩み寄ることが出来たんだ】
「は、はい···」
彼女はセティの言葉を上手く理解出来ませんでした。セティは続けてこう言いました。『キミの頬に触れる度に少しずつ魔力というものを流し込んでいた』-と。それにより、彼女はセティを認識する事が出来たのです。
「な、なるほど? え、えっと······。それで、セティ様? 私はどうすれば···?」
目の前に神が姿を現す。これが何を意味しているのか、彼女は彼女なりに考えました。遠い国では『神託』という言葉があります。神が現れ、導きを指し示す。これが俗に言う『神託』であり、彼女は自身が何かしらの導きを示されるのだと考えたのです。
【え? あぁ、違うよ。僕はそんな事の為にキミに歩み寄ったんじゃないんだ】
「そ、そうなんですか? それじゃあ、どうして···ですか?」
【うん。単刀直入に言わせてもらうね。エウリ、僕に愛を教えてくれないかな?】
「···············はい?」
それは本当に意味のわからない要求でした。
【人は人を愛して心を育むんだ。そして愛する者同士が愛を育み、絆を深め、証を産む。そして世界を作り上げていく。素晴らしいとは思わない? 美しいとは思わない? こんなにも壮大な事象を人々は生み出しているんだ】
「は、はぁ···。えっと···、でも私···まだその···恋愛とかに縁が無くって。愛を教えて欲しいと言われても···困る······というか」
【あー、ごめんね? 言い方が悪かったね。教えて欲しいと言うのは何もキミが僕に-という訳じゃないんだ】
「え? そ、それじゃあどうやって-」
【エウリ。僕と一緒に愛を育んでくれないかな? 僕はキミを心から愛そう。だから、キミも良ければ僕を愛して欲しい。僕達二人で愛を学んでいこう】
セティのその言葉はエウリの心を射抜くには充分なものでした―――。
愛を学んでいこう-。そう誓い合ったセティとエウリは初々しくもぎこちなく、それでも懸命に愛を育んでいきました。
時には喧嘩し、笑い合い、涙を流し、体に触れ、重なり合う。心が通じていく感覚が何とも心地よく、これが幸せというものなのだと二人は学んでいきました。
「セティ? 神様と愛し合った人ってどうなるの?」
愛を育んでいく中、エウリはそんな疑問をセティに問いかけました。人と神は相容れない。知ってはいても、触れずにいた現実を彼女は唐突にセティに突きつけました。
【······どうなる···んだろうね。人と神が愛し合った例は過去に無いからね。正直僕にも分からない。でも、きっと大丈夫さ。僕はキミを愛している。言葉だけじゃない。表面的なものじゃない。ただの形じゃない。僕の魂がキミを愛している。だからきっと大丈夫】
「···うん。私も、あなたといると心が温かいの。魂とか、そういうのは正直よく分からないけど、それでもこの想いは本物で、あなたの全てが愛おしいの。私はあなたとならどんな結末でも笑顔で受け入れられるよ」
【······やっぱりキミを選んで良かった。見つけて良かった。···ありがとう】
「えへへ。こちらこそ···だよ」
夜空の月が二人を祝福する。こんな時間がいつまでも続けばいいのに-そう思い合う二人。
しかし、世界はそんな二人を祝福などしませんでした。
「エウリ・ラーリアを火刑に処す!!」
「己が欲望の為に神セティの子をその身に宿した忌まわしき悪魔め!!」
【待て!! 待ってくれっ!!! やめてくれ!! 頼む! 頼むから彼女だけはやめてくれぇぇ!!!!】
無情にもセティの声は誰にも届きません。誰もセティの存在を知り得ないのだから。
村の者達に『神託』が告げられました。
『エウリ・ラーリアは悪しき魔力を宿し、強引に神セティとの接触を図り、その身に神セティの子を身篭った悪魔だ』-と。
これは明らかなデタラメでした。しかし、彼女は否定をしませんでした。出来ようものがありません。愛するセティとの子を身篭った事を嘘だと、偽りだと、それが悪しき事なのだと、そんな事を彼女が自ら言える訳がありませんでした。
「最後に悪しき悪魔よ! 言い残す事は無いか!」
そしてエウリは微笑みながら弱々しく囁きました。
「···セティ。この子···ね? 名前······決めたの···。『エウラリア』···よ。きっと···この子は、人と···神を······繋いで···くれる···から······。だから、お願い······。この子は···守って······あげて···? 愛して···あげて······。セティ···愛してるわ」
【っ······必ず···!! エウリ! 僕も···僕もキミを···!!!】
「今度は······天国で······愛し合い···ましょ」
そして、エウリは業火に包まれた。
【ぅぅおああああああああああああ······!!!】
業火の中、セティの嘆きが響き渡る。愛を求めた神は愛を知ったが故に最愛の者との別れを知った―――。




