和解と小さな幸せ
驚異的なスピードでその巨腕は空を覆う巨剣を消し去っていく。
『侵喰腐灰』···。触れたもの全てを侵し喰らい、腐らせ、灰と化していく。それはまるで異形の右腕が絶望を喰らい尽くしていくようだ。
「ぬぉっ!!? キッつい······!」
一体どれ程の荷重がエトを襲っているのか、地面は既に原型を留めてはいない。エトとニーズヘッグを中心に広がるクレーターがその規格外な破壊力を物語っている-。
「きょ、強烈ね···! あとどのくらい残ってるわけ!?」
「わっ···かんねえよ! ここからじゃ客観的に全体が見えないんだから!!」
その大きさ故に、二人の視界に映るのは何もかもが真っ黒な世界。どのくらい消し去ったのか、あとどのくらいこの剣が残っているのか、彼らには全く知り得ることが出来ないのだ。
心が折れそうなニーズヘッグと全身の痛みに耐えるエト。最早、気合いで持ち堪えている状態だ。少しでも気を緩めれば押し潰されてしまう-そんなギリギリの状況でエトはクスッと微笑みを浮かべた-。
「くっ···くははは!」
「ちょ! 何!? ちょっと! どうして笑ってるわけ!?」
「い、いやぁーさ? なん······て言うか、本当に···っとと。ありがとな!」
「え······?」
「お。ちょっと慣れて来たかも」
ありがとう? 急にどうしたの? -突然の言葉にニーズヘッグは目を見開く。一体何に対しての感謝なのか、こんな状況で彼は何故こんなにも楽しそうなのか。
そんな疑問が彼女の頭に浮かび上がる中、全身の激痛に慣れて来た-と呟くエトはそのまま言葉を続けた。
「きっとエト・リエルって奴はさ、多分一人じゃ生きていけないんだ。見栄張って、プライド持って、意地張って、一人でなんでもしようって······。それが全部間違いだとは思わねえよ? 俺の根は多分、自己中心的で傲慢で自己犠牲の塊なんだと思うから。でも、そんな馬鹿な奴に寄り添ってくれんのは、同じ馬鹿な奴だけなんだろうな。······ニール、お前のおかげで分かったよ。こんな俺を大切だって思ってくれる存在が、俺にとっていかに大事なもんかって。だから······ありがとうだ」
「······エト」
「お互い様だよ? エト君!!!」
「うぉ!? なっ······アヤ!!?」
「エト様! お久しぶりですわ!」
「ア、アリアまで!!?」
ありがとう-そう想いを告げ、言葉を紡いだエトが振り返ると、そこにはニーズヘッグと共にアヤとアリアがエトの背を必死に支えていた。
「重っ!! ······っしょ! えっとね? 私だってね? きっと一人じゃ生きていけない。プライドだって高いし、嫉妬深さなら誰にも負けない自信だってあるよ? 大切なものを失いたくないから、自分の気持ちを押し付けちゃう事だって······。エト君は私にとって一番大切なものなの。だから傷ついて欲しくなかったし、居なくなって欲しくなかった······。ね? 私だって傲慢で自己中心的なんだよ?? ······あの時はごめんね。エト君の······エト君の全部を否定するような事···言っちゃったよね···。でもね? これだけは分かって? 大切なものだからこそ、伝えなきゃいけない事だってあると思うの! ぶつからなきゃいけない事だってあると思うの!」
「ふふふっ。ですわね。······エト様? つまるところ、わたくし達も馬鹿な奴-ということですの!」
「二人共·········」
-パリンッ·········
刹那、アディーロの放った絶望は粉々に砕け散っていった-。
その瞬間、暗転した世界は一変し、鮮やかな青空が広がる。差し込む陽の光がエト達を優しく包み込んでいく。
「っと。大丈夫? エト」
「ん······ああ。大丈夫だよ」
気が抜けたのか、一気に押し寄せた脱力感と疲労感で足元をフラつかせるエトをニーズヘッグがそっと支える。スキルを解いたことで、エトの体は『超即再生』によって瞬く間に再生されていく。
その様子を見ていたアヤとアリアは安堵の表情を浮かべている。
「······その···。俺も悪かったよ。なんて言うか、俺はどうも心が不安定······らしくてさ」
「うん」
「俺の意思とは別に暗闇に堕ちるって言うか······どうでも良くなるって言うか······っ-」
何を語ろうとしているのか、何を伝えようとしているのか、未だ整理の着いていないエトをアヤはそっと抱き寄せた。
「大丈夫······。大丈夫だよ? 今はちゃんと理解してるから······。何があってもエト君の傍に居るから。大丈夫······大丈夫······」
「っ-? エト······様?」
「え······あれ、俺-」
耳元で呟かれた言葉。アヤのその包み込むような言葉はエトの心に深く染み込んでいく······。と、同時に仮面が外れ、露になったエトの瞳からはスーッと涙が流れ出ていた。
それは初めて彼女達の前で見せた涙だった-。
「ん!」
「······え?」
何はともあれ、アディーロを退け、絶望も消し去ったエト達はこれからの話をしようとしていた-のだが、アヤが唐突に両手を広げ始めた。
「仲直りのハグ···しよ?」
「······俺、きっとまたアヤを傷付けるかもしれないよ?」
「そうかもね。でも、その時は今度こそ私がエト君の事、支えるもん!」
「強引に突き放すかもしれないよ?」
「ぜーったい離れないもん!」
「·········相変わらず頑固だね」
「えへへ〜っ。おかえり、エト君!」
「うん。ただいま、アヤ」
そして、ぎゅーっと抱き合う二人。この一ヶ月半を埋めるようにお互いの想いを確かめ合うよう、強く強く抱きしめ合う。そんな二人を優しく見つめるアリアとニーズヘッグ。
ここにエトとアヤ達の和解は叶った-。
「さてと。とりあえず、全員集めて今後の方針を固めよっか」
「そうね。そろそろラグ達も着く頃だろうし。それと、はい。仮面」
「あ、うん。ありがと」
「エト様? ラグ···と仰る方は一体どなたですの?」
「あー、この一ヶ月で身内が増えたんだ。また後で紹介するね」
「はいですわ!」
「なんだろう···。また驚かされる気がする······」
と、そんな中、エト達の前に魔法学園の学園長であるアリスタシアがゆっくりと歩み寄り、深々と頭を下げた。
「この度は我が魔法学園を救って下さり、本当にありがとうございました」
「学園長!」
忘れてた! -と言わんばかりにアヤはあたふたと動揺を見せる。今更だが、アヤは仮面をつけたエトの事をノーフェイスではなく、エトと呼び、エトとして接していた。それがどういう事を意味しているのかは誰でも分かる事だろう。
「が、学園長! こ、これはその······」
「アヤ先生。それ以上を語る必要はありませんよ。我々は仮面の竜使い『ノーフェイス』に救われた-それでいいではありませんか。ノーフェイス殿もそれでよろしいでしょう?」
「ああ。ただ、アリスタシア学園長。あなたにお願いがあるんです」
「はい、結構ですよ」
「実は·········え?」
待て待て。俺はまだ何も言ってないんだけど?
「いや、学園長? 俺はまだ何も言ってないんですけど······」
「そうですね。何も伺ってません。しかし、大体の事情は把握出来ましたよ。うふふ。これでもこの学園の学園長ですからね? あー、でもその前に。ちゃんと後処理をしてからにして下さいね?」
そう言ってアリスタシアは彼女の背後で瞳を輝かせているシルビアとクロナに視線を移す。後処理-つまり、彼女達をどうにかしてから-ということらしい。
というか、この感じ······。
「······学園長、いつからですか?」
「え? エト君? どういうこと?」
「ふふふっ。そうですね、〝初めから〟···でしょうか?」
「······なるほど。まぁとにかく今日は失礼します。あいつらの事は責任もって対処しますので」
「はい。よろしくお願いしますね」
何が何やら分からない。エトとアリスタシアの中で何かが繰り広げられたようだったが、それを理解出来た者はいなかった。
「って事で、俺とアヤとアリアは後処理含めてまだやる事があるから、ニールはみんなを集めといてくれる?」
「了解よ。あ、それとエト?」
「何?」
「あの学園長とかいうの、気をつけなさい。隠しているようだけど、存在圧が〝バケモノ級〟よ。それこそ私が出会った中でダントツに······ね」
「だろうね。さっきのやり取りで色々と分かったから。とにかくそっちは任せたよ?」
「色々と···ね。了解よっ」
ニールを見送った俺達は未だ上の空で惚けているシルビアとクロナの元に向かう。
ニールの言う通り、アリスタシアは底が知れない。これだけの戦闘があったというのにシルビアとクロナ以外の学園関係者が誰一人として居ない。もっと野次馬が集まっていたとしてもおかしくは無い筈だ。
つまり、あの戦闘を〝丸ごと〟包み込み、隠していた存在がいるのだ。当然、アリスタシアだろう。
天変地異とも言えそうな、あの戦闘を完璧に隠蔽出来るとしたら、それはもう至高の力にも等しい。
それにさっきの会話······。どうやら彼女には最初からアヤの『記憶操作』が〝効いていなかった〟らしい。まぁ俺の考えを読み取れる程の存在だ。ただの学園長では無いことは間違いないだろう。
「はぁ···。これはそっとしておいた方がよさそうだね」
「エト君?」
「ううん。なんでもないよ。それよりも、シルビア達の対処とカナ······だね。カナの気配が寮に無いみたいだけど居ないのかな?」
そう。戦闘中はアディーロや彼女の置き土産の事で頭が一杯で気付かなかったが、どうやら寮にカナは居ないようなのだ。
「カナちゃんね······。学園に来なくなったのは一ヶ月半前。エト君が出ていっちゃったすぐ後···かな。それから誰も顔を見てないの」
「正直なところ、どう接していいのか分からなかった-というのが本音ですわね」
「······そっか。ここに居ないって事は、実家に帰ってるのかもしれないね。カナにも謝らないとな······」
「そうだね。大丈夫、きっとカナちゃんなら分かってくれるよ?」
「うん。だといいな」
まぁとにかく、これで残りの問題はこの尊敬の眼差し···? いや、好奇心の眼差し···? とりあえずそんな感じで瞳を輝かせているシルビアとクロナだ。
多分···というか絶対俺の正体はバレているのだろう。ある意味、アリスタシアよりもよっぽど厄介だ······。
「えーっと······久しぶりだね二人と-もゴォッ!!?」
挨拶を遮られ、俺は二人に飛びつかれた-。
「ちょっと!! ほんっっっとにエトなのね!! すーっごいじゃない! さっきから胸の辺りがドキドキしてしょうがないの! 初めて見たわよ!? あんな魔法もエトの存在感っていうか、とにかくもうホント凄いわ!!!」
「ん! クロナの目に狂いは無かった! エト君は凄いと思ってた! ······むふふ。本当にちょー凄い!」
「えと······二人共? 分かったから、ちょっと落ち着いて? というか、離れてくれない?」
なんだろう···。二人の視線が尊敬を通り越して崇拝の眼差しに思えてならない···。
「······この子達、まるで神にでも会ったような目ですわね」
「あ···ははは。まぁ、あんな非現実的戦闘を見ちゃうとね······」
アリアとアヤも呆れた様子だ。一方のシルビアとクロナは何故か俺の目の前で頬を赤く染め上げながら地べたに正座をしている。
······分からない。全くもって二人の行動の意図が分からない。
「ちょ、二人共?」
「············」
「············」
ポーっと尚も俺を見つめ続けるシルビア達。
「はぁ······。いい加減、話を聞いてくれる?」
「ほぇ? ······あ! うん!! いや、はい!!!」
「ん! なんでも聞く!!」
なんなんだ一体······。
これは自分よりも遥かに高位の存在に対する態度なのか、シルビアもクロナもなんと言うか、めちゃくちゃ必死だ。意識とは別に本能的に動いているような-。
「二人共、俺との約束···守れる?」
「約束?」
「ん、難しいこと?」
約束-と言っても俺達の事を他言しないというものだ。難しいことじゃない。ただ、それが無理だと言うのならアヤの『記憶操作』で記憶をいじってやる他ない。
ただ、この二人には極力強引な手段は使いたくないのだ。
「難しいことじゃないよ。今日見た事、それと俺達のことを他言しないで欲しいんだ。見てたのなら分かるよね? 俺の力は学生の域を超えてる。それどころか大陸規模を消滅させる力を持ってるんだ。さっきまで居たニールだってそう。アイツは元竜王のニーズヘッグ。名前くらいは聞いた事あるよね? それとアヤはここに来る前から俺の仲間だ。ここの教員よりも強いと思う」
「······なるほどね。いやぁ、流石にさっきのを見ちゃうと、嘘みたいな話でもそれが本当なんだって理解しちゃうわね」
「ん。ドラゴンなんて初めて見た!」
「もし、守れないっていうのなら二人の記憶を-?」
二人の記憶を操作する-そう言おうとした瞬間、シルビアは俺の顔に右手を突き出した。
「馬鹿にしないで。エトは大事な友達よ。嘘だろうがなんだろうが信じてやるし、約束だっていうなら絶対守ってやるわよ! ね? クロナ!」
「ん。私とシルビアは親友。エト君と私も親友。親友は絶対裏切らない。ん!」
そう言ってクロナは小さな親指を突き立てる。二人の表情と決意は俺の心をそっと温める。
「どお? ちょっといい事言ったでしょ! えっへへ! 惚れたっていいわよ? なーんてね!」
「ん。今なら二人一緒に娶れる」
「ちょ、クロナ!? 冗談のつもりだったんだけど!?」
なんともまぁ、平和だ。シルビアとクロナのおかげで俺達は自然と笑顔になる。
イルミ、もしかしたら俺は今···幸せなのかもしれないよ。だってそうだろ? こんなにも俺の事を想ってくれる奴らがいるんだから······。
二人のじゃれた姿を見つめ、アヤとアリアの笑顔が俺を包む。
まだまだ俺にはやる事がある。もしかしたら今日以上の戦いやアディーロ以上の敵が現れるかもしれない。辛い思いや別れがあるのかもしれない。
それでも今はただ、この小さな幸せを感じていよう-そう思った·········。
次回、新章『勇者と古代竜編』スタートです!




