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NEW MYTHOLOGY  作者: 宗緋色
復讐者の迷走編
59/71

再会の折


 「ッ? お師匠?」

 

 今まさにロア王国の名の由来である、巨大な城壁へと歩みを進めようとしたミーアは、目の前に出されたイルミンスールの腕でその足を止めた。隣のルカも不思議そうな表情で二人を見つめている。

 微かに震えているようにも見える彼女の腕が何かを物語っているのは明らかだった。偉大な師匠が震える程の何かが起こった-という事をミーアは直ぐに理解した。

 

 「······お師匠、敵···ですか?」

 

 などと言いながら、ミーアはゆっくりと体勢を立て直す。これも修行の成果なのかもしれない。ほんの二ヶ月前なら「どうしたんですか!?」-と、プチパニックに陥っていたであろう。

 そんなミーアにイルミンスールは少しだが微笑み、真っ直ぐ城門を見つめながら答えた。

 

 「さてね。ただ、空気が変わった気がするわ」

 

 完璧な『魔力操作』での魔力隠蔽。何者かは知らないけど、賞賛せざるを得ないわね。でも、私の勘は騙せない。とてつもなく大きな力が近づいて来てる······。

 

 ミーアの前に上げられていた腕がゆっくりと振り下ろされる。その瞬間、その男は城門の上部に姿を現した。

 漆黒のローブを身にまとい、白と黒の斑模様が風になびく。しゃがみ込みながら仮面を左手で押さえ、真っ直ぐこちらを見つめているように見える。

 その異様な存在にミーアは堪らず後退り、ルカは一切の隙を捨てた。

 

 「イルミ様、もしやあの者が···例の?」

 「·········」

 「イ、イルミ様?」

 

 珍しく-というよりも、ルカにとっては〝初めて〟だろう。目の前に立つイルミンスールの額から流れ落ちる汗。そして見開いた瞳。それは圧倒的とまで思えるイルミンスールが仮面の男に〝恐怖〟している様だった-。

 

 「冗談···でしょ」

 

 眼前にそびえる城門の上部から見下す仮面の男。それは大陸中でその名を轟かせている『ノーフェイス』であった。それは彼女も直ぐに把握出来たが、それ以上にその存在感は規格外であった。

 イルミンスールの『魔眼』ですら、その正体を暴く事が出来ない。つまり、彼女よりもあの男は〝強い〟···という事なのだ。

 

 仮面の竜使い『ノーフェイス』-それはきっとエトだと確信に近い推測を立てていた。しかし、その存在を目視した瞬間、そんな確信めいた推測は呆気なく粉々に砕かれていった-。

 

 「ルカ、今すぐにミーアを連れて飛びなさい。何処でもいいからっ」

 

 仮面の男に悟られないよう、小さくも力強くイルミンスールはルカに呼びかける。その手に持った『転移結晶』が、事の重要性を物語っているのは明白である。

 

 「お、お師匠!! そ···そんな事、出来ません!!」

 「言うことを聞いてッ!!!」

 「-ッ!?」

 

 自分の師匠であり、エトの師匠でもある彼女一人を置いては行けない-そんなミーアにイルミンスールは〝必死に〟訴えかける。それは今までに見たことの無い、聞いたことの無い表情と声色。ミーアは堪らず瞳に涙を浮かべ始める。

 

 「いい? 貴方達を失ったりしたら、あの子に顔向け出来ないの。分かるわよね? あれには私でも多分〝勝てない〟。悔しいけどね······。それでも時間は稼ぐから。逃げ延びたら当分は樹海を出てはダメよ。あそこの黒点ならルカは不死身だから、ミーアを必ず守れる。······いいわね?」

 

 その言葉はまるで〝別れの言葉〟のようだった。

 

 俯く二人の背を押す。-が、ルカが唇を噛み締めた瞬間、ミーアは涙を拭い、あろうことかイルミンスールに背を見せた。それはつまり、イルミンスールよりも前に出たという事だった-。

 

 「お師匠、きっと今私は馬鹿な事をしているのかもしれません。でも、だとしても、お師匠もエト様にとって大切な存在です。それに戦う前に諦めるなんてお師匠らしくないじゃあないですか。ねっ? ルカ様」

 「そうですね。吾輩もそのご命令には従えません。例えここでこの命、尽き果てようとも吾輩はお二人をお守り致します」

 「あー、ルカ様? 例えでも負けをイメージしちゃダメですよ! 確かに勝つのは無理かもですけど、絶対に逃げ切れます! だって-」

 「『契約送還』はダメですよ?」

 「うぬッ!?」

 「バレバレです」

 

 目を見開くイルミンスールを他所に、ルカとミーアは緊張感の欠けらも無い会話を続けている。しかし、そんな彼女達の表情は奇跡を起こしそうな程に輝いていた。呆れつつも、逞しく凛々しくなった二人を見つめる。

 すると、不思議とイルミンスールの震えは収まっていた。

 

 「ったく。ほんっとに使えない子達ね」

 

 ミーアとルカの頭に手を添えながら、二人の前に立つイルミンスールに二人は視線を合わせ、満面の笑みを浮かべた。

 

 「今更です!!」

 「ですね」

 

 本当に困った子-そう呟きながら、イルミンスールは両腕を大きく左右に広げる。

 

 「ルカ、貴方はありったけの魔力を練りなさい。それから『纏雷』状態でミーアのサポート。ミーアはタイミングを見計らって『一撃必殺』。私はこれから最大威力で魔法を放つわ。きっと奴は回避してこっちに来るはず。その瞬間『魔装』で抑え込むから、そこを狙いなさい。チャンスは一度。貴方の『一撃必殺』は本物よ。樹海で私の〝両腕を吹き飛ばした〟んだから。自信を持ちなさい! いいわね!?」

 「ガッテンです!! ぶっ飛ばしてやるです!」

 「ミーア殿、サポートはお任せを!」

 

 作戦は決まった。未だ見下ろし続けている仮面の男に視線を移し、大きく深呼吸した瞬間、イルミンスールは大きく開いていた両手を胸元でバチンッ-と打ち付けた-。

 

 「ざっけんじゃ無いわよ。ぽっと出の奴に私の決意を壊されて溜まるかっての!!」

 

 まるで昔に戻ったかのように、口調を荒らげるイルミンスールに後ろの二人は口をポカン-と開いている。

 こんな所で彼女は負ける訳にはいかない。エトの為に最強であり続けると決めたのだ。そして今、後ろの二人を必ず守り抜くと決めたのだ。

 過去の決意とこの決意を胸に、イルミンスールの魔法が眼前の仮面の男に向けて放たれる-。

 

 「複合属性魔法-『氷天大槍(ゲイボルグ)』ッ!!!」

 

 刹那、イルミンスールの掲げる右手の上空に巨大な氷の大槍がその姿を現す。あまりにも美しいその輝きにミーアとルカは思わず見蕩れてしまっている。

 

 「光速の槍を避けれるものなら避けてみろ!!」

 

 -ブォッッ!!!

 

 勢いよく振り下ろされる右手に合わせ、氷の大槍は流星の如く、一瞬にして仮面の男の頭部を目掛けて解き放たれた-。

 

 「来るわよ! 二人とも!!」

 「「はい!!」」

 

 右拳を左手で抱え込むように構えるミーアと、『纏雷』によって雷を纏ったルカが声を重ね合わせる。

 

 

 

 -しかし。

 

 

 「流石に凄いな。ここまで魔法に魔力が込められるなんて。ただ、まぁ······イルミはやっぱり近接戦闘向きだよ。『魔力操作』解除。全魔力······解放」

 

 -ゴゴゴゴゴォッッ!!!

 

 「「「ッ!!!?」」」

 

 それはまるで悪夢。この時、イルミンスールはそう感じていた。これはきっと何かの間違いで、見間違いで、まだ覚めない夢の中の出来事。そんな風にしか受け止め切れなかった。

 彼女が放った最大威力の魔法は仮面の男の身体に触れる寸前で粉々に砕け散っていく。と、同時に仮面の男がゆっくりと立ち上がった瞬間、世界全体が巨大な何かに押し潰されている-そう感じざるを得ない程の魔力圧が三人を容赦なく襲った。

 吐き気、目眩、恐怖、諦念、絶望感······。感じた感覚や感情は数え切れやしない。最早、何が何やら分からない。思考が、理解が一切追い付かない。

 

 地面に這いつくばった三人を他所に、仮面の男は瞬間移動の如く、イルミンスールの傍に歩み寄り、その腰を下ろしてみせる。

 

 「お······お師···匠···!」

 「わ、吾輩が······魔力圧で動けない······とは」

 

 神獣であり、思念体のような存在であるルカにとって、魔力圧というのはむしろ褒美でしかない。黒点がいい例である。しかし、過度な魔力圧の中ではその範疇では無い。ルカの許容量を超える魔力量での魔力圧はエネルギー源から強力な拘束術へと変わってしまうのだ。

 それ程までの魔力を向けられた-という事に、彼は一切の抵抗が出来ずにいる。

 

 「き、貴様······」

 「ごめんね。いじめ過ぎたかな?」

 「ッ!!?」

 

 その瞬間、規格外な魔力圧は一瞬にして消え去った。と同時にイルミンスールは直ぐに上体を持ち上げ、仮面の男の頭部を〝殴りつけた〟。

 

 -ボコッ!!

 

 「おうッ···。あーあ、相当怖がらせちゃった?」

 

 まるで首振り人形のように、グラングラン-と頭部を揺らしながら、仮面の男は右手で仮面を外して微笑みかける。

 その瞬間、イルミンスールはぷくーっ-と頬を膨らませながら涙を浮かべ始める。それはこの世でエトにしか見せない彼女の素の表情だった-。

 

 「うぅぅぅ······エトのばかぁぁ〜!!」

 

 子供のように泣きじゃくりながらエトの懐をポカポカ-と叩きつける彼女の頭を優しく撫でる。そんな中、今までの恐怖や絶望感なんて吹き飛んでしまったルカとミーアは、これでもかと言うくらいに満面の笑みを浮かべている。

 当然だろう。忠誠を誓った大切な主であり、愛しさと恋心を向ける大事な存在であるエトと久々の再会が出来たのだ。嬉しくないわけが無い。

 堪らず二人はイルミンスールを巻き込みながらエトの懐に飛び込む。勢いに圧倒され、倒れ込むエトも久々の再会を溜め息混じりに堪能しているようだった-。

 

 

 

 

 数分後-。

 

 「で? 一体全体、何がどうなってそうなったの?」

 「お師匠、可愛い······」

 

 ロア王国の城門隅で腰を落とし、地面に座り込む俺にイルミが甘えるように寄り添いしがみついている。そんな光景が新鮮だったのか、ミーアはついつい本音を漏らしている。まぁ確かに可愛い。

 旅立つ前から『エトはまだまだ強くなる』-そうは言っていたが、まさかここまでになるとはイルミですら予想出来なかったのだろう。

 そんな彼女の問いに俺は左手で自分の髪を触りながら答えてみせた。

 

 「一ヶ月くらい前、俺は魔力もスキルも加護も、何もかもを失ったんだよ」

 

 案の定、その言葉に三人は言葉を失った。俺の事を幼い頃から見ていたイルミは三人の中で一際表情を崩している。

 魔力やスキル等の力は、俺にとって生きる支えの一つなのだ。それが失われた-となれば、当時の俺がどれ程までに不安定な状態に陥ったかなんて、師匠であり母親代わりである彼女には、その場に居なくたって手に取るように分かるみたいだ。

 

 「それで···?」

 

 それでも尚、抗い足掻き、自分でも不安定だと自覚する程の精神状態で何とか今に至る-。そうイルミの追求に詳細を交えて俺は事情を説明し終えた。

 

 「······そう。まぁでも、戻って来れたのね」

 「そうなの···かな」

 

 まさか俺がそんな事になっていたなんて、想像もしていなかったであろうミーアとルカ。彼らはそんな状況にある俺を傍で支えてあげられなかった-その事をただただ後悔しているように見える。別に彼らが後悔するような事でもないだろうに······。

 

 「エト様? じゃあ······アヤさんは?」

 

 先程の詳細を聞く限り、話の中からアヤの名は出て来なかった。いや、出さなかった。つまり、アヤはまだ魔法学園にいる-ミーアはそう考えたのだ。

 

 「魔法学園にいるはずだけど」

 

 まるで他人行儀······自分でもそう思った。クリムゾンの件からずっと一緒にいたアヤの事を迎えに行こうともしない。そういう意味では、俺は本当の意味で戻って来れていないのかもしれない。

 

 「そう···ですか。でも、エト様! 本当に凄かったです!!」

 「そうですね。吾輩、幾年ぶりに鳥肌というものが立ちました。今や主に敵う者などいません!」

 

 空気を読んだのだろう。二人は話を切り替え、話題を逸らしてくれた。とはいえ、何度も言ってきたとは思うが、俺よりも強い奴くらいこの世界には必ずいる。実際、俺の力を封じる奴や、ラグのような特異者だって既に出会っている。アディーロなる者も一筋縄じゃいかないかもしれない。

 

 -と、そんな事よりも、何故イルミ達がこの場に居るのかが不思議だった俺は話を再度切り替えた。

 

 「それより、なんでイルミ達がここに?」

 「西方大陸のロア王国が大陸連盟に救援要請を出したって話を聞いてね。もしかして-と思ったの」

 

 あー······なるほど。

 

 視線をイルミから逸らせた俺は顔を少しだがしかめた。いや、別に不快に思った訳では無い。が、救援要請の理由が俺なのでは-と思われてしまう程に、相当問題児なのだと自覚したのだ。

 

 「そっか。まぁこの通り、原因は俺じゃない」

 「そのようね。で? 救援要請の理由って何?」

 

 そう問いながら彼女は俺からゆっくりと離れ、姿勢を正す。目の前のミーアも、その隣のルカも気になっている様子だ。俺を囲むような形で真面目な表情を浮かべている。

 とは言っても、ロア王国が救援要請を出していた-なんて知らなかった俺は推測でしか話が出来ない。その旨を伝えると、三人は黙って首を縦に振った。

 

 「まぁ推測って言っても、多分これが理由だろうけど-」

 

 そして告げた。アディーロ・フロディアーデという輩が大陸各地を攻め、何かを成そうとしていること。更に大陸外、つまりこの世界にとどまらず精霊界や魔界にも進軍をしている事。

 目的を成すために必要なのか、それ自体が目的そのものなのかは分からないが【天上門の鍵】というモノを探している事。

 

 「なるほど。ということは、樹海のあれもその進軍とやらだったわけね」

 

 どうやらイルミ曰く、樹海にも同じように一万程の混成部隊が攻めて来たらしい。フィーの言っていた情報通り。まぁ案の定、その連中共はイルミが瞬殺したらしい。俺の予想通り、全く心配は要らなかった-ということだ。

 

 「それで?」

 

 これからどうするの? -と続けたイルミ。片っ端から連中を根絶やしにするのは容易だが、流石に範囲が広過ぎる。相当面倒だ。

 邪魔立てされた上に面倒事を自ら選ぶ程、俺は物好きじゃない。まっぴら御免である。となると、おのずと答えは導き出される。

 

 「アディーロって奴を見つけて消す」

 

 そう呟くと、ミーアは素早く敬礼して見せた。なんだかニコニコしているような気がするのだが······。

 

 「OKよ。それじゃあまず、そこで隠れてる子に大陸連盟へ言伝をさせようかしら。連中なら何か掴んでるかもしれないし」

 

 ギロッ-と城門に視線を向けたイルミの眼力に驚いたのか、聞き耳を立てていた事がバレて驚いたのかは分からないが、ビクッ!! -と体を震わせたラナンキュラスが申し訳無さそうにペコペコと頭を下げながら現れた。

 俺に頼んだものの、やはり気になった-という所だろう。尾行されているのは分かっていた。

 

 「あ、ああ。私で良ければ協力させていただ-」

 「いや、その必要は無いよ。俺には協力者が居るからね。アディーロの居場所も直に分かる」

 「あらそう。なら〝要らない〟わね」

 

 バレてしまってはしょうがない! ここは私が! -と歩み寄って来たラナンキュラスを俺は必要無いと切り捨てた。その言葉にイルミも容赦無く追い打ちをかける。

 

 「ちょ!? エ······コホンッ。ノーフェイス殿!? ここは新しい仲間が増える的な展開ではないのだろうか!?」

 「え······。何言ってるんですか? この人。頭大丈夫です?」

 「ぐはぁっっ」

 「ミ、ミーア殿······」

 

 何やら一人で茶番劇を始めた彼女はさて置き。俺はフィーを呼ぶ事にした。当然、フィーとの遠距離連絡手段は無いが、アイオーンが見ているのなら彼女経由で呼び出す事が出来るはずだ。

 予想通り、俺がフィーの名を呼ぶと颯爽と彼女は俺達の前に姿を現した。中々に便利なものである。

 

 「フィー、この三人は俺の仲間だ。知ってるかもしれないけどね」

 【はい。存じております。わたくし、ただ今ノーフェイス様のお側役としてご同行させて頂いております、ディープ・フィールドと申します】

 「あら。綺麗な子ね。よろしく。こっちの自己紹介は省いていいのよね?」

 【はい。問題ございません】

 

 イルミがあっさり受け入れた事で、ルカとミーアは揃って頭を下げた。あのイルミが試す事も無く、俺の側役という彼女を認めたのだ。意外···というか、予想外だったのだろう。

 

 「それより、今彼女、貴方のことをノーフェイスって呼んだようだけど、今はその方が都合がいいの?」

 「まあね」

 

 当初、魔法学園に攻める際の素性隠しの為だけに、ニールが用意してくれたものだったが、ここまで仮面の男の存在が広まった今では余計に素性を隠さなければならなくなってしまっている。素性がバレれば、必ず厄介な事になるのは明白だ。

 まぁ、後ろでぶっ倒れているラナンキュラスには既にバレているのだが······。

 

 「うーん·········面倒ね」

 

 言っちゃった···。

 

 俺もそう思いつつも堪えていたと言うのに、イルミはあっさりと言ってしまった。

 

 「まぁ、今から頭をフードなんかで覆ったところでもう遅いし、いっその事毛を染める···とか?」

 「なるほど! 確か、洋服とかに使われてる着色材って一般的に入手可能ですよね?」

 「ふむ。主の髪色ですか。吾輩、主のお美しい瞳と同じ淡い青色が宜しいかと!」

 「青色ですかー? 私的にエト様は赤っぽい色が似合うと思います!」

 「いやいや、エトくんはやっぱりシックな灰色じゃないかな?」

 

 何やら人の髪色で好き勝手に〝四人〟が盛り上がっている。

 

 

 

 ······ちょっと待て。

 

 「団長さん? どうして混じってるの?」

 「ギクッ!」

 

 いや、ギクッ! -じゃねえし。

 

 イルミですら気付かない程に溶け込んでいたラナンキュラスが冷や汗を流しながらこちらに視線を向ける。というか、人の事を親しげな感じで呼んでいるのも癪に障る。

 

 「ご退場···っと」

 「きゃうん!!」

 

 そんな彼女の首根っこを掴んで城門前へと投げ飛ばす。頭から地面に突っ込む-という残念な姿でいるが、その場の誰も一切触れようとはしなかった。

 

 その後もラナンキュラスを放置したまま話は進み、結局髪の色の話はどこかへ消えていった。まぁこの場に限っては隠す必要も無いだろう-という雰囲気のようだ。

 

 「ん? ルカ、どうしたの? もしかして、あの団長って子に惚れたのかしら?」

 「おぉ! ルカ様が恋路を!」

 

 今も尚、頭を引き抜こうと尻を振っているラナンキュラスを見つめながらルカが心ここに在らず-といった表情をしている。······いやいや、ルカは神獣だ。恋心なんてものは持ち合わせてなどいない。むしろそこまで興味が無いはずだ。

 なんて思いつつも、どうしたのか-とルカに問いかけるとルカは腕を組みながら答えてみせた。

 

 「いえ、当然恋心というものは全くもってありませんが、吾輩······あの方を〝知っている〟ような」

 「なんだよ、過去に喧嘩でも売られたのか?」

 「いえいえ。吾輩、記憶力はいい方ですが、そういった事で覚えがあるわけではありません。声も姿も今日が初めて······の筈なのですが」

 

 なんだか煮え切らない。だったらなんだと言うのだろうか。そこまで気にする事でもない気もするが、ルカの知り合いという事ならば今後の接し方も考慮してやらなければならない気もする。

 ルカの知り合い、もしくは友というのであれば、それなりの待遇をするのはやぶさかでない。

 

 「直接聞いてみたら? まぁ、知り合いだったとして貴方が問うまで向こうから声をかけなかったのはどうかと思うけど」

 

 うん。確かにその通りだ。···が、ルカがルカとなってこの姿を成しているのは俺の命令によるものだ。神獣としての姿や名前を記憶として留めているのであれば、パッと見で分からないのも当然と言える。

 

 「俺と出会う前に出会ってるんなら分からないのもしょうがないかもね。ルカの名前も容姿も俺が変えちゃってるから」

 「しかし···。当時の主以外に親しかった者など、皆目見当もつかないのですが······。ましてあの者は人間。やはり気のせい···でしょうか」

 

 いや、知らんがな。

 

 「まぁ、そのうち分かるんじゃない? そこまで長くここに居るつもりも無いけど」

 「そうですね。申し訳ございません、吾輩事にお時間を割いてしまい」

 「いいよ別に」

 

 なんだかよく分からないが、一段落した-と思った矢先、フィーが俺の腕を掴み取った。相当焦っているように見える。

 

 「っと。フィー? どうしたの?」

 【エ······ノー······】

 「いや、もうどっちでもいいから」

 【も、申し訳ございません。ではエト様、たった今精霊界にアディーロ・フロディアーデが現れました!】

 「え!? 精霊界!?」

 

 フィーが焦っていたのは、どうやら件の元凶であるアディーロ・フロディアーデが現れた-という知らせを受けた為だった。とはいえ、まさか精霊界に現れるとは思わなかった。俺の予想は外れてしまったらしい。

 

 詳細を聞くと、ニールが念話で言っていたラグの戦闘中にヤオの体から姿を現した-という。ヤオに擬態、又は分身していたと言うよりは、憑依や霊障といった類いのものらしく、ラグと戦っていた相手と精霊界から姿を消したようだ。

 

 「フィーって子について、いろいろとツッコミたいけどそれどころじゃないみたいね」

 「ああ。精霊界から姿を消したって事は、人間界に来る可能性が高いな。問題はどこに現れるかだけど」

 

 予想が外れた-と思ったが、多分精霊界に行ったのはそのラグの相手を拾っただけのようだ。つまり、やはり俺の予想は当たっているのかもしれない。

 

 「イルミ、もしアディーロって奴とぶつかったら、俺に-」

 「いいわよ。ミーアとルカの事なら私が必ず守るから」

 

 俺の言葉を遮り、イルミは微笑みかけた。ニールといいイルミといい、この不思議な感覚は何なのだろうか。全てを託してくれる、信頼してくれている、俺の背を押してくれている···。それがとても嬉しくて、ありがたくて、安心出来る。

 傍から見れば、俺はきっと自意識過剰で自己中心的で傲慢で強欲で······。自分本位だと思われるのだろう。それは自覚している。でも、それでも最近気付いたのだが、俺は多分、そういう〝存在〟なのだと思う。

 天命や使命-なんて大それた事じゃ無いのだろうが、それが叶わない時、俺は〝崩れ始める〟らしい。

 

 「っ。イルミ?」

 

 考え込む俺の背をイルミは優しい瞳で見つめながら叩いた。たったそれだけで想いの全てが伝わって来る。

 

 「さっ。準備準備。いつでもぶっ飛ばせるようにしとかないとね!」

 

 その言葉に俺は微笑んだ。なんだか久しぶりに心の底から穏やかな笑顔が出せた気がする。やっぱりイルミは俺にとって特別な存在なのだろう。きっと-。

 

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