圧倒的な師匠
精霊界での進軍直後、東方大陸にある魔邪の樹海にも進軍は開始されていた。
なんて事は露知らず、ミーアとルカはおろか、イルミンスールですら気付かずに彼らは修行に明け暮れていた。
「ミーア、調子はどう?」
修行を初めてから二ヶ月と一週間。昼間の修行内容である私との実戦で相当の実力を付けつつあった。実力だけでは無く、雰囲気まで大人っぽくなったように見える。
いや、精神年齢が成長しただけだが。
「はい! 調子は絶好調です! これもルカ様とお師匠様のおかげです!」
「ご謙遜を。吾輩こそミーア殿のおかげで幾分と力を手に入れましたよ」
そう。夜間の修行であるミーアとルカの実戦訓練、その成果は目を見張るものがある。限定真祖化をした状態に限って、彼女は神獣であるルカと同等、互角の勝負を繰り広げるまでに至っている。
本当に成長期というのは末恐ろしい。まるで幼い頃のエトを見ているようだ。まぁ彼程の成長速度ではもちろんないのだが、それでも相当早い。これが吸血鬼という種族の特徴であるなら、相当に厄介な種族だ。
「おかげ···ね。勘違いしてはダメよ。それは貴方自身の実力。貴方がやろうとしたからこその結果なの。ルカの言うように謙遜する必要なんてないわ」
なんて言ってみると、ミーアは口をポカンと開けたまま固まってしまった。
酷い顔。なんて表情をしているのかしら。······あら?
「お師匠様からの甘々なアメを頂きましたですー! テンション上がってきたぁぁぁ!!!」
「え? あ、いや······ちょっと?」
ミーアは私の言葉なんてそっちのけで全力疾走で駆け出して行った。たまに激励してやるとこれである。もしかしたら、このポジティブ思考が急成長という結果に繋がっているのかもしれない。
「はぁ。あの子ったら」
「ははは。イルミ様もミーア殿の扱いが苦手なようですね」
「うるさいわね。あんな子、制御出来るのなんてこの世にエトくらいのものよ」
そう呟きながら、ふとエトのことを思い出す。ルカ曰く、どうやら彼とのリンクは切れてしまっているらしい。それを聞いたのはほんの最近の話である。
当然、不安や心配はあったが、相手はエトだ。ルカを落ち着かせるのにもそう時間は掛からなかった。そしてミーアとルカが買い出しから帰って来た時に貰ってきたという、この大陸伝書。
「仮面の竜使い『ノーフェイス』······ね」
「一体、何者なのでしょうか?」
「······さあね」
ルカには分からないのだろうが、私は記事を見た瞬間に直ぐにこれがエトだと言うことに気付いた。髪色や雰囲気は変わっているように見えるが、竜王ニーズヘッグを従える-という文に確信を持った。
彼は竜王の血族であるファーヴニルを倒している。ならば、その姉であるニーズヘッグとも接点はある筈なのだ。
まぁそんな事は無理矢理付け足した理由なんだけどね。
正直な所、ただの勘である。ただ、魔法学園を襲った理由についてはさっぱり分からなかった。余程腹立たしい事があったのか、はたまた誰か一人を殺す為に魔法学園そのものを崩壊させようとしたのか。
まぁどちらにしても私の心配は当たってしまった-という事なのだが······。
「多分あの馬鹿ったら、また無茶苦茶してるんでしょうね」
はぁ···-と大きく溜め息が出てしまう。どうして毎度毎度、そういう状況の時に私は彼の傍にいてあげられていないのだろうか。彼が頼る相手、縋る相手を間違えれば彼の運命が大きく狂ってしまうというのに-。
「ねえルカ? 貴方、昨日も街に出たのよね?」
「はい。買い出しの為に。それが何か?」
「何か噂とか無かったの? このノーフェイスの事とか」
「そうですね。ノーフェイスの事は一躍有名人-といった具合で誰しもがその名を口にしていましたね。それ以外ですと、関係は無いと思いますが、西方大陸の城塞国家ロア王国が大陸連盟に救援要請を出したとかどうとか」
「大陸連盟に救援要請ですって!?」
待て待て待て。大陸連盟に救援要請を出す意味を理解······している訳が無いか。彼は神獣なのだ。人族の事情なんて全く興味が無いだろう。
大陸連盟に救援要請を出す意味、それは大陸規模の厄災が迫っている-という事だ。しかもその要請を出した国というのがあの城塞国家ロア王国。『閃光の戦姫』のいる西方大陸随一の軍事国家という。
そんな国からの救援要請なんて相当な事があそこで起こっているのだ。もしかすると、エトが厄災そのものになっている-なんて事も無くはない。今の彼なら大陸の半分くらい消す事だって難しくはない筈。
「あーもう! イライラするわね!!」
-ドォンッ!!!!
苛立ちを発散するように地面に勢いよく右脚を叩きつける。その衝撃で地盤は悲鳴をあげる。
「っとと!? イ、イルミ様ッ!!?」
「ルカ、少し予定を変更するわよ。今すぐ西方大陸へ行くわ。きっとエトがそこで困ってる!」
「なっ!? 主が!? 行きましょう! 直ぐにミーア殿を連れて参ります!」
そう言うとルカは『纏雷』で雷を纏い、その場から姿を消した。まぁ困っているかは分からないが、きっと彼の事だ。また厄介事に巻き込まれているに違いない。
彼を破滅者にさせる訳にはいかないのだ。何があったとしても彼は幸せにならなければならない。幸せにしてあげなければいけない。
それは私の最優先事項で最重要事項なのだ。
「遅いわよミーア!」
「す、すみませんです!! 行きましょう! エト様の所へ!!」
「ッ! お二人共、少しお待ち下さ-ッ」
-ビシャッ。
今から行くわよ! -と意気込んだ矢先、ルカが待ったをかけた。その瞬間に私は彼を消し飛ばした。
「ッ-がは!! イ、イルミ様! お待ち下さい!!」
「あ? うるっさいわね。今止める理由があるの!?」
「······お師匠、おっかないです」
「何か言った!!?」
「な、なんでもありませんです!!!」
とはいえ、このタイミングで止めたという事は何かしらの事情があるのだろう-と寛大な心を持つ私は思ったわけで。なのでルカの話を聞いてやる事にした。
「で?」
「は、はい。樹海の入口に一万の軍勢、人間と魔獣の混成隊が-」
「そう。入口ね」
「え? あ、あの······お師匠様? その右手は?」
「ッ!!? ミ、ミーア殿! 伏せて下さい!!!」
「ふぇ!? な、なんですかぁ!?」
タイミングが悪い。こんな時に構ってやる時間はない。人間が混じっていようがどうでもいい。この私の邪魔をしたのだからその身をもって罪を償えばいい。
「複合属性魔法-『煉獄大焔』」
「ちょ、ちょっとちょっと待って待って待って!?」
「おーしーしょーぉーー!!!?」
大瀑布の如く、炎属性と地属性の複合魔法であるマグマ質の炎が空から樹海の入口付近を容赦無く襲いかかる。それは最早、この世の終わり-地獄絵図と化していた。
だか知らない。私の邪魔をした連中が悪いのだ。
まぁ、強烈な爆風で吹き飛ばされまいと岩に必死にしがみついている二人には少しだけ申し訳ないと思っていなくもない。
数分後-。
「片付いたんじゃない? さっ、行くわよ」
「は、はい!」
「お師匠様、流石です!!」
焼け野原の中、私達は容赦無く屍を踏み付けながら先を進んで行く。が、そんな中、気配も無く何者かがミーアに向けて襲いかかって来た。
ルカが気付き、ミーアが振り返った時には既に遅かった-。
「我はフロドロスト『炎帝』真名カークス! その命、頂戴いた-」
-グチャッ!!
いや、遅かったと言っても私が居るのだ。遅かったのは二人の反応が-と言うだけの話。二人が振り返った時には既に私の拳が『魔装』状態で倍以上に膨れ上がり、その者の顔面を握り潰していた。
「あれで生きていたなんてやるわね。さっ、今度こそ行くわよ」
「「·········はい」」
やっぱりイルミンスールは半端じゃない-そう思った二人だった。
街道を進む中、移動手段について私は模索していた。というのも、歩いて行くには西方大陸は中々に長距離なのだ。私ですら全力で向かっても三日はかかってしまう。それでは事後到着-なんて事になりかねない。
「ミーア? 貴方、『契約送還』があったわよね?」
「え? あ、はいです! あ! なるほど。で、でも! お師匠様、これは私以外の契約者を目的地まで送るというものでして······そのぉ〜」
つまり、私は置いてけぼりですか?? -と言いたいのだろう。全く、エトの為だと言うのにわがままな子だ。そこは進んで『私を置いて先に行け!』-という場面だろうに。
「はぁ。ほんっとに使えない子」
「ぐはっ!!」
「ミ、ミーア殿!?」
私の言葉が突き刺さったミーアは自身で効果音を発しながらその場に蹲ってしまった。いや、だからそんな時間はないのだが······。分かっているのだろうか。
「茶番はそこまで。しょうがないからコレを使うわ」
そう言いながら私は懐から『なんちゃって転移結晶』を取り出した。これはめちゃくちゃ貴重な代物なのだ。超超超緊急用のとっておきである。若い頃に世話になった男から譲り受けた代物だ。
「イルミ様、それは?」
「転移結晶よ」
「てんいけっしょう? なんですかそれ?」
「目的地まで一瞬で行ける〝貴方達の命よりも貴重な代物〟よ」
「「うっ······」」
私は遠回しに、貴方達が使えないから仕方なくコレを使わざるを得ないのだと告げた。案の定、二人はこの言葉の意味を理解してくれたようで、絶賛後悔中だ。
「ほら、こっちに来なさい。場所は···そうね、救援要請を出している城塞国家ロア王国にしようかしら」
ミーアとルカが私に捕まったのを確認した私は転移結晶を天高く掲げてみせる。
「えっと、確か『転移! 城塞国家ロア王国!』」
その瞬間、私達はその場から姿を消した-。
ほんの一瞬、瞬きの間に私達はある場所に辿り着いた。そこは、ほんの少し気温が低く感じる場所。目の前にはシレア帝国と書かれた城門が立ちはだかっていた。
「······あら? おかしいわね」
「イルミ様。これはもしや、主が前に言っていた-」
何かしらからの妨害-ね。大陸を転移や瞬間移動の類で越えられないって訳? なるほど。
どうやら私達は西方大陸へ行く事が出来なかった。エトが言うには『奈落の峡谷』にいるバケモノを倒せば妨害は無くなるらしい-が、当然そんな余裕は無い。というか、エトがギリギリと語っていた相手に樹海外で私が勝てる保証なんて無い。
いくら彼の為に最強であり続けると言っても限度はあるのだ。まぁ負けるつもりなんて更々無いのだが。
「しょうがないわね。大陸を渡って、そこから〝また転移結晶を使う〟わよ」
「「·········え?」」
さぁ、行くわよ! -といったものの、後ろの二人は口を開いたまま固まっていた。一体どうしたというのだろうか。不思議に思った私は二人に問い掛けることにした。
「どうしたのよ?」
「い、いえ。そ、そのぉー······ルカ様パス!」
「えぇ!! 吾輩っ!? ゴ、ゴホン。で、では···。イルミ様、その転移結晶とやらは一つだったのでは?」
「······は? いつ私がそんな事言ったのよ?」
-と、まぁそういうことらしい。二人は私がこの転移結晶は彼女達の命よりも貴重な代物-そう言ったから転移結晶は一つしかないと解釈していたらしいのだ。全く。勝手な解釈を。第一、一個だけならここで暴れ回ってるところだ。
「ストックはあるわよ。当然でしょ?」
「「······あ、そうですか」」
やっすい!! 吾輩達の命、安すぎです!!?
なんて事を心の中で叫んでいるのはイルミンスールとて知りえない-。
シレア帝国を進み、西方大陸へと続く境界門に辿り着くと、そこには予想以上の人だかりが出来ていた。その大半は西方大陸からこの北方大陸へと移り渡る者達だった。
これもロア王国が大陸連盟に救援要請を出したからなのかもしれない。
「押さないで! 順番をお守り下さい!」
「早く行けよ!! 急がねえと西方大陸が消えるかもしれねえんだぞ!!」
適当な事を。こういう輩が居るから動揺の波は広がっていくのだ。大陸が消えるだの、厄災だの、大いに恐怖しているが、全員まとめてこの世界の上位者を舐め過ぎだ。この世界には〝奴〟がいる。この私を打ち負かした存在。
あれから十年が経っているのだ。今やどうなっているか、想像するだけでも溜め息が出てしまう。とはいえ、奴の肩を持つ訳では無い。仮にエトが暴れているのであれば、私は躊躇無くエトの側につく。それが例えどんな理由であったとしても···。
「にしても、時間がかかりそうね」
「ですね。どういたしますか?」
「どうって、何? あの門を壊してもいいの?」
「·········待ちましょう」
分かっているのなら余計な事は言うものでは無い。
それから数十分、ようやく私達は西方大陸へと渡る事が出来た。案の定、境界門の門番達は「何故今西方大陸へ!?」-みたいな表情を浮かべていた。もちろんまともに会話なんてしてはいない。
「さてと。じゃあ改めて『転移! 城塞国家ロア王国!』」
長かったが、ようやく私達は西方大陸の城塞国家ロア王国へと向かうことが出来た-。
イルミンスール達が城塞国家ロア王国へと辿り着いた頃、エトとディープ・フィールドは王国騎士団『イーカロス』に連れられ、ロア王国の王城応接間に通されていた。
というのも、雲行きが怪しくなって来たから-という事らしい。結果的に命の恩人であるエト達が雨ざらしになるのは避けるべき-との判断を騎士団長のラナンキュラスが下したのだ。
【エト様? 宜しかったのですか?】
その言葉に俺は問題ない-と頷いてみせた。正直、王国騎士団なんて、聖騎士と変わらないので好きではない。むしろ嫌悪しそうなくらいだ。しかし、不思議な事に『イーカロス』の連中からは聖騎士独特の雰囲気みたいなものが感じ取れない。
コイツらからは『大切なモノを守りたい』-そう思っているような、そんな匂いがしてくる。それはとても温かい感覚だった。
「ノ、ノーフェイス殿? よ、宜しければお茶など···」
「え? あ、ああ。気にしないでくれ」
「そ、そうですか?」
ふとした時に『ノーフェイス』と呼ばれると、他人事のように感じて反応が遅れてしまう。呼ばれる事に慣れていないのだ。こればっかりはしょうがない。
というか、なんだか今声をかけた奴が連中達の輪に戻って何やら盛り上がっている。
【どうやらエト様とお言葉を交わされた事が、あの盛り上がりの要因のようですね。あっ···、申し訳ございません。公の場での呼び方には気をつけた方が宜しいですよね】
「ん? あー、そうだね」
まぁとはいえ、団長のラナンキュラスという女性の前で既に名を呼ばれて反応してしまっているので、今更感はあるのだが、彼らが未だに俺をノーフェイスと呼んでいるあたり、彼女はまだ俺がエトという名前だと言うことを部下達には言っていないのかもしれない。
ならこちらから名乗る必要は無いだろう。
などと、どうでもいい話をしてると-。
「だ、団長!! ロア王国城門前に膨大な魔力反応を確認しました!!!」
「何!? 人数は!?」
「三人です!!」
「ぐっ···。例の先導者レベルの存在が一気に来たか······」
突然飛び込んで来た報告に団員達が静まり返る。ゴクリ-と生唾を飲む音が聞こえる程に静寂が応接間を包み込む。そんな中、ラナンキュラスは俺の方をチラッと見つめ、直ぐに俺の前に歩み寄って立膝をついた。
「「「だ、団長!!?」」」
その行動に団員達も驚愕しているようだ。
「エ······。ノーフェイス殿。折り入ってお話があるのですが」
そう言いながら、彼女は真っ直ぐ俺を見つめる。まぁ言いたい事は大体分かる。先の戦いで相当彼らは疲労している。そんな状態で再び戦いになんて向かわせたくない-という事なのだろう。
ちなみにその三人なら俺も感知している。魔力量だけでいうと、さっきのバルドルやユミルと名乗っていた奴と同等の奴が一人、そいつよりも低い奴が二人-といった具合だ。
やはり大した敵じゃない。が、連中にとっては化け物だろう。ラナンキュラスにとっても、この三人を同時に相手取るのは厳しいようだ。
【ノーフェイス様、どうなされますか?】
「そうだね、手を貸してもいい」
「「「おぉぉぉ!!」」」
俺の言葉に団員達は盛大に盛り上がりを見せる。が、そんなに世の中甘くなんてない。
「ただし、条件をつける。いいよね? 団長さん」
「も、勿論だ! 我々に出来ることなら可能な限りその条件を呑ませて頂く。条件とは、なんだろうか?」
「そうだね······。団長さんの〝全て〟を俺に譲って貰おうかな。団長さん、凄く綺麗でスタイルもいいみたいだか-」
なんて言っている最中、俺は団員達に取り囲まれた。それは中々に素早く、しっかりと急所に得物を突き付けている。見事なものだ。
「てめぇ、ノーフェイスだかフルフェイスだか知らねえが、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ?」
「副団長の言う通りだ! そんな条件呑めるわけねえだろ!!」
そうだ! そうだ! -と満場一致で俺の条件は破棄された。なるほど。だが、それならこの国が危機的状況に陥るだけの話だ。俺にとってはそれでもいい。
「だったら? 自分達で何とかするって? あのバルドルって奴にも勝てなかったのに?」
その言葉に団員達は口を閉ざした。
なんだ、閉ざすのか······。
何故か赤面している団長はさて置き、俺は団員達にその気は更々無いことを告げた。本当に何かを守りたいというのなら、どんな事でも出来る-そう俺は思っている。仮に俺なら力が無くてもどうにかして団長もこの国も守ろうとする。
だが、この連中は綺麗事を並べるだけ並べて、行動する決意が無い。そんな事では守りたいモノも守れやしない。
「団長を守りたいのなら死んでも守れ。この国を守りたいのなら命を賭けろ。そんな覚悟もない奴が綺麗事を言うんじゃねえ。力の有無じゃない。やるかやらねえか、それはここの問題だろ」
そう言いながら、俺は自分の心臓あたりに手を添えた。全てを守る-そんな事が出来る奴なんてこの世にいない。だからこそ、俺は大切な一握りの存在を守れるだけの力を手に入れたのだ。死にものぐるいで、何度も死にかけて、ようやくここに立っているのだ。
この場に甘んじている彼らとは違う。まるで過去の自分を見ているようで、つい俺は熱く語ってしまった。
「ノーフェイス···殿」
「あー、団長さん。さっきのは冗談だからね」
「な······なーんだ」
なんだか最後に聞こえた気がしたが、俺は彼らを置いて応接間の窓から外に飛び出した-。
「だ、団長。えっと······」
窓から飛び出したノーフェイス=エト。そんな彼を見送った副団長のヘイザーはゆっくりとラナンキュラスに歩み寄る。
彼の言った先程の言葉、その言葉に感化されたされたのか、出て行った彼をただただ見送るだけの自分達で良いのか-そんな思いがヘイザーだけでは無く、その場の団員達の心に広がっていく。
『だったら? 自分達で何とかするって? あのバルドルって奴にも勝てなかったのに?』
彼の言った言葉に団員達は口を閉ざした。頭では団長も国も守りたい-そう思った筈なのに、バルドルとラナンキュラスの戦いを思い出した瞬間、彼らの決意は一瞬にして萎縮してしまった。
団長ラナンキュラスですら苦戦した相手に自分達が一体何をどう出来るのか-そう考えた途端に自分達がいかに弱いか、どれだけちっぽけな存在か、それを自ら実感し認めてしまったのだ。死ぬのが恐ろしい、殺られるのが怖い-そんな事は当然の心情だろう。
しかし、それでも尚大切な存在を守る覚悟があるのか、改めて考えさせられた団員達の眼の色は少しだが変わりつつあった-。
「余計な意地やプライドは捨てろ。今更格好をつける必要なんてないんだ。今は彼に頼らせて貰おう」
「はい······」
団員達の瞳を見たラナンキュラスは小さく微笑みながら窓の外を見つめる。本人はきっとそんなつもりなんて更々無かっただろうが、大切なことをエトは団員達に教えてくれた。
己の弱さを知り、覚悟の重さを知った彼らはきっと今以上に強くなる-。
「ありがとう。エーくん···」
【······】
城門前へ、屋根伝いに向かうエトを見つめながら彼女は呟く。そんな彼女をフィールドはただただ見つめていた-。




