正体不明者と堕ちた神
精霊界『パラケルス』で始まった侵攻戦。ラグ・エンドと謎の青年。そして、一万の軍勢と千人のステラ。
彼らが対峙してから数分が経っていた。部分竜化をした千人のステラが暴れ回る中、ラグと青年はじっとその機を探っているように見つめ合い続けている。
しかし、その瞬間は突然訪れた-
-ドォンッ!!!!
「······またかよ」
見つめ合っていた二人が急に消えたと思いきや、全く違う場所で二人はお互いの拳をぶつけ合っていた。お互いに拳を交えながら視線を合わす。
「いいねーいいねーっ!! 最っ高だよ!!」
まるで予知のように青年が繰り出す攻撃の尽くをラグは楽しそうに防いでみせる。
「お前、予知能力でもあるの? もしかして未来が見えるとか言うタチ?」
尋常ではない反射神経に青年は、ラグが何かしらのスキル保持者だと疑いの目を向ける。が、一方のラグはケロッとした表情で当たり前のように答えてみせた。
「そんな訳ないじゃん! 未来が見える? そんな能力もスキルも御免だね。そんなの全っ然〝楽しくない〟でしょ!! ただの〝勘〟だよ?」
ただの勘。しかしそれはおよそ人間の所業とは思えない程だ。まだ未来視や予知能力と言われた方が青年も納得できるというものである。
「······おいおい。分かってる? それ、未来が見えるとかよりも〝厄介〟だって」
「そんな事よりもさ? もっと本気でおいでよ! こんなもんじゃないでしょ? おにいさんの事、今のエトくんくらい強いと思ってるんだから!」
「······誰だよそれ-ッ!」
-バキッッ!!!!
青年の振り下ろした右脚。それを交差させた両腕で受け止めるラグ。更に右脚を軸に左脚で回し蹴りを放つが、ラグはそれすらも右膝で受け止める。
「ねえ? こういう命のやり取りってさ? スゴく〝ゾクゾク〟しない?」
「は? 頭、大丈夫? だいぶイカれてるよ、お前」
「そうかな? 生きてるって実感出来るし、何もおかしい事じゃないと思うんだけど?」
「生きてる······ね」
そう呟きながら一瞬にして距離を置き、首裏に手をあてがいながら大きく溜め息を吐く。そして青年は先程とは違い真っ直ぐにラグを見つめた。
その瞬間-
-ゾクッ······。
青年の視線-それを目にしたラグは鳥肌を立たせ、背筋が凍るような感覚を感じながらも不敵な笑みを浮かべ始めた。身体の震え、恐怖、それを感じる事こそが彼の言う生きてるという証明なのだ。
「コレだよコレ···。この感覚。エトくんとは違う本気の殺意。いやー、やっぱここに来て良かった。ここには僕を楽しませるモノが転がってんだか-ッ!?」
刹那、ラグの右腕は〝切り落とされた〟······。
「ラグッッ!!?」
その光景を視界に入れたステラが大声で叫ぶ。
「これが〝五速〟。どう? ちょっとは驚いた?」
圧倒的な速さでラグの右腕を切り落とし、これで少しはラグの余裕の表情が崩せる-そう思った青年だったが、それは盛大な〝間違い〟だった。
「くっ···くはは······ぷっはははははっ!!」
まるで狂ったように高笑うラグに青年だけでは無く、ステラやニーズヘッグ達も唖然としている。右腕を切断されたと言うのに〝異様な雰囲気〟を漂わせているのだ。
「すげぇすげぇ! 全然見えねーや!! ステラ、気にしなくていいよ! コレで対等になれたんだから!」
ブシュッ-と血が吹き出しながらもラグは青年の右腕辺りを見つめる。右袖の動きを見るに、青年も右腕を失っているように見えた。それが対等な勝負を求めていたラグにとって、楽しみを半減させる要素でもあった。
ただの強がり-そう思われるかもしれないが、ラグにとって指の一本の有無ですら、半減要素になりえるのだ。
「へぇ。悲鳴一つあげないわけだ?」
右腕を切断された痛みは想像を絶する筈。しかし、そんな痛みよりも相手と対等になれた事で、ラグは悲鳴はおろか表情一つ崩さずに左腕をグルりと一回転させてみせる。
「盛り上がって来た所でしょ? 悲鳴なんてありえないね。首を飛ばされたって僕は笑ってられる自信があるよ!!」
それ程までに〝今が楽しい〟-という事らしい。正気か狂気か、今のラグは強さとは別の意味で〝恐ろしい〟。そう感じたのは青年だけでは無かった。
〘竜王はん。あの子、一体何もんや?〙
「さあね。ただの馬鹿な子じゃない?」
〘馬鹿な子······なぁ。その割には何や〝変な雰囲気〟を感じるんやけど〙
「確かにね。ある意味、この世で〝一番厄介な存在〟かもしれないわね」
片腕を失っても尚、楽しそうな表情を崩さない。それに、どう見たってラグは押されている筈なのに彼が負けるイメージが〝全く湧いてこない〟二人。相手の青年はまだまだ本気ではない。しかし、だとしてもラグが膝を着く姿が想像出来ないのだ。
死しても尚、目前に立ちはだかり、笑みを浮かべている存在を敗北者と呼べるだろうか-そういう意味で、今のラグは一番厄介な相手なのかもしれない。
「何を言ってもいいけどさ。実際お前、俺の速さについて来れてないわけじゃん?」
そう。何をどう言おうが、実際にラグは青年の動きを捉えられてなどいない。つまり、先程の五速よりも速い速度の攻撃で全身を切り刻まれれば-。
「えっと、つまりはさっきよりも速い攻撃で全身を消し飛ばすって言いたいの? なるほどね! いいよーっ! どんどん来なよ! 元々百速まであるって期待してるんだからさ!!」
ラグは三度青年を煽り始める。そんな中、エイン・セルが一瞬その身を震わせた。
〘ほら、これやこれ······。何やのほんま〙
「どうしたのよ? あの子のあれは今に始まった事じゃないわよ?」
エインが震え出した理由、ラグの煽りや不敵な笑みはニーズヘッグの言う通り、今に始まった事じゃない。それに今更震え出すエインを不思議そうに見つめる。
しかし、エインが震え出した理由はその事では無く〝別の理由〟だった-。
〘いやいや、そやのうて、ラグはん······中に〝なんか飼っとる〟よ〙
「············え?」
一方、未だ楽しそうに手招いているラグに大きく溜め息を吐きながら青年は観念したかのように顔元に左手をあげて見せた。
どうやった所で目の前のラグという少年は怯えも恐れもしないのだ。ならば、それを認めた上で彼を全力で殺す-それが青年の至った考えだった。
「わかったわかった。お前は強いよ。本当に。でも、だったとしても〝その程度〟じゃ俺には勝てないよ」
「もー、またー! そういうのはいいってば! その程度とか、今のままじゃとか、そういうのは僕を負かしてから言いなよ!!」
「はははっ。そうだったね。なら、そうする事にするよ。『限定回帰』-真名ソール。これより眼前の者に〝神の審判〟を下す」
-ゴゴゴゴォ······
瞬刻、天から雷鳴が轟く。いつ間にか現れた雷雲がまるで生き物のように泣き叫んでいる。ただの自然現象だというのに尋常ではない圧倒的な圧力にニーズヘッグとエインですら表情を崩している。
しかし、これでも尚、ラグは「おぉー!!」-と歓喜の表情を浮かべている。その表情を見た青年ソールは一周回って尊敬の眼差しを向けた。
「ホントに凄いね。敵じゃなかったら仲間に······いや、どうよ? 今からでも仲間にならない?」
「仲間? へぇ。そっちはそれ程〝楽しい〟の?」
ラグの問いにソールは一瞬だが口をつむった。
そして-。
「いや、やっぱり無理だ。こっちはきっと〝楽しくない〟から」
「そっかぁ。残念」
「ああ。本当に残念だよ」
-バキィッッッ!!!!
その刹那、その場の全員が言葉を失った。
全身を〝雷と化した〟ソールは一瞬にしてラグとの距離を縮め、ラグの規格外な反射神経を考慮した上で右腕の無い右半身を狙い打った。
時間にすれば千分の一秒、当然その瞬きの間、動いているのはソールただ一人-だと言うのに、ソールは攻撃を放つ寸前にラグの右肩の傷口から〝ナニカの視線〟を感じ取った。
結果、ソールは攻撃を中断せざるを得なかった。
「今、何が起こったの?」
〘ほら! せやから言うたやないの! 今の一瞬、〝表に出てこようとしはった〟んよ!〙
「は!? 何? 一体なんの話をしているのよ!」
全く状況を読めないニーズヘッグと、確実にナニカを感じ取ったエイン。それは種族的な違いによるものなのかは分からない。しかし、その刹那にエインは間違いなくラグの〝内側から出ようとしたナニカ〟を感じ取ったのだ。
「······あれ? 衝撃波だけ? ちょっとちょっと! もしかして、この期に及んで手加減!?」
先に言った通り、ラグはソールの動きが見えていなかった。攻撃を受ける覚悟を決めていたのにも関わらず、全く負傷していない事に初めて怒りの表情を浮かべる。
ここまで来て手を抜かれた-そう考えざるを得ないこの状況下では楽しみを奪われた子供の如く、機嫌を損ねるのも分からなくはない。
が、一方のソールは先程の一瞬の間に〝二度〟の攻撃を放つ筈だった。しかし、その二度ともにラグの傷口から異質なナニカが彼ですら畏怖する程の圧力をかけてきたのだ。
バチバチバチッ-と空気を発火させながらソールはラグに問いかける。それは先程の刹那に垣間見えた〝ナニカ〟についてだった。
「ねえ? お前さ、内側に何かいる?」
それを聞いた瞬間、ラグは怒りから一変、再び不敵な笑みを浮かべ始めた。
「へぇー。そっかぁ。って事はさっきの一瞬で僕は確実に〝死んでた〟って事なんだね」
「···? どういうことか、説明ってしてくれたりすんのかな?」
何か納得した様子のラグ。そんなラグに説明を要求してみるソールだったが、ラグはそれよりも自分自身が置かれた状況を理解するので精一杯のようだった。
「ソールだっけ? 今のあのおにいさんの動きは正直見えないから攻撃は無理だろうし、おにいさんの攻撃は〝お前が防ぐ〟として······。やっぱり問題は攻撃だよね。『星の瞳』は触れないと効力が無いし」
【そのようなチンケな力に頼らぬとも我を使えば良いだろう?】
「·········ちょっと黙ってて。久しぶりに本気で楽しんでるんだから!」
【むっ。すまぬ】
「よーし! 考えても分かんないや! とりあえず続きを殺ろうよ!!」
全くもって自分中心なラグは上体を低く構え、ソールへと視線を向ける。
あれ? 俺の問いは? -と思ってそうなソールはお構い無しらしい。そんなラグに呆れながらも「こちらも考えていても仕方がない···か」-とソールは謎多きラグに相対する覚悟を決めた-。
そして、ステラが一万の軍勢を退けた後も二人の戦いは続いた。ソールの速さについていけないラグと、ラグの内に身を隠しているナニカの影響で致命傷を与えられないソール。
しかし、どこか楽しそうな二人。もしかするとソールもラグと同じタイプの性格なのかもしれない。
「っと。念話だわ」
〘念話? ·········ちょい待ちなはれ! それってもしかしてエト様やないやろうな!? いや、もしかせんでもエト様やないの!? そーなんやろ!?〙
「ちょ、痛い痛い! 頭ぶつけ合ったって聞こえるわけないでしょ!!」
〘ぬぐぐぐ!! そげん事、やってみんと分からんばい!!〙
「力強ッ!? って、貴方口調が変わってるけど!?」
〘せせろーしいやっちゃの! ええからその頭蓋よこしんしゃい!!〙
「何言ってるか分からないわよっ!!!」
などと、よく分からない女の戦いを制したニーズヘッグは無事に念話相手であるエトと会話が出来るようになった。そのすぐ傍でシクシク-と泣いているエインに同情の余地は無いようだ。
《ニール? そっちの状況はどお? こっちはとりあえず敵を殺せたけど》
《ん? あら、エト。どうだった? 敵は強かったの?》
《いや、正直あれが敵の上位戦力って言うなら危険視する程でも無かったって感じかな》
《そう。という事は、こっちは当たり-ということかしら?》
《·········え?》
《ラグが防戦一方で押されているわ?》
と言っても、相手のソールって子も攻めあぐねてるみたいだけど。まぁ、押されている事には変わりないわよね。
《状況を教えてくれる?》
《ええ。もちろんよっ》
それから私はエトに今までの状況を話す事にした。当然、隅から隅まで一文字も抜けること無く-だ。案の定、エトには「細過ぎ。もうちょっと大雑把でいいから」-と言われてしまった。
それでもエトはラグの異質な雰囲気やソールの雷化については何か納得したような感じだった。もしかしたら、彼の事だ。二人のことを知っているのかもしれない。
《それで? ラグのその内側のナニカって見たの?》
《見てないわ。というか、本当に一瞬なのよ。私でもエインでも捉えられないんだもの。見えるわけないでしょ?》
《そっか。まぁ〝予想は出来る〟けどね》
······やっぱり。流石は私のエト。あの正体不明な存在を予想出来るらしい。実は彼が〝一番の正体不明者〟だということに彼自身が気付いているのだろうか。まぁそんな事はどうでもいいのだろう。
加えてエトは《俺は必要?》-そう問いかけて来た。正直な所、先の見えない戦いに今終止符を打てるのはエトだけだろう。彼が来れば全てが収まり終わる-そう思ってしまうのだから、やはり彼は不思議だ。
とは言え、あのラグの表情を見ていると、邪魔しちゃ可哀想-そう思ってしまう自分もいる。どうでもいい筈の存在なのに······だ。
もしかすると、必死に抗おうとしていた頃のエトと何処か重なる部分があるのかもしれない。
という事で私は彼にその必要はない-そう告げた。まぁ若干一名は意地でも会いたいだろうけど。
実際、いじけて泣いてるし······。
《そっか。なら任せるよ? 当分は西方大陸のロア王国にいるつもりだから、何かあったらまた直ぐに知らせてね》
《了解よ。あ、そうそう。〝浮気は許さない〟からね》
《·········。ニール〝も〟ね》
そう言ってエトは念話を切った。
············えっ!? どういうことッ!!? 「も」って何ぃ!? 可愛すぎじゃない!? そんな事言う子だったかしら···。ほんの冗談のつもりだったんだけど!?
予想外の答えに私は顔を盛大に染め上げてしまった。なんて思っていると、殺気に満ちた異様な視線を感じた。······エインだ。
〘······なんや? えらい嬉しそうやないの。んー? ゆーてみ? 何を言われたんや? どないな甘々なセリフを頂いたんや? え? おいコラ、隠さんと言うてみよし!!〙
「お、おっかないわね。そうね······。『お前は俺のなんだから、誰かのものになるんじゃねえぞ。馬鹿』-かしらね」
その瞬間、エインは顔を真っ白に染め上げ、思考を停止させてしまった。
あら。ちょっとやり過ぎちゃった?
なんて思っていると、再び意識を取り戻したエインはガシッと勢いよく私に掴みかかってきた。
〘なななななななんのぉ!? おまっお前はおおおお俺のおおお!? ······ど、どないしたら···どないしたらそこまでエト様にゆーて貰えるようになるんや!? いや、なるんでしょうか!! 教えーや! いや、教えてくんね姉御!!〙
「·········だ、大丈夫?」
どうやら完全に壊れてしまったらしい。今だって目をグルングルン-と、もの凄い勢いでぶん回している。この子もラグと違って別の意味で狂っているらしい。
「そ、そうね。今後何があっても〝彼の味方であり続けて支え続ける事〟かな? 何を差し置いてでも···よ」
〘そ······そんな事〙
そう。これはいい機会かもしれない。今後、エトが何かをなそうとした時、もしかしたら必要無いなもしれないが、彼女が力になってくれれば正直心強い。たまたまこんな流れになったから言った言葉だったが、精霊界という一つの世界を統べる彼女にとって、それは相当な覚悟が必要な事だろう。
なんて思ったのだが-。
〘そんな事でええのんか!?〙
「······え? ちょ、え? 貴方、意味分かってる? 全てを投げ打ってでもって言ってるのよ!?」
〘せやから、そんな事でええんやな? せやったら精霊界〝なんか〟下のもんに任せてウチはエト様と歩みますぅ!!〙
「ちょっとぉ!? そんな事言って-」
〘支え続けて差し上げるんよ? 傍に居らんとでけまへん。そーやろ?〙
いや、それは流石に······。エトの話によれば、今の彼には魔界最強の姫、元竜王の私、伝説の獣王のヤオ、境界の管理者、英雄候補のラグ、竜殺しのステラが傍にいるのだ。そこに精霊界最強の幻覚術者エイン・セルが混ざってしまうのは·········。
完全に世界の均衡が崩れてしまっている。いや、まぁ私には関係ない事ではあるが、それで目をつけられてエトが動きづらくなるのは論外だ。
「ねえエイン。約束出来るかしら?」
〘ほいほい、なんですのん?〙
だからこれだけは伝えておかなければならない-。
「着いてくるのは構わないと思うけど、全てはエトの為。だからエトの迷惑や邪魔になるような言動は〝絶対に〟ダメよ。例え私でも貴方でも、彼の邪魔になれば彼はきっと容赦なく私達を〝消す〟わ。いえ、今の彼なら優しいからきっと彼の方から〝離れていく〟かも。それを魂に刻んでおきなさい」
その真っ直ぐな視線にエインは悟った。彼女、ニーズヘッグという存在は自分とは違い、本当に彼を想い、彼の為に傍にいるのだと-。
〘······刻み込ませて頂きました〙
「·········そう。ならこれからもよろしくね」
〘せやね。一緒にエト様を支えまひょ〙
なんて勢い任せに勝手をしてしまったが、エトは許してくれるだろうか-そう思うと冷や汗が止まらないニーズヘッグだった。
その頃-。
「っぷはああー! たっのしいー!!」
「そうだね。俺も少し楽しんでるかも」
「そうそう! 楽しまないと損だって!」
ニーズヘッグとエインが誓いを立てる中、ヤオは黙ったままステラの手を握りラグとソールの戦いを眺めていた。ステラも負傷した傷が癒えつつある。そんな長い間、二人は勝敗の付かない戦いをただただ楽しんでいる。そんな光景がヤオを不思議と刺激していた。
「ステラ? ヤオ、あんな戦い見た事ないですぅ」
「うん。ステラもだよ。本当に楽しそう」
ラグの笑顔、それが戦いの中で見られたのは数え切れる程しかない。しかし、その中でもこの戦いはそのどれよりも突出して楽しそうにしている。それが堪らなく嬉しかった。
「ヤオには分かるですぅ。あのソールって人、多分〝『聖人』〟なのです」
「え? 聖人って?」
「堕ちた神、つまり元神〝なのよ〟」
「·········え? 嘘っ」
突然の発言にステラは言葉を失った。ソールが聖人、つまりは元々神だった-というのだ。不意にステラはニーズヘッグ達に視線を向けた。しかし、二人は別段変わった様子は無い。知っているのだろうか-そんな事がステラの頭を過ぎる。
「そんな事ってあるの? というか神様って本当にいるの?」
ステラの問いにヤオは真っ直ぐ戦いを見つめながら答えた。
人々が神と崇める存在は彼らの空想、願いの上に作り上げられた幻想でしかない。しかし、実際に神は存在している。彼らは自らを神とは呼ばず【天上者】と名乗っていたらしい。
その発端は遥か古に存在していた〝帝国〟と呼ばれる巨大な最初の大国。そこに現れた者達によって造られた世界、それが天上者達が住むとされている【天上界】だという。
その世界は外界からの干渉はおろか、知識として知り得る者すら居ない程に完全隔離されている。
「ちょ、それ······。凄く大事な話じゃないの?」
何故そんなことをヤオが知っているのか-そう問いかけるとヤオはゆっくりとステラに視線を移した。その瞳を見た瞬間、ステラはヤオの手を勢いよく手放した-。
「ッ-!!? ヤオ!? ううん、キミ······〝誰〟!?」
ヤオの瞳、それはいつものヤオのキラキラとした幼い瞳ではない。禍々しい程にまで渦巻く闇に塗れていたのだ。思えばヤオがそれを知っていたとして、何故自分に言ったのだろうか。こんな大事な話、きっとエトが知っていたのなら言うことを止めていた筈だ。
それに内容が濃すぎて気付かなかったが、途中からヤオの口調が変わっていた。何者かがヤオを操る、もしくは憑依のような事を行っているのでは?-そう考えたステラはヤオに向けてそう問いかけた。
「あら。おかしいわね? 完璧にこの子の真似をしたつもりだったのだけれど。『ですぅ〜』-かしら? 普段使わないから忘れちゃったのよね。にしても、エト・リエルって何者なの? 竜王に精霊界の姫。それにソールを相手に互角の戦いをしているあの子。そんな連中を従えて······。何よ。魔法祭のアレはお遊びだったのかしら? ふふふっ。冗談がキツいわね」
ヤオの姿で、ヤオの声で、全くの別人としての人格で話す。その光景が腹立たしく思ったステラはヤオの顔面に向けて張り手を放った-。
ごめん、ヤオちゃん!
-ズバンッ!!!!
その強烈な衝撃音は、ソールとラグ、そしてニーズヘッグとエインの耳にも届いた。が、実際にはステラの張り手は当たってなどいなかった。
「ぬぐっ-」
「酷い子ね。この子、お仲間なんでしょ? 容赦のない張り手で泣いちゃうわよ? まぁ、当たれば-だけれどね。あ、勘違いしないでね? 当たった所でこっちは痛くも痒くもないから。今のは私の単なる気まぐれだって事をお忘れなく」
煮え切らない思いのまま、ステラがゆっくりと手を下ろすと、ヤオの背後からスっと何かが姿を現した。それを目にした瞬間、ステラは顔を真っ青にしてその場に尻餅を付いた。
圧倒的な存在感、それはエトが羽を生やしたあの時と似ている。本能的にこの存在はヤバい-そう魂が告げているのだ。
と、その時-。
「ステラちゃん、大丈夫?」
〘コホン。ほれ、後ろに下がってんさい〙
「あっ······あっ······」
目の前に現れたニーズヘッグとエイン。そんな彼女達に声をかけようにもヤオから現れた存在が〝見つめているだけ〟で喉が萎縮してしまい、声が上手く発することが出来ない。
「困るわね。誰の後輩に手を出したのか分かってるのかしら?」
〘せやよ。ほんに程々にせんと、本気で叱りつけるよ!?〙
そう言いながらステラを庇う二人にステラは瞳に涙を浮かべていた。こんなに頼もしい存在に守られているのだ。もう怖いものなんてない-そう思わせてくれる二人に、ステラは尊敬の眼差しを向ける。本当にこの二人は凄い存在なのだと実感させられた。
一方、本気の殺気を向けられた謎の存在はゆっくりと実体化していく。その姿は妖艶な風貌の美しい女性。白髪に鮮やかな赤色の棒紅で口元を彩っている。そんな彼女は溜め息混じりに二人に問いかけた。
「それは怖いわね。でもいいのかしら? これは幻影よ? 本当の私はここには居ない。もしかしたらあなた達のご主人様の所かもしれないのだけれど?」
その瞬間、ニーズヘッグとエイン、そしてステラが揃って微笑み合った。
そして-。
「馬鹿ね。死にたいのならそうしなさい」
〘脅しのセンスがあらへんね〜? ホンマにエト様の所に行くゆーんやったら覚悟するんやな〙
「エトくんは貴方よりもおっかないよ」
エトの名が出た瞬間、ニーズヘッグとエインは勿論、先程まで畏怖していたステラですら恐怖の色がすっかり消え失せた。それ程までに信頼された存在、それがエト・リエルなのだと理解した女性はゆっくりと振り返った。
「そう。それは楽しみね。ソール? そろそろいいわ。予定は誰かさんのせいで大分と狂ってしまったけれど〝鍵〟の在処は掴んだわ。行くわよ」
「お嬢。了解、それじゃあラグ君。機会があればまた殺ろうね!」
「あっ、ちょっと待ってよ!!」
ラグの制止も虚しく、ソールは女性と共にその場から姿を消した-。




