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NEW MYTHOLOGY  作者: 宗緋色
復讐者の迷走編
54/71

進軍


 「はぁっ!!」

 

 -キンッ!

 

 エトが魔界と人間界、そしてウルスマキナを往復している頃、魔法学園ではシルビアが訓練場で模擬戦を行っていた。相手は同クラスのデイル。既に満身創痍のデイルだが、シルビアは止めること無くまるで何かを払い除けるように無心で剣を振るっている。

 

 「ちょ、シルビアさん!? ちょ、ま、待って待って待って!!」

 

 -パキンッ!!!

 

 「うぉっ!??」

 

 怒涛の連撃に待ったをかけるデイルだったが、シルビアは止まらない。結局、デイルの模擬刀が弾け飛んで模擬戦は終わりを迎えた-。

 

 「はぁ······はぁ···」

 

 仮面の竜使い『ノーフェイス』が現れた時、突然の事で焦り恐怖し困惑していた自分達とは違い、クラスメイトのアリア・スペルシアは自ら戦いの場に赴いて行った。それがどれほど勇気のある行動だったのか。

 見方によれば、調子のいい行いだったのかもしれない。一生徒が学園の危機に動くなんて、自己中心的、自意識過剰だと言われるかもしれない。

 それでもシルビアは、自分よりもアリアが強い心を持っている-そう思わざるを得なかった。

 

 それにあの威圧感······。アリア、あんた······いつの間にあんなに強くなったのよ······。

 

 あの時のアリアは、まるで学生の域を超えていた。確実に自分と同じ場所にはいなかった。まるで〝エトを見ているような感覚〟に陥ってしまったのだ。

 

 「······そう言えばアリアって修行···どこに行ってたのかしら」

 

 魔法祭の前、修行終わりのエト達と出会った。その時、アリアはエトとアヤとたまたま出会ったと言っていたが、果たして本当にそうなのだろうか-そんな事が彼女の脳裏を横切っていく。

 元々強さを求める事に欲深かったアリアが、エトの修行場所に興味を示さないわけが無い。というより、エトの雰囲気に違和感を感じてもおかしくは無い。

 

 「ねぇ、アリア?」

 

 疑問を解決する為、シルビアは自主練中のアリアに声をかけた。声をかけられたアリアは頭上にハテナを浮かべながらシルビアの様子を窺っている。

 

 「勘違いならごめんね。でも確認しておきたくて。アリアってエトの〝本性を知ってる〟んじゃないの?」

 「······はい? エト様の本性···ですの?」

 「だっておかしいじゃない。あれ程強者が全てって言ってたアリアが素直にエトの事認めてさ? 確かにアイツは特殊っていうか、変わってるなって雰囲気があるけど、それにしてもアリアってエトを信頼し過ぎじゃない? お願い、本当の事を教えて?」

 「シルビアさん、本性も何もあれがエト様ですわよ。少し子供っぽくて、でもどこか大人びて見えて、破廉恥で、笑顔が素敵で、強くて、気高くて、お友達思いのお優しい方です。何をお考えかはわかりませんが、それが全てです」

 「で、でもね!? 魔法祭のアディレイアって奴との試合! あれはどう考えても学生の域を超えてるでしょ!? あんなのウチの道場でも見たことないわよ!」

 

 ······確かに、あの試合はエト様もお力を見せ過ぎだと思いましたわ。それほどに焦っておられたのでしょうが······。

 

 シルビアの言葉に心の中で呟くアリア。もしかすると、シルビアのような考えをしている生徒は他にもいるのかもしれない。だとしても、エトとの約束の為、アリアから語ることなんて何も無い。

 

 「お忘れですの? エト様はアリスタシア学園長が自ら推薦されたお方ですの。それくらい出来て当然では?」

 

 アリアのその言葉にシルビアは拳を強く握り締め、勢いよくアリアの胸ぐらを掴んだ-。

 

 「だからっ!! どうしてそんなに冷静なのよ!! どうしてそんなに強いのか、アリアは知りたくないっての!?」

 「······離して下さいですの。苦しいですわ」

 

 勢いよく胸ぐらを掴まれたアリアは表情をしかめながらシルビアを冷たく睨みつける。

 

 「ッ-。······ごめんなさい」

 

 アリアの視線が突き刺さったシルビアは、背筋を冷やしながらゆっくりとアリアから手を離す。襟元を整え直すアリアはそっとシルビアの肩に手を置く。

 

 「先程のお姿、まるで〝昔のわたくしのよう〟ですわね」

 「ッ-」

 「強さを求める事はいい事だと思いますわ。それでも〝誰かの強さに執着している〟内は、決して強くなんてなれませんわよ」

 

 その言葉を残し、アリアは訓練場から姿を消した。

 

 「シルビア? アリアと何かあった? 落ち込むなんて珍しい」

 「······ううん。私って嫉妬深いんだなーって」

 「ん? よく分からないけど、女の子は嫉妬深いもの。なんの問題もない」

 

 そう言いながら笑顔を見せるクロナにシルビアは大きく溜め息を吐きながら彼女をそっと抱き寄せた。

 

 「あんたはお気楽でいいわね」

 「んふふ。最高の褒め言葉っ。それよりそろそろ帰ろ」

 「そうね」

 

 クロナのおかげで少し落ち着きを取り戻したシルビアは、彼女と共に訓練場を立ち去って行った-。

 

 

 

 「アヤ様、少しよろしいですの?」

 「いいよ。ちょっと移動しよっか?」

 「はいですわ」

 

 訓練場を出たアリアは、廊下を歩いていたアヤを呼び止めた。自分の事を先生としてでは無く、プライベートの呼び方をされたアヤはアリアと共にその場から移動し、例のベンチに腰掛けた。

 

 「生徒の中にエト様に対して不信感を抱いている者がいるようですの」

 「······それ、誰?」

 

 -ゾワッ······

 

 「ア、アヤ様! 落ち着いて下さいですの!」

 

 驚きましたわ。この殺気···まるでエト様のようですの······。

 

 大切なエトの事を不信に思っている輩がいるということに強烈な怒りを覚えたアヤは異様な殺気を放ってみせた。それはまるでエトが不機嫌な状態のそれと同じ感覚である。

 アリアは堪らずアヤを必死に宥め始める。

 

 「······ふぅ。ごめんね、アリアちゃん。それで? どうしようって話?」

 「いえ、どうにかしようというつもりはありませんわ。ただ、エト様が戻られた時、エト様が不快な思いをされないかと-」

 「······戻って来る······かな」

 「アヤ様······」

 

 自分の事を不信に思う生徒達がいる事で、戻って来たエトが辛い思いをしないか-そんな事を不安視していたアリアだったが、それ以前にエトが本当に帰ってくるのか、戻って来るのかが心配なアヤ。

 アヤの言葉で二人は彼が帰って来た時の不安視よりも、それ以前のその事の方が心配になっていた······。

 

 「エト様、お力が戻られたのでしょうか?」

 

 仮面の竜使い『ノーフェイス』として魔法学園に現れた時の事を思い出すアリア。しかし、アヤはその問いに首を横に振って見せた。

 

 「多分、戻ってないと思う。戻ってたらきっとドラゴンになんて頼ってない筈だもん」

 「そう······ですわね。でも、五峰の二人を吹き飛ばしたあの力、あれは紛れもなくエト様のお力でしたの。やはり少しはお力を······」

 「······かもね。でも-」

 

 だとしても、あれはエトであってエトではない。正確には二人の知る優しいエトではない。あの場の誰もがエトのことを〝バケモノ〟だと言っていた。彼の瞳を直接みた五峰の一人、『精霊奏者』アイン・マテリアルにいたっては彼を〝人外のモノ〟と評していた程だ。

 力が戻ったからといって心まで戻るとは限らない。そんな事を考えると、戻ってくることなんて無いのかもしれない-そう思ってしまうのだ。

 

 「カナちゃんは?」

 「カナさんなら、あれ以来学園を休んでおられるようですわ。もう一ヶ月も姿を見ていませんの」

 「······そっか。本当に慕っていたもんね、彼女」

 「そうですわね······」

 

 不意に訪れる沈黙。それ以上を語ることなく、鳴り響くベルと共に二人は帰り支度を始めた。

 何故エトが学園に仮面を被ってまで攻めてきたのか、二人がその疑問に辿り着くことはなかった-。

 

 

 

 

 その頃、南方大陸ペンドラー王国の王城『キャメロン』。その最上階のバルコニーにてペンドラー王国国王、レイ・ペンドラー・アースが遥か彼方を静かに見つめていた。

 

 「レイ様ぁ〜。ほらほら、食べ頃ですよぉ〜」

 「あっ、ちょっとあんたね! レイ様を誘惑するなんておこがましいわよ! ですよねレイ様?」

 「こらこらお二人共。下品ですよ。レイ様がお困りでしょ?」

 

 なんて言いながら、美しく魅力的な女性達はレイ・ペンドラー・アースの背後で彼を必死に誘惑しようとしている。

 

 -が······。

 

 「服を着ろ。だらしねえ」

 「「「ッ-!? はいっ!!」」」

 

 たった一瞬の視線だけで女性達を黙らせたレイは再び遥か彼方を見つめ直す。

 

 「······ようやく現れたな。〝五人目〟」

 

 風になびく金色の髪。そして宝石のように輝く真紅の瞳。クスッと微笑む彼が見つめる方角は西方大陸。それが何を指し示しているのか、それは彼本人しか知り得ない······。

 

 女性達がそそくさと部屋を出て行く中、入れ違いで入って来た男性は深々と頭を下げ、レイの元に歩み寄った。

 

 「陛下、先程の広域暗転ですが、どうやら〝巨大な隕石〟の発現によるもののようです」

 「······そうか」

 「突如飛来した隕石を何者かが消し去ったのか、はたまたあれを作り出し気まぐれに消したのか···。詳細は不明ですが······」

 「前者なら俺にも出来るが、後者なら〝バケモノじみてる〟な」

 「しかし、陛下であればそのような相手であっても容易く屠れるでしょう」

 「······さあな。もう十年も強者と出会ってねえ。俺も相当鈍ってるだろうからな」

 「ご謙遜を」

 

 ゆっくりと瞳を伏せたレイはそのまま振り返り、室内へと姿を消す。その後ろ姿をただただ尊敬の眼差しで見つめる男はレイが見ていた方角を見つめ始める。

 

 「陛下、貴方に勝てる者などこの世におりますまい。魔界や精霊界を踏まえても、最強はレイ・ペンドラー・アース様······貴方ただ一人ですよ。退屈かもしれませんが······」

 

 

 

 バルコニーに残った従者を他所にレイはキャメロン城の回廊を進む。エルモア当代最強と謳われる彼は、今このエルモアが置かれている状況を〝既に把握〟していた。

 左手首に輝く黄金のブレスレットをゆっくりと右手で触りながら口角を不敵に上げてみせる。

 

 「さてさて···。世界はどうなっちまうんだろうなぁ五人目。俺が動ける程に荒れ狂ってくれるとありがてえんだけど。······チッ。国を持つってのは存外不自由なもんだ」

 

 コツコツコツ-と静かな回廊を歩み進む。そしてレイはその場から煙が空気と混じり合うように忽然と姿を消した-。

 

 

 

 同刻、ここは西方大陸にある城塞国家ロア王国。同名である東方大陸のロア王国とは別段関わりがある-という訳では無い。

 そしてこのロア王国は、西方大陸で唯一神を崇めてはいない。つまり、国民の心に信仰心が全くない-という西方大陸では特殊な国家なのだ。

 

 「カディエステル様、どうかなさいましたか?」

 

 ロア王国国王、カディエステル・ロア・メルゲンは自室から城下町をただただ眺めていた。彼の右腕であるラナンキュラスが心配そうに声をかける。

 

 「うむ······。他の連中は目の色を変えておったが、今年もいまいちじゃったわい」

 「魔法祭···ですか? それとも〝裏闘技大会〟でしょうか?」

 「裏じゃ裏。青すぎる新芽ほど無価値なもんは無い。五峰などと大層な括りで祭り上げられようとも、儂からすればまだまだ淡すぎる。まぁ、一人だけ惜しい芽はおったがのぉ」

 

 すぐ隣に植えられた花を杖で触りながらそう語るカディエステルにラナンキュラスは不思議そうに首を傾げてみせた。

 

 「惜しい芽······ですか?」

 「む? 分からんかったか? ほれ、なんと言いよったかのぉ。えー·········おお、そうじゃ! 〝シュウ〟とかいう小僧じゃわい!」

 「あぁ、あの下品そうな少年ですか」

 

 しかめっ面のラナンキュラスを見たカディエステルは、楽しそうに笑みを浮かべている。下品-という言い回しが余程お気に召したのだろう。

 

 「ほっほっほっ。お前にはそう見えたか。じゃがの、奴は間違いなく〝この世界の人間では無い〟ぞ?」

 「······え?」

 「古い戦友にのぉ、もうこの世には居らんが、同じ雰囲気の奴がおってなぁ。そやつは〝規格外〟じゃったが、あの小僧はそれには程遠い。天と地程の差があると見える。じゃから惜しいんじゃよ」

 「そう···ですか」

 

 そう言いながら杖を持つ右手を〝ギシギシ〟と動かす。そんなカディエステルにラナンキュラスは「それなら」-と別の存在の名をあげた-。

 

 「魔法祭の〝彼〟は······どうですか?」

 

 その瞬間、カディエステルは手に持つ杖を勢いよく床に叩きつけた。

 カンッ!!-という音に少し驚きながらも、ラナンキュラスは静かにカディエステルの言葉に耳を傾ける。

 

 「エト・リエル······と言ったか。あれは儂の経験上、必ず〝至る〟じゃろうな。かの『神話級(ミソロジー)』に」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ラナンキュラスはカディエステルに悟られないように小さく〝微笑んだ〟。

 

 「〝南方の覇王〟に並ぶか······あるいは-」

 

 カディエステルはそれ以上を語らない。しかし、その嬉しそうな表情から何を考え、何を思っているのかは明白だった。

 

 「しかしお前が堕とせんとはのぉ。お前のスキルは通用せなんだか?」

 「いえ。確かに効果はあったはずですが、本能的に危機感を感じたようで······」

 「ふっ、ほっほっほっ! なんじゃ、振られたのか? それはさぞやショックじゃろう?」

 「カディエステル様、お戯れはよして下さい。それよりも、遅くなりましたが視察隊が戻って来ております」

 

 視察隊-その言葉を聞いた瞬間、カディエステルは表情を一変させた。ここからが本題-という事なのだろう。

 

 「で?」

 「はい。西方大陸南方より、約一万の軍勢を確認。魔獣と人間の混成部隊で、先導者とみられる者達は相当の手練である事が予想される-との事です」

 「ほほぉ。南方から来たか······。どこから湧いて出よったんじゃろうな。大陸連盟に報告は?」

 「はい。既に」

 「にしては遅いのぉ。つまりはそういう事か」

 

 カディエステルの問いにラナンキュラスは無言で頷く。つまり、各大陸に同じような規模の軍勢が進軍している-という事だった。その為、それらの対応に追われて、ここまで何の返答も行き届いていないらしい。

 

 「猶予は一日と無さそうじゃな。ラナンキュラス、軍を率いて応戦に向かえ。お前でも一人では一万の掃除は流石に堪えるじゃろうからの」

 「はい!」

 

 深々と頭を下げた彼女はその場から姿を消し、ロア王国王国騎士団の本部へと赴いた。

 そこには既に五百の騎士達が一寸の狂いもなく、見栄えるほどに整列し、騎士団団長である彼女の事を待ち構えていた。

 

 「団長! 戦らしいですね!」

 「久しぶりの戦に、騎士団総員めちゃくちゃテンション上がってますよ!」

 

 副団長のヘイザーとブリッツは、翼の絵の上にバツ印が描かれている旗を掲げる。これがロア王国王国騎士団である、彼ら『イーカロス』のシンボルである。

 

 地鳴りのような気勢がロア王国全体を包み込む。一万の相手に全く怯んでなどいない。それは彼らを支える存在である団長、『閃光の戦姫』と呼ばれるラナンキュラスがあってこそなのだ。

 

 「頼むぞ、みんな。どこぞの馬鹿に我ら『イーカロス』の強さを思い知らせてやれ!」

 「「「ウォォオオオオオッ!!!」」」

 

 高々く突き上げられた数えきれない程の拳が彼らの闘志を物語る。

 まるで雪崩の如く、城門を飛び出して行く騎士団員達の後ろを落ち着いた様子でラナンキュラスは歩み進む。

 

 「はぁ〜。面倒だなぁ。······でも、あの〝お爺さん〟には恩があるし。頑張らなきゃ-だよね!」

 

 その瞬間、彼女はまるで〝別人〟のような口調で呟き、直後-再び鋭い眼光で遥か彼方を見つめる。

 大陸にその名を轟かす『閃光の戦姫(ラナンキュラス)』。その彼女が今まさに、戦場へと進軍を開始した-。

 

 

 

 

 

 【ッ-! エト様、西方大陸南方にて一万の軍勢が進軍を始めたようです!】

 「はぁっ!?」

 

 待て待て。丸一日は余裕があるんじゃなかったのかよ!

 

 人間界に戻った俺とフィーは、今回の件を精霊界にも伝える為に精霊界である『パラケルス』へと向かう為に『異界門』へ足を踏み入れた。が、その瞬間、フィーから想定外の情報が飛び込んで来てしまった。

 監視を続けていたアイオーンからの伝令のようで、フィーも焦った様子で言伝を終える。

 どうやら連中は準備を終えて進軍を開始したらしい。

 

 「予定よりも大分と早いね······」

 【はい···。どのようにいたしますか?】

 

 「どのように」と言われても困る-というのが正直な感想なのだが、そうも言ってられない。俺の予定を踏みにじったのだ。焦燥感が半端ではない。

 

 「進軍を始めたのはその連中だけ?」

 【えっと·········はい。そのようです。それと、どうやら城塞国家と呼ばれているロア王国の騎士団が迎え撃とうとこちらも進軍を開始したようです】

 「ロア王国······。あの老公の国か」

 【ご存知で?】

 「まあね。フィー、先に言っておくけど俺はこの戦い、人間界を救う為にやるんじゃないからね。俺の敵だから殺すんだ。だから赤の他人を助ける気なんてさらさら無いから。余計な情報は要らないよ」

 【し、しかし! エルモアの救済が貴方様の天命で-ッ!!!?】

 

 人間界、エルモアをアイオーンから託されたであろうはずの、エトの自分本位な物言いに彼女が待ったをかけようとした瞬間-。

 まるで先程とは全くの別人のような視線にそれ以上を口に出来なかった。

 それ以上を言ってしまえば〝消される〟-そんな感情が彼女の頭の中を塗り潰していく。殺気-というよりも殺意だ。そう彼女は思い、震えながらその場に後退りながら尻餅をついた-。

 

 「·········何?」

 【い、いえ······。なんでも···ありま······せん。出過ぎた真似を······お、お許しくださいませ】

 

 先程の言葉を撤回しようと必死に頭を下げる。そんな彼女の頭に手を添えてエトは小さく呟いた。

 

 「予定を変えよう。先にそっちに行く事にする」

 【は、はい······】

 

 彼の手から伝わる温もり、それはとてもあたたかくて優しい。エトと出会って間もない彼女でもフワフワとした感覚を覚えさせられるほどに心地がいい。

 しかし、先程の瞳はこの心地よさとは程遠い。

 

 〝歪〟

 

 それが今のエト・リエルなのだと、彼女は理解した。一体過去に何があり、どれほどの事を経験すればあれ程までの異様な殺意を持ち合わせるに至るのか-そんな疑問が彼女の頭を埋めつくしていた-。

 

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