一つ目の衝突
「んー。エトってば遅いわね〜」
「なのですぅ〜···」
エトと別れ、順調に進んでいたニーズヘッグ達は問題無く西方大陸のコルネル村に辿り着いていた。人口約数百人という小さな村だが、道も建物も綺麗に舗装されている。
そんなコルネル村に着くなり、ラグとステラはすぐさま近くのベンチに腰掛けた。
「やっぱり問題は移動方法だよね。世の中には便利なものがあるっていうのにさー」
「あっ。ラグってば、またよく分からない事言ってる」
「そう? 分かる人には分かるんだよ? こうギュッて捻ったらブォーって具合にさ?」
なんて言いながら、右手首を捻りながら熱弁するラグをステラは不思議そうに見つめている。
-とその時、怒涛の勢いで走り寄る少女にラグ達はすぐさま視線を向けた。そこには獣耳をヒラヒラと揺らしながら「今から抱き着きます!」-と言わんばかりの獣耳っ娘がいた。
盛大に揺れる膨らみにラグの視線が釘付けになる-と思いきや、ステラが颯爽とラグの視界を両手で塞いだ。
「えっ!? ちょ、何!? ステラ!!」
「ダメ! ラグにはまだ早い!」
「いや何がっ!!?」
尚も全力ダッシュの獣耳っ娘は、ラグ達を視界に捉えると同時に急ブレーキをかけてみせた。
「······何? この暴走娘。獣人の癖に〝妙な雰囲気〟なんだけど?」
ニーズヘッグの言葉には目もくれず、少女はキョロキョロと辺りを見渡して不思議そうに首を傾げている。
一体何事だ!-とヤオが戦闘態勢に入ろうとした瞬間、少女は大きく溜め息を吐いた。
「あれれ〜? えとの匂いがしたのにー! キミ達だれー?」
いや、お前が誰だよッ!!!?
と、全員の声が心の中でシンクロしたのは言うまでもない。
「ねえ? あなた誰? 名乗らないのなら、珍獣として私の頭に記録されるわよ?」
「ね〜? えとゎ〜?」
って聞いてねえしッ!!!?
と、全員の声が再びシンクロしたのは言うまでもない。
「キミ、エトくんの知り合い?」
「うん! ニーナはニーナだよぉ〜!」
ステラの問いにはすんなりと答えたニーナに、ニーズヘッグの眉間がピキッ-とシワよったのはここだけの話である。
「そっか。ステラはステラ。よろしくね」
「すてらー! よろしくぅ〜!」
どうやらこのメンバーでニーナとまともに会話出来るのはステラだけらしい。確かに似た雰囲気がないこともない気もしなくもない。
「ね〜すてらぁ? えとゎ〜?」
「エトくんなら、後で来るよ? 今はちょっと用事」
「ふ〜ん。そっかぁ〜。あ、すてらとそこの人、ここの皆は〝竜族〟が苦手だから竜化はしないでね〜!」
「「ッ!!??」」
その言葉を残し、ニーナは嵐のように消えていった。と同時にステラとニーズヘッグは言葉を失っていた。仮にも元竜王と勇者の血を引く竜殺しの二人が竜族だと見破ったのだ。ただの獣人では到底不可能な所業をさらりとやってのけたニーナに二人は唖然と目を見開いている。
「っぐ···ちょっと、ねえちょっとってば! ステラ!?」
未だに解放されていないラグの声もその時のステラには届きはしなかった-。
はぁ〜······-と大きく溜め息を吐くラグ。終始目を押さえつけられ、全く何が何やら-といった具合なのだろう。
「にしてもエトくん、遅過ぎない? まぁ、あの人に限って窮地に陥ってる-なんて事は無いと思うけどさ」
「そうね。そこの心配は一切していないわ。けど何かに〝巻き込まれた〟可能性はあるわね」
ニーズヘッグの言葉を聞いたラグは、髪の毛をまるでアンテナのようにピコッ-と逆立たせた。
「······わああああ! やっぱり傍を離れるんじゃなかったぁ!! 絶対そうだよ、厄介事に巻き込まれてるんだよ!」
などとこうべを垂れるラグは、悔しそうに地団駄を踏んでいる。それを見るなり、よく分からないが同じように地団駄を踏み始めるステラ。
「きっとあっちで何かがあったんだ。えっと、ニールさん? こういう時って好きにしてもいいんだよね!?」
キラキラとした眼差しを向けるラグに珍しく後退る。きっと彼は「探しに行くついでに自分も巻き込まれたい!!」-なんて思っているのだろう。
が、それをする事でエトの予定が狂ってしまえば今の彼なら······。
ラグの気持ちも分からなくはない。ただ、彼の好奇心とエトを比べれば、いや······比べるまでもない。最優先はエトである。
「ダメよ。ちょっと待ちなさい」
えっとー···。確か真核契約の副作用で念話が使えた筈なんだけど······。
《······あーあー。コホン。エト? 聞こえる?》
同刻、西方大陸を南方へ向かっていたエトとフィー。そんな中、フィーは突然走る事を止めたエトにつられるように足を止め、大きく深呼吸をした。エトの速度に合わせている為、相当に疲労しているらしい。
「っと。ごめんフィー。ちょっと待って」
【はい!】
不思議そうに見つめるフィーを他所にエトは後ろを振り返った。
《え? ニール?》
突然聞こえてきた声に驚きつつ、俺はこれがニールからの念話だとすぐに理解した。多分これは真核契約の副作用のようなものなのだろう。
《よかった。繋がったわ! ちょっと遅過ぎない? 何かあったの?》
《あぁ、ごめんね。詳しく話してる時間は無いんだ。とにかく邪魔な奴らを殺しに行く。だからもう暫くは別行動になると思う》
《······なるほどね。奴らって事は敵は複数人なのね? こっちも動いた方がいいかしら?》
俺はニールのその言葉に不思議と笑みが零れた。なんだかもう「流石」の二文字だ。今の会話だけで大体の状況を把握してくれたらしい。
《うん。そうだね、ニール達は精霊界に向かって欲しいんだ。多分ラグが行ったことあると思うから!》
《精霊界ね! 了解よ! ふふふっ、まさか私が精霊界に行く日が来るとはね。ってことは、精霊界にも邪魔な奴らがいるって事でいいのよね?》
《ああ。一人残らず殺していい。ヤバそうならすぐに呼んでね?》
《わかったわ。あっ、それと-》
《何?》
一瞬の沈黙の後、ニールは優しい声色で呟いた-。
《ちゃんと戻って来るのよ。じゃないと貴方を道連れに自害するからね? ······行ってらっしゃい!》
《-ッ。······おう!!!》
念話を終えた俺は見つめるフィーに微笑み、ニールの笑顔を思い浮かべながら全力で駆け出した-。
エトが西方大陸南方に向けてひた走る中、ついに一つ目の衝突が起ころうとしていた-。
「おやおや。どうやら人間の中にも優秀な人材が居たようですね。当方の予想よりも対処が早い」
シルクハット姿の男が右手を真横に伸ばす。すると、それに合わせるように背後の軍勢が一斉に歩みを止めてみせた。このシルクハットがこの軍勢の先導者であることは間違いないようだ。
「さてさて。あちらの戦力は······うーん。無能者が九割-といった具合でしょうか? まあまあ。相手はたかが人間ですからね。有能者が一割〝も〟居たことに当方も賞賛を送らざるを得ない」
相対するはロア王国王国騎士団『イーカロス』。目前の一万という戦力を見ても尚、屈することの無く睨みつけている。
その先頭でシルクハットの先導者を見つめているのは『閃光の戦姫』ラナンキュラス。
「団長、敵との距離はおおよそ200メートル。少し離れ過ぎでは?」
「心配するな。ギリギリ私の〝間合い〟だ」
「「「おぉぉぉぉ·········」」」
間合い-つまり、ラナンキュラスにとってのこの距離は一瞬にして詰め射ることの出来る距離-ということらしい。その頼り甲斐のある言葉に団員達は感心の眼差しを向ける。
一方、未だ見つめ続けるラナンキュラスは攻め入るタイミングを静かに図っていた。
そして、タイミングを見極めたラナンキュラスが一歩前へ歩もうとした瞬間-。
「これはこれは。ようこそおいで下さいました。当方、姫君の命により暫しこちらを任されました、フロドロスト『光帝』アウレオル・リシェンドと申します」
男の言葉にラナンキュラスは表情をしかめた。こちらのタイミングで動こうとした所を遮られたのだ。完全にペースを握られてしまったらしい。
「我は西方大陸城塞国家ロア王国王国騎士団団長『閃光の戦姫』ラナンキュラス。貴様に問う。ここには何をしに来た?」
「おやおや。名乗られてしまわれましたか。一切興味はありませんでしたのに。何をしに? ······そうですね。強いて言うなら〝【天上門の鍵】〟を見つけに-という所でしょうか?」
「【天上門の鍵】······だと? 聞いた事のある者はいるか?」
「いえ。俺達にはさっぱり······」
だろうね······。はぁ〜。いよいよ面倒な事になって来ちゃったよ〜······。
「ここに目的のモノがあるのか?」
「さてさて。どうでしょう? というより、こちらの目的を言った-という事がどういうことか、理解はされていますか?」
「あぁ」
アウレオルの言葉にラナンキュラスは溜め息混じりに答えた。つまり、目的を話しても問題なくする、この場の全員を皆殺しにすると、アウレオルは遠回しに告げた-という事になる。
「お前達、雑魚の相手は任せていいな? 私はあのシルクハットを相手取る。何、心配するな。負け戦になんてさせないさ。·········行くぞ!!」
「「「ウォォォオオオッ!!!!」」」
その瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた-。
「おやおや。あちらの方がやる気に満ちているとは······。さてさて皆さん、お好きに暴れて下さいね」
アウレオルの指示の元、人間と魔獣の混成部隊は一斉に戦乱の封を切った。地響きのような地鳴りが辺り一面を包み込む。
そんな中、ラナンキュラスは大きく深呼吸を始める。
「ふぅ。······『光化』-【光天憑依】ッ!!」
刹那-。
「おやおやおや!? これはこれは······。その姿、まるで〝光そのもの〟ではありませんか! 当方、非常に驚愕してしま-っっぶらァ!!?」
-ズドンッ!!!!
全身を光と化したラナンキュラスを見つめていた筈のアウレオル。しかし、ほんの一瞬、瞬きの間に彼は強烈な衝撃で遥か左方へと飛ばされて行った。
その光景はその場の全員を凍りつかせた。大陸にその名を轟かす『閃光の戦姫』ラナンキュラス。その名の由来である『閃光』の如く一瞬の御業。誰にも目視出来ず、誰にも感知する間を与えない-それが『閃光の戦姫』なのだ。
「おいおい、冗談だろう? まだまだ序の口なんだが?」
「でしょうね?」
「ッ!!?」
-ボコォッ!!
「おやおや。防がれてしまいましたか?」
突然の衝撃に耐えてみせたラナンキュラスに、まるで「よく出来ました」-と讃えるように拍手を送るアウレオル。しかし、ラナンキュラスが驚いていたのは一瞬にして背後に回られたことでも、自分の攻撃を受けても尚ピンピンとしていることでもなかった-。
「······その姿、貴様」
「さてさて。改めて、始めましょうか? 似たもの同士、当方と貴方との〝光戦〟を」
ラナンキュラスが見つめる先、そこには自分と全く同じように全身を光と化したアウレオルの姿だった。
アウレオルの言葉と同時に、仕切り直された『光帝』と『閃光の戦姫』の戦いが幕を開けた-。
「ぬっ! コイツらやっぱり雑魚じゃねえ!?」
「おいゴラァ! 今弱音吐いたやつは誰じゃボケぇ!! 団長が先陣切って戦ってんだろうが! やる気が萎えたってんなら今すぐ死ね!!」
「ブ、ブリッツ副団長? 口調が······素が出てますよ!?」
「今はいいんだよ!! おいコラそこ!? 一匹の魔獣に二人がかりだーあ? 逆だろ逆っ!! 一人で十匹ぶっ殺せやぁ!!」
副団長ブリッツの罵声によってやる気···というよりも恐怖で闘志が高まっていく。
が、決して雑魚では無い一万の軍勢相手に早くも疲れが見え始めている。それは歴戦をくぐり抜けてきた副団長のブリッツやヘイザーも同様だ。少しでも団員達の負担を減らそうと、自ら敵を次々と倒していく-そんな状況が続けば疲労するのも当然である。
「ッチ。大きな声では言えねえが数が多いな······」
「ヘイザー副団長?」
「いや、ちげーぞ? 今のは弱音じゃねえからな!?」
「あ、いえ。自分は何もそういう意味で声をかけた訳じゃ-ッ!?」
「っととと。すまない、邪魔をしたか? 勢い余ってしまってな」
戦いの中、ヘイザーと団員が声をかけ合っていた間に割って入ったのは『光化』した状態のラナンキュラスだった。
「ついでだ。少しだけサービスしてやろう-ッ!!」
そう呟いた瞬間、遥か後方で数え切れない程の叫び声が響いた。ラナンキュラスは団員達の様子を見た瞬間、相当疲労しているのだと気付き、一瞬にして五分の一という数の敵をなぎ倒した。
その光景に団員達は歓声を挙げる。ここには『閃光の戦姫』がいる。その事が何よりも彼らの闘志を高め、その背を後押しする。
「いやはや。余計な事を······。当方との戦いの最中にその余裕。実に不愉快。癪に障りますね?」
「-っと。そうか? 貴様の速さと私の速さではどうやら〝大きな差がある〟ようなのでな。これくらいのハンデはあってもいいと思ったのだが?」
「······ふふふ。よく喋る。その減らず口がいつまで続くか···。見物ですね?」
その瞬間、アウレオルは光と化したその姿のままシルクハットをゆっくりと取り外した-。
「姫、少々本気を出させて頂きます。人間如きに決して本気を出すな-との命でしたが、どうにもこの者には絶望を与える必要があるようなので」
刹那、その場の空気が一瞬にして凍りつく。
「ッ!?」
その異様な空気にラナンキュラスですら後退る。倍以上に膨れ上がった存在感と威圧感、この戦いで初めて彼女は目前のアウレオルに〝恐怖〟を覚えた。
「『限定回帰』-。〝真名バルドル〟の名において、貴方に素敵な絶望をプレゼントして差し上げましょう」
「「「うあああああああっ!!!!」」」
「なっ······!?」
アウレオルが真の名を呟いた瞬間、ラナンキュラスは彼の存在を〝見失った〟。思考力・判断力・反射能力を光と化した事で極限まで高めていた彼女ですら追えない速さ。
それはまさに紛い物では無い本物の『光』。
次々と殺られていく団員達の悲鳴にラナンキュラスは怒りと共に拳を力強く握り締める。
「いい加減に······しろぉ!!」
今までとは違い、全力でアウレオル=バルドルに襲い掛かる-が、彼はラナンキュラスの光速度の攻撃をまるで赤子をあやす様にゆらりと回避してみせる。
唖然と目を見開くラナンキュラスを背後から見つめながらバルドルはクスッと嘲笑う。
「おやおや。何をそんなに必死になられておいでで? 貴方も先程申されていたでしょう? ハンデですよハンデ。何も不思議な事じゃないでしょう? どんなに貴方が光と化した所で、所詮は〝人間〟。本物の〝光の神〟には及ぶはずも無い」
「······は? 光の······神??」
「はい。正確には光神の使徒-ですがね」
-ボコォッッ!!!!
「きゃあっ!!?」
「「「団長ぉーッ!?」」」
ラナンキュラスの背後から強烈な一撃を与えたバルドルは両腕を大きく広げて高々と笑い声を発した。
「まあまあ。素敵なお声じゃあないですか? それが本性······ですか? くふふふ。さてさて。では先程のお返し-と言うことで。······冗談でしょう? まだまだ序の口···なんですがね?」
一方、弾き飛ばされたラナンキュラスは痛みのあまり、光化を解かざるを得なかった。蹴り付けられた横腹を抑えながら必死に痛みに耐えている。
強い-。
それが彼女が感じたバルドルという存在。大陸にその名を轟かしている彼女は誰が相手だろうと負ける気なんて微塵も無かった。
それが今や、目の前のバルドルに攻めあぐねている。そんな状況が彼女の絶対的自信を簡単に粉々に砕いていく-。
「っぐは······。っもぉ、勘弁してよ······」
未だに立つことのできない彼女に追い討ちをかけんと、バルドルは一瞬にして距離を詰め、彼女の頭部を全力で殴りつけた-。
-ドォンッ!!!!
「······おやおや。まだそんな力が?」
砂塵の中、あろうことかラナンキュラスはバルドルの強烈な一撃を〝片手で〟受け止めていた。
「はぁ···はぁ······。貴様がどれだけ強かろうとも、貴様が何者だろうとも、それが私の負けていい理由にはならない···だろ? それにな、貴様よりもおっかない化け物を〝散々見て来た〟んでな。強いとは思うが······それだけだ」
「······そうですか。それで? 貴方はどうしようと? 見たところ、限界のようですが?」
「······限界? バカ言わないでよ。そんな言葉、私は知らないッ!!」
「何っ!!? こ、この力······は!?」
ラナンキュラスが不敵な笑みを浮かべた途端、バルドルは後方に退避した。それは受け止められた右手を彼女が〝握り潰しかねない〟-そう本能的に感じ取ったからだった。
「魔力の急速な上昇······? それも当方と〝同等〟の···? あ、ありえない。一体どういう事-ッ!?」
ラナンキュラスの急速な魔力の上昇を前に状況を理解しようとしていた矢先、背後になんの気配も無く、彼女は現れた。
「凄いね。キミ、魔力量が【500,000】もあるんだ? 神の使徒だっけ? って事は〝ルカと同じ〟なのかな?」
「ッ!? 貴様······その名を何故!?」
「さーてね。何ででしょう······かっ!!」
「ぬぐあッ!!!」
振り下ろされた手刀を間一髪で受け止める。が、バルドルの腕が先に悲鳴をあげ始める。
「そ、その力······一体!!」
「ユニークスキルだよ。『限界突破』。一時的に相手と同等以上に魔力値を跳ね上げる私のとっておき。まぁ、時間も限られてるし使い終わったら丸三日は魔力値が【0】になっちゃう諸刃の剣···なんだけどね」
「ぐぉあああッ!?」
尚も推し潰そうとする彼女にバルドルは必死に耐え凌ぐ。
-と、その時·········。
「おいおい、バルドル。情けねぇぞ? 神の使徒が聞いて呆れるぜ?」
なんの気配も前触れも無く、バルドルとラナンキュラスの隣に現れた屈強な男がゆっくりとラナンキュラスに向けて左手を伸ばす。
-シュバッ···。
「ッ-。くっ······もう少しだったのに」
即座に距離を置き、彼女はバルドルともう一人の男を見つめる。あと少しでバルドルを倒せそうだったが故にこの後退は相当にショックが大きい。
彼女の『限界突破』は、彼女の言う通り時間制限が存在している。この時間すらも惜しいのだ。かと言って焦りのまま突っ込んでも無謀といえる。
「おやおや。これはこれは『氷帝』のユミルではありませんか? 何故貴方がここに? ここは当方が任された地区ですよ?」
「あー、そうなんだがな? いや、別に邪魔しに来たわけじゃねえんだ。姫様からのご命令でな、ここの戦いが終わり次第、各界各地の進軍も開始するらしい。まぁ、だからなんだ? とにかくさっさと終わらせろ-ってこったな!」
「それはそれは。姫君からのご命令とあれば、早々に始末しなければなりませんね」
「おう、んじゃあな? 俺は〝北上して〟北地区を攻め落とす予定だから、あとは任せるぞ?」
「ええ」
会話を終えると、ユミルと呼ばれていた男はその場から消え去り、バルドルは再びラナンキュラスに視線を向けた。すると、そこには光化を解いた姿のラナンキュラスが両膝を支えに息を荒らげていた。
「おや? おやおやおや? あー、残念です。本当に残念ですよ。運命とは非情ですね? たった一瞬の基点で大きく戦況を変えてしまう。運命すらも当方の味方······なのでしょう。運命なんて信じてはいませんがね?」
ユミルという存在が現れなければラナンキュラスの勝利が確実なものへとなっていた。しかし、そうはならなかった現状をバルドルはラナンキュラスに突きつける。
「っ···。畜生」
どうしようどうしようどうしよう!! 本当に限界が来ちゃったよぉ!
「っだあ! 団長! ご無事ですか!?」
「ヘイザー!? お前、雑魚はどうした!?」
「へへへっ。ロア王国騎士団『イーカロス』を舐めんじゃないっすよ。重傷者はいるっすけど、全員生きて討伐完了しました!!」
ラナンキュラスが周囲を見渡すと、そこには満身創痍ではありながらも彼女に向けて親指を突き立てる団員達の姿が映っていた。
たった五百人-。だと言うのに屈すること無く本当に一万の軍勢を退けて見せた彼らにラナンキュラスは自然と涙を流し始める。バカだと、頼りないと、そう思いつつも信頼していた部下達が掴み取った勝利。これ程までに嬉しい事は無い。
「うっ······ヘ、ヘイザー〜···」
「おいおい団長? 泣くのはまだはえーっすよ? それに口調だって、素が出てますから!」
「ぐすっ。うぅ、そうだな···。すまない」
「団長、使ったんでしょ? 『限界突破』。って事はもう厳しいでしょ! 『光化』で応援を呼んで来てください! 時間くらい稼ぎます!」
「ば、馬鹿を言うな! 奴は私よりも強いん-ッ」
自分よりも強い-そう忠告しようとしたが、彼女はそれ以上を言えなかった。それは、目の前のヘイザーが震えながらも必死にバルドルの事を睨みつけているからだ。強いのは百も承知、それでも尚自分達が時間を稼ごうと決意しているのだ。
「さ、さあ早く! 俺が根はビビりなの知ってるでしょ? もうチビりそうなんすよ! そんな姿、あんたには見られたくねえんだ! な? 頼むよ団長!」
「「「団長っ!!」」」
全員の声がラナンキュラスの背を押す。こうも背を押されては彼女も動かざるを得ない。
「絶対に死ぬんじゃないぞ!!」
「はいはい! お前ら、死んでも耐えんぞっ!!」
「「「ウォォォオオオッ!!!」」」
「すまない······」
ありがとう······みんな!
一瞬にして光化したラナンキュラスがその場を離れようとした瞬間、ラナンキュラスは掛け出すのを躊躇ってしまった-。
「ヘ、ヘイザー······?」
「ッ--だ、団長······はっ早く······」
「美しいですね。愛されていますね。団長殿? では、そんな団長殿は部下のこの姿を見ても部下達の思いを背負えますか?」
躊躇した理由、ラナンキュラスの視界に映ったもの、それはヘイザーの懐をバルドルが微笑みながら〝穿いている〟光景だった-。
「ヘ······ヘイザーッ!!!!」
「団長! 早く行けバカ!!」
「ブリッツ、しかし! ヘイザーが!?」
「見りゃ分かるわ!! だからって止まってんじゃねえよ! さっさと行け! テメエは俺らの団長だろうが!!」
「うっ······うぅぅぅ!」
「な? 早···く······え?」
-スブッ······。
「ブリッツッ!!!!?」
「さてさて。お次はこの方······と。さぁ? 団長殿、まだ行かれないので?」
「き、貴様ぁぁぁっ!!!!」
ヘイザーに続き、ブリッツまでもがバルドルの毒牙にかかる。その光景にラナンキュラスの怒りは限界を迎えてしまった。助けを呼びに行くどころか、バルドルに向かって駆け出した-。
「そうそう。人間というのは理性的で単純。仲間を捨てて-なんて出来るはずもない。脆い······脆すぎて当方、高揚感で満たされるというもので-」
-ズ・ド・ンッ!!!!!!
刹那、全てを切り裂くように天上より〝ナニカ〟がバルドルとラナンキュラスの間に舞い降りた-。




