新しい力
積み上げてきたもの、築き上げてきたものを奪われたエト。
そんな彼を支えようとアヤとアリア、そしてカナが手を伸ばす-。
しかし、必死に死にものぐるいで得た力を失ってしまったエトは、その手を振り払う。
そんなエトが行き着く先に待つものは・・・・・・。
エトが姿を消してから一ヶ月程が経っていた。当初、学園側はエトが姿を消した事でパニックに陥った。魔法祭のクラス対抗戦も然り、一躍有名人となった彼を求めて来園する者も多かった為、学園長のアリスタシア含め学園側が総力をあげざるを得ない状況になってしまった。しかし、なんとか収拾をつかせ、無事に魔法祭は終わりを迎えた。
「アヤ先生〜?」
「え? あ、あぁ。すみません! ボーッとしちゃいました」
魔法学園魔法科Dクラスで授業中のアヤは苦笑いを浮かべている。そんな彼女にクラスの生徒達は微笑んで見せる。当然、Dクラスの生徒達もエトが突然いなくなった事には驚いていた。しかし、学園長が上手く話をまとめてみせた事で予想以上の速さで落ち着きを取り戻していった。
「にしても、リエルの奴大丈夫かなー?」
「ご両親が倒れられたみたいだしね。しょうがないよ」
「エト様······」
「······エト君」
生徒達がエトの話をする中、アリアとアヤの呟きはかき消される。生徒達が落ち着きを取り戻していく一方、一ヶ月が経っても、アヤとアリアは完全には割り切れてはいない。あの時、引き止めることが出来なかった自分達を酷く恨んだ事もあった。エトを追って魔法学園を出て行こうともした。
しかし、エトの為にアヤもアリアも自分達が出来ることをしようと決めたのだ。ここにはまだエトの妹に関する情報があるかもしれない。それにエトは必ず帰ってくる。そう信じながら二人で妹の情報をこの学園で集めよう-そう誓ったのだ。
「はいはい。続き、いきますよ!」
「「「はーい!」」」
エト君、寂しいよ······。私もアリアちゃんも絶対諦めない。エト君の事、信じてるから。だからちゃんと······ちゃんと戻って来てね······。
「ッ!!!」
-グチャッ!!
「はぁ···はぁ······」
北方大陸北西部、オーリア山脈に少年エト・リエルはいた。ひたすらに魔獣を狩り続けるその姿はまるで血に飢えた獣。素手で魔獣の目を引き抜き、血塗れのボロボロになりながら何かを発散するように毎日毎日ただただ戦いに明け暮れていた。
何百匹という下位の魔物を殺し、その身を喰らう。そうして強引に魔力を得ようとしていた。しかし、魔獣の身を人間が食するとどうなるか-なんて常識中の常識だ。当然のように嘔吐を繰り返し、体内から侵食されていく痛みにのたうち回る。
それでも彼はそんな非常識な行為を繰り返していた。
「······やっぱり不味いな······ッ!? ···オエッ!!」
そう呟き、血反吐を吐きながらステータスを確認する。
名前:エト・リエル
年齢:十八歳
種族:魔人
加護:-
称号:世界を歩む者
魔法:-
魔力値:【-】
技能:-
しかし、何十匹という魔獣喰らえど、魔力は増えはしない。そんな手段を取ったとしても魔力なんて得られる訳が無い。エト自身もどこかで分かっている事だった。
だとしても、エトは辞めようとはしなかった。そうしてエトはそんな無茶苦茶な手段で魔力の底上げをしようと繰り返した結果、遂には人間を捨ててしまっていた。
「畜生。何でだよ······」
どうしてこうなったのか-そんな事ばかりを考えながらゆっくりと立ち上がるエトの下には、数メートルはある巨大な魔獣が横たわっていた。
〘クゥ〜···〙
「あ?」
突然耳に飛び込んで来た鳴き声に反応を示したエトは声の方に視線を向けた。すると、その魔獣の子供のような小さな魔獣が悲しそうに死した魔獣に向けて鳴いていた。
「お前の親···か。·········じゃあな」
〘クゥ······クゥ〜!〙
まるで別れを惜しむように親に向けて咆哮を放つ小さな魔獣。そんな小さな魔獣と親であろう魔獣に視線を向け、エトは再び歩みを進める。
「俺の右腕を〝くれてやった〟んだ。成仏しろよ」
強者を求めて彷徨う捕食者の戦いは終わらない。その後もエトは左手と両足、地形や即席の武器を利用し、次々と自分よりも強い魔獣を喰らっていった-。
「ハグッ······モグモグ······ゴクン。はぁ···」
それから二週間、なんの化学反応か、吐き気や体内の侵食も引き起こさなくなり、エトの髪は白と黒の斑模様のように変色し、肉体も大分と筋肉質になっていた。
「······お前、いつまで着いてくるんだよ。俺はお前の親の仇だろ?」
〘クゥ〜!〙
「意味わかんねえ」
この二週間、彼は一人旅では無くなっていた。彼から右腕を奪った魔獣の子がなんの因果が、ずっとエトについてきているのだ。
「仇討ちなら相手になってやる」
〘クゥ?〙
そう言いながらエトは殺気を小さな魔獣に向けて放つ。しかし、対する小さな魔獣は不思議そうにエトを見つめている。その様子に大きく溜め息を吐くとエトは再び先程仕留めた数十メートルはある魔獣の肉を喰らい始めた。
「·········やっぱりダメか」
魔獣の肉を喰らう中、エトは静かに呟いた。自分よりも強い魔獣に挑み、腕まで犠牲にしても一向に魔力は得られない。ようやく己の行為が無意味だと悟ったエトはそう結論づけた。
「魔力は-」
名前:エト・リエル
年齢:十八歳
種族:魔人
加護:-
称号:世界を歩む者
魔法:-
魔力値:【-】
技能:-
「······だろーな。·········っざけんなッ!!!」
ステータスを確認したエトは湧き上がる感情を左拳に乗せ、近くの岩壁に全力で放った。
-ドォォンッ!!!!
その瞬間、なんの力も無いはずの拳は数メートルもある岩壁を消し飛ばしていた。
「······は? な、なんだこ-ッ!?」
〘クゥッ!〙
-ドンッ!!!!
自分の所業に理解が及ばないエトが、自分の拳を眺めようとした瞬間、突然後方の岩壁に叩きつけられた。
「ッ······いってぇ。何なんだよ畜生ッ」
全身の痛みに耐えながらゆっくりと視線を前に向ける。すると、そこには銀色に輝く巨大な〝ドラゴン〟がエトを見つめていた。
「······なんでこんなとこにいんだよ。〝ニーズヘッグ〟」
エトがそう言うと、美しい銀色竜は一瞬にしてその姿を人型に変えて見せた。
「っと。久しぶりね! エト!」
銀色の長い髪が光彩を放つ美しい女性は微笑みながらエトの傍に歩み寄る。そんな女性の言葉に特に反応を示すこと無くエトは体についた土を払い落とす。
「久しぶ······りッ!!!」
「ちょ-」
-ボコォッ!!!!
先程のお返し-と言わんばかりにエトは左手を全力で握り締めて女性の顔面を殴り飛ばした。まるで弾丸のように吹き飛ぶ女性を見送り、殴りつけた痛みを払うように左手をヒラヒラと振ってみせる。やはり左拳は、先程の岩壁への攻撃同様にとてつもない威力を持っていた。
「······マジで何なんだコレ。ドラゴンにもギリギリ〝有効打〟になるのかよ······」
一方、全力で殴られた女性は顔を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「ったたたぁ。相っ変わらずの傍若無人ぶりね。ほんっと二年前と〝全然変わってない〟んだから! まぁ、そうでなくっちゃ私の弟の主を名乗る資格なんてないんだけど」
殴られたというのになんだか嬉しそうに微笑む女性は一瞬にしてエトの元に舞い戻る。そしてエトの顔や体格、雰囲気を観察し終えると「よし!」-とエトの腕にしがみついた。
「エト? ようやく竜王の地位を弟に〝継承出来た〟の。これで一緒に旅が出来るわ! えへへっ。嬉しいでしょ!」
「······別に。つか、鬱陶しいから離れろ」
「もぉー。つれないわねー。まっ、そういう所も好きだけどっ!」
〘クゥ······〙
完全に空気と化していた小さな魔獣に女性は視線を向ける。すると、小さな魔獣は怯えたように震えだし、そそくさとエトの背後に隠れてしまった。
「······何? この〝ゴミ〟。エトのペット······な訳ないわよね。······失せなさい」
〘ク···クゥ〜······〙
その瞬間、女性は規格外の圧倒的な殺気を小さな魔獣に放った。しかし、その殺気はエトによってかき消された。エトはその規格外な殺気以上の異様な殺気を女性に向けたのだ。
「-ッ!」
「勝手言ってんじゃねえよニーズヘッグ。コイツの事は放っておけばいい。それが気に入らねえんならお前が失せろ」
「うふふふ。了解よ。ごめんなさいね?」
〘クゥッ!!!〙
「-ぬぐッ」
庇ってくれた-と思い、それが嬉しかったのか、小さな魔獣は尻尾を振りながら勢いよくエトの頭の上に飛び乗った。対してニーズヘッグはエトの異様な殺気に表情を赤く染めている。
「ってて。そうだ、ニーズヘッグ。聞きてえんだけど今のって効いたか?」
「今のって殴られたやつ? 正直に言うとほんの少しだけね。私達ドラゴンには物理的な攻撃がほとんど効かないって知ってるでしょ?」
「あぁ、そうだったな」
「でもどうして?」
ニーズヘッグの問いに、エトは近くの岩場に腰掛けて答えた。
「俺はもっと強くならねえとダメなんだ。何者にも害されねえ圧倒的な力を手に入れる······」
「圧倒的な力···ね。今でも十分に圧倒的だと思うんだけど。ドラゴンに素手で一撃を入れる人間なんてそうは居ないわよ? ······まぁ、もう〝人間じゃない〟みたいだけど」
「でも、今の俺じゃあお前は倒せねえ」
「あなたのそういう所···とても好きだけど、誰だって限界はあるのよ? 上には上がいるものなの。当然、私よりも強い奴だっているかもしれないし、遥か昔には〝神殺し〟を成し遂げた本物のバケモノだっているの。強欲傲慢は己を破滅に導くわよ?」
ニーズヘッグの言葉にエトは表情を曇らせる。彼女の言葉はエトがイルミンスールから教えられてきた言葉だった。上には上がいる。それを一番理解していたのはエト本人だったのだ。しかし、一ヶ月前の出来事でエトの心に変化が起こってしまった。
その影響で、エトは多くの感性と感情が歪に変革し、過去の力を求めるだけの存在へと戻っていた。
「というか、私の弟の加護もあるでしょ? 『反魔法障壁』だって『竜化』だって使えるんだから、やっぱり十分なんじゃない?」
ニーズヘッグの言葉にエトは一ヶ月前の出来事を話した。何者かによって能力やスキル、加護までもが全て消されてしまった-と。
それを聞いたニーズヘッグは、なるほどね-とエトに起こった悲劇をすぐに理解した。しかし、彼女は魔力も纏わずただの素手で自分を殴り飛ばした事には触れなかった。
それをエトが不思議に思っていると、ニーズヘッグは表情を一変させた。
「なら、私と〝真核契約〟してみる?」
「·········は? なんだそれ」
「あら、知らない?」
真核契約-それは、竜族との直接契約の事であり、単に加護を与える契約ではなく、互いの命を代償に契約するものである。契約した者はとてつもない力を得られる-と言われているが、ドラゴンの方にはなんのメリットも無い。それどころか、契約対象が真核契約に耐えきれなければ己も死する-という竜族にとってはデメリットしか無い契約なのだ。
故に過去に誰一人として真核契約を成しえた者など存在しない。
「へぇ。死ぬか力を得るか-か。いいのかよ」
「あら? 心配してくれてるの?」
「いや、全然」
「うぉっとと。もぉ! ···で? どうする? 失敗すれば私もエトもあの世行き。成功すれば、多分だけどあなたはドラゴンすらも〝容易に〟相手取る程になるでしょうね」
その言葉でエトの心は決意を固めた。ニーズヘッグを真剣に見つめて首を縦に振る。それを確認したニーズヘッグは優しく微笑むとあろうことか、自分の胸を貫き心臓を引きずり出した。
「······無茶苦茶だ-なッ!」
真核契約に必要な事だと理解したエトはニーズヘッグと同様に左手で自分の胸を貫き、同じように心臓を引きずり出した。その瞬間、エトは前のめりに倒れ、ニーズヘッグがエトを支えて自分の心臓を風穴の空いたエトの胸に押し込む。
「ったく。どっちが無茶苦茶なのよ。私がやるつもりだったのに自分でするなんて······。そんな馬鹿はあなただけよ······。本当にすごい子」
その言葉が聞こえたのか、エトは意識を失う寸前に〝笑顔〟をみせた。それは一ヶ月と二週間ぶりの心からの笑顔だった-。
「ん······。···ってて」
目を覚ましたエトはゆっくりと辺りを見渡す。そして自分の両手を見つめながら上体を起き上がらせた。
「おかえりなさい。ご主人様っ」
すると、隣で腰掛けていたニーズヘッグがエトに微笑みかけた。どうやらエトは無事にほんの僅かな可能性を拾い上げたようだ。
「ご主人様···ね。気持ち悪いから、様とかつけんなって」
「そう? ならご主人、体調はどお? ステータスに変化があると思うんだけど」
「あぁ、そうだったな。っと」
エトはゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをした後、ポケットにしまっていたステータスプレートを取り出した。
すると-
名前:エト・リエル
年齢:十八歳
種族:魔竜人
加護:-
称号:世界を歩む者
魔法:-
魔力値:【-】
技能:『US竜王降臨』
「へぇー。種族は······竜人の上位種、魔竜人になってるわね。それにこのユニークスキル······。うふふふ。おめでとうご主人! 晴れてあなたもバケモノの仲間入りね!」
「······実感がねえんだけど。で? このユニークスキルって何?」
「それはね、常時発動型のユニークスキルで、竜王···つまり、私と同等の能力値になるのよ。筋力、体力、耐久力、不死性をね。んー、分かりやすく言うと、その辺の魔法や物理攻撃は〝無意味〟ね。『反魔法障壁』以前の問題よ。私も効かないから。それと、不死性だけど、これは不死身って意味じゃないから注意してね。超速再生が常に発動するのと、不老になるってくらい。あーでも、既に無くなってる腕はダメだけどね」
「······そっか。なんだか、前のステータスの〝劣化版〟だな」
エトのその言葉にニーズヘッグは眉をピクリと動かした。どうやらエトの発言が癪に障ったらしい。
「あのね、ご主人? 竜王の耐久性と筋力を馬鹿にしてるようだけど、一応竜族は最高位種族なのよ? その中でも一番強い存在が竜王なの! あと、この真核契約のメリットは契約者同士が〝同時に命を落とさないと死なない〟ってところなの! つまり、ほぼ〝不死身〟なの! まぁ、これは契約者同士が認識出来る距離にいないと意味無いけど······」
-と、不機嫌そうにぷくーっと膨れっ面になるニーズヘッグに溜め息混じりでエトは彼女の頭に手を添えた。
「······ありがとな」
「えっ······あっ···うん。えへへっ」
そして-。
「それでご主人? これからどうするの? 新しい力も得たことだし強者を探す? まぁ、私よりも強い奴じゃないと今のご主人には物足りないだろうけど」
オーリア山脈にあるアイシア山を下りながら今後の方針をエトに問いかける。先程から魔獣達がエトに向けて攻撃しているが、その全てがユニークスキルのおかげで無効化されている。流石に鬱陶しくなったのか、エトは左手を大きく振り払う。
たったそれだけで上位の魔獣達が消し飛ばされてしまった。
「その前にそのご主人ってのもやめてくれ。気持ち悪い」
「むむっ。もぉー、それじゃあエト? これからどうするの?」
「リルアンツェ王国に行く」
「リルアンツェ······。あー、あの古風な武力国家ね。何? 攻め落とす気?」
なーんてね! -と微笑むニーズヘッグを他所に、エトはおもむろに立ち止まり、胸元のペンダントを手に取った。
「ん? 何それ?」
「リルアンツェ王国の王から貰った。王族の証みてえなもんらしい」
「へぇー。って事はそれを利用して何かする気なのね?」
流石は竜族の元長。一国の王から渡された物だと知っても全く興味が無い様子で落ち着いて話を進めている。彼女からすれば人間なんて毛ほどの興味もないのだろう。
「誰かのせいで予定が狂っちまったからな」
「ふーん。魔法学園には戻らなくてもいいの? お仲間達はまだあそこにいるんでしょ?」
エトは一ヶ月前の出来事を話す際に魔法学園の事やアリアとアヤ達の事も話していた。
「ああ。でも今は〝どうでもいい〟。それよりも俺を最底辺まで突き落とした奴らをぶっ殺すのが先だ」
「うふふふっ。殺すのね! いいわ、素敵よ! とても面白そうだわ!」
心底楽しそうに笑うニーズヘッグ。そんな彼女を気にすることなく、エトは歩みを進める。その二人の後ろ姿は禍々しく異様な殺意に満ちていた-。
〘クゥ?〙
「·········コイツの存在忘れてたわね。殺したらエトに怒られちゃうし。ちょっとあなた、面倒だから私の肩に乗ってなさい」
〘クゥッ!〙
「······なんで嬉しそうなわけ? 意味が分からないわ。光栄に思いなさい! この竜族最強のニーズヘッグ様の肩に乗れるなんて生涯あなただけよ」
〘クゥ〜!〙
「·········何よ。ちょっと可愛いじゃない」
「何さっきからグチグチ言ってんだ。さっさと行く-ぞッ!」
-ドォッ!!!
「っとぉ! いきなり飛ばないでよ。もぉ!」
規格外な跳躍でその場から飛び立ったエトを追ってニーズヘッグも勢いよく飛び立つ。その衝撃でアイシア山は頂上辺りから中腹まで大きな亀裂が稲妻のように迸っていた-。
同刻-リルアンツェ王国の首都インベル。
「ねぇ、トウヤ〜。そろそろリーゼ城に行かない?王様きっと待ってるよ〜?」
「待てって。新しいパーティーメンバー募集のチラシを······」
ギルドハウスの掲示板を眺めている少年少女。黒髪の少年とこちらも黒髪の少女。見るからに上等そうな装備を身につけ、周囲からは感心の眼差しを向けられている。
「っだああ! ほとんどBランク冒険者ばっかじゃん! くっそぉ〜···やっぱSランク冒険者って少ないんだなぁ。シルフィーに会ったのってすげえ確率だったのね」
「もー、馬鹿言ってないで! そのシルフィーさんも待ってる筈だから。ほら行くよ?」
「へいへい行きますよ〜」
大きく項垂れる少年トウヤの腕を引く少女。そんな二人がギルドを出た瞬間、入れ違いにギルドへと入っていった二人組にトウヤは本能的に足を止めた。
「ん? トウヤ? どうしたの?」
「サキ、今の二人組······見た?」
「え? えっと銀色の髪の女の人とメッシュっぽい髪色の人? ······ってトウ···ヤ?」
サキと呼ばれる少女は、掴んでいたトウヤの腕が震えている事に気付き、ゆっくりとトウヤの顔を覗き込む。すると、トウヤは冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべていた。
「は···はははっ······すっげー···。初めてだよ、ここまでビビったの」
「えぇ? トウヤが!?」
焦った様子のサキを他所にトウヤは黙ったままギルドハウスの受付前に立つ二人を眺め続けた-。
一方-。
「こんにちは。本日はどのようなご要件でお越しになられましたか?」
無事にリルアンツェ王国首都であるインベルについたエトとニーズヘッグは、インベルにあるギルドハウスに来ていた。というのも、資金集めの為-ということらしい。エトは『異空間収納』も失っている為、そこに入れていた金銭が取り出せない。つまりは金欠状態なのである。
「報酬のいい仕事を頼むよ」
「はい。それではステータスプレートをご提示願います」
「·········」
受付の女性の言葉にエトは口篭ってしまった。というのも、種族が変わってしまった今のエトのステータスプレートは見せることが出来ない。ちなみにニーズヘッグはステータスプレートすら持ってなどいない。彼女は脳内にステータスが浮かび上がるのだ。
ステータスプレートを掲示する-という事をすっかり忘れていたエトは口篭る他無かった。
「もぉ···エトってば。ねえ? 確か魔獣の部位や素材をギルドは買い取ってくれたわよね?」
「え? あ、はい。勿論買い取らせて頂きます。ただ、本ギルドとの契約外の方の買い取りは取引額が大幅に下がってしまいますが、それでも宜しければ買い取りをさせて頂きますよ?」
「ありがと。また来るわね」
「はい。お待ちしております!」
ニーズヘッグのおかげで恥をかかずに済んだエトを連れてニーズヘッグはギルドを後にした。
「悪いなニーズヘッグ。完全に忘れてたよ」
「全然いいわよ。それよりも私の名前、竜王の名前は流石に知れ渡ってるの。だからこれからはニールって呼んでくれない?」
「あぁ。そうだな、わかった」
「うん! それじゃあちゃちゃっと殺しに行きましょ!」
ニーズヘッグの言葉に頷き、エトは魔獣討伐に向かった。そんな二人を見つめていた存在にエトとニーズヘッグは気付かなかった。いや、正確には気付いていたが心底どうでもよかったようだ。
「ね、ねえ? こんなにコソコソする必要ってあるのかな?」
「あったり前だろ!? つっても多分バレてただろうけど」
「······えぇ〜。ってトウヤ! メッシュの人戻って来たよ!」
「えぇ!?」
魔獣討伐に向かった二人だったが、二人で行く必要性は全くない-という事で魔獣討伐はニーズヘッグに任せてエトはギルドハウスの前に戻って来た。そして、先程から感じる視線の主に接触しようと考えていた。
「どどどど、どうしよう!! トウヤ! あの人、こっちに来るよ!?」
「んな事、見たら分かるっての! 落ち着けよ! 向こうも街中でどうこうしねえって!」
なんて言いつつ、内心バックバクのトウヤは膝を震わせながらエトの前に立ちはだかった。
「······あ?」
「き、綺麗な顔······」
真正面からエトの素顔を見たサキがそんな事を呟く。それをかき消すようにトウヤがポーカーフェイスでエトに声をかけた。
「初めまして! 俺、トウヤっていいます! 一応、冒険者です!」
その言葉にエトは一瞬だが眉間にシワを寄せた。
「冒険者······か。で? 俺になんか用?」
「「ッ!!?」」
そう問いかけながらエトは二人と視線を合わす。その瞬間、その異様過ぎる瞳にトウヤとサキは本能的に一歩後ろに後退ってしまった。
「お、お兄さん···強そうですね」
「どうだろうな。······で?」
エトの圧倒的な圧力、圧迫感にトウヤは背筋を凍らせながらもゆっくりと口を開いた。隣のサキは恐怖から瞳に涙を浮かべている。
「えっと······そ、その···」
口を開いたものの、全く言葉が浮かび上がらないトウヤの袖をサキはエトに気付かれないようにキュッと握り締める。が、エトにはサキのその行動がしっかりと見えていた。それを見たエトは大きく溜め息を吐き、そっと左手を動かした。
「い、いやぁぁっ! ·········ふぇ?」
何かされると思ったサキは声を荒らげたが、予想に反し、エトの手は優しくサキの頭の上に添えられていた。
「この子、泣いてんだろ。ちゃんと気付いてやれ」
「えっ······」
予想外の言葉にトウヤは言葉を失い、サキに視線を向けた。
「ご、ごめんなサキ······」
「ううん······大丈夫···だよ」
落ち着いた様子のサキと正気を取り戻したトウヤを見たエトはサキの頭から手を離してゆっくりと振り返った。
「用が無いなら俺は行くから」
「エト〜! 大量だよ〜!! 見て見て! ダークファングの目と牙ぁ!」
「ああ。今行く」
戻って来たニーズヘッグの声に応えながらエトはその場から離れていった。訳の分からない異様な圧力から解放された二人はその場で崩れ落ちた。
「はぁ···はぁ······気持ち悪い〜」
「·········エトさん···かぁ」
嬉しそうに戦利品を見せびらかしているニーズヘッグの頭を鬱陶しそうに撫でているエトを見つめながら頬を赤く染めているサキにトウヤが気付くことはなかった。
「······ってダークファング!!? それってSランク指定の魔獣じゃん!! それをあんなに大量に······。ぷッははは! やっぱりあの人らすげーのな」
数分後-。
「意外とお金溜まったわね!」
「そうだな」
無事に買い取りを終えた二人はギルドハウスからインベルにあるリーゼ城に向かっていた。とはいえ、換金の際の受付嬢の反応は案の定-といった様子だった。というのも、この短時間でSランク指定の魔獣であるダークファングを大量に仕留めて来たのだ。受付の女性は唖然としながら手続きを行っていた。
「エト? 先に宿を取らなくてもいいの? というか、私は全然野宿でいいんだけど」
「宿はちゃんと取る。でもその前にユーリッドに会う。聞きてえ事もあるしな」
「了解よ。にしてもエトってば丸くなったわよね? さっきの人間、冒険者だったんでしょ? 昔のあなたなら問答無用で殺してたわよね!」
「······さぁな」
「あの二人が〝兄妹〟に見え-ッ!!」
その瞬間、エトはニーズヘッグの側頭部に手刀を寸止めさせた。その衝撃でニーズヘッグの右側の建物の窓が粉々に粉砕してしまっている。
周囲から悲鳴が聞こえる中、ニーズヘッグは微笑みながらゆっくりと両手を前に上げた。
「冗談が過ぎたわ。ごめんなさい」
「······ったく」
-パチンッ
「あいたっ······。もぉ······ふふふっ」
エトは溜め息を吐きながら寸止めしていた左手でニーズヘッグの側頭部を軽く小突く。そんなエトにニーズヘッグは小さく微笑んでいた。
リーゼ城の城門前に着くと、警備兵がエトとニーズヘッグの元に歩み寄って来た。大分と警戒されているようで、警備兵達は物々しい雰囲気を漂わせている。
「止まれ! 何者だ!」
「ユーリッドに会わせろ」
そう言いながら、エトは警備兵にユーリッドから受け取ったペンダントを見せる。すると、警備兵達は顔を真っ青にさせてその場で素早く跪いた。
「失礼致しました!! 我がリルアンツェ王国国王、ユーリッド王の御盟友、エト・リエル様にお会い出来て光栄でございます! すぐにご案内致しますので、少々お待ち下さい!!」
その場にいた警備兵達が総動員で行動を起こす。そんな様子を不思議そうにニーズヘッグは見つめていた。
「へぇー。御盟友だって!」
「どうでもいいよ。んなこと」
そして、二人は一分と待たずに場内へと案内された。堂々と歩みを進める二人に場内のもの達は言葉を失っている。このリルアンツェ王国は強さが全て-という思想の為、場内は当然ながら屈強な兵達が配備されている。
しかし、エトもニーズヘッグもそんな事はお構い無し-というような振る舞いをしているのだ。開いた口が塞がらないのも頷ける。
「エト・リエル様、只今ユーリッド王は謁見中の為、すぐには御対応出来ないかと。なので、謁見の間に入られてすぐ左手の観覧席にて暫くお待ち頂けると幸いです」
「わかったわかった」
「うふふふっ」
鬱陶しそうに応えるエトを見て楽しそうに微笑むニーズヘッグ。そんな二人に困った様子の案内兵は深々と頭を下げ、ゆっくりと扉を開いた。
その瞬間-。
「ユーリッド王! 来てやったぞ。話があるんだ! さっさと謁見終わらせてくれ!!」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇッ!!!?」」」
エトの問答無用の叫びにその場にいた警備兵達が大声で声を荒らげた。案の定、隣のニーズヘッグは腹部を押さえて大爆笑だ。
「ぷっはははははっ! おっかしぃ〜! 最高だわ!」
「エト様!! 御盟友でも失礼にも程が-」
「よい!! 貴様らは下がれ!」
「「「は、はい!!」」」
兵達はエトに待ったをかけようとしたが、ユーリッド王の言葉で素早く兵達はその場から姿を消した。
「よく来てくれた。会いたかったぞエト」
「ああ」
「······エト···様?」
「·········シルフィー?」
謁見の間に踏み入ると、そこには旅立った頃に出会ったシルフィーが驚いた様子でエトを見つめていた-。




