消失と崩壊
「さてと······」
仮設事務局を出た俺は訓練場に戻ることにした。なんだかんだで小一時間ほど話していたようで、気付けば辺りには一般客達の姿が無く、訓練場の方でここまで聞こえる程の歓声があがっている。
それにしてもユーリッド王には困ったものだ。一国の王に目をつけられ、あまつさえ王家の紋章を手渡されるとは······。
魔法学園において、一生徒でしかない俺にはこのペンダントは苦重すぎるというものだ。
「リーア? 午後の試合、どうする?」
不意にそう問いかけると、リーアは頭の上で大きく伸びをしてゆっくりとまた伏せてしまった。
〘カナ以外はどうでもいいのだ〜〙
「まぁ、そうだよな」
リーアの言う通り、俺達にとっての今日のメインイベントはカナの試合だった。それが無事に終わったとなれば確かに他の試合なんてどうでもいい気もする。
「······帰ったら怒られるかな」
〘おぉ〜! 名案なのだ!〙
いや、一応疑問形だったんだけどね?
とはいえ、シルビア達はともかくアリアに何も言わずに-というのは二人を任せた手前、少々気が引ける。やはり、帰るにしても一度訓練場に戻った方が良さそうだ。
「やっぱり、一旦戻ろっか。カナとも会えるかもしれないしね」
〘む。カナに会うのだ!〙
「かも-だからね? 会えるかは分からないよ?」
〘にっしし! きっと会えるのだゾ!〙
「······ったく」
その自信は何処から来るのやら。
周りに勘づかれないようにリーアと話しながら歩みを進める。俺はリーアと話す事に夢中になってしまっていたせいで、前から歩いて来たカップル? のような二人にぶつかりそうになりながらも、リーアに微笑みつつバレないように素早く回避する。
-刹那······。
「ッ-!!!?」
唐突に、突然に、なんの前触れも無く俺の体は俺の意識とは別に膝から崩れ落ち、その場に跪いてしまった。
············は?
〘エトッッ!!!!〙
頭から一瞬にして俺の目の前に移動して来たリーアが心配そうに叫び声をあげている。が、俺はその声に応えようとはしなかった。いや、正確には〝出来なかった〟。
〘エトッ! なんなのだ!! 何があったの-〙
「えっ······リーア?」
目の前で必死に〝何かを訴えようとしていた〟リーアは一瞬にして俺の前から〝姿を消した〟。その瞬間、俺は全身の力が抜けたようで前のめりに倒れ込んだ。
現状が全く理解出来ない。体はピクリとも動かない。一体俺自身に何が起こったのか-。リーアは何故消えたのか-。状況を把握しようにも上手く思考が巡らない。
「あっ······うッ······」
やばい······。言葉もまともに発することが出来なくなっている。アヤに念話を飛ばそうにも〝全く反応が無い〟。それに視界が濁って-
「······ッ!?」
俺はうつ伏せのまま視線を地面に向けた。すると、地面には赤い液体が流れ集まり、小さな水溜まりが出来ていた。······間違いない、これは血だ。
·········って待て待て待て待て!
今、俺は『愚者の腕輪』をつけているとはいえ、前のめりに倒れた程度の負傷なら『自己再生』程度でも十分に再生が間に合う筈だ。なのに再生が〝追いついていない〟。つまり『自己再生』が発動されていない-という事になる。
マジで何がどうなっ···て······あぁ···やばい。意識が······。
流れ出した血の量が一定量を超えた事で、俺の意識はどんどんと遠のいていく。なんだか深く暗い闇の底に落ちていくような感覚······。それは久しい感覚だった。という事は、俺はまたこのまま·········-。
そして俺の意識は完全に絶たれた-。
〝 【久しいな。セトの子よ-】〟
「んっ······ってて···」
目が覚め、目を開けると、そこには真っ白な天井があった。少々重い感じがするが、体も動く。声も問題なく出す事が出来た。俺はゆっくりと錆び付いたように軋む関節を動かして上体を起き上がらせる。
どうやらベッドの上らしい。辺りを見渡す限り、ここはどこかの治療施設のようで、俺の両腕に訳の分からないチューブが取り付けられている。
「······何がどうなってんだ?」
俺は意識が飛ぶ前の状況を振り返る事にした。謎の現象が起きたのは二人組を避けた瞬間だった。そして、リーアの声が〝聞こえなくなり、リーアが消えた〟。つまり、リーアとの契約が何かしらの影響で遮断、もしくは切られた-ということになる。
それに『自己再生』も発動されていない様子だった。それを踏まえると、多分今の俺の体はスキルや加護が発動出来ない状況にあるらしい。
「······意味がわかんねえ」
そう。全くもって意味が分からない。何故突然こんなことになったのか······。一番怪しい-というか、要因と言えそうな事はタイミング的に〝すれ違った二人組〟だ。
とはいえ、あの二人はいたって普通の一般客だった気がする。何せ記憶力には自信がある俺ですら顔も覚えていないほどなのだ。唯一覚えているのは男の方が赤髪、女の方が茶髪-くらいのもので、若かったのか老けていたのかも覚えちゃいない。
「·········はぁ」
大きく溜め息を吐きながら窓の外を眺める。窓に映る自分の表情で相当疲労しきっている事を再確認する。そして俺は個室である事を確認し、『愚者の腕輪』を取り外した。
「············マジかよ」
うん。やはり、加護もスキルも全く機能していない。それどころか、体内から魔力が〝感じ取れない〟。俺は魔力も無ければスキルも加護も無い〝ただの一般人〟になってしまったらしい。
いや、少し違う。ただの一般人だとしてもほとんどの者が魔力を少なからず持っている。つまり、俺は一般人以下-という事になる······。
「勘弁しろよ······」
自分の置かれた状況に溜め息しか出ない。何せこんな状態では旅の目的である妹を探す事も助ける事もできはしないのだ。やはりこの世界に神なんてモノは存在しない。
なんのために死にものぐるいで力を手に入れたと思っているんだ-と、強く拳を握り締めようとした瞬間、勢い良く部屋に誰かが飛び込んで来た。
ハァハァハァ-と、息を荒らげているその様子から、相当焦りながら全速力でここに来た事が伺えた。
「エト様ッ!!!!」
「うぉっと! アリア、大丈夫だから落ち着いて?」
涙目になりながら、俺の懐に飛び込んで来たアリアを宥める。しかし、アリアからすれば自分よりも遥かに強者である俺がこんな状態になってしまっていては、驚きと焦りが混濁してしまっても仕方がない。
「エト様ッ! 一体何が- 」
「ちょっと待った」
「うっ······」
とはいえ、頭ごなしに問い詰められても困るので、アリアの口を言葉途中に手で塞いだ。俺だって驚いているし、動揺しているのだ。そう言い寄られても答えてやることが出来ない。
「順を追って話すから。ね?」
「は、はい···。申し訳ないですわ······」
「ううん。ありがと」
「あっ-」
アリアが申し訳なさそうに謝る必要なんてない。心配してくれているのは素直に嬉しいものだ。なので、俺はアリアが頭を撫でながら今に至る経緯を分かる範囲で説明する事にした。
「そ、そんな事が······」
話を終えるとアリアは案の定、更に困惑した様子を見せた。
「うん。だから今の俺は魔力もスキルも魔法も、何も無いただの一般人って事になるね」
自分で自分の言葉に呆れながら苦笑いを浮かべていると、アリアはバサッと椅子から立ち上がり俺に向けて言葉を発した。
「やめてくださいですの。わたくしにとってエト様は、魔力やスキルが無くとも大切な親友に変わりありませんわ! そんなにご自分を卑下になさらないでくださいですの······」
アリアの言葉に俺は黙って俯いた。確かに俺は今の自分自身を劣った存在だと卑下していた。それはアリアやアヤ達にとって強い存在でいなければならない-と、身勝手にも思っていたからだ。妹を助ける為にも、当然力というのは必要不可欠である。
しかし、そんなものが無くとも俺は俺。そんな当たり前のことをどうやら俺は見失っていたらしい。
にしても、強さが全て-という性格だったアリアが······。
「······ごめんね、アリア。そうだよね」
「はいですわ! お力が戻られるまで、わたくしやアヤ様に頼って下さいですの。エト様のおかげでわたくし達は強くなれたのですから」
アリアの言葉に俺は首を縦に振った。まぁ、正直力が戻る保証なんて無い。しかし、このままずっと-なんてつもりも毛頭無い。こんな逆境なんて今までにも散々ひっくり返してきたのだ。妹の為、仲間の為、大切なものの為なら、何にでも···それこそ神にでも抗ってやる。
「アリア、俺がどれくらい寝てたか分かる?」
「はい。昨日、エト様がレイラ先生の伝言で仮設事務局へ向かわれてから丁度一日ですわ」
「······え? そんなに!?」
どうやら俺は丸一日意識を失っていたらしい。アリアが言うには、二日目の魔法祭が無事に終わったにも関わらず、俺が戻ってこない事を不審に思い、俺の捜索を始めたらしい。
まぁ、俺の事だからなんの心配もしていなかったらしいが、同居人であるカナが翌日-つまり、今日の昼にアリアの元へ相談にやって来た事で、アリアは流石に心配になったようだ。
「······なるほどね。それで俺をここまで運んでくれたレイラ先生とコンタクトを取ってここに来た-と」
「はいですの。直にアヤ様もおいでになられますわ」
「そっか。あいつ、怒るだろうな······。ん?」
······ちょっと待て。
俺はおもむろにもう一度、部屋に置かれた日付けを確認した。そう、今日は魔法祭三日目だ。つまり、裏闘技大会が行われる予定の日だ。
「······だぁ〜」
「エト様?」
不思議そうに俺を見つめるアリアを他所に、俺は盛大に溜め息を吐いた。何故なら、このままじゃ裏闘技大会に呼ばれたところで不安しかないのだ。仮に『纏雷』モードの俺を評価しての招待だったとして、当然今の俺にはそれが使えない。
なら、【気法】? いや、裏闘技大会は訓練場の地下だと言っていた。閉鎖された空間や、人工的な空間ではそれもほとんど意味を成さない。
「どうなされましたの?」
「ん? いや、ちょっとね。いろいろとタイミングが悪いな······って」
そう。本当にタイミングが悪い。というか、リーアの事も心残りである。絶対、あっちで暴れてるに違いない。困った表情を浮かべる魔王ルキフェルが俺の脳裏にくっきりと形成されている。
「そう···ですわね」
アリアの言葉に苦笑いしか出来ない。
「あ、そう言えば······」
「はい?」
苦笑いを浮かべながら、俺は意識を失った瞬間の事をふと思い出した。確かあの瞬間、俺は〝ナニカ〟に声をかけられた気がするのだ。ほとんど思い出せないのだが、ぼんやりと断片的ではあるが、確かに誰かと話をした気がする。
「いや、夢っていうか、意識を失ってた時に誰かと話してた気がするんだよ」
「話···ですの? 一体どのような?」
うん。それがさっぱり分からない。得体も知れないし、当然姿なんて覚えちゃいない。ただ、一つ覚えている事が無くもない。それは······
「······〝セト〟」
「はい??」
「あ、いや。その単語だけ覚えてるっていうか······」
「セト······。エト様、それはエト様のお名前を聞き間違えたのではないのですの?」
うっ···。その可能性も否定出来ない。何せ、セトという言葉は俺の記憶の中に存在しない単語だからだ。誰かの名前か、何かの名称か······。はたまた何か別の意味がある言葉なのか。
「ん〜······」
-と、腕を組みながら答えの出なさそうな難問に首を捻っていると、勢いよく外の廊下を駆ける足音が部屋に響く。その足音が消えること無くこれまた勢いよく部屋の扉が開かれた。その勢いたるや扉が壊れてしまうんじゃないかと思う程だった。
「エト君ッッ!!!!」
「おう、アヤ。心配かけ-ふごっ!?」
ムギューッ-と力一杯に抱き締められた事で、俺の言葉は遮られてしまった。ふくよかなもので包まれる感覚。男としてこれ以上無い幸せを感じながらも俺はアヤを落ち着かせるように背中を二回ほど軽く叩く。
「バカ!!!!」
「ッ···」
俺から離れたアヤの一言と涙目の表情は俺の心に酷く焼き付いた。俺が思っている以上に心配をかけていたのだと、今更ながら痛感した。多分、アリアも本心ではこんな想いだったのだろう。
が、アリアは賢い奴だ。すぐに冷静さを取り戻してはくれたが、アヤはそうではない。俺に気を使わないし、子供っぽいところもある。感情に素直で容赦がない。
「······ごめんな」
「許ざないぃ〜···」
グズ···グズッ-と鼻水をすすりながら、アヤはベッドに腰掛ける俺から離れようとしない。そんな俺達をアリアは微笑ましそうに見つめていた···。
数分後、ようやく落ち着いてくれたアヤにもアリアと同様に事の事情を説明する事にした。すると案の定アヤも驚愕と言わんばかりに目を見開いていたが、命に別状は無い事を知ると少し安心した様子だった。
「エト君、約束して。力が戻るまでの間は、必ず私かアリアちゃんの傍を離れない事。無差別にたまたまエト君が狙われたとは思えないから。十中八九、狙われたのはエト君だよ」
「だね。分かった」
「うん。それと、これはただの推測だけど、次に接触してくる奴には気をつけてね」
「え?」
「なんの能力かスキルなのかは分からないけど、本当に効果があったのか、確かめに来ると思うの。私だったらそうする」
なるほど······。それは確かにその通りかもしれない。前職の仕事柄か、アヤはこういう事に凄く頼もしい。魔法学園で妹の情報を探る時もそうだった。俺の知らない間に学園の中枢部近くまでアクセスして情報を探ってくれていた。本当に頼りになる存在だ-と改めて感服する。
「それと···エト様が先程仰った、赤髪と茶髪の二人組にも注意···ですわね」
「うん。まぁ、本当にそいつらがやったのかは分からないけどね。でも、アリア? それにアヤも。頼むから無茶な真似はしないでね······?」
俺の言葉に二人は微笑む形で返事を返した。今の俺には二人を助けられる保証も力もない。多分、二人は俺の身に危険が及んだり、俺の為に無茶をしかねない。最悪の場合、俺は命を賭してでも守るつもりだが、それでも盾となれるのは一度だけなのだから······。
時刻は夕刻を過ぎ、日が落ちた頃。
俺はアヤとアリアを学園の寮に招いていた。というのも、裏闘技大会の説明をする為である。
一通り、事情を説明し終わると、タイミング良くカナが玄関の扉を開けた。
「ッ! お兄ちゃんっ!!!」
「カナ! おかえり。心配かけてごめ-ッうぶふっ!?」
本日三度目の体当たり。というか今までで一番勢いが強い······。
「お兄ちゃんっ! 昨日はどうして帰って来なかったの!? ちゃんと説明して! ボク、何も聞いてないよ!! ·········うひゃ!?」
怒涛の追求の折、カナは俺の背後に腰を落としているアヤとアリアに視線を移し、唖然としながら両手で自らの口を必死に押さえつけた。やってしまった感が半端ではない。が、アリアもアヤも落ち着いた様子で首を傾げている。
何をそんなに焦っているの? -みたいな表情だ。
「あ! えっと······、エッ···エト君? ど、どうしてアリアさんとアヤ先生が···いるの?」
とりあえず、驚きと焦りのあまりに逆に落ち着いてくれたカナにアリアとアヤ、二人との関係を話す事にした。ついでにアヤとアリアにもカナと俺の関係を話した。
「そっかぁー! アヤ先生がエト君の仲間で、アリアさんもエト君の事情を知ってるんだね!」
「改めてよろしくお願い致しますわ?」
「にしてもカナちゃんがエト君の義妹になってたなんてね」
「はい! 大切なお兄ちゃんです!」
どうやら三人とも事情をしっかりと飲み込んでくれたようだ。なんて思っていると、カナは何かに気付いたようでキョロキョロと俺の体と俺の周囲を見渡した後、ゆっくりと不思議そうに口を開いた。
「お兄ちゃん? その頭の包帯······何? それにリーアちゃん···は?」
「「·········」」
カナの言葉にアヤとアリアは黙って俯いた。カナは賢い子だ。そんな二人の様子を見た瞬間、なんとなく状況が理解出来たようで、すぐに俺の懐に無言で飛び込んで来た。
「······お兄ちゃん。お願いだから···無茶しないで」
「······」
服をギュッと握るカナの頭を撫でようと手を動かしたが、その手を俺は添えることが出来なかった。カナには俺の本当のステータスを見せている。その俺が頭部に傷をおったまま-という事が何を意味しているのか、リーアがこの場にいない事も含め、多分彼女は俺の置かれている状況に勘づいている。
震えるカナの手を握り、俺はカナと視線を合わせた。
「···大丈夫だよ。兄ちゃんは強いから」
「お兄ちゃん······」
俺の言葉にカナは一瞬表情を曇らせて笑顔を見せた。
ごめんね······カナ。
無茶しないで-という言葉を俺は無意識にはぐらかせた。カナの言いたい事も伝えたかった事も俺は理解していた。それでも場合によっては俺はきっと無茶でもなんでもしてしまう-そう自覚していたからだ。それでも······だとしても俺はこの子の前から消えたりなんてしない。それは義兄として絶対だ。
その想いを伝えるように俺は優しくカナを抱き締めた-。
「それで? エト君、これからどうしていくつもりなの?」
「そうですわ? エト様、先程もタイミングが悪いと仰っておられましたが······?」
カナが紅茶を注いでくれている中、アヤとアリアが今後の方針を問い掛けてきた。アリアの言葉に俺は額に手を当てながら大きく溜め息を吐く。
改めて考えると本当にタイミングが悪い。というのも、寮に帰って来た時に俺はセイルの話を思い出し、寮のポストを確認したのだ。案の定、俺のポストにも真っ黒い封書が投函されていた。
文面もセイルの手紙と同じで差出人名も同じく書かれていない。裏闘技大会は妹の情報を手に入れる為に必ず参加しておきたい。······のだが、どうやって裏闘技大会を切り抜くか-それが俺自身の中で全くまとまってしなかった。
「アヤ、アリア?」
「何?」
「はい?」
「二人共、俺の事···信じてくれる?」
その言葉にアヤもアリアもなんの迷いも無く微笑み返してくれた。ありがたいものだ。これなら俺が一人で裏闘技大会に向かっても-
「「絶ッ対ダメ (ですわ) !!!」」
「·········あれ!?」
うっそだ!? なんで! 今のは完全にそういう流れのやつじゃん!?
俺の予想に反し、二人は見事にシンクロさせて全否定してきた。
「エト君、言ったよね? 力が戻るまでは絶対に私かアリアさんと行動するって!」
「そうですの! たとえエト様のお願いだとしても、こればかりは了承する訳にはいきませんわ!」
「······やっぱり。お兄ちゃん···力が······」
確かにそう言った。言ったが、裏闘技大会に二人を連れて行くわけにはいかない。
「待ってよ! 事情は説明したろ!? 裏闘技大会で妹の情報が手に入れられるかもしれないんだ! それには俺一人で行動しなきゃいけな-ぐッ!?」
必死に俺の思いを伝えようとすると、驚いた事にアヤが俺の胸ぐらを勢いよく掴み取った。突然の事に俺は完全に呆気に取られてしまった。初めて見るアヤの形相に俺は言葉を失った···。
「エト君、妹さんの事情はちゃんと分かってる。私もアリアちゃんもちゃんと分かってるよ。でもね、エト君······。言いたくないけど、今のエト君は〝弱いの〟!」
「-ッ!」
「私よりもアリアちゃんよりも、それどころかここにいる学園生よりも······。分かってるよね? 身体能力だって魔力に依存してるって。今のエト君は今まで出来ていた事が〝出来ない体〟なの!!」
「アヤ様·········」
「信じてるよ? 当たり前でしょ? でも······それとこれとは話が別だよ···。なんでそんなに一人で全部背負おうとするの······? そんなの···私、やだよ!」
「······何も···出来ない」
全ての力が抜けたようにエトはその場に跪いた。その瞬間にアヤはエトから手を離す。現実を突きつけられたエトはそのまま表情を伏せた。
彼女の言いたいこと、伝えたいことはすぐに理解できた。自分の置かれた状況なんてエト自身が一番理解していた筈だった。でも、それでもどこかでエトは自分ならなんとかなる-そう思っていた。
今のエトは〝何かを成すことが出来ない程に弱い〟。その言葉は、必死になって死にものぐるいで生きて来たエトの今までを全て〝否定する言葉〟だった。
それを自覚した瞬間、エトの中の〝なにか〟がピキッ-とひび割れてしまった······。
「······くだらねえ」
「え?」
「エト君? 何か言った?」
「お兄······ちゃん?」
無意識にエトは三人には聞こえない声でそう呟き、ゆっくりと立ち上がった。無表情の中のその瞳は完全に光を失っていた。それに気付いたのはカナだった。
「お兄ちゃんっ!!」
その場から立ち去ろうとしたエトの腕をカナが必死に抱き締める。その様子にアヤとアリアも彼の雰囲気が異様な事に気付き、勢いよく立ち上がってみせる。
「エト様!」
「エ、エト君? ご、ごめんね···。その······言い過ぎた···かも」
そんな言葉に反応するようにエトが二人に視線を向けるとアヤとアリアは言葉を失った-。
「「-ッ」」
自分達に向けられた視線、その瞳にはアヤもアリアも〝映ってなどいなかった〟。冷たく突き刺さる視線にアヤもアリアも声が出ない。背筋が凍りつく感覚、たまらず二人はその場に尻餅をついた。見たことの無いエトの表情と瞳に恐怖すら覚える。
「······」
エトは自分を畏怖する二人から視線を外すと、そのまま歩みを進める。しかし、それでも尚、義妹であるカナだけは必死にエトを引き止めようとしていた。
「お兄ちゃんっ! どこ行くのっ!!?」
「·········」
鬱陶しそうにカナに視線を向ける。しかし、カナは負けじと義兄であるエトを睨みつけている。大切な義兄の瞳に自分を映そうと真剣な眼差しを向けている。
離れろ-と瞳で訴えるエトにカナは瞳に涙を溜めながら大声を張り上げた-。
「お兄ちゃんのバカッ!!! バカ! バカ! バ···カ······。絶ッ対···離さない···ん···だがら!!」
「·········ごめんな」
「-ッ!!!」
一瞬、ほんの一瞬、彼の目に光が戻った瞬間に零れた言葉にカナは全身の力が抜け落ちた。そしてエトはまた瞳から光を失い、その場から立ち去ってしまった。
「うっ···うぅぅ······うああああああ!!!」
まるで雪崩のように押し寄せる感情に堪えきれなくなったカナの叫びが部屋に響き渡る。
喪失感と恐怖から、カナのように引き止めることが出来なかったアヤとアリアは涙を流しながら無言でその場に蹲る。
その後、魔法祭が終わってもエトが姿を現すことは無かった-。
久しぶりの更新になってしまい、申し訳ありませんでした。
忙しい方も自粛されてる方も様々だと思いますが
皆さん、体調に気をつけてお過ごしください!
そして暇つぶしにでも寄って頂けると嬉しいです。




