悪魔召喚と戦う覚悟
翌朝、目が覚めると俺のベットにはカナが潜り込んでいた。気持ちよさそうに俺の腕を枕にしながら寝息を立てている。
「······いつの間に。まぁいいけど」
なんて思っていると、朝早くから念話が飛ばされて来た。相手はベルゼのようだ。
《どうしたの?》
《うむ。そちらは明朝か。悪いのぉ、朝早くから》
《いいよ。丁度起きてたから》
《くふふ、念話のお主は優しいのぉ。妾、嬉しいのじゃ!》
《はいはい。分かったから要件を言いなさい》
《おぉ、そうじゃった!》
全く。この残念悪魔は······。
《実はの、魔界の下の界で噂になっておるんじゃが、何やら下位悪魔が数人、人界から帰らぬようなんじゃ》
《は、はあ。それで?》
《うむ。なんでもマホウガクエンという場所に召喚されたようでな? 下位とはえい、妾が可愛がっとる人型の女悪魔達でのぉ。もちろん本人達が同意の元で帰らぬのならよいのじゃが······》
《ちょいまち。魔法学園? いや、それよりなんで下位悪魔が人型なの? 人型になれるのはベルゼとかの最上位悪魔だけだろ?》
修行の時にも説明したが、人の姿を模せるのは最上位悪魔だけだ。下位悪魔が出来る芸当では無い筈なのだが。
《むっ。どうやらエトは勘違いをしているようじゃな。悪魔は元々人型じゃぞ? 階位が上がるごとに魔力が増して異形の姿になっていくのじゃ。そして、魔力を完全に掌握出来る程の階位になった妾達じゃからこそ、再び人間の姿になれるのじゃ》
《あ、そういう事!?》
《まぁお主が〝魔界に来た時〟は、既に妾達のいる上の界じゃったからのぉ。知らぬのも無理はないが》
なるほど。そういう事だったのか······。
《話の腰を折ってごめん。それで? 魔法学園にその下位悪魔達が召喚されたって? いつ?》
《どうも、妾がそっちに召喚されておる頃のようじゃ》
《という事は昨日か···》
《それでなんじゃが······》
《うん。いいよ? 俺がなんとかしてみる》
ベルゼの言いたいことが読めた俺は、最後まで言葉を聞くことなく要求を飲む事にした。ベルゼの言いたいことは、その悪魔達を連れ戻したい-という事だろう。もちろん、ベルゼが言ったように余計な心配で済む話かもしれないが、何かに巻き込まれている可能性も無くはない。なに、多少強引だが、〝逆召喚〟という方法もある。さして問題は無い。
《ほ、本当かの!? しかし、マホウガクエンという場所にわざわざ出向く必要がある故、頼みにくいのじゃが。妾を召喚してくれれば、妾でなんとかするぞ?》
《いやいや、そっちの方が人間界的には大問題だし。それに、今俺がいるのが魔法学園だからね!》
《な、なんと!? そうじゃったか。ならば、頼んでも良いか?》
《だから、いいってば。ベルゼは〝逆召喚〟の準備をしといて?》
《いや、流石にそれは······。準備は配下の者にさせて、妾がそちらから-》
《逆召喚に必要な魔力は?》
《ぬぐっ······》
ベルゼの懸念は、逆召喚の代償だ。本来、召喚に応じた者は召喚主の許可が無くても帰ることは出来る。だが、もし契約したとなると許可なく帰ることが出来なくなってしまう。まぁ許可と言っても儀式のようなものは無いが、召喚主の意思が必要になるのだ。
だが、唯一戻してやる方法として、第三者が召喚に応じた者の世界とリンクしている状況下でのみ、その世界から召喚者を強引に呼び戻す事が出来る。しかし、その代償として、媒介となった第三者···今回は俺だが、その者の魔力を一律【600,000】分を持っていかれる。その量に例外はない。自身の持つ魔力容量を超える消費は〝死〟に値する。それは最上位悪魔であるベルゼとて変わらない。
その為、ベルゼは俺を心配しているのだ。
《ベルゼの大事な奴らなんだろ? だったら助けてあげたいし》
《エト······。すまぬ》
《全然いいよ》
《時間······は、まだ分からぬな?》
《そうだね。だからいつでも出来るように準備して待ってて?》
《うむ。心得た!》
そしてベルゼは念話を切った。まぁ、なんというか···。昔から思っていたが、俺は相当厄介事に巻き込まれる星の元に生まれたらしい。気付けば厄介事の中心にいる気がする。おかげでいろんな経験が出来たけど。
さてと。召喚···となると、多分一般科だよな。
なんて思いながら、カナの寝顔を見つめる。本当に幸せそうな寝顔だ。
「お前は関わってないよな? カナ」
まだ分からないが、召喚者を無理矢理に拘束していた場合-これは立派な罪だ。最悪、魔界と人間界との間に亀裂が生まれ、争いの種となる可能性がある。
「『魔力感知』で分かればいいけど」
多分、それでも絞り切れないだろう。下位悪魔の魔力値は大体【10,000】だ。召喚するには召喚主もそのくらいの魔力値が必要になる。そのくらいなら、学園にも少なからずだが存在している。よって、片っ端から魔力の反応が強い場所を当たるしかない。
「そろそろ起きない···っと」
カナを起こさないように腕を振りほどき、俺はリビングに向かった。
リビングで朝食の準備をしていると、虚ろな目を擦りながら目覚めたカナがおぼつかない足取りで俺に抱き着いてきた。まだ寝ぼけているようだ。
「おはよう、カナ」
「おは···よ。お兄ちゃん······」
そう言いながら器用に立ったまま寝息を立て始める。流石にこれは動きづらい。ので、俺はカナを抱き抱えてリビングに座らせた。そうしてキッチンへ戻ろうとしたが、そんな俺を座りながら必死に両手を伸ばし捕まえようとするカナ。
······なんか変な生き物みたいで可愛い。
うっ···うぅぅっ-と既に俺は居ないのに、未だに捕まえようとあくせくしている様は見ていて楽しい。俺はそんなカナを見ながら準備を進めた。
朝食の準備を終えると、カナも目が覚めたようで「手伝う!」-と言ってきたが、先に洗面所で身だしなみを整えておいで-と伝えた。
「いただきます」
「いただきまーす!」
そして、朝食を食べ始める。···がその最中、俺はカナにベルゼが言っていた件を遠回しに聴き込もうとした。一般科で召喚師を目指しているカナなら、同じ科の召喚師にも詳しい筈だと思ったからだ。
「ねえカナ? 一般科にいる召喚師の事ってどのくらい知ってる?」
「ほえ? ···っごく。召喚師?」
「うん」
「んー。召喚師か、召喚師って事は召喚獣と契約してる子だから······十五人くらい?」
あれ? 質問の仕方がおかしかったかな? 契約の有無や人数を聞きたかったんじゃないんだけど。···まぁいいか。
「じゃあ、その十五人の中で〝悪魔〟を召喚した奴っている?」
その瞬間、カナは手に持っていた箸を机に落っことした。
「ああああ悪魔!? え? 悪魔って召喚出来るの!?」
もの凄く動揺し始めるカナ。というか、そこからか······と、俺が逆に動揺しそうになる。カナは召喚獣というのをちゃんと理解していなかったのだろうか。
「······カナって、もしかして「可愛い精霊さんとお友達になりたーい!」-とかで、召喚師を目指し始めた···とか?」
「うっ······」
図星か······。
初めから決まった召喚獣を召喚したい-と言う奴は、こういう事態になりやすい。というのも、そもそも召喚魔法というものは基本的に先天性のものだ。生まれた時にその素質を持つものが、召喚魔法を発現させる。
そして、召喚主と召喚獣との間には深い因果関係が存在する。召喚魔法が使えるものに限るが、召喚主の願いや思いが因果を結び、相応の召喚獣を繋ぎ合わせる。
まぁ、つまりは「精霊がいい」-と願えば、精霊が現れる···という事だ。結果、召喚獣は精霊や魔獣などの比較的存在知識の得やすいモノが選ばれやすい。普通の人間が悪魔を呼びたいとは思わないだろう。
とはいえ、知識として学ぶ事もあっただろうが······。いや、もしかしたら種族の関係で悪魔召喚は避けられていたのかもしれない···か。
「で、でもどうしてそんな事聞くの?」
「ん? ちょっと小耳に挟んだんだ。魔法学園で悪魔を召喚した奴がいるかも-って」
「悪魔···かぁ。でも悪魔って凄く強いだよね? その悪魔を召喚出来る人って······アイン・マテリアルさんくらいしか思いつかないんだけど」
例の五峰の一人だっけ?
「多分、その人では無いと思うんだけどなぁ。まぁ勘だけど」
「んー···。となると······ごめん、やっぱりわかんない」
そう言いながらカナは申し訳なさそうな表情を浮かべる。カナの言う十五人の中の誰かか、あるいは全く別の誰かか。ただ、下位悪魔を数人呼ぶとなると、この学園の生徒程度じゃ一人では無理だ。なら、複数人······。もしくは教員という事になる。ベルエラが元Sランクだったのなら、それくらいの教員が他にいてもおかしくは無い。
「ううん。いいよ、気にしないで?」
「うん!」
とにかく、まずは学園に行ってからだ。
そう思いながら、俺とカナはあっという間に朝食を終え、準備をして学園へと向かった。
学園に着いた俺は、カナと別れて校舎裏に来ていた。そう、例のストーカーの気配を感じたからだ。
「えっと···コロナさん? 今日はなんの用なの?」
すると、俺の言葉に反応してか、魔法学園報道部部長で自称シノビのコロナ・ヒルデンがシュバッ! -と姿を現した。相変わらず、気配はだだ漏れのくせに現れ方は見えない。不思議な奴だ。
「さっすがはアンノウンさんっスね! またしてもウチの気配を見破るとは!」
白々しい。絶対ワザとだろそれ。
「それで? 何か話があったんでしょ?」
「聞きたいっスか〜? 聞きたいっスよね〜? 今一番リエル君が〝知りたい事〟っスもんね〜!」
······コイツ。マジで一体何者なんだ? それって悪魔召喚について···じゃないだろうな。なんでコイツがその事を知ってるんだ。というか、何故俺がその事を探ってるって知ってんだ?
「あぁそうだね。知りたいよ。コロナさんの〝スリーサイズ〟」
「ぎょぉ!? あ、あれ!? え? ウチのスリーサイズっスか!? 〝悪魔召喚について〟じゃなく!?」
やっぱり知っているんだ。俺が悪魔召喚について探っている事を。······というか、だからなんだんだコイツ。あっさりとバラしちゃってるし。ポンコツか? それとも、ワザとバラしたのか?
「悪魔召喚?」
「あぁ!? うぅぅ···ウチとしたことが。上手く乗せられたみたいっスね···。やっぱり侮れないっス」
······いや、やっぱりただのポンコツか。
「確かに噂で悪魔召喚の話は聞いたけど、それって本当なの?」
「···ゴホン。まぁ確かにそうみたいっスね。いやぁ〜、ウチとしても〝立場上〟この件は見逃せないんスよ」
······なんだ? 今、何か彼女の言葉の中に〝違和感〟を感じたんだけど···。
「···まぁいいか。その話を聞かせてどうさせたいの?」
「ウチはリエル君がこの件を〝丸く収めてくれる〟と思ってるんで、話す事にしたんスけど」
「まぁそれは分かんないけど」
つまり、コイツは逆召喚の事も知ってる? なら、おのずと俺の魔力値もコイツには〝把握されてる〟と考えた方がいいのかもしれない。······ってそれヤバくね?
「その悪魔召喚、どうやら〝遠征組〟の仕業らしいんスよ」
「······遠征組?」
「そうっス。リエル君も〝ご存知〟の通り、この学園にはインターンシップのようなものがあるんス。それで、魔法学園外で訓練やらをしている連中を〝遠征組〟って呼ぶんスよ」
······コイツ、どこまで俺の事を知ってるんだ。
「どうやら彼らは、遠征先で悪魔召喚を知ったみたいっスね。まぁ、悪魔を召喚する事自体はさほど問題ではないんス。禁止されてる訳でもないので」
コロナの話に耳を傾け続ける。彼ら-という事は、俺の想像通り、複数人が関わっているようだ。
「ただ、召喚目的がちょっと問題ありなんスよね」
「······召喚目的?」
「そうっス。彼らは自分の〝性的欲求〟を満たす為に悪魔を召喚したんスよ」
なるほど。そういう事か。だから精霊や魔獣じゃなく、〝悪魔〟を召喚した···と。
これは前の旅で聞いた話だが、精霊には三大欲求という概念そのものが存在しない。つまり、精霊は食事をしないし、睡眠も取らない。そして、他者と交わるという事もしない。その為、精霊にはそういった機能や知識や思考が存在しない。魔獣は······まぁそれ以前の問題だろう。
しかし、悪魔は違う。欲求もあれば、子を成す事もある。つまり、悪魔の方が人間に近い···という事だ。結果、その悪魔召喚をした彼らは言葉巧みに誘導し、その悪魔を無理やり人間界に拘束し、奴隷のような扱いをしているらしい。
「···酷いな」
「そうっスね。これが続けば、〝あちらさん〟も動き出すかもしれないっス。だから、なんとかしなきゃいけないんスよ」
あちらさん-とは、魔界の事だろう。······本当にコロナという少女は謎が多い。
とはいえ、コロナの言うことはもっともだ。人間が悪魔を無理やり拘束しているとなれば、魔界は確実に動き出す。戻って来ない理由を知らないベルゼも、理由を知れば多分···というか、確実に暴れ出す。アイツは同族への情が深い奴だ。
「···まぁ言いたいことは分かったけど、なんで俺なんだ?」
どうせ曖昧な返事をされるとは思うが、一応問いかけてみた。
「おや? その目は得体の知れないモノを見てる目っスね? ん〜···そうっスね〜。······〝ウルスマキナ〟って言えばお分かり頂けないっスか?」
「-ッ! ······了解。分かったよ。キミは〝そっち側の人間〟なんだね。···って事は、俺の事も全部知ってるってわけだ?」
「はいっス! 改めて、お会い出来て光栄っスよ〝英雄候補〟!」
なんともまぁ。世界は狭い。······いや、コイツらからすれば、狭い広いの問題じゃないのかもしれない。
ともあれ、俺はコロナが〝信用出来る人物〟だと理解したので、コロナの話に乗ることにした。
「それで? そいつらはどこの誰なの?」
「一応リストは用意したんスけど、どうやら召喚した悪魔は別の場所に隔離されてるみたいっスね」
「なるほど。その場所は?」
「いやぁ〜、困った事に〝この目〟でも見えないんスよ」
「······〝この目〟···ね。って事は、結界かなんかに囲まれてるって事?」
「いえ、結界というよりかは〝空間を切り取られている〟ような感じっスかね?」
「······了解。なるほどね」
という事は、〝アイツも〟関わっているようだ。
「ねえコロナ。この件が片付いたら、キミのその〝目〟を貸してくれないかな?」
「と、取れないっスよ!?」
「いや、そうじゃなくて。協力して欲しいって意味」
「あ、なるほど! もちろんっス! 英雄候補の頼みとあらば、それはウルスマキナの意思っスから!」
「うん、ただ英雄候補はやめて。今まで通りでお願い」
「そうっスか? それじゃあ失礼ながら、リエル君! あとは頼んだっス!」
そう言うと、コロナは颯爽と風のように消えて行った。にしても、召喚した奴をそんな風に扱うとは······。やっぱり人間の性根はどこか狂っているのかもしれない。
「っと。のんびりしてると授業に遅れちゃうな」
長々と会話していたせいか、もう授業が始まる時間だ。俺は急いで教室に向かった。
「エト。遅刻だ。廊下に立ってろ」
-が。教室に入るなり、そう告げられた。朝一番の授業教員はベルエラだった。レイラや他の教員なら多少大目に見てくれるのだが、ベルエラは容赦なく、俺を罰した。
「······で? なんでアリアも廊下に立ってるの?」
何故か隣で同じように立ち惚けているアリア。しかし、その表情はめちゃくちゃ笑顔だ。
「エト様が立たれるのであれば、わたくしもお供致しますわ? 当然ですの。それにわたくし、一度廊下に立つ-というのをやってみたかったのですわ!」
「そ、そうですの······」
変わった夢をお持ちのようで。ともあれ、本当に授業が終わるまで立たされる事になるとは思わなかった。
二つ目の授業が終わった頃-。
俺はレイラに呼び出された。なんでも、セイルがようやく決闘の日時を伝えて来たらしい。日時は今から二時間後-というのが、彼の要求だ。つまり、昼休み···という事になる。
「場所は?」
「例の第二訓練場だ」
「セイルはちゃんと一人なんですよね?」
「あぁ。そう聞いている。まぁ心配無いだろうが、一応アイツも学園のトップクラスの実力を持っている。あまり舐めない方がいいぞ」
「俺は今まで敵をナメたことなんて無いですよ」
「そうか。今回は第二訓練場だ。学園長の魔法効果も無い。間違っても私を穿ったあの技は使うなよ?」
「んー······」
レイラの忠告に俺は口篭った。当初、ボコボコにされるつもりだったが、セイルはプライドが高そうな奴だ。半端な戦いにじゃセイルは諦めないだろう。なら、いっその事もう俺に関わりたく無いくらいに痛めつけてやりたいが······。レイラがそれを良しとするかどうか。
「多分、普通に戦ってセイルに負けても勝っても、セイルは懲りないと思うんですよね。だから、回復薬を使って徹底的に恐怖を植え付け······ってレイラ先生?」
俺が作戦を語っていると、レイラは徐々に表情を崩していった。最後には大きく溜め息を吐いている。
「それは、致命傷を負わせては回復する-を繰り返す·········という事か?」
「まぁそうですね」
「······その行いに〝何も感じない〟のか?」
「あぁ。そういう事······ね」
レイラの言葉の意味が分かった。多分、俺のやろうとしている事は、人の道徳に反しているのだろう。そんな事は分かっている。分かっていても、やらねば殺られるのだ。俺が普通勝ったとしても、次は俺に繋がりのあるクロやシルビア達が狙われるかもしれない。
それじゃあ、元も子もない。俺はその旨をレイラに伝えた。
「······しかし、ただの学生の揉め事だぞ?」
「先生は、小さな子供達がナイフを持って喧嘩していたらどうしますか?」
「何? それは···ナイフを取り上げて叱りつける···な」
「でしょ? たかが小さな子供の喧嘩でも見過ごせない事情があるのなら止めなきゃならない。学生だとか大人だとか、そういう問題じゃないんですよ。危害を加える可能性があるのなら、子供からナイフを取り上げるようにセイルから戦意を奪わないと」
俺のその言葉にレイラは唖然としていた。
「······お前、一体今までに何を見てきた?」
「別に。ただ、俺は敵対する奴に容赦しないってだけですよ」
「······そうか」
この会話以降、次の授業が始まるまでの間、俺達は一言も発しなかった。別にレイラを気遣った訳では無い。単に話す事が思い浮かばなかったからだ。レイラの方は、自分の中で何かを模索しているような感じだったが。
そして昼休み、第二訓練場に着くと、そこには誰の姿も気配も無かった。時間通りに来たというのにセイルは何をやっているのやら。レイラはセイルが来るまでの間、訓練場内のベンチに腰掛ける。そんな中、俺は『魔力感知』を学園全体に広げてみた。
「······強い魔力は···」
学園の敷地内で感じ取れる強い魔力の反応は23個だ。それを確認した俺は、ベルゼに念話を飛ばした。
《ねえベルゼ?》
《おぉ、エトか! 準備は出来ておるぞ! 同胞は見つかったのかの?》
《いや、まだなんだけど、帰って来ない奴らの具体的な人数って分かる?》
《少々待つのじゃ》
そう言うと、ベルゼは念話を切った。多分、配下の奴に聞いているのだろう。ほんの数秒後に念話は再び繋がった。
《三人じゃ。三人とも大体同じくらいの魔力値の筈じゃが》
《三人ね。分かったよ。また連絡する!》
《うむ。待っておるぞ!》
そうして俺は念話を切った。同じくらいの魔力···という事は『魔力感知』で見る限り、同じ魔力反応が集まる男子寮の一角が怪しい。そこには同じ魔力が三つ集まっている。
「レイラ先生、ちなみに今日ってどこかのクラスが休みだったりしますか?」
「なんだ? 藪から棒に。今日は一般科のAクラスが休みだった筈だが?」
「そうですか。いや、彼が遅いんでまた大勢で来るんじゃないかって思っただけなんで、気にしないで下さい」
「ん? そうか。確かに遅いが大丈夫だと思うぞ」
まぁ、俺もそこは気にしちゃいない。これはただの口実だ。とはいえ、休みの奴がいるのなら、この時間の寮に魔力の反応があっても不思議じゃない。···が、寮は二人一組だ。三つの魔力が集まっているのは不自然とも思える。誰かが部屋に訪れているのなら分かるが、調べてみる価値はありそうだ。
「あと、先生? 俺、ちょっと今日体調悪いんで早退してもいいですか?」
「なに!? エト、お前······体調が悪くなったりするのか?」
いや、俺をなんだと思ってんだよ。まぁ、体調不良なんてならないし、嘘だけども!
「いや、俺だって体調を崩す事もありますって」
そんな俺の言葉に何故か笑顔のレイラ。そうかそうか-と嬉しそうに頷いている。
「分かった。許可しよう」
「ありがとうございます!」
そして、決闘の予定時刻から十分後。ようやくセイルが姿を現した。
「先生、遅れてすみません」
「私は構わんよ。それより、謝る相手が違うんじゃないか?」
「あー、俺はいいですよ。気にしないで下さい」
そう言うと、セイルは無言で俺の前に立った。立ったのだが、今日のセイルは以前とは違い、かなりの武装をしている。それほどやる気···というわけだろうか。
「では始める。両者前へ」
レイラの掛け声で俺とセイルは一定の距離まで歩み寄る。両腰に短剣を二本携え、分厚い革生地の防具を着用している。なんだか動きづらそうだ。
「始めっ!」
「おらぁっ!」
レイラの合図と共にセイルは正面突破を仕掛ける。流石に無策とは思えないので、俺は歩行技術である〝瞬歩〟でセイルの背後に回った。
「やっぱり速さだけは認めざるを得ないか···」
「そりゃあどうも」
背後に回った俺を睨みつけながら、セイルはそう呟く。さてさて。セイルは〝これ〟に反応が出来るのだろうか。
「行きますよー」
-なんて、雑な宣言をしながら右手をセイルに向けた。
「お前、俺をナメてんのか? そんな狙いを絞った攻撃が俺に当たるわけねえだろ!」
「じゃあ頑張って避けて下さい。『雷閃』」
刹那、超光速の雷撃がセイルの腹部を穿いた。
「っぐはっ···!?」
「な、なに!?」
その場に蹲るセイル。そして、俺の攻撃に驚愕しているレイラ。セイルは腹部を押さえながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。意外にやるもんだ。高密度の雷撃で、内臓が焼かれる痛みがセイルを襲っているというのに、懸命に立ち上がろうとしている。
「···-ッブハッ!」
立ち上がろうと体に力を入れた事で、腹部が圧迫され口から大量の血を吹き出すセイル。レイラは既に右手に回復薬を準備している。ちなみにあれはレイラが用意した中級回復薬だ。回復速度は遅いが、大抵の傷は回復出来る。
「それじゃあ、もう一度」
「なっ!? ち、畜生-」
「『雷閃』」
-バチバチッ!
「ぅぐあッ!?」
セイルの言葉を聞くことなく、俺はもう一度雷撃を放った。先程と同じ場所を穿かれ、セイルは意識が飛びそうになっている。焼かれた内臓にもう一度雷撃を喰らったのだ。多分、内臓は熱せられ膨張し、破裂しているだろう。
「エトッ! 終わりだ! これ以上は私が-」
「『雷閃』」
「ぐぅあぁぁあああああっっ······」
三度目の雷撃で、ようやくセイルは意識を失った。結局、三度も打ったと言うのにセイルは〝一度も魔法を使わなかった〟。
「エトッ!」
勢いよく走って来たレイラは、セイルに回復薬を投与して俺に掴みかかってきた。
「お前、やり過ぎだ!」
大声を出し、俺を威圧するレイラ。しかし、俺はそうは思わない。というか、コイツの方が俺をナメ過ぎだ。『空間魔法』なり、『魔法障壁』なり使って対処すれば直撃は免れることが出来た。
つまり、セイルは魔法を〝使えない〟状態だった-という事だ。俺の予想通りなら、セイルは『空間魔法』を別の場所で発動させている。だから、この場で魔力行使が出来なかったのだ。
「先生、離してもらえません?」
「いいか。お前が今までに何を経験して来たのかは知らないが、今のお前はただの乱暴狼藉な大馬鹿者だ!」
どうやらレイラは、セイルが魔法を使っていなかったという状況を理解していないらしい。というか、好き放題言っているが、喧嘩を売られたのは俺で、仕掛けてきたのはセイルだ。命もかけれない奴が戦いを挑む方がおかしい。
それに。ただの···なんだって? なら手加減して中途半端に終わらせれば良かったのか? その後に起こった事にレイラは責任が取れんのかよ。···なんて思っていると、段々と怒りが込み上げてくる。綺麗事を並べたところで何も誰も救えない。レイラは休み時間に俺が言ったことを深く考えなかったようだ。
「······いい加減に〝離せ〟」
「あっ···ぅ」
イライラがピークに達してしまった俺は、レイラに〝本気の殺意〟を向けてしまった。案の定、レイラはその場に尻餅を着いてしまう。
「ったく。どいつもこいつも···。決闘や戦いを遊びかなんかと勘違いしてんじゃねえよ」
「エ、エト···? お前···ど、どうしたんだ?」
恐怖に引き攣るレイラを見た俺は、落ち着きを取り戻す為に大きく深呼吸をした。
「はぁ······。先生、俺は戦う時、敵が誰だろうと命を落とす覚悟で挑みます。俺にとって戦うってそういう事なんですよ。休み時間に言いましたよね? 半端な戦いをすれば、負けた方は勝った方に何かしらの念を抱くもんなんです」
「し、しかしだな···」
「もう結果は見えてるから······なんて思うのは勝手ですけど、もしそれでアイツが懲りずに俺の大切な奴に手を出したら、今度こそ俺は確実にアイツを〝殺します〟よ? それでもいいなら、俺はここで手を引きますけど」
「なんでお前は······そこまで」
そこまで敵対する者に容赦をしないのか-と言いたいのだろう。俺はレイラに少しだけ本音を漏らした。
「先生は、目の前で大切な人を奪われたことってありますか?」
「なっ······」
「俺はもう······嫌なんですよ。それだけです」
そう言いながら、俺は第二訓練場を出て行った。あとは残されたレイラに任せるとしよう。あそこまで言ったのだ。レイラはセイルに上手いこと言ってくれるだろう。まぁ、でなければ今度こそ消すだけだが。




