怪しい存在
セイル達との揉め事から二日が経った。あの後、「なんで一人で行ったの!?」だとか、「大丈夫だったの!?」-なんてシルビアにこっぴどく絞られたが、まぁなんとか事なきを得た。ちなみにアリアは全く心配していなかったようで、「手加減なされたのですわね。流石ですわ!」-なんて耳元で呟いてきた。
実際、セイルに対しては結構真面目に手を出そうとしていたので、複雑な気持ちになった事は秘密である。
「エト君? どうしたの?」
「ん? まぁいろいろとね」
なんて物思いにふけっていると、後ろからカナに声をかけられた。寮の裏の縁側で夜空を見ていた俺の隣にカナも腰を落とす。
「明日から帰るの遅いんだっけ?」
「うん。毎日じゃないけどね。放課後はちょっと魔法学園外に出ようと思って」
「そっかぁ。······寂しいな」
「えっ?」
「ううん! なんでもないなんでもない!」
カナはそう言いながら宙に浮く両足をぶらぶらと揺らしている。というか、カナの女子疑惑問題から彼女は胸にサラシを巻かないようになった。もちろん、寮内だけだが。
小さな膨らみが部屋着のシャツをこんもりと押し出している。ちなみに下着は着けていないらしい。というのも元々持っていないようだ。持ち込む時に怪しまれると思ったから-と思ったようで。それと、パンツは男性用の物を着用中だと言う。
「そう言えば、お兄さんの情報は?」
俺は唐突に彼女の目的である兄探しの現状を伺った。すると、彼女は深い溜め息の後、残念そうに呟いた。
「それがねー、遠回しに探ってみてるんだけど、全く情報が掴めないんだぁ。なんでだろ······。やっぱり先生に直接聞いた方が良いのかなぁ···」
カナの身の上話を聞いた限りでは、それは避けた方がいいだろう。それをしてしまえば、性別を偽ってまでこの学園に来た意味がなくなってしまう。
俺も同じような立場にある為、焦っても仕方がない事を伝えた。
「···そうだよね。バレちゃったりしたら、元も子もないもんね」
「うん。気長に···とは言えないけど、焦ったってしょうがないしね」
「あ、そうだ! エト君、五峰って知ってる?」
「うん。名前くらいは」
というか、つい最近聞いたからね。
カナは次の話題に五峰を持ち出した。まぁ知ってると言っても、本当に名前くらいだ。後は、セイル・マードックという奴がその一人···というくらい。
「五峰ってね、この魔法学園で最強って言われてる五人の天才の事なんだよ?」
なんて楽しそうに語り出した。もしかしたら、憧れのようなものを抱いているのかもしれない。
カナ曰く、五峰のメンバーは、『魔法科Sクラスの〝空間支配者〟セイル・マードック』・『騎士科Sクラスの〝剣聖〟ウィル・セルティグル』・『一般科Sクラスの〝精霊奏者〟アイン・マテリアル』・『一般科Dクラスの〝鬼神〟シュウ』・『一般科Dクラスの〝竜使い〟ステラ・メリュジーヌ』の五人らしく、それぞれが各分野で学園ナンバーワンと名高いらしい。
「···ふーん」
とりあえず、セイルはいいとしても他の四人がどんな奴なのか、少し気になる所ではある。特に最後の〝竜使い〟。俺の辞書には竜使いという存在は記載されてはいない。というのも、竜が使役される-という前提自体がありえないからだ。
竜は神獣よりも高位に位置する種族であり、プライドがめちゃくちゃ高い。超格下の人間に従う訳がない。せいぜい加護を与えるくらいなものだ。付け加えると、竜が扱うのは、魔力では無く霊脈を流れる霊力だ。その為、人間が魔力などで力任せに操れる存在では無い。
「その中でも、アイン・マテリアルさんはボクの憧れでね? 召喚師なんだけど、契約獣があの伝説のサラマンダーらしいんだ! すっごいよねー!」
「へ、へぇ〜。そりゃあ凄い」
瞳を輝かせながらそう語るカナ。サラマンダーと言えば、有名な四大精霊の一角で上位精霊でもある。俺が思っている以上にやるようだ。サラマンダークラスの精霊を呼ぶとなると、単純計算で魔力値が【20,000】はあるという事になる。つまり、学生でありながら既にランクA+に至っている。
「他の奴も同じくらい凄いの?」
「んー···どうだろ? ボクも詳しい訳じゃないからね。でも、それぞれある分野に特化してるって話だから、そうじゃないかな? 五峰って評されるくらいだし」
「なるほどね」
「あ、ちなみに噂だけど、エト君〝も〟五峰に匹敵するんじゃないかって言われてるよ!」
「はい!?」
誰だ、そんな傍迷惑な噂を流した奴は!?
「め、迷惑な話だね」
「そう? エト君ならボクは納得だなぁ〜! 優しいし、思いやりもあるし。······カッコイイし?」
いやそれ、五峰云々に関係なくね? ありがたいけど。
とにかく、そんな噂が流れている事をしれてよかった。どうやら最近、変に目立ち過ぎていたようだ。まぁ一番の要因はセイルとの件だろうが······。
レイラが言うには、日を改めてセイルが俺に一対一の決闘を申し込んで来るらしい。なら、そこで俺がボッコボコにされれば、あの自分本位気味のセイルの事だ、俺の事をいいように広めてくれるだろう。
運がいい事に、セイルが『空間魔法』で攻撃して来る前にレイラが中断してくれた。つまり、俺にあの程度の『空間魔法』が意味をなさない事はバレていない筈だ。ならば、わざと喰らっても手を抜いたと思われない······と思う。
「勘弁してよ。俺はそういうのに興味無いんだから」
「あはははっ! エト君ならそう言うと思ったよ!」
···なんだ。からかわれただけか?
カナは俺に笑顔を見せると、すっと立ち上がりひょこひょこと部屋に入っていった。そんなカナの後ろ姿を見つめる。女の子だと知ってから、変に意識しなくなったと思う。彼女自身が、俺に対しての態度を少し変えてくれた事が大きい。過度なスキンシップも無くなったし、いい距離感を保てている。これなら、今後も上手くやっていけそうだ。
「俺も寝るかな」
星空の下、そう呟いて俺も部屋に入ることにした-。
翌日-。
······な、なんだコレ。何故にこんな事になってんの!?
学園に来た俺は、校舎入口近くにある掲示板を見て唖然としていた。なぜならそこには···『魔法学園に新たな五峰現る!? 正体不明の超新星〝第六秘峰〟エト・リエル!』-と書かれた貼り紙が堂々と掲示されていたからだ。
「······誰だよ。これ書いたの···」
そう思いながら、貼り紙の下の方を見ると、魔法学園一般科報道部部長コロナ・ヒルデンと書かれていた。なるほど、ここ最近〝付きまとっていた気配〟はコイツか。
セイルとの一件以降、俺の後を尾行する者がいた。攻撃性や敵意は感じなかったので、放置していたのだが、どうやらこのコロナ・ヒルデンという奴がその正体だったらしい。ちゃっかり俺の横顔写真まで貼ってやがる。
「·········はぁ。不幸だ」
そんな嘆きも虚しく、教室に着くなりクラスの生徒達に質問攻めにあったのは言うまでもない。
昼休みになると、俺はことの元凶たるコロナ・ヒルデンという生徒を探すことにした。
「クロ、コロナ・ヒルデンって知ってる?」
「ん。知ってる。一般科のCクラスの人。でもどうして?」
「いや実は校舎前の掲示板に、俺の事を好き勝手に書いてくれた貼り紙があったんだけど、その書き手がそのコロナ・ヒルデンって奴みたいなんだ」
「それは迷惑。許可なくなんて厳罰もの」
ムスッと頬を膨らませ不機嫌になってしまったクロさん。まぁ、流石に厳罰までは考えちゃいないが、好き放題書かれるのは勘弁してもらいたい。という事で、俺はコロナ・ヒルデンという生徒を探しに向かった。
「あっ、あの人じゃない? 例の〝アンノウン〟って」
「ホントだ! 綺麗な顔ぉ」
なんて言葉があちこちから聞こえてくる。これじゃあろくに廊下も歩けやしない。なんて思っていると、例の気配を察知した。どうやら性懲りも無く未だに俺を詮索しているらしい。
という事で、ちょっと人気のない所へ誘導する事にした。
場所は、アリアと話をした校舎裏だ。何故かここは人っ子一人いやしない。俺はベンチに腰掛けると、気配の方へ視線を向けた。
-ガサッ!
俺が視線を向けると、そいつは驚いたのか、勢いよく木の影に隠れた。にしても下手くそな尾行だ。音を発しているし、第一お尻が隠れちゃいない。そんな残念とも言える光景に呆れながらも声をかける事にした。
「ねえ。お尻見えてるんだけど? そろそろ出てこない?」
そう言うと、そいつはシュバッ!-と俺の前に堂々と現れた。身長は俺と同じくらいで、黒髪が綺麗な女の子。そして、なんだか奇抜な服装をしている。昔どこかの村で見た〝着物〟という物に近い物を身にまとっている。丈が膝上までしか無いのは、彼女なりのアレンジなのだろう。
というか、制服はどうした!?
「いやぁ〜。流石っスね〜! ウチの尾行に気付くとは。いやはや、あっぱれっスよ〜」
いや、あんな雑な尾行で気付かれないと思っているのはコイツだけじゃ······。
「それで? キミがコロナ・ヒルデンさん?」
「そうっス! 何を隠そうこのウチが、天下に名高い伝説の〝シノビ〟、コロナ・ヒルデンっス!」
「······そ、そうっスか」
〝シノビ〟······ねえ。まぁ何も隠せちゃいないが、そこは触れないでいてあげよう。なんか変なポーズまで取っているのだ。多分、決めゼリフ的なやつなのだろう。
「えっとね。単刀直入に言うけど、ああいうの迷惑なんだけど」
「むむっ?」
むむっ?-じゃねえよ。
「あ、学園新聞の記事っスか!? 見てくれたんスね〜! いやぁ〜嬉しいっスぅ! あの写真、よく撮れてるでしょ?」
「······いや、だから。勝手にああいうのを貼り出されると、迷惑だって言ってるんだけど?」
「いやいや、いいっスよ! お礼なんて。ウチが好きでやってる事っスから!」
いや、だから! その好き勝手にされんのが迷惑だって言ってるの! 全然俺の話聞いてくれないんだけどこの人!?
どうやら彼女は俺の苦手なタイプの人間らしい。ご都合主義にも程がある。何を言っても自分にいいように解釈する耳をお持ちのようだ。
にしても彼女、言動こそ残念だし身振り素振りも大きいが〝全く隙がない〟。流石はシノビ···という所か。先程から俺との距離感が絶妙だ。という事は、手を出される可能性も考慮している-ということなのだろう。
···つか、手を出されるような事をしたって自覚はあるんだ!?
「それはそうと、リエル君。来月の〝魔法祭〟には出場するんスか?」
「え? 魔法祭って何? そんなのあるの?」
「ありゃー。まだ知らなかったっスか? 魔法祭ってのは、大陸各国のお偉い様方がスカウト目的で来る魔法学園一のお祭りっス! 生徒達は、当日に訓練場で行われる魔法闘技大会で自分達の実力を見せつけるんスよ!」
「ふーん。そんなのがあるんだ?」
「噂っスけど、当日は〝裏闘技大会〟なんてのも行われるんスよ? まぁこれは一部の先生方しか知らないんスけどね」
待て待て。サラッと凄いことを聞いてしまった。裏闘技大会ってなんだ? めちゃくちゃ匂う単語じゃないか。というか、この子···報道部って言ってたっけ。よくよく思えば馬鹿にできない存在だ。裏-なんて言葉が付くくらいだ、文字通り裏があるに違いない。
「ね? コロナさん、その話詳しく教えてくれない?」
「おやおや? ウチの情報に興味があるんスか? ニッシシ。でも残念スけど、それ以上の情報は持ってないんスよね〜」
「そっか。ちなみに、それって毎年やってるの?」
「魔法祭っスか? それとも裏闘技大会っスか?」
「裏の方」
「いやぁ〜、それがウチはリエル君と一緒で編入組なんスよ〜。なので、去年の事は把握出来てないんス。申し訳ないっスね」
なるほど。彼女も今年から編入して来た生徒だったようだ。とはいえ、そんな短時間で一部の教員しか知らない情報を手にするとは······。想像以上に侮れないかもしれない。俺も彼女には気をつけようと思った。
「というか、どうして俺を記事に取り上げたの?」
「はい? 理由っスか?」
「うん。確かに変に目立つような事に巻き込まれたけどさ?」
彼女が俺に目をつけた理由、内容次第じゃ今後手を打たなければならないと思った。単純に彼女の興味本位程度なら別に問題ないが、何か目的や理由があるのなら俺の正体や目的を探られる可能性もある。そう思って問いかけたのだが······。
「あ〜······。そうっスね〜。ウチにとってそれが〝仕事〟だから-っスかね」
そう言いながら、コロナはなんとも浅い笑みをみせた。報道部と言うくらいだ、誰かに情報を取られるくらいなら先に記事にして公表してしまえ···という事なのだろうか。商魂逞しいものだ。しかし、ならば何故魔法祭の裏闘技大会-なんて重要極まりない情報を無条件に俺に掲示したのか。
「なら、どうして裏闘技大会の事は記事にせずに俺に言ったの? 一部の先生しか知らないことなら、相当な情報だと思うけど」
俺の問い詰めに、コロナは表情を伏せながら少しだけ口角を上げる。見えにくかったが、俺にはギリギリそれを目視することが出来た。
「リエル君って意外と〝鋭い〟っスね〜。でも残念っス。それは一部の先生方しか知らない情報だから記事にしなかったってだけっスよ!」
コロナの言葉に俺は納得した。そういう事か。確かに一部の教員しか知らない事を易々と記事にして公開するわけにはいかない。
「そりゃあそうか」
まぁ、そうだとしてもそれは〝俺に言った理由〟にはならないのだが······そういう事にしといてやることにした。
「そう言えば、最初の質問に答えてなかったね。俺は出る気はないよ。誰かさんのせいで目立っちゃったし? 俺は静かに学園生活を送りたいんだ」
いや、学園生活という名の妹調査だけど。
「そうっスかぁ。まぁリエル君が〝それでいいなら〟ウチは別にいいんスけどね! それじゃあ、ウチはそろそろ失礼するっス!」
そう言いうと、コロナはその場から〝姿を消した〟。『魔力感知』にはコロナの反応は無い。文字通り本当に消えたらしい。
「······やっぱりただものじゃないね。彼女」
なんだか意味深な言葉も言い残して行ったし、ちょっとは彼女を警戒した方がいいかもしれない。というか、俺が〝追えない程の速さ〟で消えるって······。
コロナの方が五峰とかいう奴らよりもよっぽど〝できる〟んじゃね?
なんて思いながら、俺は教室に戻った-。
その後の授業も滞りなく終え、俺は一旦寮に帰って来た。寮に入ると、まだカナは帰宅していない様なので、「行ってきます」-と置き手紙を置いて俺はもう一度寮を出た。
魔法学園の大門に着くと、アリアが既に待ち構えていた。アリアは俺に気づいたようで、嬉しそうに手を振っている。こうしてアリアとゆっくり接するのもなんだか久しぶりな気がする。まぁ、教室で毎日顔は合わしているが、セイルの一件以来、他の生徒達を相手にしていたのでアリアにはあまり構ってやれなかったのだ。
「お待ちしておりましたわ。エト様!」
「うん、ごめんね。待った?」
「いえいえ。時間通りですわ。むしろ1分45秒お早いですの。なので、謝る必要なんてありませんわ?」
······細かいな。
今後、アリアとの待ち合わせする時は、時間を気にするようにしようと思った俺だった。
俺がアリアと合流して数分後、アヤが駆け足で俺達の元に現れた。アリアはアヤに深々と頭を下げている。本当に真面目な子だ。
「ごめんね。ちょっと仕事に手間取っちゃって。結構待ったよね?」
「大丈夫だよ」
「お気になさらないで下さいまし。それより、アヤ様の話し方が······。こちらが本来のお姿-という事ですの?」
「そうよ。アリアさん、改めてよろしくね?」
「はいですわ!」
無事に合流し終えた俺達は、外出許可証を門番の男に提示して魔法学園を出た。
「さてと。んじゃ、ちょっと人気のない所に移動しよっか」
「わかったよ!」
そう言いながら、服を脱ぎだそうとするアヤ。その姿を見たアリアは頭の上にハテナを無数に浮かべている。
「······何故脱ぐ」
「え? だって人気のない所に行くんでしょ? 〝する〟んでしょ?」
「······する? ですの?」
おいコラ。真面目なアリアに変な知識を植え付けようとするな!
「しない。アリアも気にしなくていいからね?」
「そ、そうですの? それがエト様方の作法というのであれば、わたくしもお脱ぎしますが?」
「ちょっとした冗談だから! ね?」
アリアの暴走を食い止めるアヤ。流石にヤバいと思ったらしく、必死にアリアを宥めている。一方のアリアはまたまたハテナを浮かべながらアヤに圧倒されつつコクコクと頷いている。
俺はそんなアリアが心配になってくる。素直で真面目なのはいいが、多分アリアはそういう事への耐性が無いように思う。悪い男に捕まらないか不安で仕方がない。
ともあれ。
人気のない所に着いた俺達は、早速修行場所に向かう事にした。
「エト君、修行ってどこでするの? ここ···なわけないよね?」
「そうだね。俺がある程度力を出せて、尚且つ誰にもバレない場所だよ?」
「まぁ! とうとうエト様の本来の姿が見られるのですわね! わたくし感激ですわ!」
「あはは···。アリアさん、まるでエト君の信者ね」
「馬鹿言わないでよ。俺とアリアは友達だって。ね?」
「はいですわ! とーっても仲の良いお友達ですの!」
そう言いながら、俺の腕に絡みついてくるアリア。そういえば、最近アリアは俺との距離を縮め始めている。友達としてこれは嬉しい限りだ。出会った当初からは考えられない。アリアもようやく変われた-という事なのかもしれない。
「そ、そう···。お、お友達···ね? うんうん。お友達······。でも、お友達にしてはちょーっと近くないかな?」
アヤは俺達を見るなり、眉間をひくつかせながら苦笑いを浮かべている。······こういうアヤは新鮮だ。いつもは逆の立場にあるアヤがアリアに闘志を燃やしている。うん、ちょっと楽しい。
「ささ。アリアも離れて?」
「あ、はいですの」
「で? どこに行くの?」
「『異界門』」
俺は『異界門』を発動させながらアヤの問いに答えようとしたが、それよりもアリアの呆然と立ち尽くす姿に目がいってしまった。
「なっ······なんですの? こ、この···異様なモノは?」
「あぁ、やっぱり普通はそういう反応になるよね。私はもう慣れちゃったけど。アリアさん?」
「は、はいですの!」
「エト君とこれからも共に居たいのなら、早く〝常識を捨てる〟事よ? 先輩からの忠告ね」
「な、なるほど···ですわ。常識を捨てる······。が、頑張りますの!」
······ま、まぁ落ち着いたのならいっか。なんか腑に落ちないけど。
「それじゃあ、〝奈落の峡谷〟にレッツゴー」
「おーっ!」
「おぉーですわ!」
・
・
・
・
「「おぉぉぉぉぉっ!?」」
「ちょ、ちょっと待って下さいまし!」
「ばばばば馬鹿言っちゃいけねぇよ!」
間が凄かったな。あっさりついてくるのかと思った。というか、焦り過ぎてアヤさんの口調が凄いことになっているんだが······。
俺が空間の歪みに足を踏み入れようとした瞬間、二人からの猛烈な待ったがかかった。
「エト君、おちちついて!?」
いや、アヤが〝落ち着いて〟ね。テンパって凄い言い間違えしてるから。
「エト様、奈落の峡谷···とは、〝アビス〟の事ですの!? あそこには『邪神』が···。それにアビスに落ちたものは絶対に戻って来れないのですわよ!? 過去に一つの例外もありませんわ! 」
ごめんよ、アリア。目の前にその例外が居るんだ。
とはいえ、このままという訳にもいかないので、とりあえず二人を落ち着かせる事にした。
-そして数分後。
「そ、そんな事が······。エト様、一体あなた様は何者なんですの?」
「何者······か」
簡単な説明を終えると、アリアはそんな事を聞いて来た。何者······と言われても困る。復讐の為に地獄を見た。何度も何度も死にかけた。実際に〝二度〟死んでいる。それでも妹の為に、妹が生きていると信じて全てを力に変えた。その結果が、今の俺だ。
なんて考え、答えあぐねていると、アヤが微笑みながらアリアの頭に手を添えた。
「なーに言ってるの? 〝エト君はエト君〟よ。エッチでスケベでムッツリで」
うぉぉぉーい! 待て待て待て待て待て待てっ!?
「······優しくて仲間思いで、寂しがり屋で甘えたで···。すーっごく強くて可愛い······自慢のご主人様よ?」
······なんだそりゃ。ったく。前半の文句が言えなくなっちゃったよ。
アヤは自慢気に胸を張りながらそう言って微笑んだ。なんだか、答えあぐねていた自分が情けない。アヤの言う通りだ。俺は俺で、それ以外の何者でも無い。ただのエト・リエルなのだ。
「ふふふっ。そうですわね。早速常識にとらわれてしまいましたわ! エト様、先程の御無礼お詫び申し上げますわ」
「ううん。気にしなくていいから。んじゃ、今度こそ行くよ?」
「「おーっ!」」
こうしてようやく俺達は修行場所である奈落の峡谷に向かうことになった。




